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東京ウォーターフロント our lively remains  作者: 【Farfetch'd】鳥丸
SEASON 1:水没のローテンブルク
1/4

#00 都と森に海と空

 澄み渡る青に、白い月が浮かんでいた。


 そこはかつての都市部だった。乱立する高層ビルが空を狭くし、まだ低い太陽の光を遮る。それらは、利用する人間がいなくなった今も高くそびえ立っていた。しかし所々崩壊しており、中身を剥き出しにしているものや傾いているものも多く存在していた。


 そしてその間には、逞しく育つ樹々の姿が見えた。ビルの隙間を埋めるように、あるいはそれを押しのけるようにして伸びる。瓦礫が根に絡まり盛り上がっていたり、窓から顔を覗かせるように生えるものも見える。群生する植物が建造物を覆い緑色の塊になっているのも確認できた。地面からはヒビ割れたアスファルトの隙間から雑草が生い茂る。


 そんな都市と森林を足して二で割ったような景観は、さらに所々水に浸かっていた。それは昨日の大雨が作り出した水溜まりだった。排水機構を失った街には、雨が降ると大小様々な水溜まりが現れる。


 その水溜まりの上を、何かが高速で通過した。一瞬遅れて飛沫が舞う。


 それは原付自転車からタイヤを取り除き、そこを平らにして、座席を少し高くしたような乗り物だった。地面から数センチ浮いており、ヒィィ……と静かな駆動音を出しながら低空で進むそれは、モトライズド・ノンホイールド・ビークル、通称モノビーと呼ばれる両用車だ。


「ほんとにこっちであってるのかなぁ……」


 運転手は、そんなことを呟いた。

 そしてそれは、まだ冷たい早春の空気の中へ溶けていく。


「なんか、行きと違う気がする……」


 彼女は、疑念に満ちた表情で辺りを見回すと、


「もいっかい検索、喫茶オンダまで」


 表情のわりにはあまり焦りを感じない声でそう言った。

 ハンドルの真ん中にある小さなディスプレイが反応し、環状に並んだ小さな点が現れくるくると回るように順番に明滅した。すぐに先ほど示されていたものと同じ道順が画面に表示された。その上端には、”AM 08:32”と現在の時刻が示されている。


「……あってるんだね、信じるよ」


 高めの座席に寄りかかるような姿勢で運転していた彼女は、再び視線を前に戻した。そして落としていた速度を上げる。


 彼女は、二十歳前後に見える小柄な女性だった。ヘルメットを被っており、肩ほどまで伸ばした栗色の髪をマフラーで押さえていた。少し垂れている双眸と寒さで薄紅に染まった頬が見える。明るい色のコートを着込み、赤いチェック柄のスカートから覗く黒のレギンスを穿いた脚は足首あたりがモコモコしている靴に納まっていた。


 防寒対策を施した彼女を乗せた浮遊原付モノビーは、時折水飛沫を上げながら建物と植物の間を縫うように進む。


 彼女は、ナビの示すまま走り続けた。徐々に周りの景色が変わっていき、街並みは下町のような雰囲気になっていく。


 しばらくして、広い通りに出た。一気に視界がひらける。


「ん……」


 陽の光に包まれ、彼女は眩しそうに目を細めながら太陽光を手で遮った。速度を落とし、周りを見渡す。


 そこは国道四四五号線、何度か通ったことのある道路だった。もっとも現在は一般には使われていない。

 二車線ずつはあったと思われる幅のある道は、引かれた白いラインなどはとうの昔に見えなくなっており、ヒビ割れて凸凹で荒れ放題だった。ヒビがつくった隙間には植物が根を張り、開きかけのタンポポが風に揺れている。かつては車だった鉄の塊や折れた標識が道脇で苔に覆われていた。


「よかったー」


 彼女は安堵するように呟く。

 そして一瞬ナビを確認すると、車体をゆるやかにカーブさせて道なりにした。アクセルを開け、速度メーターが三十キロを超える。


 誰もいない街を、役目を失った信号機の下をくぐりながらしばらく進む。かつての学校施設を通り過ぎた所で右に曲がり、少し進んで左に曲がった。すると前方に公園だったと思われる樹木の密集地が見えた。彼女はそこへためらいなく進入する。


