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驕りと悪魔と勝敗の行方

 教会の上空にある空間。

 そこに、突如ひびが入る。

 巨大なひび割れが縦に走り、さらに広がっていく。

 何も無いはずの空間がボロボロと音を立てて剥がれ落ちていく様に誰もが目を疑う。


 剥がれた空の向こう側には、生物の内臓を連想させる赤黒い空間が存在していた。

 見るだけで嫌悪感を抱いてしまう禍々しい色彩のそれは、伸縮と膨張を繰り返しながら人のようなものを吐き出していた。

 否、人ではない。


 悪魔(デーモン)だ。

 空間の割れ目から、虫が湧くように悪魔があふれ出したのだ。

 そのおぞましい光景に、神官はもとより、歴戦の冒険者までもが顔を引き攣らせている。





「雑魚しか出ねぇ!」



 俺の顔も引き攣っていた。


 出てくる悪魔はランダム。

 それは仕方ないにしても、下位悪魔の中でも最下級。

 ゲーム序盤に出てくるような、レベル一桁の奴まで召喚されている。

 召喚されるや否や、結界の力で筋力を失い、地面へ叩き落される始末。

 役に立たない事、この上ない。

 たまに出てくる強そうな悪魔も、神官の放つキラキラ光る変な魔法で撃墜されている。


 よく考えれば、奴らは悪魔対策に神官を連れてきているわけである。

 対策を万全にしてきている悪魔退治の専門家相手に悪魔をぶつけているのだ。

 実に相性が悪い。

 この作戦には重大な欠点があったようだ。

 俺らしくもない痛恨のミスである。


「いつもの事じゃねぇか」


 同志の声が冷たい。

 返す言葉もなく、言葉を返している暇もない。


 なにせ悪魔は次々と湧いて出てくる。

 その数はすでに二十を超えている。

 格上の召喚者である俺に逆らいはしないが、命令するまで動いてはくれない。


 どうせ優秀な悪魔が呼べても、結界の中じゃ大した力は出せやしない。

 だったら、まずは結界を抜ける事だ。

 一匹でも多く。

 相性が悪くても、結界を抜ければ性能差で何とかなるはず。

 大きさも能力もバラバラな悪魔達に対し、十把一絡げに指示を出す。


 飛べる者は上空から、飛べない者は地上から、四方へ分散して一斉に村の外へ向かわせる。

 周囲の神官や冒険者たちが、必死に応戦しているが、ゲートからは今なお悪魔が吐き出されている。

 あちらさんは一匹でも結界外に出してしまうと、そこから包囲が崩される可能性があるのに対し、こちらは無尽蔵に湧き出る悪魔を使い捨ての駒にできる。


「こうなりゃ時間の問題だな」


 思わず笑みが零れる。


 上空の悪魔がガンガン撃ち落されてる様を見ていると劣勢なんじゃないかと思ってしまいそうだが、問題はない。

 魔法を撃てばMPが減る。

 剣を振り続ければスナミナが減る。

 神官や冒険者達がどれほど優秀であったとしても、人間である以上は限界がある。

 消耗戦になれば俺達の方が有利だ。



 激しい爆発音が聞こえて振り返る。

 俺達の後方、村の裏手側にいる悪魔が数匹結界を越えて暴れていた。

 暴れているのは残念ながら下位悪魔でレベルは30程度しかない。

 それでも悪魔系のモンスターは同レベルの人間族よりも個体能力が高い。

 そのうち倒されるだろうが多少は粘るだろう。

 そして、そいつが暴れている間にも別の悪魔達が混乱した個所目掛けて飛びかかっていく。


 裏手の守備はいい感じに混乱していた。

 そこから連鎖するかのように、あちらこちらで包囲が決壊していく。

 

 結構な数の悪魔が打ち倒されてしまったが、何匹かは包囲突破を果たしていた。

 全て下位だが、大半の奴がレベル50を超えている。

 

