15:影が差す
「よし、今回は当たりだ!」
「では和弘、遊ぶぞ」
「……お、おぅ」
次の補給艦にて、
和弘は裕樹と栗生に無理矢理と
言ってもいいくらい強引に連れ出されていた。
目の前に見えるのは飲食店の数々。
ただし、そのどれもが接待を重視するような外観だ。
それは和弘にとって夜の歓楽街を想像させた。
(良い天気だなぁ……)
いや、夜では無い。昼だ。
見上げた空は青々とした表情を覗いている。
映像は言え、外とリンクしていると聞いているので、
実際の空も昼なのだろう。
実のところ、和弘は部屋でゴロゴロしようかと思っていた。
部屋の隅で九条姫香との戦闘について考えていたかった。
力を出し切って二連敗というのが和弘の心に暗い影を落としていた。
二連敗はともかく力を出し切って駄目、というのは
自分の限界を教えられているようだった。
このまま戦い続けるにしても、また専用機と戦う場面はあるだろう。
もし別の専用機と戦っても勝てないのではないだろうかという
想像が和弘を焦らせていた。
腕を上げて手を尽くして戦っても勝つのは相手。
海に堕ちている自分の姿。
(いかんいかん……)
嫌な想像を振り払うように和弘は顔を振る。
こうやって連れ出された以上、こんな考えは邪魔になるだけと
思い聞かせて、二人の背中を追いかける。
「場所はこっちであってるのか、裕樹」
「間違いないぜ。和弘もちゃんとついて来いよ」
裕樹と栗生は和弘を連れて奥に行く。
入口付近は喫茶店、飲食店が並び、
奥に行くほど、段々と派手な看板が立ち並んでくる。
「おっ、あったあった。ここだ、入ろうぜ」
裕樹の先導で栗生、和弘の順番に入っていく。
部屋の内装は明るく、あまり大人の雰囲気では無かった。
内装は喫茶店に似ているが、大きめのテーブルに
それを囲むようなソファーとセットが置いてある樣は、
和弘からすると非常にシュールだ。
(テーブルとイスを変えた喫茶店?)
それが和弘の第一印象だった。
裕樹が受付の男を呼び寄せ、何やらと手続きを行う。
「こいつ専用機持ちだからさ、いい席頼むぜ」
裕樹の言葉でなんとなく和弘は自分が連れて来られた理由を察する。
連れて来られた先は大きな個室。
お金の心配をする和弘だったが、
通貨の概念が無いことを思い出して一人苦笑する。
しばらくすると数人の女の子と飲み物がやってくる。
先程和弘は喫茶店と評したが、しかし女の子が隣で酌次いでくれたり、
お話しする辺りは、やはりクラブではあるのだろう。
話の中心にいるはもっぱら裕樹だったが、
おだててお金を払うことも無いので、
和弘も栗生も平等に扱うように配慮してくれてはいた。
女の子と気軽に話せない和弘は、とにかく居辛いと感じていた。
内装が綺麗なのは和弘達の年齢からすれば丁度いいのだが、
例えばもっと年取った人であれば、などと思ったりしたので、
試しに聞いてみた所……
「部屋の照明を暗くしたり、ライトの色を変えればできますよ。
壁紙だって立体データですから変更できますし。
なんだったら変えますか?」
今のままでいいと返事をしてソフトドリンクを飲んでおく。
すっかり忘れそうになるが質量のあるデータの存在を忘れそうになる。
和弘からすればテツビトのような例外を除き、
無機物はほぼデータみたいな印象がある。
これも陸上から追い出された人間の知恵なのだろう。
一時期食料もデータなのかと思ったが、
よくよく考えてみれば、データを食べて人は生きられない。
結局なところ些末な話なのだろう。
本物だろうとデータだろうと、用途を満たすならば、
問題にする必要はどこにもない。
(いや、そういう問題じゃないな)
難しいことを色々考えてみたが、ようは堅苦しさを紛らわせようとしただけだ。
しかし、それを苦にさせないような女の子達の会話術は流石に慣れたもので、
結局のところ、時間が経つにつれて気にもならなくなっていった。
「では俺をコイツを少し介抱してから戻ろう。
和弘は先に戻って知らせておいてくれ」
時間も経ち、そろそろ帰ろうという時に、
栗生はテーブルに突っ伏している裕樹を指さして言う。
返事をして和弘が一人帰る準備をしていると
栗生が不意に尋ねた。
「少しは気晴らしになったか?」
「えっ?」
「俺もこいつも、こういう遊びは初めてなんだよ」
苦笑しながら栗生は言う。
どうも和弘の様子がおかしいことに気づいた裕樹が、
思い切って遊びに行こうと誘ったらしい。
「じゃあ、無理してお酒飲んでたのか!?」
未成年のアルコールについては、どうせこの世界このことだから、
と流していたが、裕樹が無理して飲んでいたのなら話は違ってくる。
「ああ、それは気にすんな。
