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ジ‥‥なんとかの街

 ちょっと大きめの地味な街。

 それが、ジ…なんとかって街に対する俺の想像であったのだが、眼前に広がるのは頑強な城壁に囲まれた巨大都市であった。

 ヴェリオールによれば、人口は数万人にも上るという。

 皇都と比べても遜色の無い規模の大都市との話だ。

 多くの商人や冒険者達が、この街を拠点に活動しているらしく、ヴェリオールやガスター達もその例に漏れない。


 門を潜る際に身分証明を求められたが、ヴェリオールが上手く取り成してくれた。

 盗賊に身包みを剥がれてしまったという事実を、そのまま伝えただけだけどな。

 門兵にも知られている商人である、顔の広いヴェリオールだからこそ出来た芸当だ。

 俺と同志だけなら通用しなかっただろう。

 もっとも、俺達だけなら城壁を越える手段なんていくらでもあるわけだが。

 身分証の発行には銀貨一枚かかるらしく、一文無しの俺達には払えない。

 けれど、俺達の身の上に同情した門兵の好意で仮証明を貰うことができた。

 一度街の外へ出ると効力を失うらしいが問題はない。


 門を抜けると、そこは異国情緒溢れる景色。

 初めて見る異世界の街。

 整然と並んだ白い石壁の家。背の低い木造の平屋。レンガ造りのオレンジ色の屋根。そこから生える長い煙突に小さな出窓。

 街の中央を走る石畳の大通りと、そこから枝分かれしているいくつもの細道。

 背の高い石造りの建築物は教会だろうか。大きな鐘がその先端に取り付けられている。

 道行く人々は様々で、髪の色も赤、黒、青、黄とバリエーションに富んでいる。

 俺も同志も、只々見入る。


 しばし街並みを堪能した後、あらかじめ決めておいた予定通りに動く。

 俺達には金が無い。

 よって、食事もできなければ、宿に泊まる事もできない。

 何はともあれ、金が必要なのだ。

 ヴェリオールに俺のアイテムを売りさばいて貰うにしても、色々と手続きがあるらしく、すぐにとはいかない。

 なので、ヴェリオールが商業ギルドから資金を借り入れ、俺の持っているポーション等のアイテムを買い取るという形を取る。

 これなら、すぐに現金が手に入る。

 ヴェリオールには借金をして貰う事になるが、彼に才覚があるのなら、すぐに取り戻せるだろう。

 俺も鬼では無いので、アイテムは破格の安値で渡すことにする。

 そもそも相場も知らんしな。


 ヴェリオールと御者の二人が商業ギルドへ向かうのを城門前で見送る。

 二頭の馬も彼等が乗っていったので、俺達は徒歩になる。

 もう街へ着いたので必要もないのだが。

 俺と同志は、ガスターとランディに案内してもらい、待ち合わせ場所に選んだ酒場へと向かった。


 大通りから少し外れた脇道の一角にあるその店は、昼間だというのに威勢の良い大声が屋外にまで響いていた。

 扉を開けても注目する者はいない。普段から出入りの激しい店なのだろうか。

 店内は意外と狭く、四人掛けのテーブルが五つ、不均等に並べられているだけだ。

 その内、三つのテーブルにはガラの悪そうな連中がジョッキを手に騒いでいる。

 残念ながら女はいない。

 なんともむさ苦しい奴らである。

 カウンターには、品の良い中年の男性客が二人おり、ワインらしきものを片手に談笑している。

 聞こえてくる内容には品が無い。

 カウンターの奥には厳つい顔の老人が無言でグラスを拭いている。

 おそらく店主だろう。


 ガスターとランディとは顔馴染みらしく、彼等が声を掛けると店主らしい老人は軽く片手を挙げた。

 なんでも、冒険者でもツケの利く数少ない酒場の一つなのだそうだ。

 彼等のように、住所も定まらない上、いつ死ぬか分からない冒険者にツケを認める店は少ない。

 昼間から利用する客が多いのも納得だ。

 俺達は空いているテーブルに腰掛け、今後の方針を練る事にした。


 まだ、ヴェリオールから金を受け取っていないが、ツケが利くなら構わないだろう。

 空腹の俺達は簡単な料理とエール酒を注文し、それが届くのを待ってから話を始める。


「二人は冒険者なんだよな」


 ガスター達が頷く。


「それって俺達でもなれるのか?」


 この世界で生きていくには金が必要だ。

 それは、この街へ来てから何度も痛感させられた。

 だが、身元もハッキリとしない俺達を雇うところなんてあるわけがない。

 そもそも俺は、元の世界ですらデスクワークしかやった事がないような男だ。

 ビジネスのノウハウも知らなければ、職人のような特別な技術を持っているわけでもない。

 就ける仕事と言えば、冒険者くらいしか思い浮かばない。


 ガスターは腕を組んで唸るような声を出している。

 何か条件みたいなものが必要なのだろうか。


「なるのは簡単ですけど、危険ですよ」


 ランディが答える。


 当たり前だ。

 安全な冒険者なんて聞いた事がない。

 けれど、実際に死んでいた二人が言うと妙な説得力がある。

 とはいえ、こちらも諦めるつもりは毛頭ない。


「お前らよりは強ぇーよ」


 同志が言い切る。

 ちょいと失礼かもしれないが、これは事実だ。

 冒険者の平均がどれくらいなのかは分からないが、そう引き離されているわけでもないだろう。

 Cランクの中堅であるガスターが20レベルも無い事などから考えると、かなり強い部類かもしれない。

 多少強引に渋る二人を説き伏せる。


 結構時間は掛かったが、最後は向こうが折れてくれた。

 俺達を冒険者ギルドに紹介して貰うとの約束を取り付ける事ができた。







 酒も料理も空になったが、ヴェリオールはまだ来ない。

 早く冒険者ギルドへ行ってみたいのに何やってんだ?


