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外界機兵アナザイム  作者: 紅陽炎
11/31

11:青はこんなに近いのに

アナザイムにはこれまで使っていたアートラエスと違う点が三つある。


一つ目は機動性の強化。


スピードと旋回性が、ほんの少し上がっただけだが、

取り回しの良さには意外と助けられている。


二つ目は追加武装のエネルギーナックル。


超至近距離での攻撃に使われる(予定)の武器だ。

しかし迂闊に近づかれると狙い撃ちされるため、

結局射撃戦で戦闘が終わるので、今まで使われていない。

九条姫香のような格上相手の隠し玉といったところだ。


三つめは春日和弘の遺産(と麻由は言っていた)空間復元推進システム。


麻由の解説を聞いてもちんぷんかんぷんだったが、

ようするに超加速で動けるシステムということで和弘は納得している。

理屈で言えばどんな相手も寄せ付けないと思われたトンデモ性能だったが、

しかしこれがとんでもない欠陥を抱えていることが判明して現在封印中。

目下どうやって使用するに堪えうるようにするか麻由と二人で検討中である。


つまるところ……


専用機に乗ったから和弘の戦果が上がったかと言えば、そんなことはなく。


少し能力が上がったお陰で少し楽になったところはあるが、

結局、一対一を繰り返すことには変わらない。

裕樹も栗生も段々実力をつけてることもあって、

専用機を貰う前と同じペースで戦果を稼いでいた。


大規模作戦が近づくにつれて新兵である彼らの戦闘頻度も減っていく。

戦闘が無い操縦士はただの暇人でしかなかった。


(今日も戦闘無しか……)


和弘は自室で一人、横になっていた。

和弘の知っている戦争は相手の領地を侵略して奪うことである。

しかし、ここでの戦争は相手と戦って戦果を稼ぐことであった。


艦長から戦闘が無い、と言えば本当に無い。

自軍の領海の奥に逃げ込めば済むのだから。


戦果を焦り相手の領海に深く入ってしまった場合は悲惨だ。

すぐに囲まれて集団リンチが開始される。


テツビトの出撃を強制されて、

燃料が尽きるまで戦果の餌にされてしまう。

操縦士は戦績に傷を負うし、

艦長は戦犯扱いされるしで何一ついいことが無い。


幸い、自分の艦はそういうことは無かったが、

新兵になりたての頃は、たまにやる者がいるらしく、

そういう話もよく聞いた。


「大規模作戦って聞くけど、それだってどこまで変化があるんだか」


なんともなく呟いて手に取っただけで読みもしなかった雑誌を投げる。

自室の一角、プライベートスペースに置く必要も無い為に、

無造作に積まれていた本がまたひとつ増えた。


ただの娯楽雑誌から始まり『歴史』『操縦者名鑑』『テツビト操縦理論』と、

置かれている雑誌や本のジャンルは雑多だ。

その中には配属初日に栗生に貰った雑誌も捨てるに捨てられず置いてあった。

この雑誌ももう相当前のバックナンバーになっている。


「操縦士、操縦士か……」


最近、暇なせいか余計なことを考えることが多くなっている。

お陰で知らなかったことを知る機会も増えた。

それが有用かと問われれば微妙なところであるが。


例えば操縦者名鑑。

自分たちより少し前の配属日が最新だったので、

自分の名前は無かったが、これから乗ることになるのだろう。


操縦士が少ないと麻由は言っていた。

確かに少ない。全人口にくらべれば。


この戦闘艦だった何人で動かしてるか分からないが、

艦長、クルー、食堂のコックや機関部の整備を

行ってる人を考えると、操縦士はたった3人である。


例えるならばスポーツ選手は全世界で星の数ほどいるが、

地球全人口と比べればそりゃ少ないだろうということだ。


そして、こんな暇してる操縦士の立場が想像していたより高かった。

食堂行って頼むだけで食事は出てくるし、

雑誌や雑貨、お菓子だって勝手に持ち出しても良い。

補給艦の施設だって操縦士の為にあるようなものだ。


まず基本的に通貨の概念が無い。

代わりに各個人と立場に応じて様々なものが許可される。

立ち入る場所や受けることの出来るサービス、物を貰える範囲。

栗生から雑誌を貰った時に『また貰って来ればいい』と

彼が言ったのはそういうことだ。

勝手に持っていっていい立場なのだ。自分たちは。


それが納得できるかはさておき、

自分が楽なので和弘も特に異を唱えることなく黙っている。


なお、整備士も『操縦士のため』という名目がある為に

殆ど同等の権利が得られている。

整備士になれなかった場合の立場が分からないか、

こうも操縦士に尽くすということは、やはり結構な差があるのだろう。


(通貨は労働の対価だもんな……)


