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結界

「俺が一番嫌いな事を教えてやろうか?」


 床に突っ伏したままのクソガキの頭を、勢いよく踏みつける。

 ゴツッという鈍い音が聞こえて、そいつは動かなくなった。

 横から別の奴がナイフを突き出してくる。

 避けずに脇腹で受けてやると、ナイフは皮膚で弾かれ根元で折れた。

 ガキが驚愕の声を上げる。

 とりあえずそのガキは無視して、手前にいた奴の側頭部に回し蹴りを打ち込む。

 テーブルを巻き込み、派手な音を鳴らしながら転倒したそいつは、うつ伏せのまま痙攣し続ける。

 それからゆっくりと振り返り、折れたナイフを持ったガキの正面に立った。



「なまッ‥‥舐められる事だ!」



「噛むなよ」



 同志の突っ込みを無視して、すでに腰が引けているガキのアゴを右手で掴む。

 そのまま少し力を入れてやると鈍い音がしてアゴの骨が割れた。

 ガキが抜けたような声で絶叫を上げているが容赦はしない。

 その砕けたアゴ目掛けて、振り抜くように拳を打ち付ける。

 ガキは大量の血と涙、よだれを撒き散らしてぶっ倒れた。


「自慢の金髪をベタベタにしてくれた罪は重い」


「自慢だったのか‥‥」


 腹いせに近くにいたガキを捕まえ、ゆっくりと両腕の骨をへし折る。

 宿の中に絶叫が響き渡る。

 残ったガキどもは震え上がり、完全に戦意を失っていた。

 何人かは床にへたり込み、立ち上がる事もできないようだ。

 両手を合わせ、懇願するように命乞いをしている。


 クソガキが‥‥。

 ビビるくらいなら最初から喧嘩売るんじゃねーよ。

 

 まあいい。

 どうせなら黒幕の正体を聞き出してやろう。

 こんだけ痛めつけた後なら簡単に口を割るだろう。


「そこまでだ!」



 突然、大声を上げたのは、なんと大根役者である。

 右手にマジックプレートを掲げ、俺達を睨みつけている。


「こいつが何だか分かるか? プレートだよ、プレート。マジックプレート」


 知ってます。

 けど、随分と大きい。

 マジックプレートはもっと小型じゃなかったか?

 名刺くらいの大きさだったはず。


 あいつが手にしているのは文庫本くらいの大きさがある。

 普通のものよりも強力な魔法が込められているのだろうか?


 いや、こんなガキどもにそんな貴重な物を渡すとは思えない。

 俺なら絶対に渡さない。

 旧式なのかも。


「この狭い宿の中じゃ逃げ場はねぇぞ」


 その言葉で顔色を変えたのは他のガキどもだ。

 悲鳴ような声を張り上げて役者を止めようとしている。


 どんな魔法が込められているのか分からないが、逃げ場が無いとか言ってるから広範囲魔法なのだろう。

 そんなものを建物の中で使えばどうなるか、想像に難くない。

 さらに言うと、魔法はあの銀色のプレートから発せられるわけだから、範囲魔法の場合、近距離で使うと自分も巻き添えを食らってしまう。

 そうならないようマジックプレートには詠唱体と呼ばれる白い金属片がセットになっているわけだ。離れた場所から発動させられるように。

 しかしながら、役者はそこまで考えるほど頭が良くない。

 発動体を手に持ったまま使おうとしている。



「往生せぇや!」



 そう言ってプレートを掲げたところで同志に股間を蹴り上げられた。

 音を鳴らしてプレートが転がる。

 ゆっくりと崩れるように倒れる役者。

 落ちたプレートを同志が拾い上げると、周りのガキどもも、ほうっと安堵の息を漏らした。


「同志、そっちは発動体だ。詠唱体を奪え」


「エイショウタイ?」


「白い金属片だよ、そっちの方が大事だ」


「無いぞ」


「んなわけあるか、マジックプレートはあれがなきゃ使えねー」


 同志と二人で倒れている役者の服をあさる。

 しかし同志の言うとおり、白い金属片は見つからない。

 他のガキどもに聞いてみたが、誰も持ってはいない。

 そもそも発動体の方しか受け取っていないらしい。


「貰い忘れたか、ドジな奴だ」


 同志は笑うが、どうも腑に落ちない。

 