 この機を逃したくない。


「あーでも、ゲート開いてる間は動けないや‥‥」


「へいへい、行きゃいいんだろ」


 同志は軽く溜息を吐くと守りの崩れた個所目掛けて走っていった。

 あの状態なら今度こそ抜けるはず。


 とはいえ、奴らだって馬鹿じゃない。

 今のままだと完全にジリ貧。

 この猛攻に耐えきれなくなる時が来ることくらいは理解しているだろう。

 なら、多少強引にでも封印魔法を発動させようとするかもしれない。


「結界を突破できた奴は詠唱中の魔術師を狙え! 最優先だ!」


 大声で命令を発すると、それを受けて外側にいる悪魔達が標的を変える。

 今まで戦っていた奴らを無視して魔術師達へ襲い掛かる。

 突然標的にされた魔術師が動揺し詠唱を乱す。

 これでしばらくは時間を稼げるだろう。


「お前らは同志の援護をしろ」


 新しく湧き出た悪魔達を同志の支援に向かわせる。




 同志が結界の突破を果たしたのと、俺のMPが切れて異界の門が閉じたのは、ほぼ同時だった。

 









「死にたい奴からかかって来な」



 同志は目の前にいた神官と冒険者の二人を続けざまに蹴り倒した後、ヘビをいじめる猫のような形相で笑う。

 すぐさま近くにいた神官が魔法を唱えようとするが、その前に同志の頭突きを喰らってひっくり返る。

 そこからは完全に同志の独壇場だった。


 もとより、力を取り戻した同志に敵う者なんていない。

 同志は今までの鬱憤を晴らすがごとく、近くにいる連中を手あたり次第に打ちのめしていく。

 まだ神官達は必死に立ち向かおうとしているが、冒険者の連中は即座に見切りをつけて逃げ出していた。

 あいつらは俺達の強さを良く知っているのだから無理もない。

 周辺に蠢く悪魔達より、同志一人の方がよほど恐ろしいって事を充分に理解しているのだろう。



 しかしそれは神官達にとって迷惑な話。

 冒険者達の支援を失った事で無数の悪魔達への対処も厳しくなっている。


 村の裏手はほぼ壊滅。

 最後まで抵抗を続けていた神官達も苦渋の色を浮かべて撤退しはじめた。


「‥‥そこまでだ!」


 そんな中、ハルバードを携えた男が同志に立ちはだかった。

 逃げ腰だった奴らも、そいつが現れた事で士気を取り戻す。

 再び武器を構え、同志を遠巻きに囲み出す。

 緊張した雰囲気の中、同志は楽しそうに笑った。



「祈りは済んだのか? 銀髪」



 返事もせずに銀髪が同志へハルバードを繰り出す。

 同志はわずかに身を屈めてそれをかわすと、低い姿勢のまま、銀髪の下あごを一気に蹴り上げた。

 鈍い音が響き、崩れるように銀髪が倒れる。


 同志を取り囲んでいた連中は呆然とそれを眺めていた。

 状況を把握できていないらしい。

 絶対の信頼を寄せていた聖騎士が一撃で倒された事実を受け入れられないのだろう。

 

「次は誰だ?」


 それでも、同志の放った言葉で正気に戻ったのか、慌てて武器を構える。

 だが、もう戦意は萎えているようだ。

 同志が一歩踏み出すたびに、避けるように道を開ける。


「その気がねぇなら地面に伏せてろ、そうすりゃ襲われないらしいぜ」


 同志は、怯えた顔の神官の一人に近づき、その頭を軽く二、三回叩く。

 攻撃されない事に戸惑ったのか、その神官は周囲にいる仲間の顔を見回してから、地面へ伏せた。

 それを切っ掛けに一人、また一人と地面へ這いつくばっていく。


 ここに勝敗は喫した。








「馬鹿者ッ! 敵を前に逃げる奴があるかッ!!」


 村の正面ではリドールの奴が大声で喚いている。

 逃げ出す冒険者をとっ捕まえては殴り倒していた。


「最後まで戦え! 詠唱が完了するまで耐えろ!」


 あいつは諦める気が無いようだ。

 地面に伏せている奴の脇腹には蹴りを入れている。


「しかしギルド長、女の方はすでに結界を抜けています!」


「もう一度押し込めッ!」


「無茶な‥‥! 撤退すべきです!」


 リドールが怒鳴るも、他の奴らはもう逃げる気マンマンだ。

 大勢の冒険者達が制止を振り切り走り出す。

 

