05:ハズレの餞別
艦長からの説明はとてもシンプルなものだった。
これから正規兵になる者達にずっとAIの戦闘だと不安が残るだろうから、
対人戦をすることで少しでも実戦に近い空気を味わわせたいということである。
「もうすぐ前線に出る兵士のために、
成績下位の君達は景気よくやられてくれないか」
要約するとこうだ。
これから正規兵になる者達の為に訓練の結果が
思わしくない候補生を相手に圧勝させて自信をつけさせる。
それがこの艦で行われている『餞別』という意味だった。
(俺達も成績悪かったもんなあ……)
呼ばれた候補生は和弘と麻由を入れて6組集まっていた。
勿論、半分の3組が正規兵に上がった者達であり、
もう3組が和弘達を含む、成績下位の者達だ。
正規兵への文字通り『餞別』ということではあるが、
戦場に出る人間の実力を見れることによって、
成績の悪い者達へのはっぱをかける意味もあるのだろう。
(だと思ったんだんだが……)
どうもお互いに様子がおかしい。
新米正規兵は嫌な笑いをニヤニヤと浮かべており、
それに比べてこちら側は和弘以外が
その顔に暗い表情を浮かべており、まるでお通夜か葬式かといった感じだ。
「麻由、何か知ってるのか?」
「ごめんなさい。
私がもっとしっかりしていれば……」
和弘が麻由に尋ねてみるものの、口を濁すばかりだった。
ただやられるだけならば、気にしなきゃいい話だ。
しかし麻由はこれから何が行われるのか知ってるらしい。
「いや、そこを聞きたいわけじゃなくて、
何をするのか知りたいんだけど」
「和弘さんは何もしなくていいと思います。
でも出来れば目隠しと耳栓はしてくれませんか?」
麻由が何を言いたいのか、いまいち要領を得ない。
ただ、何かから遠ざけたいというのが、
その必死の言葉から分かる。
しかし和弘が聞きたいのは、そういうことじゃない。
「シミュレーターで対戦だよね?
秘密基地に移動するわけじゃないんだよね?」
「そ、そうじゃないですけど、でも……!」
どうも要領を得ない。
和弘からすればさっさと済ませて休みたいと思っているのだが。
「どうせやられるなら早い方がいい。
最初に行くぞ」
「何勝手にやる気出してんだよ。
最初はテメーじゃねーよ」
意を決意してシミュレーターに挑もうとするも、
後ろから呼び止められる。
明らかに人を見下したその声にうんざりしながらも、
麻由と一緒にその場を離れた。
「ん? 俺のこと?」
「テメーは最後だ。
最初はそこのオメーだ。さっさと入りな」
指を差された操縦士と整備士がそれぞれシミュレーター室に入る。
その後ろ姿は死刑執行を控えた囚人のように暗かった。
(成績悪かったのは事実だし、どうせ撃墜されるだけなら、
そんなに時間も掛かりはしないだろう)
しかし数分後、和弘のこの考えは甘いと思い知ることになる。
他の者達、特に麻由ですら青い顔をしていることについて、
もっとしっかり考えるべきだったのだ。
『どうしたどうした!
そんな狙い邪当たらないぞ。
狙いはこうやってつけてだな……』
そう言ったものの、狙いは相手の機体をかすめただけだけ。
それだけで正規兵の入ったシミュレータールームからは
訓練らしかぬ馬鹿笑いが聞こえてくる。
何が面白いのか、モニターを見ている
他の正規兵達もゲラゲラと笑っていた。
その声も外の笑い声も相手側には聞こえないのが
不幸中の幸いというところだろうか。
強者が弱者を一方的に痛めつける機会を与える。
それはまさにいじめの構図。
『餞別』というのは公式の『いじめ』のことだったのだ。
「酷い……」
麻由は思わずモニターから目を離す。
もう一組の候補生達もうつむいて微動だにしない。
候補生の中で戦闘を見ているのは和弘だけだった。
たっぷりと時間かけて二組とも倒され、和弘達の出番になる。
二組とも稼働時間いっぱいまで痛めつけられ、
トドメはきっちり刺される惨憺たる有様だった。
他の連中はともかく、麻由まで暗い顔を
させているのには流石に頂けない。
「麻由、ちょっと聞きたいんだけど」
「何ですか?」
和弘はうんざりした表情で言った。
「ここを出る時には、あんなことしなきゃいけないのか?」
「いえ……やらないって人の方が多いって聞きます。
ただ、必ず何人かはいるそうです」
流石にこんな連中は一部しかいないことに
和弘は取りあえず安堵する。
逆に言えば、こういう連中は一定層は必ず存在するということだ。
「今回は多いのかな?」
「そこまでは……」
やられた二組のことを思い出す。
正規兵もあと二組残っているので、
あと2回同じ目に会わされるのだろう。
「私達もあんな風にされるんですね……」
「負けろって言われてないし、勝ってもいいんだろ?」
「えっ?」
誰もがちゃんと見てなかった彼らの戦闘を見ていた和弘は、
十分勝率はあるだろうと思っていた。
「さっきの戦闘を見る限りやれそうだ」
「やられた方は手も足もでなかったのに?」
「違うよ。あんなに縮こまっていたら、
出来ることも出来なくなるに決まってるだろ」
だから余計に一方的になるし、
相手も調子に乗って悪循環に陥ってしまう。
それがさっきの二戦の全てと言ってもいい。
「じゃ、じゃあどうすれば……」
「なにを言ってるんだ。
俺達まで縮こまる必要は無いだろ。それとも何か?」
そこで和弘は一端言葉を区切って笑って見せる。
「同じようにやられた方がいいのか?」
「そ、そんなわけないじゃないですか!」
「それに負けろって言われてないし」
「で、でも、相手はこれからとはいえ、
正規兵になれるくらいの実力は持っているんですよ?」
だが正規兵になれば、
彼ら以上の相手と渡り合わなければならないはずだ。
実戦の空気を味わうには好都合とも言える。
「これからそれ以上の相手とやりあうんだろ?
