冒険者ギルド
「娘が世話になったようだね‥‥」
ここは、俺達の泊まっている宿の一階にある貴賓室だ。
ふかふかの絨毯に、黒塗りの机とそのセットらしき椅子。壁には良く分からない抽象画が掛けられている。
趣味が良いのか悪いのか、小市民の俺には判別がつかない。
俺達四人は、女の子を保護して、この宿まで連れてきたという扱いになり、何とか難を逃れる事ができた。
今は、その子の父親に歓待を受けている。
女の子は『リーゼ』その父親は『イオシス』と言うらしい。
イオシスが経営している宿、この『飛竜の翼亭』は、彼等が普段生活している邸宅からは少し離れており、リーゼもここへ来るのは初めての事らしい。彼女がこの宿を知らなかったのには、そういう理由がある。
そのリーゼは、隣室にある従業員用のベッド上で寝息を立てている。父親に会えて緊張の糸が切れたのだろう。
「こいつは、その礼だ」
イオシスがテーブルの上に銀貨を四枚置く。
少ねぇ‥‥。
一人につき、銀貨一枚らしい。
この宿一泊にかかる費用が銀貨5枚なので、一晩泊まる事すらできない額だ。
随分とケチくさい男である。
とはいえ、元々謝礼なんて貰える程の事はしていない。
誘拐犯と間違われなかっただけで充分である。
同志がどう動くか不安であったが、特に気にした様子はない。
ランディが代表して受け取る。
それを見届けてからイオシスが口を開く。
「困った事があったら言いなさい。場合によっては助けてやらんでもない」
なんという上から目線。
苦笑する。
だがまあ、宿の主と悪くは無い仲になれたのだ。
今後、何かしら面倒な事が起きた時、力になってくれるかもしれない。
ここは横の繋がりができた事を喜んでおこう。
イオシスに軽く頭を下げ、部屋を出る。
広間まで来ると、出かけていた宿泊客達が帰ってきたのか、大勢の人で混み合っていた。
それぞれのテーブルには料理や飲み物が並び、賑やかな笑い声が聞こえてくる。
夕食時なのだろう。
屋外はすっかりと暗くなっており、壁に掛けられたランプに明かりが灯っている。
何人もの従業員達が忙しなく厨房と広間を行き来している。
折角なので、俺達もテーブルに着く。
明日は冒険者ギルドにカードが完成しているか確認に行きたい。
出来ているようなら、その場で依頼を受けるつもりでいる。
さっさと食事を終えて休んだ方がいいだろう。
ふと顔を上げると、ランディがちゃっかりと同志の隣に陣取っていた。
実に良い笑顔をしている。
実らぬ恋に合掌。
翌朝、同志が起きるのを待って冒険者ギルドへ向かう。
ガスター達に、そんなに急いでどうするんだと笑われたが、早くカードを手にしたいのだ。
冒険者になって魔物を狩る。
新人と思えぬ活躍で一躍注目の的に。
そして国民的ヒーローへ!
俺の思い描くサクセスストーリーだ!
実現の第一歩は、冒険者ギルド登録から始まる。
ニヤニヤと笑いながら歩く俺とは対照的に、同志の視線は冷ややかだ。
「キモイな、お前」
ネカマに言われたくない。
予定より、少し早いがギルドの建物に着いた。
俺は揚々として扉を開ける。
中に入ると、昨日よりも人が多い。
広いホールが狭く感じる程の混雑だ。
昨日の騒動の所為か、敵意の込もった視線が突き刺さる。
すでに何人かは剣の柄に手を掛けている。
流石に抜く者はいないが。
カウンターには昨日の受付とは違う、壮年の男性が立っている。
俺達は人混みを抜けてカウンターへ向かう。
「昨日、入会手続きをしたデフォルトとレインだけど。カード出来てる?」
受付の男性に声を掛ける。
その男は俺達の名前を聞いて目つきを鋭く尖らせた。
「ふざけるな、お前達のような犯罪者の入会など認めない」
「はあ?」
「うちの女性職員を殴りつけて無理やり書類を書かせたというのは分かっているんだ。止めようとした冒険者に何度も暴行を加えた事もな!」
受付の男の声には激しい怒気が含まれていた。
予想外の反応だった為に、思わずたじろぐ。
なんだこれ、どうなってる?
