12:無力な凡人
戦闘艦に配属されてから、和弘が麻由の料理を食べる回数が減った。
減ったというよりは食堂を利用することが多くなった、の方が正しいか。
訓練艦にも食堂はあったが、
その時は殆ど麻由と一緒だったせいで
数えるほどしか使っていない。
単純に人付き合いの幅が広がった結果であると言えた。
今日の昼食はAランチ。ご飯に味噌汁、野菜と揚げ物。
和弘が普段見ていた食事と遜色ないものを麻由が作ってくれた時。
それをこの世界で初めて見た時は心の中で感動したものである。
「だからさあ、俺は思うんだよね。先制攻撃は重要だと。
しかし不意打ちの不名誉の烙印を押されたくはないわけよ」
食堂の一角、いつもの席で操縦士が三人揃ったいつもの面子、
裕樹がひとり騒がしく喋る、いつも通りの日常だ。
「正面から出てきてるわけだし、不意打ちでもなんでもないだろう」
栗生がいつもの憮然とした口調で返事をする。
今回の話は戦闘開始の合図は何が有効か、であった。
「和弘は何すればいいと思ってんだ?」
「直接撃てばいいんじゃないの?」
ツッコミ、適当、真面目な意見と色々な話をするが、
今回は割と適当に言ってみる。
「お前、またそういう適当なことをだなあ。
大体、明確な合図とかあるわけじゃないだろう?」
例えそうだとしても、栗生の言った通り
正面から相対しておいて不意打ちも何も無い。
相手の動きを注視すれば勝手に始まるだろう。
世の常識に反することを言って許さるのは、いつだって冗談だ。
しかしこういう場だからこそ、言えることもある。
「いっそ不意打ちを真面目に考えてみたらどうだ?」
「例えば何があるんだよ?」
「始める合図に違う相手を撃つのはどうだ?」
「なにそのマナー悪い行動」
和弘がいくつか案を出すも、
どうやら皆考えていることらしい。
戦果が必要だと思えば誰でもそうなのだろう。
「正面に立つ前に撃つのはあるな。
また戦い慣れしていない新兵が引っかかるって話だぞ。
俺達も注意しておかないとな」
出撃の時点で相手が見えてるのだから、
そもそも不意打ち自体が難しいということもあった。
こんな会話でまともな意見は出るわけが無く、
また適当な雑談に流れていく。
「また男子どもが馬鹿な会話してるわね」
「おっ、トモ。今から昼か?」
「そうよ。あなた達と違ってやることあるのよ。私達」
ぞろぞろと女子三人、会話に混ざる。
彼らの整備士がそれぞれトレイを持って隣の机に陣取って食事を始めた。
「なんか不意打ちって妙な単語が聞こえたんですけど……」
「マナーの悪さで顰蹙買うなんて止めて欲しいわ。ね、栗生」
「もしも、の話だよ」
「それより男子ども!
今日は戦闘あるんだから、ちゃんとコンディション管理しておきなさいよ!」
緩んでいると思われてるのか、トモがしっかりと釘を刺す。
確かにここ最近は何も無かったので、そう思われても無理はない。
それに大規模作戦も近いせいか戦闘する機会が減っている。
今は少しでも戦果を稼ぎたいのだろう。
「あなたも気にしなさいよね。
麻由ちゃんトモと違って甘々だし」
「あ、甘々って……私だって厳しいですよ! ねえ?」
いきなり美紀に話題を振られて言葉に詰まる。
自分の整備士なのだから賛成すべきだろうが、
実際のところ甘々なのかもしれない。
例えば裕樹とトモは不満も文句もガンガン言い合っている。
そういう関係もあるのだろう。
そこまで考えて麻由の膨れっ面を見て「しまった」と思った。
別に嘘をつかなくても、適当なフォローを言えば良かったのだと気づく。
言葉が回らないのは、何処に行っても損をする。
「お前ら二人は天然入ってるからな。
ツッコミは誰か入れる必要はあるだろう」
真面目に言ってるか分からない栗生の言葉を和弘は否定したかったが、
普段の言動で天然扱いされてる部分もあったので、結局黙ることにした。
そもそも世の天然は自分を天然と思わないだろう。
「和弘さんはともかく、私は天然じゃないです!」
ほら、ここに一例がいる。
「この前みたいに、海にダイブしちゃ駄目よ」
美紀に言われて和弘は思い出す。
アナザイムの空間復元推進システムのことだろう。
端的に言って超加速するこの装置は本当に速すぎた。
本人すら認識できないほどに。
そのせいで初起動時は本人が止める間もなく海に突入したのだ。
周囲から見ればアホに見えて当然だ。
確かに天然扱いされるかもしれないと一人納得する。
なお、それ以来システムは使っていない。
「今度は海に突っ込んだりしないよ」
苦笑しながら和弘は返事をする。
言ってることに間違いはない。
一応だが麻由と二人で対策は練っていた。
そして別の欠陥が見つかっているのだが。
「しっかりしなさいよね。専用機持ちなのよ、あなた」
「そうだぜ。俺達のエースなんだからさ!