実戦がどんなものか見るには丁度いいさ」
そのことを伝えて頭を軽く撫でてやる。
少しは安心するように。
「だからいつものように頼むよ、麻由」
麻由がくすぐったそうに笑みを浮かべる。
そこにはさっきまでの不安は無かった。
「わ、分かりました!」
後は和弘が結果を出すだけだ。
◇◆◇
戦闘開始からわずか1秒。
和弘機のエネルギーキャノンが相手の機体を直撃した。
相手がギリギリまで直撃させないのは分かっていたので、
真正面に陣取り、相手の攻撃に合わせて狙い撃ちしただけである。
先の二戦のこともあって相手も舐めきって棒立ちしていたこともあり、
オートロックで撃てば目をつぶっていても当たる状態だった。
「は? なにこれ!?
俺認めねーんだけど!?」
「負け犬は帰れ」
一方的に入ってきた通信には、
それだけ返事をして一方的に切ってやる。
麻由に軽口を叩いたものの、
実はこのイジメ行為に和弘は腹を立てていた。
昔、和弘のクラスにもイジメがあったことを思いだす。
当時はまだ子供だったから、
どうしていいか分からなかったが、
月日も過ぎ、こうして抵抗する手段もある。
今ならば遠慮する必要は無い。
「成績を出さないこっちにも非があるのかもしれないが、
それにしたって限度ってもんがあるんだよ」
◇◆◇
この世界には地上が無い。障害物も無い。
よってテツビトの戦闘はほぼ小細工は出来ないと言っていい。
また、射撃武器はオートロックで自動的に狙いを定めてくれるのはいいものの、
その射線はゲームのように誘導せず、直線的に発射されるので、
絶えず動いていればまず当たらない。
一番当て易くする方法は距離を縮めることだ。
しかし相手にも同じことが言える為、
基本的にテツビト同士の戦闘は回避出来る一定距離を保って撃ち合うことが多い。
しびれを切らして近づいた時を狙うのがセオリーだ。
二戦目はお互いに距離を保ってエネルギーガンで牽制しあっていた。
お互いに平行移動する形で、まっすぐ伸びる二本のコントレイル。
このままだと戦闘区域を離脱してしまう。
しかし移動しようと速度を落とせば狙い撃ちにされる。
そんな我慢比べが続くように思えたが、
おもむろに和弘の撃った射撃が相手に吸い込まれるように命中して決着がついた。
種を明かせば簡単で、ただ相手の逃げそうなところを先に撃っただけである。
オートロックは常に機体の中心に照準を合わせるところを進行方向にずらしたのだ。
なお、このオートロックずらしは通常動作では知ることの無い操作である。
「これが役に立つとは思っていたんだ」
和弘が思いつくのだ。
他の誰でも思いついてもいいはずではないか?
しかし麻由に聞いてもビックリされるだけなのが余計和弘を不安にさせた。
これに限らず、他の技術も戦術も考えていないものが多すぎる。
人が死なないから誰もが安全策を取っているのか?