確かに脅しはしたが殴ってはいない。
それにあれは横暴な態度の受付にも問題があった。
止めに来た大男を投げ飛ばしたのは事実だが、何度も暴行を振るうなんて真似はしていない。
いくつか話が盛ってある。
「ギルド職員への暴行は重罪だ。」
男が合図すると、周囲の冒険者達が一斉に俺達を押さえ込む。
前もって打ち合わせしていたのだろうか。
このタイミングの良さは咄嗟にできる事ではない。
ここにいる連中は皆グルってわけだ。
「罰金は金貨10枚が相場だ。払えなければ奴隷堕ちも覚悟しておけよ」
そう言って鼻を鳴らす。
「払えても同じだけどな」
「一応、こちらにも言い分があるんだけど?」
少し腹が立ったが抑えて聞いてみる。
「聞く気はない」
「一方的過ぎるな」
「ここは天下の冒険者ギルドだ。メンツってもんがあるんだよ」
「そうかよ‥‥」
俺を押さえつけていた冒険者達を力ずくで振りほどく。
それを見て、同志も周りの連中をなぎ倒して立ち上がった。
冒険者達が剣を抜き、杖を掲げる。
「同志、帰るぞ」
無視して出口へ歩き出す。
何人か飛び掛ってきたが、適当にあしらった。
後ろの方で職員の男が何か喚いていたが、興味はない。
何も言わずにギルドを後にした。
「悪りぃ‥‥俺の所為で」
珍しく同志が落ち込んでいる。
自分が受け付け女を恫喝したのが原因だと思っているらしい。
あの時、実際に手を出したのは俺だ。
同志は決して手を挙げなかった。
責任があるとすれば、それは俺にある。
同志が気に病む必要はないのだ。
「気にすんな。あんなところ、こちらから願い下げだぜ」
同志がいつもするような軽口を叩きながら、その肩に手をやる。
別に冒険者になれなくたって、俺達には反則的な力がある。
金を稼ぐ方法だって、いくらでも見つかるはずだ。
きっと‥‥。
同志の泣き顔を戻す事ができぬまま宿へ着いてしまった。
お互い気持ちが落ち込んでいる。
今日は部屋の隅で膝を抱えていよう。
扉を潜り、カウンター前を通り過ぎようとした時、イオシスが物凄い形相で掴みかかってきた。
何か大声で喚いているが、何を言っているのか理解できない。
今は気が滅入っているってのに、何なんだ一体?
イオシスの声を聞きつけたのか、二階からランディが駆け降りてくる。
その顔は真剣だ。
「リーゼが攫われた!」
イオシスは、半狂乱で騒ぎ立てるので話にならない。
悪いが、魔法で眠ってもらった。
そして改めてランディに状況を説明してもらう。
「二人が出て行ってすぐだ。五人組の男達が入ってきた」
「‥‥強盗か?」
「ああ、宿の金は全部持ってかれた。そのついでと言わんばかりにリーゼも連れて行かれたんだ」
「お前は何やってたんだよ!」
同志が怒鳴る。
「ごめん‥‥」
ランディが頭を下げる。その際、鎧の隙間に少なくない出血と刀傷があるのが目に入る。
「‥‥っち」
同志にも見えたようだ。それ以上ランディへの追求はしない。
「ガスターはどうした?」
「ちょっと重傷でさ。今はベッドから起きられない」
「‥‥‥」
「問題は、ここからだ」
さっきよりも、一層真剣な表情で俺達を見据える。
「デフォルトとレインという名で、身代金の要求を伝えられた」
「なんだと?」
「奴らは去る前、君たち二人の部下だと名乗り、リーゼを返して欲しかったら金貨100枚を用意しろと言ってきた」
「‥‥‥」
「受け取り場所は、南東地区の一角にある路地だ。教会の鐘が閉門を知らせる音を鳴らす時が指定された時間だ」
「‥‥‥」
「武器を持たずに手ぶらで来いとさ」
ガスターは予想よりも重傷だった。
左腕の肘から先が無い。
両足は鎧の上から潰され、隙間から肉がはみ出ている。
頭に巻かれた包帯は真っ赤に染まり、辛うじて息をしているだけといった感じだった。
先日生き返ったばかりだというのに、もう死に掛けているとは笑えない話だ。
俺はガスターの着ているプレートメイルを引き千切りながら外すと、アイテムボックスから『エリクサー』を取り出した。
その口に流し込む。
激しくむせ込むガスターを押さえながら、ゆっくりと何回にも分けて。
全部飲み終わる頃には、腕は生え、傷は癒えていた。
その光景を呆然と見つめるランディにもエリクサーを手渡す。
他の宿泊客にも負傷者がいるかもしれない。
ランディにいくつかエリクサーとポーション、そして手持ちの銀貨を全て渡す。
「色々世話になったな」
それだけ伝えて宿を出る。