頼りにしてるぜ!」
トモと裕樹の言葉に苦笑を深くする。
その経緯が偶然にしろ、幸か不幸か専用機を持っている。
専用機は個人特定が可能だ。
脅威の象徴であればいいが、カモであってはいけない。
まだ新兵の和弘にとっては荷が重い話だ。
(それでもやらないとな……)
和弘は決意を新たにする。
和弘がどうあれ、相手にとって、そんな事情は関係無い。
大規模作戦が終わったら、相手の専用機も出てくるようになるだろう。
それまでにはシステムの欠陥についても対策しなくてはならない。
思えばエネルギーナックルも空間復元推進システムも
和弘がアイデアを出して、麻由が実装した感じだ。
麻由が忙しいのであれば、アイデアくらい自分が出さないといけない。
暇を持て余してる場合じゃない。
考えることは意外とあった。
それは麻由と二人では決して分からなかったことだ。
こうして雑談でも冗談でも皆で話しているから見つけられる。
それなりでも心配をしてくれる仲間に和弘は心の中で感謝をする。
あとは和弘が結果を出すだけだ。
◇◆◇
「……それで解決方法が見つかったら苦労は無いよな」
和弘はコックピットの中で一人呟いた。
『何か言いましたか?』
「なんでもない。アナザイムの加速装置はどうなってるの?」
『……空間復元推進システム、です。
どうなってるも何も、最初に対策した状態のままですよ。
使えるようにはなってます』
「了解。海に突撃することは無くなったな」
つくづく自分は凡人だと思う。
それこそアニメや漫画、小説の主人公なら、
とっておきの切り札として出すものなのだが……
プログラムも詳しいわけじゃない。
少なくともこの場で書き換えられるほど達者でもないし、
操縦技術はトップレベルの相手に鼻をへし折られたばかりだ。
(そもそも俺がここに来た理由っていうのが
『いるだけでいい』みたいなのがおかしいだろ)
自分の無能さに卑下が加わり思考が逸れる。
チートじみた特殊能力があれば、から、
どうせならこんな能力が欲しい、に変わり、
どんどん無意味な方向に思考が飛んでいく。
『和弘さん、もうすぐ射出します』
麻由の声で我に返った。
どうも最近は無駄な考えをすることが多い。
余裕があると考えればいいのだろうか。
「了解。カウントを開始してくれ」
『射出までカウント20から。
19、18、17……』
裕樹、栗生、そして最後に和弘の機体が射出される。
基本的にテツビトに乗っている相手など、分かるはずもないので、
最後の射出される頃には、戦闘相手も既に決まっている状態が多い。
しかし今回はいつもと様子が違っていた。
「専用機……?」
カラーリングは藍色と呼べばいいのか。
その色は非常に濃く、黒と間違える程だ。
やや丸みを帯びたデザインは周囲の機体の武骨さもさることながら
その機体の異質さを際立たせた。
(まったく、この前といいついてないな)
そうは言っても和弘も専用機を預かる身。
同じような人もいないとも限らない。
「専用機は裕樹が相手をするのか……って、なんだ?」
既に敵の専用機の前には裕樹のアートラエスが対峙していた。
ここは返り討ちにあうかもしれないが、
裕樹が戦果を挙げるチャンスでもある。
そう思ったが、なんだか様子がおかしい。
裕樹の奥、栗生の前には何も存在していない。
そして自分の機体の前には、敵のテツビトであるラエカゴが二機。
和弘のアナザイムの前に陣取っていた。
(並び方を間違えたわけじゃ……無いよな?)
ここでの戦闘形式に慣れてしまったせいか、一瞬混乱してしまう。
そして二機でこちらを抑えるのは良いのかと?
