生き返った男達
「まずは、助けて貰った礼を言おう」
甲冑の男が頭を下げる。
なかなか礼儀正しい男のようだ。
まあ、文字通り命の恩人なのだから当然といえば当然なのだが。
「まあ、気にすんなって。困った時はお互い様じゃねぇか」
同志が馴れ馴れしく男の肩をバンバンと叩く。
男が顔を顰める。
甲冑の上からでも痛いらしい。
俺には劣るとは言え、五メートルクラスの熊を殴り倒す程の筋力なのだから無理もない。
けれどまあ、同志が馬車を発見していなければ、四人とも死んだままだったのだ。
野晒しだった遺体を丁重に弔おうとした事実もある。
これくらいの行為は許容範囲だろう。
男には悪いが多少の痛みは我慢してもらおう。
「で、アンタ名前は?」
同志が男に名前を尋ねる。
「俺はガスターという。荷馬車の護衛をしていた」
やはり護衛か。俺の予想は当たっていたらしい。
となれば、同じく甲冑を着たもう一人の男も護衛の傭兵か何かだろう。
「そこで寝ている鎧を着た男が相棒のランディ。隣におられるのが雇い主であるヴェリオール殿だ」
護衛がガスターとランディ。商人の男がヴェリオールか。
日本語を話したから名前も日本風かと思ったが、そんな事は無いようだ。
あと御者は無視したね、この人。
「もっかい頼む」
同志が頭を抱えている。
おい、まだ三人だぞ。
「鎧の男がランディ。馬車の持ち主がヴェリオール殿だ」
「あんたは?」
「‥‥ガスターだ」
「分かり辛ぇんだよ。名札でも貼っ付けといてくれよ」
また無茶を言い出す。
ガスターさんも苦笑いだ。
「ところで、あの人は?」
無視され続けている御者が哀れなので、俺が聞いてみる。
「御者だ」
知ってる。
「‥‥‥」
「‥‥‥」
「‥‥‥」
「御者だ」
知らんのかい。
ヴェリオールとかいう商人は未だに目を覚まさない。
護衛のランディと御者に関しては、ガスターがひっぱたいて起こしていた。
俺達に気を使ったのだろうか。
流石に雇い主である商人を殴るわけにもいかなかったらしく、彼が起きるまでの間、俺達は互いの自己紹介などをしながら時間を潰した。
蘇生魔法を使った事は話していない。
隠す事でもないのだが、なんとも説明が難しかったからだ。
手の内を晒す事に抵抗があるというのも理由の一つにある。
彼等には瀕死のところを助けた、とだけ伝えてある。
「しかし驚きましたよ。起きてみれば傷一つ残ってないなんて」
ランディが大仰に両手を広げ、信じられないといったジェスチャーをする。
堅苦しいガスターと違って、えらくフランクな男だ。
年齢も若く、まだ二十代も半ばといったところか。
どういった経緯で全然タイプの違うガスターと組んだのかは分からないが、俺と同志も似たようなものだ。
あまり他人の事は言えないだろう。
「そらお前、デフォルトは魔術師だからな」
同志がアッサリとバラす。
この野郎。
薬か何かで治療したと言うか、魔法で治したと言うか、どう答えたものかと悩んでいたというに。
一瞬で選択肢を削りやがった。
「ほう、騎士殿は魔術をお使いになられるのですか?」
ランディが興味深けに聞いてくる。
「ははは。簡単な回復魔法くらいなら‥‥。嗜む程度だけど」
「昨日、攻撃魔法使ってたじゃねぇかよ」
もう君、喋らないでくれる?
ランディは目の色を変えて次々と俺に質問を浴びせてきた。好奇心の塊みたいな男である。
適当にはぐらかしつつお茶を濁す。
「ランディ。余計な詮索はするな」
ガスターがランディを嗜める。
目が怖い。
本気で怒っているようだ。
「助けてもらった相手に対して、失礼だぞ」
「すみません。調子に乗りました」
素直に頭を下げるランディ。
相棒とか言っていたが、明らかに上下関係があるようだ。
けれど、おかげで助かった。
ここはガスターさんに感謝だな。
ところでさっきから御者の人が全然会話に加わって来ない。
俺達の輪から少し離れた場所に立ち、静かにこちらを見守っている。
使用人の心得みたいなものだろうか?
