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外界機兵アナザイム  作者: 紅陽炎
2/31

02:君は君の代わり

和弘が目を開けてみれば、

そこには見慣れない天井が広がっていた。


「……?」


身体を起こして周りを見回す。

殺風景な部屋にベッドがひとつ。

小さな窓から光が差し込んでいる。


それだけだった。他には何もない。

殺風景な風景は室内の色を伴って、

なんとなく鉄の箱を思い起こした。


一体、何が起きたのかと考える。

あの時、気が付いたら空が広がっていたが、

決して良い思い出ではない。

その前、その前と時間を徐々に巻き戻して確認する。


記憶が飛んだ少し前。

迫る巨大な影。

果たしてあれは何だったのか。


そして自分が車に、トラックひかれたと思い至り怖気がした。

震え、冷や汗が出る。

動機が激しくなり、動いても無いのに息切れする。

そこで、また妙な気が付いた。


いくら助かったと言っても、トラックと衝突したのだ。

命が助かっても、身体が無傷なはずはない。

それに誰もいないのも変だ。


次に自分は「どうにかなってやしないか」と、それを心配した。

慌てて自分で自分にペタペタと手を触れる。


確認した限りでは特に怪我らしい怪我もない。

服も汚れておらず、血もついていない。

靴も履いたままだということにも気づく。


もしかしてここは死体安置所ではないだろうかと考える。

そして偶然、なんらかの要素でこうして起き出した。

みたいなことがったのではなかろうか。


よく漫画などにありそうな設定だが、

いざ自分がなってみると、どうしようもなく怖かった。

取りあえず今は鏡が欲しい。早く自分を確認したかった。


(ここは何処だ?)


まずは部屋を出てみようと扉に近づいたが取っ手が無いことに気づく。

いや、それが実際に扉かどうかは疑わしい。

単純に窓と反対方向にそれらしいくぼみがあったから向かっただけだ。


和弘が知る扉のように真ん中に隙間も無い。取っ手も無い。

ただの壁にしか見えない。見えないが、他には窓とベッドしかない。


取りあえず、ここを扉と仮定して開けてみようと試みる。

どうも自動ドアでもないらしく、一向に開く気配が無く、

それらしいボタンも見当たらない。


押してみる。まるで壁だった。

引いてみる。取っ手が無い。

横にスライドさせてみる。引っかかる部分が無いので手が滑る。


そのうち自分の状況が分からないことに段々と苛立ってきた。

蹴とばしたり体当たりしたり、最後には念を送っても開く気配は無かった。


やはり壁なのか。

では自分はどうやってここに入れられたのだろう?


次に一つしかない窓を調べてみる。

外は一面の海。青々とした水平線が美しい。

しかしこれは、どこかに運ばれているのだろうか?


(一体俺はどうなるんだろう……?)


