10:違う私
境界をうろうろして敵と交戦することが
戦闘艦の主な仕事であるが、
実際にそればかりやっているわけではない。
艦もテツビトも無限に動けるわけでもなく、
そうであっても人が生活しているのだ。
当然、補給が必要になってくる。
その為に補給艦というものがある。
戦闘艦のみならず、他の用途の艦に対して食料や燃料、
テツビトの部品など、様々なものを提供する役目を持つ。
ある程度航海した戦闘艦は一度領海内に待機している補給艦に行き、
燃料や物資などを補給するという流れになっていた。
補給艦の役割は艦の補給というだけでなく、
その中にテーマパークや劇場、資料館など、
来た者を楽しませるようなサービス施設がある。
その内容は補給艦によって様々だ。
それだけに補給艦は大きい。
戦闘艦を複数入れることも出来るうえ、娯楽施設も用意してある。
それは見る者が見れば小さな鉄の島ではあるが、
艦内で暮らす人間達がそれに気づくことはなく、
本当にそれを知っていると言えるのは艦長他、
外を見る必要性がある数名しか存在しない。
戦闘艦に従事する殆どの者は補給の間、
補給艦内における各種のサービスを受けることで英気を養うことになる。
戦闘艦にいる者達にとって、補給艦に行くことは休日という意味と同義なのだ。
◇◆◇
補給艦「こくう」の中は様々なショッピングモールが立ち並んでいた。
日用品の雑貨に始まり、玩具や果てはお土産やなどある。
その中を歩くのは一組の男女、裕樹とトモである。
しかしあれこれ手に取っては品物を物色している彼女と違って、
裕樹の表情は暗い。
「この補給艦はお店がたくさん並んでるタイプか。ハズレだな」
「何言ってるのよ、大当たりじゃない」
真剣に品物を吟味しているトモを見ながら、
裕樹はただただげんなりとしていた。
女性のショッピングは長いと聞いているが、
トモのそれは10倍長いんじゃないかと思っている。
個人の嗜好が様々ある以上、
補給艦にだって当たり外れがある。
外れの場合は運が悪かったと部屋で寝ていればいい話で、
実際に裕樹は自室でゴロゴロしていようと思っていた。
「大体、なんで俺が来なきゃならないんだ」
「暇してるんだから、荷物くらい持ちなさいよ」
裕樹はその言葉に更にげんなりする。
クローズドスペースはそりゃ然程の量が入るわけでは無いが、
明らかにそれ以上の物を買おうとしているのが分かったからだ。
荷物持ちどうこうよりも単純に自室で寝たいと思っていた裕樹は、
ささやかな抵抗を試みる。
「ショッピングなら美紀さん誘えばいいだろうが」
「あら、当然誘ったわよ」
そう言って親指を向ける。
その先を見ると、美紀と栗生がこちらに向かって来ているのが見えた。
既に二つほど袋を抱えてる栗生の表情は、
恐らく先ほどの裕樹の表情と同じだろう。
「美紀、あなたもう買ったの?」
「ええ、欲しいものがあったからついね。
この補給艦、当たりだったわ」
「へぇ、そういえば私も欲しいものがあったのよね」
あの店がいい、この店はどんなのが売っていたと
女二人の弾む会話をよそに、男同士は視線を軽く合わせただけだ。
何も言わなくても、その心は分かっていた。
――――お互い大変だな。
ひとしきり盛り上がったところで、
いざ行こうという時になって、栗生がそれを止める。
「和弘と麻由はどうしたんだ? あいつら待ってたんじゃないのか?」
「あの子達は専用機の調整をしてるって聞くわね。
ほら、私達の他に、もう一隻泊まってたでしょ?」
あっさり言うトモの言葉に裕樹が反応する。
「専用機ぃ!? 俺聞いてないぞ!
あいつ、そんな戦果上げてたか!?」
「ほら、九条姫香いたでしょ? あれやっつけたって」
「そんな話、あったか?」
同僚の思わぬ出世にトーンが上がる裕樹の声。
裕樹以外の面子は至って冷静だ。
「あれを勝ちと言うのか負けと言うのか微妙なところだが、
上はそう判断したんだろうさ」
「お前まで言うか!」
なおも食い下がる裕樹だったが、
言ったところでどうにかならないのは知っている。
しかし気が収まらないのであれこれ騒いでるだけだ。
当然、周囲も分かっている。
「九条姫香が言ったんじゃないの~?」
「そんなわけないだろ!」
心底どうでもいいといった美紀の対応にも
裕樹は律儀にツッコミを入れる。
相手にしてもしょうがないと判断したのか誰ともなく歩き出す。
裕樹はひとしきり騒いだところで気分も治まったのか、
いつしか黙ってついていくようになった。
「ま、善戦はしてたみたいだし
未来を買われたってことかもねぇ」
ふと美紀が呟いた。
裕樹ではないが実際は誰しも気にはなっていた。
出世した同僚がどうなるのか。
例えば九条姫香は一機だけだった。
本当に一機しかいなかったのか、
それとも他の僚機は……
「私達はあの子達の引き立て役に過ぎなかったのね。
ヨヨヨ……」
「ちょ、ちょっと美紀。縁起でもないこと言わないでよね!」
「操縦士がもう少し頑張ってくれれば……」
矛先が操縦士二人に向けられる。
確かに同じ同期である以上、比較されるのは仕方ないことだが、
別に好き好んでこの場にいるわけではない。
こんな話を聞かされるくらいなら、
今すぐ部屋に戻ってふて寝でもしたくなるのが人情だ。
「そ、そろそろこの辺で止めてくれるか? 耳が痛いぜ」
「秒殺されたヤツが何言ってるの?」
「ぐぬぬ……」
裕樹の言葉をトモが一蹴する。藪蛇だった。
この展開だと更に文句が飛んでくるのは経験上明らかだ。
もう本当に帰ってしまおうかと思ってしまう。