 林を抜けると、ひと際大きな水溜まりにぶつかった。池というには大きいそれは、取り残された海だった。潮が満ちてくると、河口から逆流するように海水が押し寄せ、河から溢れた水がゆっくりと街まで押し寄せる。今は引き潮で、戻り損ねた海水が地形の窪みに捕らえられ大きな水溜まりとなっているのだった。 その海水は、底が目視できるほど澄んでいて、ベンチや遊具が沈んでいるのが確認できる。


 そしてその向こうには、網状の柵を挟んで住宅が立ち並ぶのが小さく見えた。


 彼女は構わず巨大な水溜まりを突っ切り始めた。両側に水が立ち上がり、波紋が広がっていく。その様は、水上を走るモーターボートのようだった。

 煌めく水飛沫を作りながら疾走する彼女の上空に、遊ぶように海鳥が舞う。時折、併走するように飛んでは、その身を翻し空に帰っていく。楽しそうに踊る鳥達を、彼女もまた楽しそうに眺める。


 時折現れる、海水に浸かりながらも葉を茂らせる木々を避けながら進む彼女の目には、住宅の群れが徐々に大きく映り細部が見えるようになってきていた。建ち並ぶ家々は欧州風のデザインが施されていて統一感がある。住宅地の手前には、人の背よりも高い頑丈そうな網状の柵があった。それは住宅地と廃墟を隔てる役割をしていた。柵の手前には、それに沿うように舗装された道があった。


 やがてモノビーは水溜まりを抜けた。そして柵の手前の道に辿り着く。彼女は右に曲がり、車体を道に沿わせた。特にラインなども引かれていない舗装されているだけの道を進む。すると行く手に、料金所のような建物が見えてきた。


 その建物は柵にめり込むように居住区に建っており、高速道路の料金所を小ぶりにしたようなデザインをしていた。屋根の上には、海鳥が羽を休めていた。自動車が一台やっと通れる幅のゲートに左右からバーが下りている。人が入れる小部屋が脇に見えたが、中は無人だった。


 モノビーがそのゲートの前に来ると、ポーン、と音がしてバーが上がる。


 そこを通過し、ゲート広場を抜けて、住宅地に入った。そこには、急にヨーロッパにでも来てしまったかのような異国の雰囲気が漂う街並み。彼女はアクセルを緩めて速度を落とす。ここには人が住んでいるため、事故を起こさないようにするためにもスピードは出せない。


 ゲート通過後は直進し、途中、立派な噴水がある広場で左に進路を変えた。そしてしばらく進むと、坂が現れた。地形の作る段差を越えるためのものだった。それを上りきり、すぐそこの十字路を過ぎると、街並みの様子はまた変わり、よく見る日本の街並みとなった。そのまま進むと、店の密集する商店街となっている。


 その手前、右手に喫茶店があった。

 店名を示す小さな看板には、”CAFE ONDA”の文字が踊っている。


 彼女はそこにモノビーをつけた。差し込まれたキーを回すと、ヒュゥゥン……と駆動音が消えていき、地面との距離はゆっくりとゼロになった。モノビーから降りると、シートを開ける。すると中から、芳醇な香りが漏れた。彼女はその香りの根源であろう茶色の紙袋に詰められた何かを取り出した。それを抱えて、”CLOSED”と書かれた板が掛かっている扉から店内へ入る。同時に扉のベルがカランカランと鳴った。





「ただいまー」


 彼女はマフラーを下にずらしながら気持ち張った声を出した。レトロな喫茶店の店内にそれが響く。すると、カウンター奥の厨房に繋がる箇所から青年が現れた。


「おう、おかえり。ありがとな」


 その青年は袋をかかえる彼女に笑顔で礼を言った。

 白いワイシャツに黒いベスト、黒のチノパン姿は、彼を喫茶店の店員であることを思わせる。背は百七十センチ半ばほど、精悍な顔つきにやや伸ばした黒髪には左寄りの分け目があった。彼は彼女に歩み寄り、


