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外界機兵アナザイム  作者: 紅陽炎
17/31

17:崩れゆく今

一度、麻由と話したことがある。


「もし、和弘さんが元の世界に戻れるなら、戻りたいですか?」


「戻れるものなら戻りたい」と答えるのが普通だが、

しかし和弘のおぼろげな記憶ならば、

トラックにひかれたはずである。

元の世界に戻ったら死にました、では流石に困る。


こちらの世界に来て生き延びたのは、ただの偶然でしかない。

本来なら自分は死んでいるのかもしれないという事実。


「どっちでもいい」


どちらがいいという判断は和弘には出来なかった。

自分が異分子であることを不意に思い知らされる時、

和弘は、この世界で本当に生きていていいのか、まだ迷っている。



◇◆◇



アートラエスのコックピットで

機体の起動チェックを行いながら、

そんなことを思い出していた。


(そりゃ、死にたくはないんだけどな)


モニターにライトが点り、

各種ボタンやパネルに光が宿る。

機体の正常動作を確認すると、

ブリッジに通信を入れた。


「誰か! 機体の射出をお願いします!」


それを受けて画面に映るのは見知らぬ女性。

艦内のオペレーターの一人。

艦長の高田が操縦士をやっていた頃の整備士なのだが、

和弘にとって、面と向かって話すのは初めてだ。


「私が射出します」


そして画面に出た人物が麻由ではないことが、

和弘に一つの答えを突きつけてくる。


「麻由……俺の整備士は?」


「部屋にいないのは確認していますが、

 こちらには来ておりません」


自分同様に部屋に閉じ込められているのかもしれないなどと、

そんな一縷の望みが叶えられるほど現実は甘くはない。

それならば麻由と連絡は取れているはずだ。


「なお、私はあなたの整備士ではありません。

 射出後はナビゲートは出来ませんので、注意して下さい」


「了解した。アナザイムは?」


「射出後に戦線離脱して、それだけでです」


画面の女性は和弘の心中を察してか、一言を付け加えた。


「……和弘さん、整備士はテツビトの乗り方は知りませんよ」


普通ならそうだろうが、和弘だけは知っていた。

訓練時代に色々やった時、麻由にもテツビトを操縦させたことがある。

桜木麻由はテツビトを動かせる。


「射出してくれ」


「了解。カウント10からスタート」


麻由が怪しいのは薄々分かっていた。

今まで目を背けていた結果がこれだ。


(そう言いたいところだが……)


実際に追及したらどうなっていたかと考えるも、

恐らくどうにもならなかっただろう。

和弘には何の手立ても無いのだから。


召喚物に付き物のチート能力も無く、

かと言って、何か揺るぎない立場があるわけでもない。

操縦士としても腕前も最高というわけでもなく、

つい先日、敗れたばかりだ。


(俺は無力だ……)


やらなかった、ではない。

出来なかったのだ。

それを分かっているにも関わらず、

無意味な後悔ばかりが胸中を蝕んでいく。


(そう、無意味なことだ……)


和弘のアートラエスが艦から発射された。

飛び立つのとは違う。

まるで弾丸を打ち出すような飛ばし方。


放たれたアートラエスは海に堕ちる前に

体を丸めて体勢を整える。

バックパックと呼ばれる背中の噴射孔に炎が点る。


薄暗いモニターが一気に彩られる。

見えるのは空の青、海の青。

そして戦闘中のテツビトが二組、棒立ちのラエカゴが一機。

それを見て、和弘の内面に沈んでいた思考も浮き上がる。


こちらの姿を見たのだろう。

今まで棒立ちしていたラエカゴが

息を吹き返したかのように和弘の方へ近づいてきた。


(アナザイムを追うべきか。

 しかし……さてどうする……?)


だが和弘が目の前の敵をどう対処するか考えた矢先、

横からのビームが対峙したラエカゴを直撃した。

堕ちるラエカゴと入れ替わるようにアートラエスが近づいて来る。


『わりぃわりぃ。手柄ぶんどっちまったな。

 お前は専用機持ってるし、あんまり怒るなよ。

まっ、ひとつ貸しといてくれ』


そんな通信と共に裕樹のアートラエスが和弘の近くに飛んできた。

裕樹本来の相手であるラエカゴにエネルギーキャノンで牽制をしながら、

和弘に向かって接触回線を繋ぐ。


『トモが言うには通信室に麻由ちゃんはいないらしい。

 つまりアレに乗ってる可能性は高いってことだ。

 早く行きな』


一方的にそれだけ言うと和弘から離れて行く。

そのまま本来の相手をするのだろう。


しかしそのラエカゴもまた後ろからのビームの直撃により、

カプセルバリアを展開して堕ちていった。

それを和弘と裕樹を除けば一人しかいない。


『手柄を横取りして悪かった。

 ひとつ貸しで頼む』


栗生も裕樹と同じように和弘に近づき、

また接触回線を繋ぐ。


『美紀が言うには、コード3027で

 アナザイムを追跡できるそうだ』


それだけ伝えると、栗生のアートラエスは

今まで相手にしているラエカゴに向かう。

残された裕樹は和弘に行けというジェスチャーをしており、

二人が……いや、四人が何をさせたいか明白だ。


「ありがとう!