 ここにあるのは銀色のプレート、これは魔法が発生する発動体。


 ここにないのは白いプレート、それは魔法を作動させる詠唱体。


 発動体から少しくらい離れていても、詠唱体にキーワードを唱えれば魔法は発生する。


 と、いう事は。


 えーと。


 嫌な予感しかしない。



「同志、これはもしもの話だが」


「なんだよ?」


「もしも外にいる冒険者の誰かが詠唱体を持っていたら‥‥どうなる?」


「そりゃ‥‥宿ごとドカン、だろ」


「だよな」


「おうよ」


「‥‥‥」


「‥‥‥」


「壊しちまえ」


 俺の言葉を受けて、同志はプレートを床に放り投げ、それを勢い良く踏みつける。

 二、三回踏んだところで何かに気付いたように俺を見た。


「薄っぺらいから、踏んでも潰れないわ」


 当たり前だ。

 何故、踏もうと思ったのか。

 

「手に持ってへし折れよ」


「おう」


 同志がプレートを拾い上げた瞬間、プレートが細かく振動し始めた。

 突然のことに驚いた同志が、思わずプレートを落っことす。

 プレートは振動を止めない。


 俺は静かにガギどもに振り返った。



「お前ら、死んだかもな」



 直後、プレートから発せられた閃光が周囲を白く染め上げた。











 光は一瞬で収まった。

 恐る恐る周囲を確認するも、特に変わった様子は無い。

 ダメージも無さそうだし、ガキどもも無事なようだ。

 建物にも損傷はみられない。


 不発か、そもそも攻撃魔法では無かったのか?

 とにかく、屋外の誰かがプレートを発動させやがったのだけは理解できた。


 捕まえてとっちめてやる。


 そう思い、一歩踏み出したところで気付いた。

 床に転がるプレートはまだ細かく振動を続けており、白い光の筋が床一面に謎の幾何学模様を作っている。

 光の筋は宿の床を通り抜け、屋外へと続いているようだ。


 得体の知れない気持ち悪さもあり、俺はプレートに向けて剣の鞘を突き刺した。

 硬い手ごたえがあり、プレートが割れる。

 だが、光の筋は消えず、床に気味の悪い文様を描く。


「なんか怖い。同志、外に出ようぜ」


 後ろに声を掛けてから、やや急ぎ足で扉を開ける。

 危険察知は全く反応しないが、何かが起きているという事だけは理解できた。



 開いた扉から見えたのは、巨大な光の模様。

 宿の床に描かれたものとよく似た幾何学模様。

 村の地面、右も左も見渡す限りが覆い尽くされていた。

 

「これ‥‥魔方陣か!?」


 余裕ぶっこいていたら、結構なヤバ気な雰囲気である。

 気を落ち着かせて状況を把握しようと周囲の様子を窺う。


 村の外へ猛ダッシュする冒険者達が目に入る。

 少なくとも外へ出られなくなるようなものでは無さそうだ。

 なら、何だ?


 念のために自分のステータスを確認する。


 魔法を封じられたわけではない。

 状態異常にはなっていない。

 レベルも下がっていない。

 HP、MPも最大値のままだ。

 


 ただ、全ての能力値が一割くらいまで下がっていた。








「待て待て待てッ! これマジでヤバい!」


 普段の俺はレベル400。

 それが十分の一まで引き下げられたわけだ。

 単純計算で40レベル程度のステータスしか無い。

 今の俺は、中堅冒険者くらいの強さって事だ。

 

 隠れるように宿の中へ戻り、乱れた呼吸を落ち着かせる。

 こういう時は焦ってはいけない。むしろ普段よりも冷静になるべきだ。

 慎重に考えて行動しなければ命に関わる。


 確認したが、俺だけでなく、同志も、ガキどもも同じく下がっていた。

 ガキどもに至っては立ち上がる事はおろか、呼吸すらままならない程に筋力が落ちている。

 放っておけば窒息死してしまうだろうが、助けてやる方法も思いつかない。恨むなら、お前らを捨て駒に使った黒幕を恨め。


 頭が冷え、少しばかり冷静さが戻ってくると、ようやく脳が回転し始める。


 

 この魔方陣は結界を作り出している。

 そう、結界だ。

 その効果は俺達だけでなく、範囲内の者全てが対象のようだ。

 敵味方問わず、結界の中に入るとステータスが大幅に低下してしまう。


 つまり奴らは結界の中に入ってこない。

 俺達が村から出ようとするところを攻撃するつもりだろう。

 逆に言えば、村の中央部にある宿にいる間は安全という事だ。



 同志はあまり事態を飲み込めていないようだが、こいつの取り柄である高HPは健在だ。

 結界で動きが鈍ってしまうのはアサシンとして致命的だが、元々蛮族みたいな動きだし問題は無い。

 ‥‥多分。


 結界が発動してから、そんなに時間は経っていない。

 奴らも準備が整っていないかもしれない。

 一気に結界の外まで突っ切るのも手だ。

 俺か同志、どちらか一方でも外に出られたら勝ったようなものだからな。



「同志、突っ込むから盾になって攻撃を防いでくれ」


「女を盾にすんなよ」


 