働かざるもの食うべからず、という言葉がある。

操縦士は余程のことでも無い限り出撃を強制されるし、

整備士はいつものこと、この艦にいる人達だってやることがある。

この世界は労働者であることが決められているのだ。

無職であることは許されない。


(なんか管理されてるみたいだな)


そこでまた考える。

それなら『誰が』管理しているのだろうと。

麻由は操縦士と整備士は相性によって決められると言っていた。

機械で判定するにしろ、それらを管理するものがあるはずだ。


(そういうものは何処にも置いてないからなあ)


いくら考えた所で分からない。

そもそもそれを知る手段が見つからない。


(この場合、政治……か?

 俺の世界の政治はどうだっただろう)


自分の世界に当てはめて考える。

確かに国を動かしてるのは政治だったが、

和弘自身は政治なんてまったく興味が無かった。

知らなくても問題無く生きてこれたとも言える。


この世界でも同様だ。

知らなくてもまったく問題無く生活できている。


(もっとちゃんと勉強しておくべきだったのかな。

 民主主義と言っても選挙くらいしか知らないし……)


窓の外を見やる。

相変わらず見えるのは青い海と空だけ。


退屈ならば何か別の映像でも映せると麻由が言っていたのを思い出す。

何度か緑の風景や、他のものに変えては見たものの、

どうにも現実感が無くなるから、結局使わなくなってしまった。


(よく考えてみれば、今まで外に出たことなかったな)


今の今まで気づかなかった。

人間、ここまで慣れるものなのか。


しかし気づいてしまった今では、

外の空気を吸いたくてたまらない。

どうにも息苦しさを感じる。

さっきまでそんな感じは何一つしなかったのに。


どこから外に出れるか分からないが、特にすることも無い。

気長に探そうと、一人あてども無く部屋を出る。


部屋の扉――――壁の前に立つと、それが一瞬で消える。

廊下に出たら、また元の壁に戻っていた。


(ようするにこれも立体データなわけだ)


これだって最初は驚いたが理屈を知れば簡単だ。


訓練艦のリフレッシュルームの光景。

ベンチに木陰、周囲の雰囲気。

それら全て(か、どうかまでは分からない)が

出力された質量のあるデータだった。

確かにデータであれば、一瞬で消したり出したりも可能だ。


艦内を歩く。

自分が住んでいた艦なのに、全く知らない所が多かったことに気づき、

常に同じルートしか歩いてこなかったことを痛感する。

しかし知らない所を探検するようで、少しばかりワクワクした。


通路を渡り、取りあえず上を目指す。

この艦の全景はテツビトが帰還する時に見てはいた。

甲板くらいあったはずだ。


(そろそろ着くかな……)


幸か不幸か誰に会うことも無く順調に進む。

そして本日何度目かになる階段を上ったところで――――


盛大に頭を打って悶絶した。


「~~~~~~~~!!」


悲鳴が声にならない。

形容しがたい痛みで自然と涙が出てくる。

その場で頭を抱えて蹲った。


「そこは操縦士でも勝手に開かないぞ」


階下から苦笑と共に聞こえた声の方向に視線をやると、

見知った顔がそこにあった。

見知っているだけで会話はあまりしたことはなかったが。


「高田……艦長……」


絞り出したような和弘の声に高田は呆れた顔を返す。


「何してるんだ、こんな所で。そこから先は外に出る。何も無いぞ」

「ちょっと、外の……空気を……」


それを聞いた高田の顔は呆れを通り越して笑っていた。


「外に出たら風に飛ばされて海に落ちるぞ。

 そうなったら助けるのは困難だからな。

 折角の操縦士を馬鹿な理由で失わせないでくれ」


よくよく考えてみたら、当たり前のことだった。

和弘は一人納得する。


そのまま少しの沈黙が続く。

和弘の痛みが引いてきたのを待って、高田は話し始めた。


「……外に出て、何をするつもりだったんだ?」


「ちょっと外の空気を吸いたくて」


「その冗談はもういい」


その声には意外と真剣な口調があった。

なんだか怒られているようで座りが悪かったが、

しかし和弘の言ってることは冗談でもなんでもない。

つまり冗談に聞こえるほど馬鹿な言動だったということだ。


「まったく整備士は何をやっているんだ。

 操縦士のケアも必要なことだろう」


「ちょ、ちょっと待って下さい!