ランディが追いかけてきたが、怪我人を放っておく気かと怒鳴って追い返した。
これで良い。
どうやら狙われているのは俺達のようだし、ここに留まると無関係の人間まで巻き込んでしまうだろう。
俺達だけなら、多少何かあっても対応できる。
だが、世話になった人達に迷惑はかけられない。
ここから先は俺達だけの問題なのだ。
同志と二人、ある決意を胸に街中へ溶けていった。
教会の鐘が大きな音を鳴らす。
それに合わせ、街を囲む城壁の門がゆっくりと閉じられていく。
昼間は喧騒に溢れていた街も、夜の帳と共に少しずつ静けさに包まれていく。
立ち並ぶ家々からこぼれる僅かなランプの明かりだけが道を照らす。
俺と同志はランディに聞かされていた場所へやってきた。
入り組んだ路地の突き当たり。
左右には民家も無く、使われているのかさえ怪しい古い馬小屋と納屋が並んでいるだけだ。
俺達が来た頃には、もう奴らはそこにいた。
「時間通りね」
暗視を使わずとも、声で分かる。
冒険者ギルドにいた受付の女だ。
確か、ハンナと言ったか。
そいつの左右には五人の男達が立っている。
「来てくれると思っていたわ」
そう言って、リーゼの首を放り投げた。
「罪状。『飛竜の翼亭』への強盗傷害。
及び、その店主の娘を誘拐。その後に殺害」
何が面白いのか、ケラケラと笑う。
「冒険者ギルドはアンタ達を凶悪犯として手配したわ。
ねぇ言ってる意味分かるぅ?」
充分過ぎるくらい分かっている。
無言でリーゼを拾い、アイテムボックスへ収納する。
「こんな事して、バレないと思っているのか?」
「バレないわよ。だって私は冒険者ギルドの職員。冒険者ギルドには国だって迂闊に手出しできないのよ」
なるほどな。
常に危険な魔物と戦い続けている冒険者達だ。
戦闘経験の浅い騎士や地方領主の兵達では相手にならないのかもしれない。
そんな強力な戦闘力を持つ集団を抱え、世界各地に拠点があり、どこであろうと自由に行き来できる。
国の指導者達からすれば、非常に厄介な存在だろう。
「冒険者ギルドは力の象徴。
冒険者ギルドこそ世界の法。
冒険者ギルドに逆らう者は許さない」
ハンナが後ろへ下がる。
代わって男達が前へ出る。
「地面に頭を擦り付けて泣き詫びながら死になさい。
それとも逃げてみる? どこへ?
冒険者ギルドは世界中にあるわ。そして冒険者はどこにでもいる。
逃げ場なんて無いわよ」
「一つだけ聞かせてくれ」
「何? 冥途の土産?」
「これはお前の独断か? ギルドもグルなのか?」
「なんだ、そんな事」
ハンナはつまらなそうに呟く。
「ギルドの指示よ」
次の瞬間。
ハンナの前にいた男達が倒れた。
全員、白目を剝いて失神している。
やった本人は無表情のままだ。
ハンナはワケが分からないといった表情をしている。
俺は無言で近づき、その頬を拳で殴った。
何本もの歯が折れる感触が拳に伝わる。
倒れこんだ女の顔を鷲掴みにする。
「もう二度と喋るな」
暗黒魔法の『呪縛』を掛ける。
もうこいつは俺が解除するまで、声を出す事が一切できない。
そして俺にその気は無い。
一生声は出せないだろう。
同志が親指で大通りを指差す。
「落とし前つけて貰わねぇとな」
当然だ。
冒険者ギルドの扉を乱暴に蹴破る。
何事かと振り向く冒険者達を無視してカウンターへと進む。
右手には口中を血だらけにしたハンナの髪の毛が握られている。
涙を流し、無言の叫びを続けているが全く哀れみを感じない。
カウンターにいる男にハンナを投げつける。
男はハンナを受け止めきれず、大きな音を立てて後ろ向きに引っくり返った。
「ギルドマスターを呼べ」
静かに告げる。
「貴様! どういうつも――」
「やかましいっ!!」
拳でカウンターを叩き壊す。
男が一瞬ビクリと仰け反り、そして固まる。
「連れて来い。来ないのなら俺らが行く」
「わ‥‥分かっているのか? 自分のしている事が!?」
「おい‥‥」
俺は男の顔を掴む。
「二度も言わすな。いいから早く呼んで来い」
そう言って指先に力を込める。
「ヒッ‥‥!」
受付の男は慌ててカウンターの奥へと走っていった。
周囲が騒然としている。
こうウルサイと、ギルドマスターが来たところで、まともに話なんか出来やしない。
同志に目で合図を送る。
同志は頷き、振り返ると大声で叫んだ。
「文句ある奴ぁ、まとめてかかって来いやっ!!」
そろそろ更新ペースが落ちてきます。




