14:主人公補正と人は言う
完璧に捉えたはずの相手が幻のようにかき消える。
微かに残っている青い残滓が現実に起こっていると囁いてくると同時、
自分でもあり得ない考えが口を次いで出る。
「瞬間移動したとでも言うの!?」
自分であり得ないことだと認めてしまうことで思考が止まる。
一瞬だが決定的な隙。
オペレーターからの混乱した声と共にレーダーを確認して同じく驚愕する。
しかし気づいた時には既に遅い。
「どうして!?」
それは自分のミスに対して出る「しまった」という言葉ではなく、
何が起きてるのか分からないという「どうして」という言葉。
遠く離れたアナザイムからのエネルギーキャノンの光が、
回避を許さない完璧なタイミングで向かっていき、
しかし、その隣を通り抜けた。
「外れた……? いえ、外したの?
どういう、こと!? どういうことだ!!」
舐められてるとも取れる行動だったが、
今までの動きを考えるに、そうする理由が見当たらない。
矛盾した行動と結果は姫香を余計に混乱させる。
(違う! 相手がどうだろうと関係無い!)
姫香の手は出し尽くした。
ここまで来れば、もう思惑とかは別の所にあると考えていい。
だからこそ姫香が決める行動はシンプルに一つだけ。
「殴り倒す!」
その意思を体現する為に、
ディーンロソルはアナザイムに向かって突撃する。
◇◆◇
(何をやっているんだよ、俺は!)
コックピット内で和弘は一人、自分の不甲斐なさに憤っていた。
これ以上無いくらい完璧なタイミングだった。
もうチャンスが他に考えられないほどに。
しかしアナザイムの撃ったエネルギーキャノンは
遠く離れた、しかし適正射程距離にいたディーンロソルの隣を通り抜けただけ。
丁度、外れたのを見計らっていたように、
コックピット内のレーダーやセンサー群に発生していたエラーが
強制起動して正常動作したとの通知が表示された。
『……ろ…ん! ……和弘さん!』
「……繋がったか。早かったな」
それと同時、麻由からの通信が入ってくる。
『システム使うなら、使うって言って下さい!』
「あの状況で無茶言うな……システムチェックは?」
『はい、今のところ問題無しです』
アナザイムの空間復元推進システム。
システムを使用する際、アナザイムの全身から青い粒子が噴き出して、
その粒子が空間に作用し、高速移動を可能にするというものだ。
ただ、理屈を聞いても和弘には理解出来ない代物で、
ようするに瞬間移動とも取れる速度で移動し、
かつ慣性制御も行えるというもので、
一昔前のUFOのような動きを可能にしたシステムだと認識している。
和弘からすればチートじみていると思ったシステムだったが、
いざ、使ってみたら三つの欠陥が露呈して、頭を抱えることになった。
まず第一の問題として、その圧倒的な速度。
操縦士が認識できないので制御が出来なかった。
初回起動時は起動した途端に海に突っ込んだ。
ただ、もし海に堕ちなければ戦闘区域から遠く外れた所で迷子になり、
最悪漂流して餓死してた可能性があったので、
海に飛び込んだのは不幸中の幸いだろう。
これは移動をプログラムによって制御、
最初から移動距離、方向、停止場所を決めておくことにより、
決まった動きをさせることで解決した。
第二の問題として、その速さ故にレーダー及びセンサー類が
現在位置を認識できずに誤認識してエラーを起こすと言う点。
普段なら止まっている的であれば勝手に照準を合わせてくれるにも関わらず、
完璧なタイミングで射撃を外したのはここに起因する。
ようするに先程のエネルギーキャノンは
モニターに見える風景だけで目視で撃ったのだ。
実は隣を通っただけでも奇跡的な精度だったのだが、
当たらならければ意味は無い。
今回は特に問題無かったが、センサー類の強制起動は
何らかのエラーを起こすかもしれないし、
そもそも相手の隙をつくには復旧に時間が掛かり過ぎていた。
更に第三の問題として、エネルギーの消費が激しい点。
通常の稼働時間のみならず何故かコーティングバリアのエネルギーまで消費する。
全身から噴き出す粒子が何らかの影響を及ぼしていると思われているが、
他の問題の方が酷い為、現在は解決が後回しにされている。
そんな中でも打った和弘の賭けは外れた。
復旧したレーダーには九条姫香のディーンロソルが
こちらに向かって急接近している様が見て取れる。
(あくまでも接近戦で勝負を決める気か!)