 麻由は関係無いです!」


流石にその言葉には反射的に抗議してしまう。

自分の気紛れで麻由まで迷惑を掛けるわけにはいかない。


「そうか? だったらいいが……」


その顔にはまだ疑いが残っていたが、それ以上は追及することなかった。

そのことに和弘はホッとする。


「それとも整備士には言えない事か?

 俺で良ければ聞いてやるぞ。これでも元操縦士だからな」


「本当ですか?」


「何を驚いている。大抵の艦長は操縦士上がりだ。

 専用機を貰っているお前なら、いつか艦長になるかもな」


艦長の高田輝一とは特に話すことはなかったが、

ただの偶然にしろこうして話している。

裕樹や栗生には相談しやすいが、彼らは和弘と同期の操縦士だ。

それよりは彼の方が知ってる方が多いだろう。


(折角のこの機会だ。何か聞けるかもしれない)


だが和弘の別の部分が警鐘を鳴らす。

ずっと感じてきた違和感があった。

しかしそれは聞いていいことなのだろうか?

そして知っていいことなのか、と。


和弘の中で考えはまとまらない。

まとまらないまま、言葉を投げた。


「春日和弘って知ってますか?」


「……それはお前の事だろう?」


和弘の質問に高田は呆れ顔で返事をする。


引き返すなら、今がチャンスだ。

今なら冗談で流して済ませてしまえる。

だが一度堰を切った言葉は止まらない。


「いやほら、こんな普通の名前ですし、

 同姓同名の操縦士っていたような気がして……」


「俺も長く海を渡ってきたが、そんなヤツは知らないぞ。

 聞いたことも無いな」


「そうですか……」


特に驚くべきことじゃない。

予想はしていたのだから。


和弘が読んだ操縦士名鑑に自分の名前は無かった。

しかしショックではあった。

信じたくなかったのは確かなのだから。


「分かりました。ありがとうございます」


答えてくれたことにお礼を言う。

今の気持ちが顔に現れていないか気になったものの、

和弘の口調はしっかりしていた。


高田は怪訝そうな顔をするが、

やはり何も聞くようなことはしなかった。


「まあいい。明日、戦闘がある。

 あまり思いつめるんじゃないぞ?」


「はい、了解しました!」


もう大丈夫だと伝える為に元気に返事を返す。

高田は満足そうに頷くと和弘を残して奥に歩いていく。


一人残された和弘だが、

もう外に出ようという気にはならなかった。


「あんまり変な行動を取ると迷惑が掛かるのは麻由の方か。

 気を付けないとな」


元々の操縦士と整備士の関係がそうなのかもしれないが、

生憎、和弘はそういう育ち方をしていない。

麻由にそこそこ引け目を和弘にとっては、

あまり迷惑を掛けたくないと思っている。


しかし……


「春日和弘はいなかった、か……」


この世界に呼ばれた理由を思い出す。

あの状況で高田が嘘をつくとは思えない。

名鑑にも名前が載ってないから、それは事実だろうか。


では、何故?


麻由はこの事を知ってるのか? どう関係してるのだろうか?

もしかしたら麻由も騙されていて、その裏に黒幕がいるのではないだろうか?

不安と疑念がひとつまみの真実によって一気に膨れ上がる。


(いや、そうじゃない……!)


首を横に振って疑念を振り払う。

今、考えるのはそれじゃないはずだ。


(何か探る前に最低限の事はやっておかないと……)


明日戦闘があると高田は言う。

まずはそれに影響が出ないようにしなければいけない。

少なくとも、ここにいる和弘は操縦士である。


(まずはアナザイムの欠陥をどうにかしないとな……)


和弘は答えの出ない疑問よりも、目の前のことに考えを向ける。

下手なことをして、この生活を崩す必要は無い。

今まで通りに振る舞っていれば、そのままの日常が続くはずだ。

そう、信じていたかった。


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