段々と自分の中にある恐怖が膨らんでくる。

とにかく今は誰かに会いたかった。

トラックにはねられた自分がどうなったか、それを知りたかった。

今すぐ叫びたくなったその時、大きな音と共に部屋が揺れた。


「地震!?」


その割には爆発音もするし、揺れ方も地震ではないような気がする。

何かわかることは無いかと窓に駆け寄ると、彼は更に驚くことになる。


「なんだよこれ!?」


先ほど見た青く静かな海原とは一変。

そこにはたくさんの人型兵器が飛び、戦いを繰り広げていた。

まさにそれは彼が見ていたアニメの世界そのものだった。


「……どうなっているんだよ、こりゃあ」


考えられない自分の状態に混乱したが、

更にありえない状況を見せられたせいか、

彼の脳みそは多少ではあるが冷静さを取り戻していた。

これから導き出される結論に彼が至るのは無理もないこと。


「これは夢だ。うん。きっと何かの拍子で目が覚めるんだ」


彼は残念ながら(?)この突飛な状況を喜べるような人間では無かった。

どのみち部屋から出られない以上、彼にやれることはない。

和弘は再びベッドに入り寝ることにした。


夢なら早く醒めてくれ。

そして――――死ぬのなら眠っている間に殺してくれ、と願いながら。



◇◆◇



「被害は? 至近弾があったはずだぞ」


「直撃はありませんでした。

 艦への被害は特に無し。

 航行、問題ありません」


「そうか、なんとか退けることが出来たな」


この船の艦長、櫛木耕一は安堵のため息をついた。

オペレーターに出していた厳しい声が、落ち着いた声に変わる。


「よし、外に出た連中を呼び戻せ。

 もう奴らは追ってこないだろうが警戒態勢は怠るな」


テキパキと支持を出す。

今までの連中の行動からすると、もう攻撃は来ないはずだ。

今まで戦闘を続けてきた彼にはそれが分かっていた。


そもそも何故攻撃を受けたのか?

理由は分かっている。

しかし、何故バレたのか。


櫛木耕一は椅子に深く腰掛け、大きくため息をつく。


「やはり春日和弘の抜けた穴は大きいな。

 優秀なパイロットを亡くしたものだ」


一人ぼやく。

だからこその、この作戦なのだ。

これに関してはバレても問題無いはずだが、この状況はマズい。


「では、早速客人に会いに行こう。

 また攻撃される前にな」


近くのオペレーターに軽い支持を出し、席を立つ。

これが作戦の第一歩だ。ここで躓くわけにはいかない。

 