「悪かったな、取りにいかせて。本当に助かったよ、ありがとう」

「いいってことよー。それに、私から提案したんだし」


 外の寒さを物語る彼女の赤い頬を見ながら、重ねて礼を言い、袋を受け取った。

 彼女は、開店前の店内でマフラーとコートを脱ぐ。それらをひとまずは近くのイスに掛けた。そしてそこに座って、ふうと一息ついた。


「寒かったろ。何か飲むか? 何でも淹れるぞ」

「ほんと? あったかいのならなんでもいいよ、ありがとう」

「はいよ」


 彼は受け取った袋とともに裏へ消えた。カチャカチャと陶器を用意する音が小さく聞こえ、少しすると、湯気を漂わせたマグカップを持って再び現れた。彼女のそばへと近づく。


「ホットカフェオレにした」

「お、いいねーありがとー」

「熱いから気をつけろよ」

「うん」


 彼の言うことに従い、彼女はカップの上部を持って温度を確認しつつ、「あちち」と漏らしながら慎重に受け取る。


「帰り、ちょっと迷っちゃった」

「……人生にか?」

「安心して、道にだよー」

「なら良かった」

「良くないでしょ」


 彼女はカップをひとまず膝の上に載せながら、口をとがらせた。

 彼はあまり悪びれもせず、そんな彼女に言う。


「はは、そうだな。でも、大丈夫だったんだろ? 怪我とかもないようだし」

「うん、無傷。ちょっと焦ったけどねー。すぐ見慣れた場所にでれた」

「なら、良かった」


 彼は今度は安堵の表情を見せた。それを見た彼女は、口元に笑みを宿す。


「それにしても、豆が届けられないとはな」

 彼は一番近いカウンター席に浅く腰掛けて言った。

「そうだねぇ」


 彼女はカフェオレ入りのカップを口に近づけ、冷ますようにふーふーとクリーム色の液面を波立たせる。それから一口飲んだ。甘く熱い液体が口内を満たし、喉を抜けていく。

 そしてほっと息をついた。体が熱を取り戻すのを感じながら、彼に顔を向ける。


「道が塞がっちゃったのは仕方ないね。昨日の雨、そこまでだったとはねー」

「まあな……。この街にも旧首都高に乗れるインターがあれば……。お前がモノビーに乗れて良かったよ。浮遊両用車じゃないと廃都を道として使えないからな」

「へへー」


 彼女は彼に向かってVサインを作った。嬉しそうに笑う。

 それから彼女は、何かを思い出したような顔をして、


「でもサービスしてくれたよ。今月分は安くしてくれるって」

「お、本当か? そりゃ助かる。空のおかげだな」

「やったね。もっと褒めるがいいよ」

「さて、そろそろ仕込み再開するか」

「えーちょっと」


 彼はそう言ってカウンター席から腰を上げた。カウンターの中へ入っていく。空と呼ばれた彼女はその後姿を目で追いながら、声を掛ける。


「まだあるの?」

「少しな」

「私やるよ」


 彼女、空は暖をとるように両手でカップを包むように持ちながら、顔だけ彼に向けて言った。彼は振り向いて答える。


「そうか? まだ休んでていいぞ。俺がやっとくよ」

「ありがとー。でもやりたいの」


 空の申し出に、彼は一瞬何かを考えるそぶりを見せるが、

「そうか。じゃあ頼むよ」

 すぐに快諾した。


「はーい」

「あ、それとな」

「?」

「今日は少し開店遅らせるから、ゆっくりやっていいぞ」

「ほんとー? さすが”店長”!」


 空は元気よく返すと、カフェオレを飲み干し立ち上がった。コートとマフラーを手に取り、彼の後を追ってカウンター奥から厨房へ入る。


「ごちそうさま!着替えてくるねー!」


 そして厨房で彼にマグカップを返し、一度裏口から外に出て二階の住居へ階段を上がっていった。


 霞む水平線から高度を上げた太陽が、始まる街の一日を照らす。


鳥丸です。ご無沙汰しています。

リビルトした第一話です。ようやく再スタートしました。

設定とか世界観とか、前まであげていたものよりしっかりさせて書き直しています。それに伴い、前のものは削除しました。

もう一度、よろしくお願いします。

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