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はじめての誘拐

 冒険者ギルドへの正式な登録にはギルドマスターの認可が必要らしく、書類を書いて「はい完了」とはいかないらしい。

 会員証が発行されるにしても明日以降になるとの事である。

 残念ながら、それまでは冒険者として活動する事ができない。


 怯えた表情の受付と、警戒する冒険者達に軽く手を振ってギルドを後にする。

 なんだか、やっちまった感はあるが、先に喧嘩を売ってきたのは向こうだ。

 それにあの様子からだと、普段から似たような行為を続けてきたのかもしれない。

 早かれ遅かれ同志の怒りが爆発していたに違いない。

 このイザコザが後々まで響かない事を祈る。


 「よくやった!」


 「レインさん、格好良かったです!」


 ギルドを出ると、ガスターとランディが同志に賞賛の言葉を掛けてきた。

 てっきり怒り出すんじゃないのかと思っていのに意外だな。

 同志は二人からの賛辞を聞きながら、まんざらでも無い顔をしている。

 なんでも、冒険者達の間での新人イビリは通過儀礼として慣習化しているとの事だ。

 ガスター達も入りたての頃は、色々と辛い思いをしていたらしい。

 反抗しようにも戦闘経験も浅い新人が百戦錬磨の先輩方に敵うわけがない。

 ましてや、多勢に無勢。

 ギルド職員の一部までもが加わっているのだから性質が悪い。

 俺達が連中を脅しつけたのを見て、さぞ胸のすく思いだったろう。

 

