16:虚ろな未来設計
あの後。
三人揃ってやられた九條姫香との戦闘の後。
操縦士達(主に裕樹)の訴えにより、
もう一度、戦闘が組まれることになっていた。
操縦士のみならず、これから大規模作戦というものを控えて、
全員が敗北というのも、いささか縁起が悪いというのは、
誰もが少なからず思ってことなのは間違いない。
大規模作戦が近い現状、戦う相手がいなければ、
戦う相手すらいないことも多いのだが、
そこは上手いこと調整が取れたらしく、
こういうことこそ艦長の手腕なのかもしれなかった。
「そんなわけで専用機が出たら、和弘に丸投げしようと思う」
「……それしかないよな」
食堂の一角におけるいつもの風景。
操縦士の三人は食事時に打ち合わせをすることが多かった。
恐らく艦内じゃ整備士以外に話をすることの多い三人だが、
それでも必要な時に連絡すること以外、
彼らがつるむことはあまり無かった。
今回は真面目に次回の戦闘における打ち合わせである。
どのみち正面から戦うのだから勝敗は分からないが、
しかし専用機が出てきた時は無理に欲を出さないことや、
前回のような例外の対処の方法などが良く語られた。
「前に二対一で戦うことがあっただろ?
あれについてはどうだ?」
どうせもう無いだろうと思いながら和弘が振った話題だったが、
意外にも二人は食いついてきた。
「何かいい方法でもあるのか!?」
「裕樹の言う通りだ。
専用機相手に有効になり得る可能性がある。
和弘にその手段があるなら聞こう」
ごくごく単純な事だが、この世界の価値観では難しいこと。
すなわち、片方が犠牲になって、もう片方に手柄を立てさせる。
たったそれだけ。
「じゃあ俺と栗生でどっちが戦果を取るか決めておけばいいってわけか」
「なるほど。有効な手段だ。
後腐れが無い方法があればな」
そう、これが戦果が貰えるとなると、
やはり話が変わってくるだろう。
一対一が当たり前とされるこの戦闘様式は、
戦果は実力と同一視される。
また、戦果が多ければ専用機という
ステータスがつくことだってある。
誰だって囮をするより戦果が欲しい。
逆に囮が倒してしまう場合だってある。
勿論、約束が違うと揉め事になるのは想像に難くない。
とにかく面倒な話になりそうな種がゴロゴロ転がっている。
個人成績が重要視されているだけで、サポートの扱いが軽く、
チームとしての評価を必要とされていない現状のシステムでは、
他者を引き立てることは美徳ではなかった。
(命の危険も無いしな……)
優先順位が違うのだ。
この世界での戦争は自分の命を守るのが第一ではない。
守られているのが前提にあるのだから。
『自分が』敵を倒すことが重要なのだ。
『自分が』倒さなければ、『自分が』戦果を上げなければ、
そうしなければ何も認めて貰えない。
それがこの世界のシステムだった。
「足の引っ張り合いだけは勘弁してくれよ……」
考えれば考えるほど、ネガティブな答えが浮かび、
大した言葉出てこない。和弘も軽く言うのが精々だ。
「かと言って、何も決めないのはマズいだろう」
「よし栗生、ジャンケンで決めようぜ!
和弘はもう専用機持ってるから、お前は無しな!」
和弘の答えを聞かずにジャンケンを始める裕樹と栗生。
栗生が勝ったが「三回勝負だ」と言い出した裕樹を
見ながら和弘は苦笑する。
(こりゃ、終わりそうにないな……)
ただ和弘は二対一の概念を少しでも
触れられたことに多少なりとも満足していた。
前回の戦闘を思い出す。
二対一とはとても呼べない代物だ。
恐らく裕樹達もそんな感じだったのだろう。
頭にあるか無いかだけでも大分違う。
次があるかは分からないが、
その時は少しはマシになっているはずである。
流石にそれは望み過ぎだろうかと勝手に思っていると、
整備士の三人がこちらにやって来るのが見えた。
これも何度となく見慣れた光景だ。
「あんた達、何ふざけてるのよ!
そんなだから、アッサリやられちゃうんじゃないの!」
そして二人のジャンケン大会を
見たトモによる出会い頭のキツイ一言。
これも既に通例だ。
「おい! 今回は大真面目な話をしていたんだぞ!」
「今のアレを見て、どこが大真面目なのよ!」
二人の言い争いを他所に席について食事を始める残りの整備士二人。
和弘も栗生も気にする様子は無く、流石に慣れたものである。
食事を始めようとした美紀が、思い出したかのように和弘に声を掛けた。
「そういえばさ、和弘。
あなたのアートラエスって今使ってないんでしょ?