こっちの世界では、これが普通なのかもしれない。
あえてこちらからは誘わず、自由にしてもらう。
そうこうしているうちに、ようやくヴェリオールが目を覚ました。
御者が慌てて駆け寄り、何やら言葉を交わしている。
状況を説明してくれているのだろう。
ガスターとランディもそれに加わる。
話が終わったのか、ヴェリオールが立ち上がり、俺達の方へ近づいてくる。
そしてやはり頭を下げる。
「この度は危ないところを――」
「それはもう聞いた」
言わせてやれよ。
「私は行商をしておるヴェリオールと申します」
改めてヴェリオールが名乗る。
他の三人はその後ろに並んでいる。
ヴェリオールは五十歳くらいの小太りのオッサンだ。
残念な事に毛根は死滅しているが、口髭だけはちんまりと生やしている。
俺と同志も本日何度目になるか分からない自己の紹介を行う。
一度に目覚めろよと思わずにはいられない。
オッサンの話によると、普段は護衛を七、八人雇っているそうだが、最近は売り上げが落ちていた為に護衛を雇う費用を節約したのだそうだ。
結局、それが原因で盗賊達に襲われたらしい。
「馬鹿じゃねーの?」
同志がひどい。
オブラートに包んでやれ、オッサン落ち込んでるじゃないか。
真実には違いないが‥‥。
俺がヴェリオールに街まで案内して欲しい旨を伝えると、彼は快く引き受けてくれた。
ここで断られたら同志をけしかけようと考えていたのだが、その必要はなさそうだ。
折角なので『人物鑑定』で、四人のスペックを確認しておく。
【名前】ヴェリオール
【Lv】 2 【職業】商人 【称号】無一文
【HP】40/40 【MP】0/0
【装備】布の服(特注)
【名前】ガスター
【Lv】18 【職業】冒険者
【HP】150/150 【MP】0/0
【装備】プレートメイル ロングソード
【名前】ランディ
【Lv】14 【職業】冒険者
【HP】110/110 【MP】0/0
【装備】ラメラーアーマー ロングソード
【名前】マルク
【Lv】 1 【職業】使用人
【HP】30/30 【MP】0/0
【装備】布の服
オッサン、無一文じゃねーか。
あれか、荷台にあった物が全財産だったのか。
もっと護衛雇えよ。
同志に馬鹿と言われても仕方ないぞ。
フォローできんわ。
まあいい。
それよりも俺が気になったのは、ガスターとランディの職業だ。
やはりここは冒険者という職業が成り立つ世界らしい。
レベルは18と14か‥‥。
高いのか低いのか判断できない。
この二人がこの世界で、どの程度の強さなのか、それが知りたい。
「なあ、ガスター」
「なんだ?」
「あんたらは冒険者として、その……強い方か?」
単刀直入に聞いてみる。
「妙な事を聞くな。駆け出しでは無いが、そう優秀な方でもない」
その説明では分かり辛い。
もっと具体的に言って欲しい。
というか、冒険者に実力を聞くのは妙じゃねぇだろ。
「そうだな。Cランクとしては、中堅くらいか」
ガスターが答える。
ランクなんてあるのか。
いいね、中二心を揺さぶられるぜ。
最も、Cランクがどの程度なのかさえ知らないわけなのだが。
「強かったら盗賊なんかに負けないわな」
今日の同志は容赦無いな。
あのガスターが思いっきり渋い顔をしている。
震え声で「二人であの数は無理だ」とか言い訳し始める。
なんか可哀想になってきた。
雇い主は無一文だから報酬も貰えないしね。
ま、その雇い主であるヴェリオールも守れず、荷物も奪われたのだから当たり前か。
生き返れただけでも儲けものだろ。
そのヴェリオールは馬車の荷台を確認した後、空を見上げて呆然としていた。
脇に立つ御者の顔も暗い。
ランディがひたすらに謝っているが、二人の耳には入っていないようだ。
いつまでもウジウジされていても困るので、助け舟を出してみる。
「ヴェリオールさん。これは売り物になりますか?」
アイテムボックスからポーションとエーテルを取り出す。
受け取ったヴェリオールが驚愕の声をあげる。
「これは!」
手に取ったポーションの蓋を開け、中身の色や匂いを嗅いでいる。
続いてエーテルも手に取り、やはり同じ動作を繰り返す。
そんなので分かるのかと思わなくも無いが、この人も一応商人だ。
偽者かどうかくらいの判別はできるだろう。
「恐ろしく高品質な代物ですな。一体どこで手に入れられたので?」
「それは言えませんが、同じ物をいくつか所持しています。それを売って当面の資金にされてはどうでしょうか?」
「よろしいのですか?」
「構いません」
ヴェリオールの顔にようやく生気が戻る。
世話の焼ける連中だ。
馬が動けるようになるのを待って、街へ向かって出発する。
二頭の馬には、それぞれ二人ずつ乗っている。
俺と同志が同じ馬。ヴェリオールと御者がもう一匹の馬だ。
ガスターとランディは徒歩で付いてくる。
俺達は徒歩でも気にしないと言ったのだが、恩人にそんな事はさせられないとヴェリオールが強く訴えるので、お言葉に甘える事にしたのだ。
護衛の任務を果たせなかった罰則の意味合いもあるのかもしれない。