「商業ギルドが金を貸し渋っているのかもしれない」


 ガスターの予想に、なるほどと頷く。

 金にうるさい商人達のギルドだ。

 返せる見込みが無い金を融通するほど甘い組織ではないのだろう。

 しかし、ここで金が手に入らないと今後の方針を立て直さないといけない。

 ヴェリオールの手腕に期待したい。



 時間を持て余したので、冒険者について聞いてみることにした。

 まず、冒険者というのは、冒険者ギルドに登録すれば誰でもなれるらしい。

 登録された冒険者にはギルドから冒険者である事を証明するカードが渡され、その身分をギルドが保証する。

 これは身元証明にも利用できる為、冒険者は他国を自由に行き来することが可能になる。


 冒険者ギルドは皇都に本拠があり、主要都市には支部が置かれている。

 それぞれのギルド支部にはギルドマスターがおり、彼等が支部を運営する。

 冒険者ギルドに頼みたい事がある者は、ギルドに依頼書を提出し、ギルドマスターがそれを認可すれば正式な依頼としてギルドの壁に貼りだされる。

 冒険者達は、その中から自分の力量に見合った依頼を選び、遂行するわけだ。

 依頼が成功した場合は、依頼者はギルドへ報酬を払い、ギルドが手数料を引いた残りを依頼達成者へと渡す。

 その為、貼りだされる依頼書に書かれた報酬額は手数料を引いたものとなっている。


 冒険者にはランクがあり、上からA、B、Cと、三つに分けられている。

 このランクはギルドへの貢献度で決められており、戦闘が得意だからといってランクが上がるわけではない。

 弱くても、堅実に実績を積めばAランクになる事ができるらしい。

 もっとも、依頼の多くが魔物退治などの荒事なので、実際はそれなりの実力がないとランクの上昇は難しいそうだ。

 当然の事だが、冒険者でなくとも可能な仕事なら、わざわざギルドを通してまで冒険者には頼まない。

 その為、Aランクのほとんどが優秀な戦闘集団らしい。


 パーティを組む、組まないは自由だ。

 人数が多すぎると、報酬に対して、一人当たりの手取りが少なくなるので、ソロで活動する者も少なくない。

 普段は一人だが、難しい依頼の時だけ適当に人数を集めて活動する冒険者もいるらしい。

 逆にいつでも同じメンバーで行動する者達もいるとの事だ。


 話を聞きながら、心が浮き立つのを感じる。

 こういったものに憧れてしまうのは、やはり男の(さが)なのだろうか。

 どっちにしろ、今の俺は戦闘に特化した身体になっている。

 冒険者という職業はうってつけだ。


 となれば、俺は恐らく同志とコンビを組む事になるだろう。

 だが慣れるまでは、ガスターとランディに基本的な事を教わるのも悪く無い。


 そんな事を考えていると、ようやくヴェリオールが姿を現した。

 俺達を見つけると、笑顔で近づいてきた。

 テーブルへ着いた彼は懐から銀貨の詰まった袋を取り出す。


「できましたよ。資金調達」






 ガスター達に連れられ、冒険者ギルドへ向かう。

 空腹も満たされ、先ほどまでの切羽詰った感覚は無い。

 ヴェリオールとの取引を終了させ、懐も暖かくなっていた。

 彼には、ポーションとエーテルを50個ずつ渡し、その代金として銀貨300枚を受け取っている。