「麻由、これはやっていいことなのか?」
『わ、私も分かりません!』
戸惑いが味方陣営を支配する。
中々行動に移せないこちらの様子が分かったのか、
戦闘開始の合図は相手からだった。
まず、敵の専用機が有効射程外からの
エネルギーガンを正面の裕樹機ではなく、
その隣の栗生機に向かって発射した。
それに合わせて二機のラエカゴはアナザイムに向かって来る。
(二対一か……)
敵の専用機も気になったが、まずは目の前の敵に集中する。
こちらの性能が上と言っても連携されたら困難だ。
重要なのは位置の把握だと和弘は考える。
一撃でやられる可能性がある以上、まずは不意打ちは避けたいところ。
相手に先手を取られた以上、まずは相手の出方を確認する。
……が、なんだか動きがおかしい。
正面にいる相手に対して射撃戦をしている最中も、
二機目のラエカゴは離れた場所について動こうとしない。
相手の隙をフォローするのかと思っていたが、その様子も無い。
(……試してみるか)
正面のラエカゴをエネルギーガンで牽制しながら位置を調節する。
アナザイムの視界に二機のラエカゴを入れるように誘導し、
背後に見えるようになったら、すぐに距離を再調整した。
狙いをつけるのは背後のラエカゴだ。
有効射程に入り次第、肩のエネルギーキャノンを発射する。
正面のラエカゴにとっては近すぎる距離。
その軌跡を見切り、回避行動を取る。
しかしその光線は和弘の狙い通り、後ろにいたラエカゴに命中した。
(本当に待機していただけだったとは……)
それに気づいた相手の動きが止まる。
和弘でも見て取れるほどの動揺。
常に二機の動きを見ていた和弘が、
その隙を見逃さないはずはない。
次の行動に移していた和弘の行動は速かった。
アナザイムのエネルギーライフルが更に一閃する。
(向こうも慣れてなかったのか。
助かったな)
二つの球体が海に堕ちるのをしばし見送る。
後は裕樹達だが、相手の様子を見る限り似たような感じだろうか。
相手に一矢報いられるといいなと思いながら、
撤収行動に移ろうとして――――まだ活動時間が余っていることに気づいた。
「意外と早かったのか……」
思い返せば、ただひたすら移動して牽制し合うはずが、
射程内に入って一撃必殺。次いで直撃。
(裕樹達はどうなったんだ?)
さて暇になったから、向こうの様子でも見るか、
などと呑気な考えを持つものの、
それは麻由の通信によって、甘かったと気づかされることになる。
『和弘さん! 敵専用機、来ます!』
「え? ……もう、か!?」
何故、敵も同等以上のことが出来ると何故考えなかったのか。
慌てて、敵の専用機を探す。
レーダーには既にこちらに向かってくる黒い影がハッキリと映されていた。
接触までにわずかに時間が残っていることを知り、一息。
意識を切り替え、エネルギーガンを構える。
恐ろしい速度で真っすぐ直進してくる敵戦闘機。
通常の射撃戦の距離で止まろうとも考えてない速さ。
そのまま引き金を引こうとして、ある記憶が蘇る。
九条姫香はそうやって踏み込んだ距離でビームをかわして反撃してきた。
ならば当然この専用機も同じことが出来ると考えるべきではないだろうか。
それならば、もっと引きつけてから撃てばいい。
ただし、それは自分も回避不可能な距離に身を置くことを意味する。
(どこで撃つか……)
オートロックオンは常に相手を捕えている。
敵が構える素振りを見せれば即射撃。
それがフェイントであれば、こちらの射撃するタイミングを見切られたならば、
回避されて反撃を受けて、それで終わりだ。
(いつ来る?)
しかし、敵はそのまま直進する。
接近する速度は変わらないまま、
いよいよ二機の距離が普段の射程距離より近くなる。
「ぶ、ぶつかるぞ!?」
それに焦りを感じたのは和弘だった。
先に撃たれたら避けられない、というプレッシャーに負けて引き金を引く。
真っすぐに伸びていく光の軌跡は敵の回避行動によってあっさり避けられた。
「なんで避けられるんだよ!?」
アナザイムは即座に回避行動。
反撃を避けられるとは思わなかったが、それはただの悪あがき。
だが、奇妙なことに相手は反撃もせず、ただ距離を詰めた。
「何がしたいんだよコイツは……!」
敵の専用機はアナザイムの目の前で停止した。
手を伸ばせば届きそうな至近距離。
九条姫香に敗北したときの嫌な記憶を思い出す。
相手は何を考えているのか、エネルギーガンを持ったまま、
その手をこちらに振っている。
まるで知り合いとでも言うように。
『か、和弘さん!
あ、あのライフルを見て下さい!』
先に気づいたのは麻由の方だった。
画面に拡大されたライフルには見覚えのある模様。
かつて一機で和弘達の三機を堕としたラエカゴの模様と同じ模様。
それを意味するのは、つまり――――
「ま、まさか……!」
和弘はここでようやく気付く。
今までのやり取りは、この場面を作り出す為のものだったのだと。
そしての相手の操縦士が誰なのか。
だが全ては遅く、気づいた時には舞台の上。
手のひらの上で踊るしか、道は残されていない。