コイツも最後は自分で楽しんでたようだからな。自業自得だ。
他人を気にするなら俺達みたいにソフトドリンク飲めば酔わないしさ」
そう言って栗生が笑う。
何気ない気づかいに不意に胸が詰まる。
こういった場は苦手だった和弘だったが、
一人で部屋にいても塞ぎ込むばかりだったのは確かだ。
「ありがとう。気晴らしにはなったよ」
「そうであって欲しいがな。
お前は専用機持ちで、自分が思ってるより偉いんだ。
もう少し自信持っていい」
和弘は苦笑する。
自分でも気づかないうちに
そんなに落ち込んでいるように見えたのだと。
繋がりが薄い世の中でも、こういう付き合いもあるのだと、
和弘は改めて知った。
そんなことを考えながら帰路に着く。
部屋の前では麻由が手提げ袋を持参して、
自分の部屋の扉の前で待っていた。
「あれ? 酔ってませんね?」
「そりゃ、お酒飲まなかったからな」
会って最初の会話がこの調子だ。
随分親しくなったものだと今更ながらに和弘は思う。
「ずっと待ってたのか?」
「なんだか落ち込んでるように見えたから……」
(まぁ、そうだよな……)
裕樹と栗生が気づいたのだ、
いつも一緒にいる麻由が気づかないわけがない。
部屋に通して簡単な食事を作って貰う。
普段から見慣れた光景だ。
備え付けのキッチンは最初から麻由の場所であり、
部屋の主である和弘は、器具や調味料の場所は把握していない。
夜食と言うには質素な食卓を二人で囲む。
こんなこじんまりとした場所の方が落ち着くのは、
やはり自分が貧乏性だからだろうか。
「そういえば麻由は今日、何をやっていたんだ?
整備士のみんなで遊びに行かなかったのか」
「行くには行ったんですけど……
どうも接待というよりは子供扱いされるので、
そのまま逃げちゃいました」
そう言って麻由はイタズラが見つかった子供みたいに小さく笑った。
(まぁ、あの二人じゃ余計に子供扱いされるかもなぁ)
口には出さないが相手の気持ちも分かる和弘であった。
麻由の方を見ると先程とは打って変わって何か言いたげな視線を向けてくる。
落ち込んでる所といい、今回と言い、
そんなに顔に出やすいのだろうかと和弘は思う。
ともあれ、その日は他愛ない会話をして別れた。
今までの自分が考え過ぎかと思うくらい、頭がすっきりした。
手慰みに適当な雑誌を手に取り、ロクに読まずにペラペラとめくる。
暇な時に何度も読んだ本なので、内容は大体分かっている。
特に見る所も無いので、そのまま無造作に戻す。
(……あれ?)
そこで和弘は違和感を感じて首をかしげた。
乱雑に積んであった本の中で足りない気がしたのだ。
雑誌に歴史書に操縦理論……
(まぁ、いいか)
特に整理整頓をしてるわけではないし、
管理も適当だったので、何が減っているかは分からない。
(ただの気のせいか。
何も気づかないってことは、どうせ大したものじゃないだろうし)
どうせ見たくなったら、また貰って来ればいい話だ。
考えれば考えるだけ気のせいだと思えてきたので、
和弘がそれ以上、気にすることを止めた。
(こんな些末なことをうだうだ気にするから、
みんなから気を使われるんだ)
和弘は、もう今日は寝ようと決めた。
明日こそ元気な姿を見せるようにと心に決めて。
◇◆◇
戦闘艦「けいちつ」の艦長室で
一人の男が宙に映されたデータを読んでいた。
出力されたデータは男の操作で、
次へ、また次へと内容を変化させる。
室内の雰囲気は重い。
部屋に明かりは煌々とついているのに、
それはある人物の気配がそうさせていた。
艦長室に主、艦長である高田輝一はチャイムの音に気付き、
表示されているデータを一度閉じた。
「失礼します」
「なんだ、君か」
部屋に入ってきた女性を見て、いくらかホッとした表情を見せた。
彼女はかつて高田輝一が操縦士をやっていた頃に
整備士を務めていた女性で、彼の一番信頼できる人物でもあった。
こうして艦長になった今でも、その手腕を発揮してくれている。
「はい。調査した結果をお知らせしに参りました。
……内容を当ててみますか?」
「聞きたくないな」
そんな言葉も意に介さずに、女性は自分の前にデータを表示させ、
それを高田の前に持ってくる。
高田はちらりと目を配った後、自分の見ていたデータをまたデータを表示させた。
そのデータのタイトルには『春日和弘及び桜木麻由に関する調査報告書』と書いてある。
「彼らの出身艦は不明か……」
「はい。訓練艦に連絡を入れた先を調べた所、
既に廃艦になっていました」
沈黙。
しばらく高田のデータを動かす手が止まる。
ある一ページを表示する。
「あの専用機についてはどうだ?