こっちで使わせて貰っていいかしら?」
「麻由が良いって言うなら、いいよ」
和弘の使っていたアートラエスは
アナザイムに乗り換えていた使っておらず、
今は格納庫に眠っている。
愛着が無いわけではないが、
他のことに役立てるなら、その方がいいのだろう。
「お前、操縦士が整備士に遠慮してどうするんだ」
仏頂面の栗生が珍しく呆れた声で和弘に言う。
操縦士の立場は高い。当然、整備士よりも。
栗生の言い分はこの世界なら当然のことだ。
和弘もテツビトは様々な人の想いで成り立っているんだ、などと言う気は無い。
しかし、それでも麻由と一緒に歩んできたという認識があり、
そこから自然に出た言葉だった。
「そりゃあ、和弘って麻由ちゃん大切にしてるもんねぇ」
しかし、どうも違う受け取り方をされるようだ。
美紀の方は意味ありげな表情で麻由を小突きだし、
麻由は赤面してモジモジしている。
裕樹とトモもいつの間にか喧嘩を止めて、
にこやかな笑顔でこちらを見ていた。
だが、こんなやり取りは初めてというわけもない。
「とにかくさ、そういうことだから」
和弘も慣れたものでさっさと切り上げようとする。
周囲も分かっているのか、それ以上からかったりはしない。
「まっ、とにかくオッケーってことね」
何故かトモが了解を得たとの台詞に裕樹が反応する。
「なんだ? トモも使うのかよ?」
「整備士全員で使うの。
私達も、あなた達だけに任せるのも忍びないと思っていてね」
操縦士の腕前だけを頼りにするのではなく、
ならば整備士にも出来ることがあるはずだと。
「操作性が変わるということか?
俺達が合わせなくて大丈夫か?」
個人にあわせたチューンナップ出来るなら、
それは量産機であったとしても、ある意味『専用機』とも言える。
「大規模作戦があるから、
裕樹達の機体にフィードバックするのは
その後になるけどね。
「意味ねーじゃん!」
「動かしやすくするって言ってんのよ!」
裕樹とトモのやり取りに皆が笑う。
まだ笑っていられた。
この時は、まだ。
◇◆◇
特に何事も無く日が過ぎて、
大規模作戦前の最後の戦闘が行われるその日。
いつも通り食事を済ませ、部屋で暇を潰し、
いざ時間に合わせて格納庫へ向かおうとするものの、
目の前の扉が通れない。
「扉が……開かない」
目の前には壁。
扉の形をした窪みがあるので、そこが開くのだろう。
いや、いつもなら開いていたはずだ。
「参ったな。戦闘に間に合わないじゃないか」
出来るだけ平静を装って声を出してみるものの、
和弘のその姿は焦りを全面に出していた。
開かない扉はただの壁。
今まで出来ていたことが出来ず、
加えて戦闘に間に合わないという状況に、
和弘は珍しく混乱していた。
「おいおいおいおい……!」
壁を叩く手が段々と乱暴になっていく。
どうにならないと分かると、今度は蹴り飛ばしてみる。
開かない。
開くはずがない。
「そ、そうだ。連絡、連絡しないと……!」
ここに来て、ようやく連絡することに思い至る。
慣れない手つきでブリッジに連絡する。
今は一分一秒でもどかしく感じる。
ブリッジに通信が繋がり、艦長を出して貰う。
しかし和弘が用件を言う前に、
艦長である高田は被せるように和弘に大声で叫ぶ。
その顔は信じられないという表情をしていた。
『お前がどうしてこんな所にいるんだ!?
あの出撃したアナザイムは何だったんだ!?』
まず和弘には何を言ってるか分からなかった。
いや、その言葉の意味を理解するのに時間が掛かった、の方が正しいか。
何かがおかしくなっている。
扉のことといい、何がなんだか分からなかった。
とにかく嫌な予感がした。
『とにかく、お前の部屋に人を出して、
なんとか開けるようにしておく』
それだけ言って通信は切れるが、
誰かが扉を開けるのを待ってはいられない。
「そ、そうだ!
確か開ける方法はあったはずだ!」
和弘はかつて同じようなことがあったことを思い出す。
ここに来たばかりの頃に同じく扉が開かないことがあった。
その時は麻由に開け方をわざわざ教えて貰ったはずだ。
「確か壁の横の方に……そう、これだ!」
パネルが浮かび上がる。
過去の記憶を必死に呼び起こしてパネルを叩くと、
目の前の扉がゆっくりと消える。
安堵のため息をつく。
まだ何も解決していない。
むしろこれからである。
ただ、気分は少しだけ落ち着いた。
扉の先には作業員らしき人物が二名いた。
同じく扉を開こうとしていたのだろう。
「急いで出撃します!
テツビトの射出準備をお願いします!」
「だ、だが君のテツビトは既に……」
そういえばアナザイムは既に出撃していると言っていた。
では誰が乗っている?
違う。一人だけ心当たりがある。
そう思いたくないだけだ。
(どうして麻由から連絡が来ないんだ?)
嫌な想像が頭をよぎったが、
すぐに頭を振ってその考えを追い出す。
その考えに絡み取られれば動けなくなる。
「アートラエスがあったはず。
あれで出ます! 誰か射出準備をお願いします!」
それだけ伝えて、和弘は格納庫へ走る。
脳裏をちらちらよぎる嫌な予感を振り払うように走る。
気づいたころは後の祭り。
いつも手遅れだったことに和弘は気づいていない。
日常の崩壊は既に始まっていたのだと。