来いよ、オラ
同志の声を皮切りに冒険者達が動き始める。
互いに声を掛け合い、剣士や戦士が俺達の前へ進み出る。
後衛職の弓手や魔術師が壁際へ下がり、得物を構える。
一方でかなりの人数が屋外へ出て行った。
混雑を回避する為と、弱い者が足を引っ張るといった事態を避けるのが目的だろう。
わざわざ戦闘態勢が整うまで待ってやる義理もないのだが、こいつらはギルドに加盟しているだけの冒険者だ。
こいつらから見れば、俺達はギルドへ乱入してきた指名手配中の凶悪犯になる。
敵意を向けられるのは仕方が無い。
館内に残った奴らは、ざっと二十人。
念のためステータスを確認する。
かなりバラつきがあるようだ。
一番強い奴は、後方にいる神官服を着た男。
レベルは67。『回復魔法』と『補助魔法』をいくつか習得している。
次いで、同志と対峙しているレイピアを構える小柄な女。こいつは63だ。
後は大体30~40くらいか。
そんなに高くない。
やり過ぎないよう気をつけないとな。
「同志、五分で終わらせるぞ」
「一分で充分だ」
答える同志の前に、レイピアを持った女戦士が倒れていた。
はえーよ。
熊との死闘は何だったのか。
ハンナ達とやりあった時もそうだが、対人戦だけは異常に強いなコイツ。
敵もそれくらいでは怯まず、俺達を囲むように分かれると左右から剣や槍を繰り出してくる。
かと思うと、突然、広く間合いを取る。
すると後衛の放った魔法が飛んでくる。
その隙に神官服の男が回復魔法を唱え、倒れていた女戦士が戦線に復帰する。
連携が上手い。
流石は冒険者といったところか。
「一分過ぎたな」
「なら二分だ!」
叫ぶ同志の胸に、後方にいる女の放った矢が突き刺さる。
勢い良く突き刺さった矢は胸の中央部を貫き、矢尻が背中へと抜けていた。
「いてて‥‥」
同志はイラついた表情で、その矢を引っこ抜き、床へ投げ捨てる。
矢には一滴の血も付いていない。
どういう原理なのだろうか。
矢を放った冒険者の女は「うえぇぇ!?」と叫んで棒立ちになっていた。
分かるわ、その気持ち。
それでも、攻撃の手を緩めない冒険者達の意志の強さには参った。
こちとら、かなり手加減しながら、この人数を相手しているのだ。
なんというか、非常に面倒臭い。
中途半端な攻撃では、すぐに回復されてしまう。
だからといって、この程度の連中に強い攻撃を与えれば簡単に殺してしまう。
生き返らせる事ができるからといって、殺しても構わないという事にはならない。
同志も同じ事を考えているのか、やり難そうに戦っている。
そろそろ二分か。
「同志、壁際まで下がってろ」
バックステップで、後方遠くまで同志が下がる。
俺は左手を掲げ、『気絶雷光』の魔法を唱える。
この魔法は文字通り対象を気絶させる事ができる。
自分を中心とした半円状の範囲内にいる者が対象で、味方も巻き込むので使いどころが難しい。
が、決まれば戦況が確定する程の強力な魔法だ。
そして、俺も闇雲に戦っていたわけではない。
冒険者達全員が『気絶雷光』の範囲に入るよう誘導していたのだ。
「お前らは誇っていい。二分も耐えたからな」
ギルドマスターが姿を見せたのは、受付の男が呼びに行って五分以上も経ってからだ。
その頃には戦闘も終わっている。
屋外にいた連中も、室内の冒険者が全滅しているのを見て静かに扉を閉めた。
助けには来ないらしい。
賢明な判断だ。
ギルドマスターは他の職員と同じ制服を着た初老の男だった。
ただし、眼光だけは明らかに堅気のそれではない。
冒険者上がりだろうか。
髪は全て白くなり、顔には相応の皺が刻まれているが、動作に老いは一切感じられない。
他の職員は逃げ出したのか、いるのはこいつ一人だ。
ギルド内の惨状を目の当たりにしても動じた様子はない。
「ハンナめ、しくじりおったか‥‥」
「テメェらが気に入らねーのは俺らだろ、無関係の人間巻き込んでんじゃねぇよ!」
同志が怒鳴り、俺が剣先を突きつける。
だが奴は動かない。
つまらなそうに鼻を鳴らす。
「それがどうした?」
「なに?」
「魔物から街の住民を命懸けで守っておるのは我らであるぞ。
偶には、ワシらに命を捧げる事があっても良いではないか」
奴の目は本気だ。
「住民どもが生きておられるのは、冒険者ギルドあってこそよ」
あまりの怒りに一瞬気が遠くなる。
血の気が失せ、身体中が冷え切っているのに、腹の奥だけは激しく煮えたぎっている。
ドス黒い感情が湧き上がり、剣を握る手の震えが止まらない。
こいつは本気で言っている。
宿を襲った事も、リーゼを殺した事も、瑣末な出来事だと思っている。
罪悪感なんて欠片も感じちゃいない。
俺も同志も武器を構える。
この男に関してだけは、遠慮も手加減もする必要はない。するつもりも無い。
だが、俺達に追い込まれた状況であっても、奴は悠然と立ったまま動こうともしない。
もしや、凄まじく強いのでは?