 お前は女じゃねーだろ。

 そんな心の突っ込みが聞こえたわけではないだろうが、同志は引き受けてくれるようだ。

 寂しそうに笑っているが、心が痛むのでやめて欲しい。







 呼吸を合わせて宿を飛び出る。

 村一面を覆う光の模様が眼に入った。


 村の周囲は大勢の冒険者達に取り囲まれている。

 彼らは村を囲う柵の外側に陣取っており、すでに村人役の連中は村の外への撤退を終えていた。

 剣や槍を構えた戦士達が村を包囲し、その後方には整列した弓兵が矢をつがえている。

 さらに後方には魔術師達が等間隔で並び、すでに魔法の詠唱に入っていた。


 


 奴らが村の外側に陣取る理由は簡単だ。

 村の中にいたら自分たちも結界の影響を受けてしまう。

 だから結界の境界線のギリギリ外側に立ち、村を抜けようとする俺達を迎え撃つつもりだろう。

 とすれば、結界の大きさは村の大きさと同じくらいなのかもしれない。


 村のどこからも逃げられないよう、百を超える数の冒険者達が村を囲んでいる。

 いや、よく見ると冒険者だけではない。

 敵の半数近くは統一された青い神官服を着ている。

 教会関係者だろうか?

 そちら方面の方々とは、ほとんど接点が無いので知識も情報も無い。


 まあいい。

 何はともあれ、まずは結界を抜ける事だけを考えよう。

 抜けてしまえば、後はどうとでもなる。


「同志、どこを狙う?」



「正面突破」



 絶対に言うと思った。


 村の入り口は平坦で通りやすい、だが当然のように敵の数も多い。

 それに見るからに腕の立ちそうな奴らが待ち受けている。

 能力が落ちていなければ迷い無く突っ込むのだが、今の状態では躊躇してしまう。




「勘弁してください」


「無理か?」


「無理とは言わんが、ちょっと厳しい」


「なら、左手だ。後衛が少なそうだし狙い目だろ」


 同志の言葉を受け、村の左側を見る。

 なだらかな傾斜になっているそこは、村の外の方がやや低い。

 狙いを付けにくいのか、弓手が少なく、前衛の戦士が多めに配置されている。


「どうだろうな」


 弓手は少ないが魔術師の数は同じだ。

 また、前衛の戦士が多い。

 リスクはさほど変わらないように思える。


 いや、まてよ?


 奴らが立っているのは結界の境界線上。

 乱戦になれば、結界の中に引きずり込めるかもしれない。

 条件が同じなら、負ける道理は無い。

 常に結界の外から攻撃できる後衛の方が脅威であり、それが少ないなら狙い目で間違いない。


 いやいや、まてよ?


 乱戦になれば敵の後衛も攻撃し辛いんじゃないか?

 味方に攻撃が当たるかもしれないし、相手が躊躇している隙を突いて突破できるかもしれない。

 そう考えれば、前衛の少ない場所の方が安全じゃないだろうか?


 今の俺は実質40レベル。

 これまでだって、キャラの性能に頼りきった戦いしかしてない。

 あそこに並んでいるのは、いわゆる戦闘経験豊富な冒険者だ。

 きっと人を殺す事に躊躇の無い奴らだ。

 ステータスが互角なら経験の差で普通に負けるんじゃね?


 いやいやいや、まてよ?