「トモも夢を見過ぎなのよ。
九条姫香じゃ相手が悪かったと思うしかないわね」
「美紀……うん、まあ、そうね。相手があれじゃね」
上手い所で入ってきた美紀のフォローが心に染みる。
そもそも和弘がラッキーボーイなだけで普通はあんなものだ。
やられ続けて凹むようじゃ操縦士は務まらない。
「……これからの活躍に期待しててくれ」
「そうするわ、栗生」
栗生の言葉で、ひとまずこの話はお開きとなった。
その後、おみやげはどうするなど、
これが足りなかったなど、ただの雑談に戻りながら品物を物色する。
買い物を楽しんでいる女性陣をよそに、
荷物持ち以外にすることの無い男性陣もあれこれと会話する。
一人でいるとあれこれ考えてしまいそうで、
今は荷物持ちでも少しはマシとも言えそうだった。
◇◆◇
一方、和弘と麻由は輸送艦「ぼうしゅ」の中で、
自身の専用機となるテツビトを前にしていた。
「あれから大して時間経ってないぞ……」
「テツビトの基本構造は特に変わってないですから」
目の前の機体を見る。
形状は少々違うもののアートラエスから少し変わっただけだが、
白を基調として、青いラインが入っている機体。
麻由は取り出したデータを和弘に見せる。
「性能も若干向上してますが、まず新しい機能や武器の使い方ですね。
まず移動システムですが、空間駆動推進の理論を応用して……」
急に専門的な用語を並べ立てられて困惑するのは和弘だ。
必死に理解しようと試みても、専門用語が多すぎて結局分からない。
「……詳しい動作は実際に操縦してみてください」
「……ごめん」
こういう理屈を並べられるところは整備士だなあ、などと思いながら、
次々に表示されるデータに目を通す。
しかし殆どが和弘には理解できない代物だ。
(でも、麻由は分かっているんだよな)
訓練艦の時を思い返す。
理屈や理論は分かっていたが、
実機でそれを操作する方法が分からなかったと言っていた。
(裕樹や栗生も分かっているんだろうか?)
「多分知らないと思いますよ。そうなったら整備士いらないですから」
心に思ってることを言い当てられてギョッとする。
もしかしたら口に出してるのだろうか?
「あ、あれ?」
「言わなくても分かりますよ。
どれだけ和弘さんのことを見てきたと思っているんですか?」
それは嬉しいような怖いような。
いや、今のは喜んでいい所のはずだ。
気持ちを紛らわせようとデータに目を通していくと、
和弘の目がある一点で止まった。
武器の項目。数少ない和弘が分かる箇所だ。
「この武器……エネルギーナックル?」
「はい。この機体を作る切っ掛けになったのは、あの戦闘ですから。
こういうのがあるなら楽かなって」
つまり殴れるようになったということだ。
それは嬉しいことだが、実際に使用できる場面は
かなり限られている気がする。
そして和弘が気になる点として、もうひとつ。
「剣じゃなくて? エネルギーサーベルみたいな」
「いちいち持ち変えなきゃいけないじゃないですか」
ごもっともだった。
麻由だって、この武器を使う機会が
そう多くないことは分かっている。
あくまでも緊急用としてのものなのだろう。
「後は私が調整します。
和弘さんは動作を把握しておいて下さい。
大分勝手が変わると思いますから」
麻由が隣のシミュレータールームを差す。
(シミュレーターか……)
訓練艦の頃を思い出す。
戦闘艦に配属されてからは、特にそういう機会も無かった。
少し前のような気もするし、随分時間が経っているようにも感じる。
「アートラエスとは武装も出力も変わってますから、
今のうちに慣れて下さい」
「流石、専用機だな。
ところで、コイツの名前ってなんなんだ?」
「名前? 和弘さんがつけるんですよ」
もう決まっているものとばかり思っていた和弘だったが、
当然と言った風の麻由の言葉に若干驚きつつも
自分が決めていいのかと言葉を返す。
「和弘さんのテツビトなのに、
和弘さんが名前つけなくてどうするんですか?」
驚きと呆れが半分ずつといった様子の
麻由の言葉を受けながら何にしようと考える。
折角だから、カッコイイものにしたいなと考えるものの、
こういう時に限って何も思い浮かばない。
麻由に話を振ってみるもの、特にこれと言った案は出なかった。
ただ……
「あんまり変なのにしないでくださいね。
あと呼びにくいのもちょっと……」
「注文多いな」
麻由の言葉に苦笑しながら目の前の機体を見る。
白い機体は和弘の見てきたアニメや漫画の世界では
主人公の使うロボに多かった。
白が基本色でなくとも明るい色。
少なくとも黒を連想する色ではない。
この機体が春日和弘の専用機になるのだ。
この世界の春日和弘じゃない。
この自分にあわせて作られた、本当の自分の機体。
そういう理由を考えて頭に浮かんだものを口走る。
「アナザー……あ……」
「え?」
「……アナザイム。コイツの名前はアナザイムだ」
「アナザイム……ですか?」
「分かり易いし、呼びやすいだろ?」
アナザイム。
和弘の表情を察するに、何か意味のある名前だろう。
何を思ってその名前をつけたのか麻由は気になった。
「出来れば、でいいんですけど、名前の由来とか教えてくれませんか?」
「……俺の機体、って意味だよ」
「はぁ……?」
あまり納得していない顔の麻由に手を振って、
和弘はシミュレータールームに向かう。
和弘はそれでもいいと思っていた。
この名前の意味は自分がちゃんと分かっていれば、それでいい。
これは和弘の専用機なのだから。