この期間では速すぎると思ったが」
「確かに速すぎますが、正式な手順に則って受領されています。
ただ……」
高田がその先を促す。
「彼らが専用機を受け取ったとされる輸送艦『ぼうしゅ』は
既に三年前に廃艦になっています」
「こっちも廃艦、か。まるで亡霊だな」
最初の疑問はアナザイムが海に突っ込んだその時だ。
その後、システムの説明を受けて、
長年操縦士として勤めてきた彼だけは分かった。
その瞬間移動のようなシステムがどれだけ先を行っているのかを。
不自然なほど時代を先取りしたような内容は
彼をとてつもなく不安にさせた。
「彼らの言う特殊な移動システムですが、
知り合いの技術者に当たってみましたが、
ありえないと返事を頂きました」
「存在しないような人間に、
正式に受領されているにも関わらず、ソース不明の機体。
ついでに普通では考えられないような強力なシステムまで積まれていると来た」
高田は表示されたデータを手で振り払う。
データは光に包まれたかと思うと高田の中に吸い込まれて消えた。
「私の考えを述べてよろしいでしょうか?」
「許可する」
「彼らは調停者の可能性があります」
彼女の意見に高田はため息ひとつ。
自分の考えをまとめるようにゆっくりと喋った。
「あれはただの噂だ」
「ですが、他に理由は考えられません」
調停者。
出来れば耳にしたくなかった。
一部でのみ、まことしやかに囁かれている伝説。
この戦争は人が死なない。
安全面が確立された世界は人の寿命を延ばして人口を増やす。
地上が無いこの世界でそれらを受けきれるのは不可能だと誰かが言った。
だから彼らは人を殺す武器を使って、この世を調整する。
圧倒的武力により、その役割に敵も味方も無い。
世界の安定を計るもの。故に調停者。
人が死ぬと言っても、それは事故や病気だったりするし、
そもそも誰も見たことが無いのだから、他愛も無いと笑い飛ばせばいい。
にも関わらず、調停者のテツビトを見ただの、調停者に殺されただのと、
まことしやかに囁かれるものだから余計に不安を煽りたて、
やがてただの冗談が噂に。噂がさもあると言わんばかりの裏の話となり果てた。
しかしここに来て、和弘と麻由、そしてアナザイムの存在が、
調停者という噂を現実にまで引き上げる。
高田はそんな人間が自分の艦にいるとは考えたくなかったし、
何の為にいるのかと考えるだけでも恐ろしかった。
しかし彼らを見ているうちに違う考えも生まれていた。
「艦長の考えは違うのですか?」
「断定は出来んというだけだ。
春日和弘、桜木麻由が調停者に踊らされているだけとも考えられる」
「踊らされてるだなんて、そんな!」
「でなければ、もっとカモフラージュされていてもおかしくないし、
あんな欠陥で四苦八苦するような真似はせんだろう」
あくまでも可能性の話である。
高田の脳裏には和弘と会話をした記憶がある。
他愛も無い会話だが彼は何と言ってただろうか。
(『外の空気を吸いたい』……馬鹿な話だ)
外に出た所で海と空しかないことを皆知っている。
ただの変わり者であればいいが、あるいは……
「では引き続き調査を頼む。
くれぐれも気づかれないようにな」
高田の表情から、その真意を窺い知ることは出来ない。
「かしこまりました」
女性は一礼をすると踵を返して、部屋を出て行った。
扉が閉まるのを確認し、高田はしばし目を伏せる。
「味方を疑いたくはないが……」
春日和弘と桜木麻由は実に良くやっていると言えた。
専用機を貰ってからも奢ることなく戦果を稼いでいるし、
九条姫香との二度の戦いでは負けはしたものの、
戦場に出たばかりでの戦いぶりは評価に値する。
しかし疑念と不安を持ったままであれば、
必ずいつか破綻を起こすだろう。
それだけは避けねばならない。
彼らを切り捨てるか否か。
高田は決断しなければならなかった。
手遅れにならないうちに。