戦争やってるのにも関わらず、
こういう考えが無いのは和弘にとっては妙なことで、
また知らないことが常識として蔓延してるのが不気味ですらあった。
しかしそんな疑問に囚われている暇など無い。
前は他に覚えることがあった為、今は戦闘中の為。
こちらも一撃で堕とされる可能性がある以上、
油断をするわけにはいかない。
次の相手が出てくる。
最初と二戦目とまったく同じ青い機体。
「最後か……」
早々に決着をつけて早く帰ろう。
そんなことを思った、その時。
ブツッと耳障りの音と共に前に見える青い風景が黒に染まった。
「なんだ!?」
「どうしたんですか!?」
「モニターが死んだ! データを送ってくれ!」
すぐに計器やレーダーを見て正常に動作をしていることを確認。
ただちに麻由からの詳細なデータが画面いっぱいに表示される。
敵の射撃行動が見えたので慌てて回避運動。
何度も言うが、この世界には障害物が無い。
ならば自分の状況と相手の居場所が分かれば、
外が見えなくても同じことである。
妨害を受けてなお普通に動いていることで
混乱したのはむしろ相手の方だった。
その隙を逃さずエネルギーキャノンが命中したことで決着はついた。
後で知ったことだが、これはやられた他の正規兵の嫌がらせだった。
単純に映っている海や空を表示させなくするだけだが、
外が急に見えなくなるというのは混乱と恐怖を相手に与える。
彼らにとって誤算だったのは、和弘と麻由がこういう時の対処法を
知っていることだったが『餞別』において
正規兵を倒してしまえること自体が彼らの誤算だったのだ。
つまらないことをした所で結果は変わらなかっただろう。
なお、この結果を受けた艦長の細谷は『餞別』を即刻中止。
以後この艦内で『餞別』は行われることは無かったという。
「残念だ」と言いながら顔は渋面を作ってはいたが、
内心、悩みの種がひとつ減ったと喜んでいた。
◇◆◇
翌日早々にレベル6クリアを決めたその日の夕食は
ささやかながら豪華なものだった。
二人して終始笑顔で過ごしていたその食卓は
傍から見ればお花畑が周囲に見えるような、
微笑ましいとも不気味とも言える、
なんとも言えない雰囲気だった。
しかしこの部屋には二人しかいない為、
ツッコミを入れる人物はいない。
「そういえば配属はいつになるんだ?」
「今回逃しちゃいましたから、少し先になるかも……
でも余裕があるに越したことはないですよ」
食卓の雰囲気が明るいせいか、会話も弾む。
ただ気になることはある。
面子を潰したことによる逆恨みだ。
「そうだな。また変なことに巻き込まれないことを祈るよ。
前に倒した連中に逆恨みされなきゃいいけど」
「大丈夫だと思いますよ。
あの人達はもう戦闘艦に配属されてるでしょうし、
もう会いませんよ」
「同じ艦に配属されたりとかは?」
「人なんて早々死にませんから」
「……そういえばそうだったな」
取りあえずそれで納得することにした。
もう会うことも無いのなら、これ以上気にすることもない。
それに和弘にとって正規操縦士になれたということは
別の意味もあったからだ。
「これでやっと体面だけは保てるな」
「体面って?」
「この世界で死んだ春日和弘は正規操縦士だっただろ。
だから正規操縦士にはならなきゃって思ってたんだ」
この世界の春日和弘の代わりとして、彼は呼ばれた。
ならば、それなりの腕前を持たなければと常々思っていた。
最低限の誤魔化しは出来るようにと。
「それを言ったらこれから結果出さなきゃ、ですよ」
「そ、それはまぁ……おいおいな」
まだ気が早いと言えばその通りだが、
実機で出撃する所を想像する。
想像して――――――――何か変だなと思った。
戦闘艦に配属されて、前線に出ることになれば、
流石に一機のみの出撃というわけではないはずだ。
しかしやったのは基本操作が殆どで実戦訓練も一対一だけ。
戦術もコンビプレイも無かった。
よく考えてみれば、この訓練艦で麻由以外に
友達や知り合いなんていないことに気が付いた。
一ヶ月以上いたのにも関わらず……
「そういえば麻由は誰か友達とか出来たのか?」
訓練に集中してたせいだろうか?
そんな可能性を考えつつ、
麻由にも話を振ってみたが思わぬ答えが返ってきた。
「え? どうしてここでそんな人達を作る必要があるんですか?」
「どうして、って……」
「和弘さんや配属された先の人達ならともかく、
もう会うことなんて無い人達ですよ」
不思議そうな麻由の言葉。
だが和弘からすれば、ただ不気味でしかない。
「そういう問題でいいのか?」
「そもそも問題なんて無いと思うんですけど……」
和弘は麻由が言うほど変なことだとは思わなかったが、
艦内で完結する人間関係なのだから、
狭いコミュニティで十分という意味だろうか?
「そんな所までは気にしてもしょうがないですよ。
ほら折角の料理なんですから、食べて下さい」
「そ、そうだな……」
その後の言葉は怖くて聞けなかった。
麻由は相変わらず笑顔のままだったが、
和弘はどうも腑に落ちない。
この世界がそういうものだと考えても、
それでも異常じゃないかと思うことがいくつもあるが、
しかし和弘には、それを確認する術は無い。
ただ……
「うん、美味い」
こうして美味しいご飯が食べられるからそれでいいだろう。
今はそう考えることにした。
◇◆◇
和弘達が戦闘艦に配属されたのは、
それから一週間後のことだった。
この世界での戦争のあり方が和弘にとっては異常ではあっても、
それが一般化し浸透している世界。
異分子である和弘がどうなるか。
それはまだ誰にも分からない。