 あまり派手にはやらなかったが、暴れて少し気分がスッキリとした。

 このまま、観光といきたいところであるが、先にやっておかなければならない事がある。

 宿だ。

 日が暮れる前に宿泊施設を決めておきたい。

 拠点さえ定まってしまえば、街の観光なんていつだってできるのだ。

 どちらを優先するか、考えるまでも無い。

 その宿に関してだが、冒険者の多くが、依頼を受ける前に宿を引き払うらしく、ガスター達も今は宿を取っていない。

 依頼によっては数日間戻れなかったり、別の村や街まで行く事もある。その間の料金が無駄になるからだ。

 宿にしても、客が依頼に出て行ったきり戻ってこないなんて事態になれば大損である。

 その為、宿の多くが先払い制であり、街に常駐している冒険者も必要日数分だけの宿泊を繰り返して滞在しているそうだ。

 ヴェリオールにアイテムを買い取って貰ったので金はある。

 多少値は張るが大通り沿いにある利便性に富んだ宿を選んだ。

 あまりに入り組んだ場所にあると迷子になる恐れがあるからだ。


 主に同志が。




 宿は四階建ての大きな建物で、『飛竜の翼亭』という名前だ。

 笑顔の眩しい、あまり若くは無い従業員が出迎えてくれた。

 看板娘はいないらしい。

 軽くショックを受ける。

 一階は食堂も兼ねた大きな広間になっており、二階から上が宿泊部屋になっている。

 早朝から夜遅くまで、頼めばいつでも食事を用意してくれるらしい。

 流石は値段が高い宿なだけはある。

 最も、すでに食事は摂った後なので今は必要ない。


 俺と同志、ガスターとランディでそれぞれ二人部屋を借りる。

 同志と同じ部屋に泊まると聞いた途端、ガスターが激しく動揺したのを見逃さない。

 貴様、何を想像した。

 ランディも羨ましそうに俺を見たように思えるが、おそらく気のせいだろう。

 気のせいだと思いたい。 





「露天商、冷やかしに行こうぜ!」


 同志は街中へ繰り出したいらしい。

 元気だな。

 生憎だが、俺は遠慮させてもらう。

 折角、お宿に着いたのだから、部屋でゆっくりとしたいのだ。

 しかし同志を一人で行かせる事には一抹の不安が残る。

 こいつは迷子になりかねない。

 申し訳ないが付き添いが必要だろう。

 疲労困憊といった表情のガスターに頼むのは気が引ける。

 まだまだ元気そうなランディがいいだろう。

 無茶を承知で案内役を頼む。

 ランディも長旅で疲れているだろうから断られるんじゃないかと危惧したが、逆に跳びあがるくらいに狂喜し「任せてください!」と胸を叩いた。

 若いっていいよね。

 同志に関しては、とりあえず、これで安心だろう。

 俺とガスターは、それぞれ割り当てられた部屋へ向かう。


 ちらりと入り口の方へ目をやると、上機嫌のランディが同志に何やら色々と話しかけている。

 さり気なく、その手が同志の身体に触れている。

 それも腰のくびれより、やや下方辺りだ。

 同志は気付いていないのか、特に気にした様子はない。


 見なかった事にしよう‥‥。


 俺は部屋の扉を閉めた。




 まさかのダブルベッドだった。

 店の人が余計な気を使ってくれたに違いない。

 抗議するのも面倒だし、もうこれでいい。

 どうせ間違いが起こる心配なんてないのだ。

 剣を外し、鎧を脱ぐ。

 装備をアイテムボックスへ収納し、ベッドへ横たわる。

 そして大きく息を吐いた。

 この身体は、とんでもなくスタミナが多いのか、全く疲れは感じない。

 それでも気だるく感じるのは精神的なものだろう。

 窓から差し込む光は、まだまだ明るい。

 街の賑わいが、部屋の中にまで響いてくる。


 ぼんやりと天井を見つめながら、この世界について考えることにした。



 ここが異世界なのは、最初から気付いている。

 だが、奇妙な点も多い。


 人々は皆、『日本語』を話す。

 会話の中には時々、簡単な英単語も混じっている。和製英語もだ。

 冒険者ギルドの書類も『日本語』だった。『漢字』も使われている。

 数字は1、2、3などの『アラビア数字』が使用されているが、一、二、三といった『漢数字』だって通用する。

 これは一体、どういう事なのだろう?

 異世界だから、という一言で片付けても良いのだろうか?


 夜空に映される『K2O』という言葉の意味も分かっていない。

 星の並び方が、偶然そういう配置になっただけという可能性もあるのだが、やはり意図的な何かを感じてしまう。

 

 確証は無いが、知っているような気がするのだ、この世界を。

 なのに、俺は何も知らない。

 どこかで、見たのか? 聞いたのか? そして、どんな世界だったのか?

 思い出せない‥‥。

 

 

 

 



 扉を叩く音で眼を覚ます。

 いつの間にか眠ってしまったらしい。

 元の世界のクセか、時刻を確認しようと視線で時計を探す。無論そんなものはない。

 部屋の中はすっかりと暗く、窓の外は赤く染まっている。

 もう、夕暮れ時だ

 扉をノックする音が続いている。

 俺はのそのそとベッドから降りると、入り口の扉を開けた。

 ガスターが立っていた。

 彼が俺の部屋に来る理由なんて、あっただろうか?

 顔を見ると、随分と難しそうな顔をしている。

 あまり良い話では無さそうだ。


 何用かと聞くと「ついて来て欲しい」とだけ言って、廊下へ向かう。

 寝起きで頭の働かない俺は、何の疑問も持たずに、その後を追う。

 ガスターは自分の部屋の扉を開けると、俺に入るよう促す。

 さすがに訝しがったが、俺が部屋に入るまで動くつもりは無さそうだ。

 良く分からないが、こうしていても仕方が無い。

 諦めて扉を潜る。


 ガスター達の部屋は俺の部屋と同じ作りになっていた。

 勿論、ベッドは二つある。

 部屋の隅に、同志とランディが椅子に座っている。

 ついでに、もう一人。

 知らない子供も座っている。

 赤い髪をした十歳くらいの女の子だ。

 着ている服は仕立ての良い高級そうなものである。

 入ってきた俺を見て不安そうに同志の服の裾を掴む。


 誰? この子?


 目で、そう問いかける。

 皆、一様に視線を逸らす。

 同志と目が合う。

 奴だけは不敵に笑うと、こう答えた。


「拾った」






 同志の話によると、街中に落ちていた女の子を持って帰って来たとの事。


 それを世間様では誘拐という。


 俺が無言で立ち上がると、ランディが慌てて補足をした。

 正確に言うと、迷子の女の子を保護して連れて帰って来たのだそうだ。


 それを世間様では誘拐という。


 俺が無言で立ち上がると、女の子が慌てて補足をした。

 もうちょっと正確に言うと、迷子になって泣いていた女の子を同志とランディが見つけ、一緒に両親を捜してくれたらしい。

 しかし、いつまでたっても見つからず、日も暮れてきた。

 だから、ここへ連れて来られたらしい。


 途中までは良かったが、最後でアウトだ。


 連れて帰ってはいかん。

 そういうのは、警察の仕事だ。

 いや、この世界に警察なんて組織は存在しないだろうけど。

 それでも兵士なり、自警団なりにお世話になるのが筋というものだ。

 見たところ、高そうな衣服を身に纏っているから、それなりに裕福な家庭の子である可能性が高い。

 大事な娘がいなくなったのだから、真っ先にそういう組織に話が行っているはずなのだ。


「ガスター、こういう場合はどこに連絡すればいい?」


 一番まともそうなガスターに聞いてみる。


「こういう場合は、各地区にある兵士の詰所に報告するのが一般的だ。だが、よほどの大物でも無い限り、迷子の捜索に人手を割く事はないだろう」


 なるほど。

 迷子の子を連れて行ったからといって、一緒に捜してくれるというものでもないのか。

 それで、ここへ連れてきたってわけだな。

 だが、情報の提供や、近隣の住民への連絡くらいはしてくれるはずだ。

 それがあるのと無いのとでは、捜索に費やす労力や成果に大きな差が生まれる。

 第一、両親が兵士達へ話を持っていっている場合、即座に解決する話である。

 兵士達に話を通さない理由がない。

 