警戒しつつ『人物鑑定』で能力を確認する。
【名前】 リドール
【Lv】 94
【種族】 人間 【職業】 剣士 【称号】 ジオーラの顔
【HP】 1100/1100
【MP】 190/190
【装備】 バスタードソード 冒険者ギルドの制服 チェインメイル 冒険者ギルド特製ブーツ 対魔の指輪
名前はリドールか。
さっきの冒険者達と比べればレベルは高い。だが脅威と呼べる程ではない。
それに一人なら仲間との連携も取れないはずだ。
戦えば間違いなく俺達が勝つ。
にも関わらず、こいつの余裕は何だろう?
何か秘策でもあるのか、それとも只の虚勢なのか‥‥。
俺は警戒を解けず、斬りかかるのを躊躇っていた。
同志は俺が攻撃を仕掛けないのを不思議そうに見ている。
真っ先に俺が動くと思っていたのだろう。
チラチラとこちらを見ては「行けよ」と催促してくる。
敵の腹の内は読めないが、このレベル差なら何かあっても耐え切れるだろう。
俺が覚悟を決めた、その瞬間。
「うおおっ!? 何だコレ!?」
後ろから声が聞こえた。
その途端、リドールが安堵の表情を浮かべ、大きく息を吐いた。
「間に合った‥‥」
構えを崩さないまま、後方へ視線を送る。
男女四人組が、壊れた入り口から入ってきた。
全員が真っ赤な外套を纏っている。
パーティ仲間だろうか。
皮肉めいた表情を浮かべる長身痩躯の男。
無表情でこちらを見据える髪の長い魔術師風の女。
身の丈を超える大剣を背負った赤髪の少年。
戦斧を構える男はニメートルはありそうだ。
こいつらが来るなり、リドールの態度が変わった。
今までの虚勢は、この連中が来るまでの時間稼ぎだったようだ。
まんまと引っかかってしまったらしい。
という事は、こいつらがリドールの切り札だろう。
恐らくギルドのエースパーティだ。
「ジェントさんに呼ばれて来てみれば、酷い有様っスね」
長身痩躯の男が笑う。
ジェントというのは、受付の男だろうか。
あの野郎、姿が見えないと思ったら仲間を呼んでやがったのか。
「見ての通りだ。早いとこ始末してくれ」
94レベルの男が助っ人として呼ぶくらいだ。
充分に注意した方がいい。
俺は同志と背中合わせになり、援軍の能力を確認する。
【名前】 ロビン
【Lv】 122
【種族】 人間 【職業】 暗殺者 【称号】 竜殺し
【HP】 1060/1060
【MP】 0/0
【装備】 ドラゴンクロウ ビーストクロウ アサシンダガー
真紅のローヴ 妖精のブーツ 火耐の指輪
【名前】 フレア
【Lv】 119
【種族】 人間 【職業】 魔導士 【称号】 竜殺し
【HP】 870/870
【MP】 1200/1200
【装備】 魔人の指輪 真紅のローヴ 子猫のパジャマ ドラゴンオーヴ
【名前】 ルイン
【Lv】 140
【種族】 人間 【職業】 剣士 【称号】 竜殺し
【HP】 1850/1850
【MP】 760/760
【装備】 ツヴァイハンダー ミスリルアーマー 真紅のローヴ ロングブーツ
【名前】 ゴップ
【Lv】 123
【種族】 人間 【職業】 戦士 【称号】 竜殺し
【HP】 2400/2400
【MP】 0/0
【装備】 グレートアックス スケイルアーマー 真紅のローヴ バトルスパイク
竜殺しパーティだと!?