 こんな安くでいいのかとずいぶん驚かれたが、どうせ無限に出てくるのだからと気にしていない。

 平均的な宿の料金が一泊で銀貨2~3枚らしいので、しばらくは金欠に困る事もないだろう。

 銀貨は同志と140枚ずつ分け、残りをガスター達に払っておいた。

 本当は四等分しようと提案したのだが、凄い剣幕で断られたのだ。

 それならばと、冒険者ギルドへ紹介してもらう手数料として渡す事にした。

 これは簡単に受け取ってくれた。

 なんとも面倒臭い男達である。



 大通りをしばらく進むと、木造の大きな建物が見えてきた。

 その外壁には、盾の中に獅子と鷲が対峙する姿の描かれたレリーフが掛かっている。

 ここが冒険者ギルドなのだろう。


 ガスターとランディが扉を開けて建物の中へ入っていく。

 俺達もそれに続く。

 エントランスは広いホールになっており、左右にはテーブルと椅子が乱雑に置かれている。

 いくつかのテーブルには、何人もの冒険者と思われる体格の良い男たちが座っており、入ってきた俺達に遠慮の無い視線を向ける。

 正面にはカウンターがあり、若い女性が書類を手に、やはり俺達の方へ目を向けている。

 ガスター達は気にした風もなく、カウンターの女性へと歩み寄った。


「ギルドへの入会希望者だ。手続きを頼む」


 それを聞いて周りの視線が強くなる。

 非常に気まずい雰囲気である。

 なんとも居心地が悪い。

 こんな時に俺の中の小心が目を覚ます。

 熊と戦った時は怖いとすら思わなかったのに、今この状況が耐えられない程に恐ろしい。

 オドオドとした態度でガスターの傍へ寄る。

 受付らしき若い女は碌に返事もしない。俺達を吟味するかのような不躾な視線を送るだけだ。

 俺達に聞こえるように鼻を鳴らすと何枚かの書類を取り出す。

 それを投げ捨てるように置くと、片肘をつきながら羽ペンをこっちに放り投げる。


「自分で書けば?」


 何人かの冒険者達から嘲笑う声が漏れる。

 受付の女は冒険者達の方へ向き直り、両手を突き出し親指を上に立てた。


「イェー!」


 その言葉を聞いて周囲から、どっと笑いが起こる。

 これでは、まるで見世物だ。

 あまりに横暴な態度に腹を立てたガスターとランディが抗議するが、女は知らん顔だ。


「は? 書けないの?」


 固まって動けない俺を見て、字が書けないと思ったのか、苛立った声を出して羽ペンを取り上げる。

 そして再び片肘をつき、書類に目をやりながら面倒そうに声を出す。


「‥‥名前は?」


 だるそうに聞いてくる受付の声が怖い。

 周囲から聞こえてくる嘲笑が怖い。

 ここに立っているのが怖い。

 怖くて声が出ない。

 ああ、やっぱり冒険者になろうなんて考えるんじゃなかった。

 俺は泣きそうになるのを堪えるので必死だ。



 その時、同志が凄まじい勢いでカウンターを蹴り上げた。



 突然の暴挙に誰もが息を呑む。


「舐めてんのか、お前?」


 カウンター越しに受付女の襟首を掴み、乱暴に自分の方へ引きずり寄せる。

 状況が飲み込めないのか、女は目を白黒させている。

 同志はその体勢のまま顔をギリギリまで相手に近づけ、下から威圧するように眼を飛ばす。


「テメェは何だ! あぁ!?」