 なら、妙な誤解を生む前に行動に移したほうが良いだろう。

 

「案内を頼めるか」


 俺の言葉を皮切りに、皆、しぶしぶといった感じで動き始める。

 なんで、俺が悪役みたいになってんだよ。

 傍から見たら、お前らの方が犯罪者だからな。



 女の子はずいぶんと同志に懐いているようだ。

 部屋を出る段になっても同志から離れようとしない。

 ぴったりとくっついて手を握ってもらっている。


 解せん。



 俺を先頭に、五人でぞろぞろと部屋を出る。

 階段を降り、一階の大広間へ差し掛かる。

 ふと、入り口付近にある接客用のカウンターを見ると、そこには何人かの先客がいた。

 全員が統一された白い鎧姿の男である。その腰には長剣が下げられている。

 どう見ても兵士だ。

 兵士が四人いる。

 彼等はカウンターにいる従業員に何やら話をしているようだ。

 従業員の方も、兵士達に対して協力的な姿勢を見せている。


 背中に嫌な汗が滲む。

 ちらりと、後ろを振り返る。

 俺以外は、まだ誰も兵士に気付いていないのか、急に足を止めた俺を怪訝そうに見つめる。

 女の子と仲良く手を繋いだままの同志は、なにやってんだと言わんばかりの表情で、俺の脇を通り抜け、それに気付く。


「やべぇ、ポリだ‥‥!」



 ポリ言うな。



 そのとき、兵士の一人がこちらに気付き、その顔をあげた。

 俺達の姿を特に気に留めた様子もなく、流し見る。

 そして、視線が女の子の顔に止まった途端、大声を上げて指を差す。


「いたぞぉ!!」


 周りの兵士達が一斉にこちらへ振り向く。



 まずい!

 まずい、まずい、まずい!

 まずいっ!!

 

 兵士達の内、三人がこちらへ向かってくる。

 一人は、こちらへは来ず、扉を開けて外へと飛び出していった。

 仲間を呼びにいったのだろうか?

 事態は最悪の方向へと向かっている。

 

 どうする?

 この状況をどう説明する?


 『街中で歩いていたのを拾いました』


 アウトだ。


 『迷子らしいので、一緒に親御さんを捜していました』 


 駄目だ。

 俺達の泊まっている宿にいる理由の説明にならない。


 『これから兵の詰所へ向かうところだったんですよ』


 だから、なんで宿にいる?


 ぐるぐると思考が脳内で旋回するも、一向に状況を打破する名案が浮かばない。

 力ずくで突破するか?

 今なら三人。増えたところで俺達ならねじ伏せる事は可能だ。

 だが、そんな事をすれば、この街にはいられなくなる。

 下手すれば手配書が回り、他の街にも行けなくなる。

 それは困る。


 そうだ、女の子にありのままを証言して貰おう。

 この子は同志に懐いているようだから、奴の立場が悪くなるような事は言うまい。

 あ、でも、家族がどう思うかは別だ。

 子供が何を言おうと、決定権は親が持っている。

 両親が俺達に敵意を持てば、この子が何を言っても聞く耳持たずだろう。

 そして兵士は子より親の意見を重視するに違いない。

 くそ!

 『ロードスリー』に記憶を操作できる魔法があれば良かったのに!


 思考の袋小路に陥っている間に、兵士達は俺達に近づき、無視して通り過ぎる。

 そのまま、同志にしがみついている女の子に話しかけた。


「こんなところにいたのか~。みんな心配したんだよ」


 そういって、女の子の頭を優しく撫でている。



 あれ?



 俺が呆然としていると、入り口のドアが激しく開き、細身の中年男が飛び込んできた。

 少し遅れて、先ほど出て行った兵士が入ってくる。


「リーゼ!」


「パパ!」


 女の子は、中年の男を見つけると、大声で泣きながら駆け寄り、その胸に飛び込んだ。

 状況が飲み込めない。

 一つだけ分かるのは、この中年が女の子の父親らしいという事だけ。

 

「あ、店長‥‥」


 カウンターで兵士と話していた男が呟く。

 その言葉を聞きながら、抱き合う父娘の方に顔を向ける。



「良く、パパの店が分かったな」



 ここの娘かよ。


 


そろそろ三日更新が辛くなってきた。

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