驚愕に目を見開く。
リドールの奴が強気になるわけだ。
予想以上の連中を呼んできやがった。
こういった手合いは格上との戦闘にも慣れている。
竜を殺す程の奴らだ、チームワークも戦闘経験も他の連中とは比べ物にならないだろう。
油断すると危険だ。
全力でいくか。
同志がリドールを相手している間に赤い四人へと駆ける。
赤い竜殺し達は即座に四方へと展開し、自分達の有利な隊形へと持っていく。
ので、右手から無属性魔法『重力増加』を、左手からは混合魔法の『隕石』を同時に発動させる。
『重力増加』の範囲をギルドの建物全域に、『隕石』も同じくギルドの建物を範囲に指定する。
相手は竜殺しの英雄達。手加減しなくても死にはしないだろう。
かなりの威力を込めて放った『重力増加』は俺以外の全員を飲み込んだ。
床が沈み込み、建物が激しく揺れる。
魔法を受けた者達は、一人も耐え切れずに地面に這い蹲っていた。
リドールも。
竜殺しの四人組も。
ちなみに同志も。
「な‥‥なん‥だ‥これ!?」
「うごけ‥‥ない!?」
「デフォルト! てっめ、魔法ばっか使うな!!」
ここで止めを刺しても良いのだが、赤服の四人はギルド関係者ではないだろう。
今回は助けてやるか。
一度だけ攻撃から身を守ってくれる『シールド』を竜殺し達にかける。
それと最初に倒した冒険者達にもかけてやる。
リドールは知らん。
『隕石』がギルドに衝突するまで、残り二十秒程。
俺は同志だけを拾い上げると、建物を後にした。
大勢の兵士や野次馬達と擦れ違う。
かなり派手にやったので大騒ぎになっているようだ。
そりゃ冒険者ギルドの支部が建物ごと粉砕されれば騒ぎにもなる。
幸いにして周囲の住民に被害は無いようだ。
俺達は大通りを逸れ、人目に付かない路地裏へと入る。
周囲に誰もいない事を確認すると、アイテムボックスからリーゼを取り出した。
首を地面に置き、蘇生魔法を唱える。
眩い光がリーゼを包み、ゆっくりと無くなった身体を形作っていく。
首からでも再生できるか不安もあったが、光が収まると全身が復元されていた。
呼吸もしている。成功したようだ。
全裸だったので、同志がジャケットを毛布代わりに掛ける。
そのまま同志に抱えて貰い、人目を避けて『飛竜の翼亭』へ向かった。
宿に着くと、こっそりと中の様子を窺う。
今の俺達は指名手配されている犯罪者だ。
ついでに冒険者ギルドをぶっ潰した極悪人でもある。
誰かに見つかると面倒な事になるかもしれない。
一階には従業員や宿泊客が何人も居座っている。
諦めて二階からの侵入を試みる。
幸いにして、俺達が借りていた部屋には、まだ誰も借りている形跡はない。
窓を開けて室内へ侵入する。
ベッドの上へリーゼを寝かせると、ようやく一息付けた。
俺は床に座り、ベッドを背もたれにして足を伸ばす。
同志は窓の手すり部分に腰を掛けた。
「これから、どうしたもんかなー?」
「別に顔写真が出回ってるわけじゃねーだろ。大丈夫だって」
俺の呟きに同志が答える。
「あー、確かにカメラとかは無いもんな」
「けどまあ、この街じゃ顔を知られ過ぎちまった。また旅にでも出るか」
旅か‥‥。
それも悪く無い。
「しくったなぁ。冒険者ギルドで地図をパクってくりゃ良かったぜ」
「いいんじゃないか。あても無い旅っていうのも」
「冗談じゃねーよ」
俺達は笑いながら立ち上がる。
部屋の入り口である扉を開け、そのままにしておく。
こうしておけば、通りかかった従業員か誰かがリーゼを見つけてくれるだろう。
俺達は窓から宿を抜け出した。
新たな旅立ちの為に。
重大な問題が発生した。
大通り沿いの公園のような広場で空を仰ぐ。
調子に乗って有り金を全部ランディに渡したのでお金がない。
食料を買う金も無い。
旅に出る準備も整えられない。
「同志、金を貸してくれ」
「スマン。俺も全部置いてきた」
二人で頭を抱える。
まだ一般の住民達には俺達の事は知れ渡っていない。
買い物をするなら、今しか無いと言うのに、それすら出来ない。
ポーションを売ろうとしたが、材料を聞かれた時に「さあ、何だろ?」と答えたら断られた。
打つ手なしだ。
恥を忍んでランディにお金を返して貰いに行こうか。
そんな事を考えていた時だった。
何気なくズボンのポケットに手を突っ込んだ同志が声を上げる。
「あったぞ!」
そう言って、二枚の銀貨を掲げる。
「リーゼを拾った礼に、イオシスから貰ったやつだ!」
ああ、あれか。
ランディが受け取っていたけど、ちゃっかり二枚はせしめていたのね。
同志は銀貨を大事そうに握り締める。
「干し肉は銅貨三枚で売ってるから、えーっと‥‥六つ買える計算になるぜ!」
「また干し肉か‥‥」
嘆息する俺とは反対に、同志は意気揚々と走り出した。
あ‥‥水は?
俺はランディに頭を下げ、渡したお金を返して貰った。
今気付いたけど、ヒロインがいない‥‥。