 建物の外にまで轟くような大声で啖呵を切る。

 そのあまりの剣幕に受付の女は顔を引き攣らせたまま、カタカタと震えている。

 周りの連中も、驚愕のあまり動けない。

 同志は尚も続ける。


「人様に名前を聞く時は、まず自分から名乗るのが礼儀だろぉが!!」


「は‥‥ひ」


「違うのかっ!!」


「は‥‥そ‥‥です」


「聞こえねんだよっ!!」


「‥‥!」


「ハッキリ言わんかいっ!!」


 同志の怒鳴り声が館内に響く。

 それ以外は静かなものだ。


 ああ、なんだろ、この感覚。

 笑いが込み上げてくる。

 弱気な自分が融けるように消えていく。

 馬鹿馬鹿しい。

 今の俺は『天寺恭太郎』という名の会社員じゃない。

 軽々と熊をも蹴散らす、レベル400の魔法騎士、デフォルト様じゃないか。

 何をそんなに怖がっていたのだろう。

 そもそも俺の目的は、この世界から出て行く事だ。

 いきなり放り込まれた奇妙な異世界。しがらみもなければ、守るべき立場なんて初めから持ってもいない。

 モラルまで捨てる気は無いが、誰かの顔色を窺う必要なんてありはしないのだ。


 そう思い直すと、周囲の視線も受付の態度も全く気にならない。


「おいコラ、何やってやがる!」


 我に返った周囲の冒険者達が止めに入る。

 だが、俺は笑顔のまま、それを手で制止する。

 俺の手を振り払って進もうとする大男を、指先だけで押さえ込む。

 俺達が馬鹿にされていた時は笑っていたくせに、俺らが怒るとこれか。

 「放せ!」とうるさく喚くので壁に向かって放り投げる。

 怪我はさせないよう優しくだ。

 大男は優しく壁にぶち当たって気を失った。

 『危険察知』が発動する。

 周囲に目をやると何人かが魔法を使う仕草を見せていた。‥‥ので無属性魔法の『MP吸収(ドレイン)』を使い、MPを根こそぎ奪ってやる。

 魔法が発動しない事に動揺する連中に「ムリムリ」と手を左右に振って使えない事を教えてあげる。

 さすがに俺達が只の新入りでは無いと気づいたのか、迂闊に近づく奴はいなくなった。

 それでいい。

 そっちが手を出さない限り、こちらから仕掛ける気は無い。


「同志、もういいだろ。放してやれ」


 俺が声を掛けると同志はあっさりと受付女を解放した。

 女は泣き顔で縮こまってしまう。


「で、あんた誰? 俺もまだ聞いてないんだけど?」


 まだ震えたままの女に笑顔で告げる。

 答えるまで視線を外さない。

 だが、笑顔は段々と崩していく。

 少しずつイラついた表情に変化させる。


「う‥‥受付を担当している‥ます。ハンナ‥言う‥言います!」


 慌てた女は跳び上がり、どもりながらも必死に答える。


「初めから、そのように対応して下されば、誰も嫌な思いをせずに済んだのですよ」


「はい‥‥」


 再度、丁重に入会手続きをお願いする。

 今度は手際良く書類に記入して貰う事ができた。


「あんまりデフォルトを怒らせるなよ。こいつは俺より怖ぇーからな」


 同志が余計な事を教える。


 お前よりは温厚だわ。

 





小説書くの面白い。

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