余計な口は挟まない方がいいだろう。
途中で、あの二人が歩けなくなるようなら交代すればいい。
ヴェリオールの乗る馬を先頭に俺達は動き出した。
道中、この世界について色々と聞いてみることにした。
まずこの世界だが、中世風のよくあるファンタジー世界と考えて問題ないようだ。
冒険者がいて、剣と魔法を駆使して魔物と戦う。
よくある設定である。
一応、魔王も昔はいたらしい。
けれど、凄い人達が頑張って倒したのだそうで、その内の一人が国を興して王様になったそうな。
今いるこの場所も、その人が造った国である『エスガルド帝国』の領土らしい。
『エスガルド帝国』とか、如何にも悪そうな名前であるが、別に圧制を敷いているわけでも他国の侵略を企てているわけでもない。
とても豊かな良い国みたいだ。
ちょっと胡散臭いが、どの国の人間でもない俺達には、あまり関係ない。
俺達が向かっているのは、そのエスガルド帝国にある『ジオーラ』という街である。
沢山の固有名称が出てきたので、同志は覚える事を諦めたようだ。
俺もそろそろ厳しくなってきている。
ちなみに通貨は金貨、銀貨、銅貨である。
国によって貨幣が異なるのかと思えば、各国共通という話だ。
どんだけ仲良しなんだよと突っ込みたい。
銅貨10枚で銀貨1枚。銀貨100枚で金貨1枚と同じ価値らしい。
俺が持っている『ロードスリー』の金は全て銀貨だ。
一応ヴェリオールに確認して貰ったが、見た事も無いと言われた。
残念ながら使えないらしい。
同志にも聞いてみたが『BHO』では全て電子マネーで取引するとの事。
なんで、そういうところだけデジタル設定なんだよ。
俺とヴェリオールが話をしている間も、ガスターとランディは常に周囲への警戒を怠らなかった。
一度殺された身なだけに、かなり用心しているようだ。
俺も同志も『危険察知』があるのだから、そこまで警戒しなくても大丈夫なのだが、多分言っても無駄だろう。
護衛の任を果たせなかったという思いが、彼等を突き動かしているのかもしれない。
荷物を奪われてしまった今、ヴェリオールの安全だけは何が何でも守り通すつもりなのだろう。
万一の時は俺が動くとして、今は彼等の好きにさせてやろう。
移動を始めて二日目の朝。
同志が突然、全員を集めて欲しいと言い出した。
言われた通りに一箇所に皆を呼び寄せる。
それを確認してから、同志が皆の前へと進み出る。
軽く咳払いをした後、その口を開く。
「皆さんに、重要なお知らせがあります」
なんで丁寧口調なんだよ。
普段の口振りを知っているが為、何か気味悪い。
他の四人も不審な顔をしている。
だが同志は構わずに続けた。
「食料が無くなりました」
一瞬の静寂の後、ざわめきが起きる。
同志の干し肉も底を突いたらしい。
そりゃそうだろう。
ヴェリオール達の積荷は全部盗まれて空だ。
俺も食べ物は持っていない。
今までは同志の干し肉を皆で分け合って食べていたのだ。
けれど本人が言っていた通り『BHO』は食料を奪い合うようなゲームだ。
余分なんてあるわけがない。
俺と二人でならともかく、六人で消費していたら、無くなるのもあっという間だ。
これは深刻な問題だぞ。
「ヴェリオールさん、街へ着くのに、あとどれくらい掛かりますか?」
「今のペースだと、明日の夕刻頃には‥‥おそらくですが」
明日の夕方か。
食べ物が無くても我慢できない程でもない。
とにかく街にさえ着けば食料も手に入る。
アイテムを売って、金さえ作れば宿にだって泊まれるだろう。
だが日が暮れると門が閉まって街へ入れなくなる可能性がある。
確認してみよう。
「そこは、夜間でも街中へ入る事はできますか?」
「いえ、夜は出入りできません。その場合は朝まで待つしかありませんな」
「なら、すぐにでも出発しましょう。こうしている時間が惜しい」
街に入り損ねたら、さらに一晩待たないといけない。
食料の無い俺達にとっては死活問題である。
「まあ、待てデフォルト」
同志が俺を制す。
「ウミガメのスープって知ってるか?」
おい‥‥。
人間様が食べられないというのに、馬達はその辺りに生えている草を美味そうに食べている。
なんとも羨ましい。
そういえば、日本にいた頃は馬の肉は桜と言って普通に料理として出てきた。
最悪の場合は、この馬達には空腹への生贄となってもらおう。
もっとも、馬を殺せば進む速度が遅くなる。
遅くなれば、街への到着も遅くなる。
それこそウミガメコースだ。
二頭の馬には、しっかりと食べて頂き、充分な働きをしてもらおう。
空腹を堪えて旅路を急ぐ。
昨夜、一晩中警戒に当たって寝ていないガスターとランディは辛そうだ。
ヴェリオールに断ってから、二人を馬に乗せる。
俺と同志の体力なら徒歩でも充分馬の足についていける。
最初からこうしていれば進む速度も上がっていたものを。
ついでに言うと、ヴェリオールは自分が降りるという選択肢を持っていないようだ。
なかなかに良くできた御仁である。
幸いにして、ジ…なんとかって街へ到着したのは、予定より数刻早い昼間の事であった。
オチは無い。