 ひとつ貸しにしておいてくれ!」


それだけ言うと、和弘のアートラエスは戦域より離脱する。


何が起こっているのか分からない。

しかし今の現状が、彼らの善意が、

誰を追うべきなのかを指示していた。

ならば和弘は行かなければならなかった。



◇◆◇



裕樹は和弘のアートラエスが遠ざかっていくのを見送った後、

一人で奮戦している栗生に近づいた。


いや、奮戦と言うのは間違いだ。

相手の攻撃を徹底的に回避することに専念して、

自分からまったく攻撃しない。


「苦戦しているようだな。手伝うか?」


栗生の目的が分かっている裕樹は

あえてからかうように言ってやる。


『あれが九条姫香くらいだと思うなら手伝ってくれ』


「一人で頑張れよ。俺の出る幕は無さそうだ」


軽口で会話を挟んではいるが、そこに油断は見られない。

口は動いていても、その視線や動作は相手から逸れる事は無い。


裕樹も栗生も戦果を横取りしたとは言え、

自分の担当を相手にしながらやったことだ。

それはつまり別のことに気を向けながら

戦えるほどの実力差があるという意味でもある。


強敵との戦いが成長させたのは、何も和弘だけではない。

その圧倒的な強さは彼らの認識を一段階上げたのは間違いない。

あれに比べれば、という経験が

彼らの視野を広げ、余裕を持たせていた。


「アイツら、帰ってくると思うか?」


『どっちでもいいさ』


栗生らしいとは言え、あまりに淡白な答えに裕樹は苦笑する。


「随分冷たいな」


『帰ってこなければ、後ろに一言付け加えればいいのさ。

 "二人は幸せに暮らしましたとさ"……ってな』


裕樹は笑った。確かにそうだ。

そうなることを願って送り出したのだから。


『万が一と言うこともある。

 俺がやられた時の為に待機しておいてくれ』


「時間稼ぎか? 焼け石に水じゃないか?」


そう言いながらも裕樹も反対はしない。

栗生の後ろに移動して、見物に徹する。

栗生はまた相手に向かっていく。

相手の攻撃をかわし続け、稼働時間いっぱいまで粘るのだろう。


こんなことをしたって無駄だとは皆薄々気づいていた。

しかし、しないわけにはいかなった。

個々人とは言え、同じ艦で共に話し戦った彼らは、

間違いなく戦友だったのだから。



◇◆◇



戦闘艦『けいちつ』のブリッジ。

先程、和弘のアートラエスを射出したオペレーターが

艦長の高田輝一に懸念の声を上げる。


「よろしいのですか?」


「何がだ?」


「あの二人をそのまま外に出して」


輝一が選んだのは放流。

異分子を全部外に追い出して、

自分と関係無い所で好きにやれ、という行為。


「艦を沈められるよりはマシだ」


それは責任の放棄かもしれない。

しかし輝一は艦長であり、艦と艦内のクルーを守る役目もある。

もし彼らに手を出して被害が及んだ場合を考えると、

これしか手段が浮かばなかった。


「春日和弘のアートラエスを使わせて欲しいと言ったのは彼女達だ。

 俺はそれにお願いを一つを加えただけだ」


この艦から彼らが脱出する場合、

テツビトを使うしかないと容易に想像はついた。

そしてどのテツビトを使うのかも。


「両方が……もしくはそのどちらかが調停者だろうと構わない。

 操縦士と整備士は二人で一つだ。

同時に脱出でもしない限り、追い掛けることになる」


だからこそ、この二機が互いに追えるように、

レーダーを設置するように事を運んだ。

その目論見は成功してはいる。

残りの懸念点は……


「戻ってきた場合はどうするんですか?」


「その時は事情を聞くさ。

 なにしろ勝手に戦線離脱したんだ。

正当性はこちらにある」


そうは言ったが、相手も分かっているだろう。

だからこそ、もう戻らないのかもしれないと輝一は考えていた。


「この戦闘が終わったら、補充要員の手続きを頼む」


「大規模作戦が近いから駄目かもしれませんよ」


「ではその後でいい。

 どうせ大規模作戦では我々の出番は無い」


彼は自分の立場をよくわきまえていた。

専用機持ちがいなくなった後のことを、

高田輝一は既に考えていた。



◇◆◇



「コード3、0、2、1……これか」


和弘は戦線を離脱後に栗生に言われたコードを

入力するとレーターの範囲が拡大化した。

自分の場所と今まで戦闘していた場所、

そしてアナザイムと思われる場所が示される。


「なんだ……?

 意外と近い?」


アナザイムは戦線を離脱をしているが、

思ったより遠くまで離れていないようだった。

しかもレーダーの光源は一直線に移動しておらずに、

妙にフラフラと頼りない動きをしている。


(誘っているのか?)


ここまで来たのなら、

罠だろうと進むしかない。


(……乗ってやるさ)


アナザイムに乗っているのは麻由なのだろう。

なんとなくこういう事が起きるのではないかと予想はしていた。

また、それを知っても止める手立てがない事も分かっていた。


しかし和弘は麻由を見つけた時に掛ける言葉を持っていない。

事情を聞くのか、慰めるのか、怒るのか。

無力だからと何もしない理由にはならない。

それを考えなかったのは彼の怠慢に他ならなかった。


その事に気づいた時に痛感するのだ。

もう既に手遅れなのではないかと。

そんな思いを胸中とは裏腹に、

和弘のアートラエスは目標を追って真っすぐに飛んでいった。


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