「逃げるな! 戦わんか!!」


「ギルド長! 撤退の指示を!」


「認めん! 絶対にだ!」


「作戦は失敗です! これ以上は被害が拡大するだけです!」


「ふざけるな!」


 喚き散らすリドールの顔は、憤怒と焦燥にまみれ、笑えるくらいに滑稽だ。

 激情に飲み込まれ、正常な判断もできないらしい。


「この作戦にどれだけ金が掛かったと思っておる! 本部秘蔵のプレートまで使ったんだぞ! 失敗は許されん!」


「もう無理だって言ってるでしょう! 死んでもいいんですか!?」


「生き恥を晒すより、よほど良いわッ!」


「‥‥ああ、そうですかい。なら勝手に死ねッ!」


 手に持っていた剣を地面に叩きつけて側近の男が走り出す。

 すぐさまリドールの剣が逃げる男の首を刎ねる。

 だがそのすぐ後、大挙として押し寄せる冒険者達の波に飲まれて、もみくちゃにされる。

 倒れたリドールの脇を次々と冒険者達が走り去っていく。


「き‥‥貴様らッ! ワシの‥‥ギルドマスターの命令が聞けんのかッ!」


「うるせぇ! 俺はてめえの私兵じゃねぇんだよッ!」


「やりたきゃ、一人でやれやッ!」



 無様に転がるリドールに向け、冒険者達が罵声を吐き捨てていく。

 これだけの数の人間の群れを止める手段などあろうはずもなく、しばらくするとリドールの周りには誰もいなくなっていた。

 魔術師達も逃げ出したから封印魔法も使えない。


 終わったな。





 まだ果敢にも最後の抵抗を続ける神官達がいるが、こいつらはレベル20もあれば高い方。

 同志が出るまでもなく、俺の呼び出した悪魔達によって倒されていく。

 

「何匹かは周辺の様子を確認して伝えろ」


 ここまで来て逆転される事は無いだろうが、念には念を入れておく。

 油断はしない。

 実は魔術師が何人か隠れていて詠唱を続けていました、なんてことになったら洒落にならない。


 とはいえ、おそらくは大丈夫だろう。

 冒険者達はほとんどが逃げ去ったか、這いつくばって震えている。

 神官達も抵抗しているのは一部だけで、多くの者が地に伏せて神に祈っている。

 力の差は明確で封印の手段も失っている。


「おい、お前いつまでそこにいんだよ」


 同志の声に顔を上げる。


「早く出て来いよ」


 悪魔に命令するのが忙しくて忘れていたが、俺がいるのは村の中央部。

 つまり結界の中だ。

 確かに今なら簡単に出られるんだから、こんなところにいる必要はない。

 封印される恐れがないからといって、力を封じられた状態でいるのは気持ち良いものではない。


「おう。今そっち行く」


 結界を出たら、真っ先にリドールの奴をぶん殴ろう。

 手の骨を鳴らしながら、ゆっくりと村の外へと向かう。






『マスター』


 そんな時、頭の中に声が響いた。


「ひぇき!?」


 俺をマスターと呼び、頭の中に直接声を届かせる事ができるのは、使役していた悪魔しかいない。

 周囲の様子を探って報告しろと命令したのは俺だ。

 驚く事ではないが驚いた。

 突然だったので驚いて変な声が出た。



『村ノ西ニ 複数ノ敵ヲ確認 魔術ヲ詠唱中』


「あ‥‥ああ」


 気持ち悪い。

 脳みそに直に話しかけられているようで、すっごく気持ち悪い。

 離れていても会話できるのは便利だけど、何度も使うと気分が悪くなりそうだ。


「どうした?」


 俺が急に立ち止まって変な声を上げたから、同志が訝しげな顔でこちらを見ていた。

 片手をひらひら振って、なんでもない伝える。


「村の西側で何人かが魔法を詠唱してるってさ」


「へぇー」


 と、ようやくそこで脳が回転し始める。

 


 魔術を‥‥詠唱中?

 まだ詠唱が続いてる?


 慌てて村の周囲を見渡す。

 村の西!?

 西ってどっち?

 方角が分からない。

 だが、見える範囲には誰もいない。


 いや、よく見ると左手側には確かに魔術師たちがいる。

 いるが奴らは地面に伏せている。

 

 地面に伏せながら詠唱を続けているのだ。

 


「そういう事すんなよ!」


 

 とにかく結界を出ないと。

 走る。

 村の外を目指して走る。

 走りながら考える。


 奴らの目的は封印だ。

 封印には時間が掛かる為に俺達の動きを封じる必要があった。

 だから結界を張った。

 つまり結界は封印を安全に終える為の手段に過ぎない。


「やべぇ!!」


 俺は走る方向を魔術師達がいる西側へ変えた。


「なんでそのまま出ねぇんだよ?」


 同志の疑問を無視して走る。

 村を出れば安全だと思っていた。

 結界さえ抜ければ安心だと勘違いしていた。

 指揮していたリドールが見捨てられて勝った気でいた。


 だが違う!