このまま接近戦を挑んでも勝ちの目が見えない。
かと言って、エネルギーキャノンの射撃戦では年季は向こうが上で余計に分が悪い。
空間復元推進システムを使えば、もう一度くらいは同じ隙を作れるかもしれないが、
今度はどうやって攻撃を命中させるかが問題になってくる。
制限時間はさして無く、和弘は決断を迫られる。
「……どうする?」
考える時間は一瞬。
「全部だ!」
和弘はまずアナザイムのエネルギーキャノンを今一度ディーンロソルに向ける。
今度はセンサーは正常に動き、自動で照準を補正する。
そのままの格好で今度はディーンロソルに向かって突撃した。
◇◆◇
ディーンロソルのコックピットで九条姫香は
アナザイムの奇行に対し笑みを浮かべていた。
それは蔑みではなく、挑戦的な笑み。
未だに相手が何をしたのか分からない。
もしかしたら、また何か企んでいるかもしれない。
『負けるかもしれない』という思考が姫香の脳裏をよぎる。
今までは、どれほどの相手だろうと勝てるビジョンが浮かんでいた。
結果、負けてしまったとしても対策が立てられる。
しかし得体が知れないと感じたのは初めてだった。
「ふっ……面白いじゃない!」
叫ぶことで嫌なビジョンを払い除ける。
既に機体はアナザイムに向かって止まらない。
相手の行動に注視して、近づくまでは何をしても避けてみせる。
相手との距離が近づく。
相変わらず肩の砲台を担いだままの姿で、
何をするという事もなく、その時が来た。
エネルギーナックルで決着をつけると彼女は決めた。
避けて近づいて、その時が来たら殴る。それだけを決めていた。
故に拳を振り下ろす。
その先のアナザイムが消えると知ったとしても。
アナザイムはもう一度、姿を消した。
いや、姿を消したわけではない。
ただ後ろに下がっただけだ。
青い残滓を残していなければ、
まるで相手だけ時間が巻き戻ったかのように感じていただろう。
真正面。
今一度見せる決定的な隙。外しようのない距離。
先に見えるエネルギーキャノンの銃口は、
相手が姫香の土俵には乗らないという意思表示。
放たれる光の奔流は、先程と違って、
確実に無慈悲にディーンロソルを捉える。
その光を目の前にしながら、しかし彼女は決めていた。
姫香は殴ると決めていた。
「うああああああああああああ!!」
叫び、攻めりくる光を殴りつける。
その意思を見せつけるかのように、
真っすぐに手を伸ばす。
初めての感情を植え付けた相手へ向けて。
エネルギーナックル同士がぶつかった時の比では無いほどに
光の奔流が溢れ出し、弾け、姫香の目を焼いた。
それでもなお退かない。
前へ、前へと突き進む。
不意に光が止み、広がる風景の中、
その先に宿敵の姿が見えた。
真っすぐに、突き出した拳はそのまま敵に向かって、
そして――――
そこに立っていたのはディーンロソルだった。
海に堕ちるアナザイムをただ見下ろしていた。
「こんなの……」
しかし、姫香の顔に映るのは勝利者の顔ではない。
何故自分がここにいるのかが分からない。
何故相手が堕ちているのかが分からない。
しかし気づいたらこうなっていた。
分からない、いや、納得したくないのかもしれない。
大規模作戦が控えている今、
確実に戦えるチャンスはこの一度だけだと姫香は分かっていた。
分かっているからこそ、万全を期した戦いにしたかった。
負けでもいいから納得できる結果なら何でも良かった。
しかし結果は自分が納得できないような、
後悔という、べとついた嫌な感触の残る結果。
「こんなの……納得できるかぁ――――!!」
カプセルバリアを展開しながら堕ちていくアナザイムを
見下ろしながら姫香は叫んだ。
◇◆◇
その一方で和弘も、また呆然としていた。
信じられないものを見た、といった感じである。
空間復元推進システムに相手が戸惑っているのは分かった。
まだ理解が追い付いていないうちに、
同じ手で、もう一度くらい不意をつけるだろうと考えていた。
そして、センサー類が駄目になった時の対策も
即興ではあるが上手いことを思いついた。
後は格闘と射撃のどちらかを選ぶかだったが、
格闘戦は相手がそれで決めてくるという意識があったのと、
相対的な速度によるミスの可能性や今までの対応から、
和弘は射撃戦を選んだ。
最初に照準を固定して、そのまま接近する。
空間復元推進システムによって同じ距離だけ後退すれば、
センサーが駄目になっていても照準がセットされているという理屈。
作戦は完璧だった。
今度はしっかり相手を捕えた確信があった。
しかし、そのビームを拳で突き込んで来ると誰が予想しただろうか。
「……そういうのは違うジャンルだろうが」
一人呟く。カプセルバリアを展開しているコックピット内は静かで、
センサーの類はエラーなのか、撃墜によって停止しているか判断がつかない。
それでもなお和弘の反応は見事だったと言える。
あの後、ディーンロソルの姿が直前に迫り、
振るわれた拳を和弘は奇跡的に避けることが出来た。
しかし混乱していた頭では紙一重で避けるのが精一杯。
結果、突撃してきたディーンロソルとアナザイムが接触。
バリアエネルギーが切れてアナザイムが墜落というのが今回の決着だった。
「いい線行ってると思うんだけどなぁ……」
実力差があるからこそ、小細工を弄す。
正面から戦って勝てるのなら、誰だってそうする。
勝てないからこそ、勝てるように考えるわけで。
しかしあと一歩で届かない。
それは本当に強者であることの証にも見えて、
和弘も一度は勝ちたいと思うくらいにはなっていた。
何より負けっぱなしも気分が悪い。
アナザイムに問題があるとしたら、空間復元推進システムだけで、
それを除けば九条姫香のディーンロソルと同等ではないだろうか。
機体性能が同等であれば問題になるのは自分の腕前だ。
ならば、機体のせいにするわけにはいかない。
「とは言え、どうすればいいんだろうなぁ」
操縦技術は頑張って伸ばすしかないのだが、
和弘と麻由だけで、これ以上伸ばすことに和弘は限界を感じてもいた。
以前、麻由が言った言葉がある。
『才能があるから操縦士になれる』という言葉。
もし、春日和弘と九条姫明の実力が才能差によるものだとしたら、
それはもう追いつけないという意味である。
(生活は出来る。しかし……)
先に進むことが出来ない。
今更ながら和弘はこの世界における
人の繋がりが少ないことを痛感する。
今のままでやっていけるのかという不安。
自分にはテツビトに乗って戦うしかないのに、
それ以上の存在がこうして立ち塞がっていた。
この世界で生まれたのなら、まだ分かる。
しかし和弘は召喚された存在である。
そのくせ理由も扱いも曖昧で、自分に力も無い。
和弘は自分の存在意義を見出せないでいた。