「艦長自らがお会いになるのですか?」


「不服か?」


「いえ、既に案内の者を出していますので」


櫛木耕一はフッと笑う。

本当に優秀なクルーを持ったと。


「すぐに私も行くと伝えてくれ。

 丁重に扱うようにともな。怖がっているかもしれん」


「怖がっている?」


いくら言葉が通じるとは言え、勝手に連れて来られて、

周りに知ってる人も物もない。加えてさっきの戦闘だ。


彼が平和な世界から来たのなら恐怖で震えているかもしれない。

彼が戦争のある世界から来たら、むしろ説得は容易かもしれない。

どうだろう。扱い難いだろうか。話を聞いてくれるだろうか。


自然と期待が膨らむ。

なにしろこの世界の彼は死してなお必要とされるのだから。

何から話すべきかと考えていたが、しかし。

オペレーターからは意外な返事が返ってきた。


「……寝ている?」


櫛木耕一はにやりを笑みを浮かべた。

それは想定外だ。


「ほぅ……どうやら俺達は彼を甘く見ていたようだな。

 流石、春日和弘。違う世界でも大物というわけか」


春日和弘は期待通りだった。

これからの展望に思いを馳せる。


春日和弘はこの世界で戦う為の希望だった。

故に死亡した時は絶望感すら漂っていたのだ。


それは隣のオペレーターだけでなく、

この艦、ひいては同じ部隊の者達も皆同じだった。

それだけ大きな存在だったのだ。


だからこそ期待は無駄に膨れ上がる。

死んだ春日和弘に対して、ではあるが。

決して、この世界に呼ばれた春日和弘に対してではないことに、誰も気づいていない。

生きている春日和弘を除いては。



◇◆◇



和弘は驚いた。

何がって言われても、こう答えるしかないだろう。


全部、と。


和弘は前の部屋ではなく客室と思われる部屋にいた。

前居た部屋と比べれば、机があるくらいしか差が無いが、

それでも人の生活感のようなものは感じられたことは彼を少しばかり安心させた。


和弘は自分が起きた後、人が並んでいてびっくりしたのを覚えている。

艦長と名乗る櫛木耕一という男から、この部屋に通され、

この世界の情勢、呼ばれた理由など、こちらが思っている疑問点について殆ど聞かされた。


そうは言っても一方的に説明されただけであったので殆ど忘れてしまったが。

してこうも言った。


「いきなり言われても混乱しているだろう。

 しばらくは一人で考えてみるといい」


艦長が出ていく時に言い残したその言葉を思い出し、

和弘はただぼんやりと窓の外を眺めながら、今までの話を思い返していた。


「君の地球には大地があるかね?」


戦争によって大地が沈んでしまった世界。

今や地上で活動する生物は人間しかいないらしく、

多くの艦が作られ、その中で生活しているとのこと。


船ではなく(ふね)だ。

外の気配から遮断されたこの空間は、まるで鉄の檻に閉じ込めたれたような息苦しさを感じる。


軍艦なのかと言われたら戦闘艦だと言われた。

世界のあり方が違うと呼び名も変わるのかもしれない。

部屋の大きさや通路などを考えるに、かなり大きな艦と言うことは分かる。

和弘が知っている中で一番大きかったものは軍艦だが、実際の大きさは分からない。


人類のしぶとさは神様だって予想外だっただろう。

地上が無くなり、海が地球を覆うようになった時、

人はその科学技術を急速に発展して生き延びた。


それがこの艦。人類の新たな大地。

人類の技術の進歩故に戦争が起こり、地上を駄目にしても、

更に先に進めてしまったのは皮肉なことだ。

しかし地上が無くなってもまだ、人類は戦争を続けていると言う。


「残念ながら戦争は、まだ終わっていなのだよ。

 ネイチャーとシーブルーという二つのグループに分かれて争っている。

 どちらが正しいか、なんていうのは些末な問題でしかないほど我々は長く戦い過ぎた」


ネイチャーとシーブルー。

文化も理想も人種も技術は、とうに境界が無くなり混ざり合い、

既に戦う理由を忘れている。

それにも関わらず人類未だに戦いを続けている。


止める理由が無い。櫛木耕一はそう言っていた。

生まれながらにして戦っている現状は既に生活の一部になっており、

それが当たり前のように思っているらしい。

平和をうたうと変わり者扱いされるかも、と警告すらしてくれた。


「戦争の為の兵器が、あのロボットか……」


窓の外を見る。そこに映るのは一面の海。

最初に見た時は巨大ロボットの空中戦が演じられていた。

不安の方が勝っていたが、子供心にワクワクしなかったと言えば嘘になる。

しかしこの世界の実情を知った今、彼の目に映る海の印象は変わっていた。


「と、まあ……ここまでが今の現状だ。

 実を言うとだな、戦争は終わろうとしている。

 ここからが君が関係している所だ」


大規模作戦が始まる。と櫛木耕一は言っていた。

この世界の春日和弘は有能なパイロットであり、

作戦の正否に関わるほど重要な存在であったとも。


「そこで一計を案じたわけだ」


この世の中は可能性のひとつでしかない。

無限の選択の中のひとつならば、別の可能性から、

同じ人間がいる可能性を探し、連れてくればいい。

そして呼びされたのが、ここにいる春日和弘だと言う。


「期待しているぞ」


和弘を貫く櫛木耕一の目。

しかし和弘は気づいてしまった。


その目が見ているのは、ここにいる和弘ではないことに。


「で、でも、そんな人の代わりなんて……」


なんとか絞り出した和弘の声にかぶせるように、耕一は大声で笑った。


「心配するな。なにも君に彼の代わりをやって貰おうとは思っていない。

 あくまでも代理だ。それらしく振舞って貰う為に、

 ある程度はこちらの生活に馴染む必要はあるがね。

 大船に乗った気分でいたまえ!」


おそらく和弘を安心させる為だろうが、その言葉は和弘を余計不安にさせた。

和弘は聞くことは出来なかった。

自分は既に死んでいるのかどうかということを。



◇◆◇



……音が聞こえる。


(あれは確か……)


チャイムの音で和弘は目が覚めた。

どうやら知らない間に眠っていたらしい。


窓を見ると水平線に沈む夕焼けが綺麗だった。

どうやら人間、現金に出来ているようで、多少の余裕も出てきている自分に気づく。


(喉元過ぎれば……というやつか。結局なるようにしかならないんだよな)