 封印の対象は俺達であって村ではない!

 ゆえに村から出ようが出まいが関係無い!

 詠唱を止めないと駄目なのだ!


 空間が歪み出す。


 ヤバイ!

 発動させやがった!




 魔法を使おうとしてMPが空になっている事に気付く。

 くそ!

 回復させたいが、アイテムボックスを探る時間がもったいない。


 必死で走るが間に合わない。

 周囲の空間が磨りガラスのようにボヤけて霞む。

 範囲自体は決して広くない。

 向こうも人数が減って封印の力が弱まっているのかもしれない。

 だが、俺をターゲットにしているのか、俺が走れば封印の範囲も一緒についてくる。

 詠唱を中断させない限りは逃げられない。


 だが届かない。

 魔法も撃てない。


「そいつらの‥‥詠唱をとめろ‥‥!」


 走りながら悪魔達に指示を出す。

 しかし悪魔達は伏せている魔術師には手を出そうとしない。

 前の命令をキャンセルしないといけないようだ。

 融通の効かん奴らめ!


 これは‥‥間に合わんか!?


「デフォルト!」


 後ろから大声で呼ばれて振り返る。

 結界の外にいたはずの同志が、なぜか俺に向かって走ってくる。


「ばっか! なんで来るんだよ!」


「お前が泣きそうな顔してっからだろ!」


「してねぇよ!」


 高い高い電子音のようなものが聞こえる。

 恐ろしい速さで周囲の景色が曇っていく。

 最後に白い光が何度か点滅したかと思うと、世界が消えた。







 周囲三十メートルだけの世界。

 ここにあるのは、それだけだった。

 俺がいた付近にあった建物や農具など、村の一部が切り取られたように存在している。


 それ以外は、灰色のコンクリートみたいな壁になっていた。

 空も同じ。

 太陽は無いが不思議と暗くはなく、雨の日中くらいの明るさはある。

 試しに叩いてみると結構硬い。

 質感もコンクリートによく似ている。

 壊すのは無理だろうし、壊せると考える程に愚かではない。



「終わった‥‥俺の人生」



 勝てる戦いだったが、最後の最後で油断した。

 相手は違った。

 最後まで諦めない奴らがいた。

 そいつらは狡猾で「這いつくばる奴は攻撃しない」という命令の穴を突いてきた。


 自分の迂闊さを呪わずにはいられない。



「大丈夫、封印とは解かれるものだ」



 同志はあまり深刻に考えていないようだが、封印が解かれるのは数百年から数千年後というのがセオリーだ。

 ゲームに出てくる魔王や魔神ならともかく、人間である俺達には寿命というものがある。

 食料があるかどうかも分からないし、こんな狭いところじゃ数日で発狂しそうだ。

 もう、何もかも終わった。


 大きなため息を吐いて草の上に寝転がる。


 

『マスター』



「ひゃい!?」



 突然、頭の中に声が響いたので驚いて変な声が出た。

 俺の声に驚いて同志も変な声を出していた。



『敵ガ反撃開始 劣勢デス』


「お‥‥おう」



 召喚した悪魔か。

 まだ状況確認してたのかよ。

 んな暇あったら俺を助けろ、マジで。

 ホント融通の効かない奴らだな。



 まてよ?



「この状況でも会話できるのか?」


『イエス、マスター』



 封印の外側に手駒が残っていて、しかも通話ができる?

 指示が出せる?

 これは‥‥まだ希望があるぞ!



「他に何匹残っている?」


『我ヲ含メテ四体』


「減りすぎだろ!」


『伏セタママ攻撃スル奴ニハ手ガ出セズ‥‥』


 あいつら‥‥!

 ハメ技みたいな事しやがって!!


「お前、レベルは?」


『115 デス』


 ‥‥微妙だ。


「他の奴は?」


『50 ト 45。ソレト 70 デスネ』


 下位ばかりか‥‥。

 討伐隊を向けられたら全滅するな。

 こいつらだけが俺に残された最後の綱。

 絶対に失うわけにはいかない。


「俺と喋れるのはお前だけか?」


『イエス、マスター』


「なら、お前が通信役となって命令を伝えろ」


『イエス、マスター』


「まずは安全な場所へ退避しろ。そして――」


 俺は大きく息を吸い込み、命令を発した。




「封印を解く手段を探せ! 全力でだ!」






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― 新着の感想 ―
[良い点] もう見てないと思われますが、何度か読み返すくらい好きな文でしたー
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