頭の切れる人物なら良いアイデアのひとつやふたつ

出そうなものだが、生憎和弘は凡人である。

それならば能天気であった方が気が滅入らないだけマシだ。


なおも響くチャイムに適当な返事をしつつ、

ドアを開けようとして、和弘はその場に立ち止まった。


「どうやって開けるんだ?」


ドアに取っ手が無い。スイッチも見当たらない。

そして気づく、このドアはどうやって開けるのだろうかと。

部屋を移動した際に見ていたはずだ。

いや、頭の整理で精一杯で見てなかったかもしれない。全然記憶に無い。


(自動ドアでも無さそうだし……自動ドアか?)


なおも続けられるチャイムの音。そして開かない扉。

どうしようもなかったので扉を叩いて知らせてみる。

しばらくそんなことが続き、ようやく開いたドアの先には白衣の女の子。


和弘より背がやや低く、年も同じくらいだろうか。

肩より長い栗色の髪が目を惹いた。


(小さいな)


第一印象がそれだった。

背が小さいだけでなく小柄で童顔、白衣も似合っているというよりは

背伸びして着てる印象を与えることが彼女を余計に幼く見せていた。

……可愛い感じで整っているはずの顔立ちが仏頂面で膨れていることも含めて。



◇◆◇



事情をなんとか説明することで納得して貰えたようだ。

取りあえず扉の開け方を教えて貰う。


「基本的に自動です。

 権限があれば近づくだけで勝手に開きますから」


それを見て、和弘はただただ唖然。

壁が消えた。表現するとこうだ。

一瞬で現れたり消えたりする。

行き過ぎた科学は魔法と変わらないというが、まさにそんな気分だ。


「和弘さんはまだ開ける権限が無いですから。

 もう少し我慢して下さいね」


ではどうして扉のチャイムを鳴らしたんだろうか?

……ということを言おうとして止めた。

ここで彼女を怒らせても自分が困るだけだ。


「あ、そうだ!」


唐突に彼女は居住まいを正し、和弘に向き直った。


「初めまして。私は、桜木麻由って言います。

 あなたの専属整備士を務めさせて頂きます。

 まだまだ未熟な点も多いでしょうけど、よろしくお願いします」


そう言って麻由はペコリとお辞儀をする。

その小動物のような仕草と裏腹に、

お辞儀された方はというと、頭にはてなマークを浮かべていた。


「あの、ひょっとして耕一艦長から聞いていませんでしたか?」


「多分、聞いてはいたと思うんだけど……」


恐る恐ると言った麻由の言葉にも和弘は疑問顔。

確か一人のパイロットにつき一人のパートナーがつくとか、

そんな話だったと思うが、あまり覚えていない。


それ以前に頭が混乱していたからといえばそれまでなのだが、

とにかくあの時は話についていくので精一杯だった。

いや、この状態はついていってないのか。


「いえ、大丈夫ですよ。これからのことについては、

 ちゃんと私がフォローしますから。

 なにか分からないことがあったら色々聞いてくださいね」


ようは通訳、付き人か。

確かにそれは助かると、こちらも挨拶を交わす。


「あ、いや、うん……よろしく」


「はい、よろしくお願いします」


コロコロ変わる表情だなあ、と呑気な感想を抱きつつ、

専属のような人がついてくれるなら、こっちとしてはありがたい。

そう思ったら自分が自己紹介していないということに気がづいた。

名前くらい言わなくては。


「あ、僕は…」


「春日和弘。別の可能性の違う世界の同じ人ですね」


得意気な顔で麻由は言う。

本当にこの世界の春日和弘は有名人だったらしい。

しかしそれは和弘にとっては陰鬱な気持ちにさせられる台詞だった。


(またそれか……)


常に教え聞かされている気分だ。

この世界に自分という存在は無いのだと。


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