 HPの最大値は減っていないから、そんな簡単に死んだりはしない。

 この世界の一般的な体力は20~30。

 Aランク冒険者で数百程度。

 竜殺し達で1000~2000。

 俺は9900。

 同志は182000。

 普通に考えてもゴリ押しできるクラスだ。

 ダメージ覚悟で押し切れば何とかなるかもしれない。



 迷っていると同志に背中を叩かれた。



「決めろ、お前が決めれば俺は動く」



 同志はそれだけ言って俺に背中を預ける。

 もう何も喋らず、ただ前の敵を見据えている。


「同志‥‥」


 剣を抜き、深呼吸する。

 ああ、そうだな。

 らしくもない、弱気になってたぜ。


 大きく息を吐いて気合を入れる。

 大丈夫、俺と同志ならやれるはずだ。

 騎士剣を頭上に掲げ声を張る。


「突っ込むぞ! 同志!」



「どっちに?」



「えっと‥‥」



「それを決めろっつーの!」






 左側にしました。











 同志が走る。

 その後ろを俺が追う。


 前方から光の魔法みたいなのが飛んでくる。

 普段なら無視するところだが、今の俺には結構なダメージになる。

 同志が盾となって全てを受けてくれる。

 HPに影響が無い以上、結界の中でも同志の不死身っぷりは変わらない。

 数々の魔法を一身に受けつつも全く怯まず突っ込んでくる同志に、魔術師達が動揺しているのが見える。

 柵まで辿り着くと、身を捻ってそれを乗り越える同志。

 俺も同じように柵を登ろうとしたところで同志が上から降ってきた。


 同志の下敷きになり、悪態を着きながら周囲を見渡す。

 柵越しに青い神官服を着た男達が銀色のハルバードを手に立っているのが見えた。


「この大結界の中で、よくそれだけ動けるものだ」


 

 同志を叩き落したと思われる銀髪の神官が唸る。

 そいつが動く度にジャラリと金属音が響く。

 神官服の下に金属鎧を着ているようだ。

 神官戦士って奴か。


 立ち上がり、一度距離を置く。

 同志も舌打ちしながら俺の横へ並んだ。

 速攻が失敗した為、周りから援軍が集まってくる。


「デフォルト、あいつは要注意だ」


 同志が真剣な顔で俺に耳打ちする。

 神官戦士は何人かいるようだが、同志が気にしているのはさっきの銀髪の男だ。


 強さを確認すると、まさかの70レベル。

 しかも職業は『神官』ではなく『聖騎士』

 さらに、『悪魔殺し』の称号持ちだ。


 他の神官服の連中が10~20レベル程度なのを考えると、特別な戦闘員なのかもしれない。

 よく考えれば後衛が少ない場所には優秀な前衛を置くに決まっている。

 やっちまった。

 けれど今更引き返せない。


「次は俺が先にいく、同志は俺に続け」


「おう」


 魔力は下がっているが魔法は使える。

 MPもある。

 両手に魔力を込め、火球を左右から交互に打ち込む。

 サッカーボールくらいの大きさにするにが精一杯だが、MPの続く限り連続で打ち続ければ効くだろ。

 放たれた火球が柵に当たる、次々と当たる。柵は焼けるよりも先に砕け飛ぶ。

 休むことなく打ち込まれる火球は、その奥にいた神官どもに届く。

 

「なんのっ!」


 神官の一人が捨て身で火球を受け、その隙に他の神官が何かを唱える。

 詠唱が終わると半透明の障壁が彼らの前に現れ、俺の火球を防ぐ。

 

「んなもんで防げるかよ!」


 こちらのMPは400レベルのままだ。ゴリ押ししてやるぜ。

 際限なく魔法を打ち続ける。

 障壁は俺の連続魔法を受け続け、少しずつ削られていく。

 そして、ついに砕け散った。

 と、次の瞬間にはスタンバイしていた隣の奴が同じ魔法を発動させる。


 なんという‥‥。


 だが、柵が壊れて視界は良くなった。

 次は物理でゴリ押しだ。

 ステータスが下がっている以上、剣の腕では分が悪い。

 なので、装備で補う。

 騎士剣をアイテムボックスへ仕舞い、魔剣フラガラッハを持つ。

 鞘から剣を一気に引き抜き、刀身を晒しながら神官どもへ突っ込む。

 魔剣に魅了され何人かが武器を落とす、だが肝心の銀髪の男が魅了に耐え切った。

 奴の持つハルバードの先端が俺の眉間へ突き刺さる。


「いってぇ!」


 守備力が下がっているので、大ダメージをくらった。

 クリティカルなのか500近いダメージだ。

 普通なら即死だ。

 滅茶苦茶痛い。


 魔剣の力にレベル二桁の奴が抵抗できるとは思えない。

 魅了の無効化、もしくは抵抗値を高めるアイテムを持っていたのかもしれない。

 確認を怠ったのは痛恨のミスだ。


 だが、他の奴らが自失している今がチャンスなのは変わらない。

 

「同志!」


 俺の声を受け、同志が大きく宙を跳ぶ。

 目の前の銀髪が同志へ視線を移す。

 その隙を逃さず、フラガラッハで胴を斬りつける。

 だが、銀髪は視線を同志に向けたまま俺の剣を巧みにかわし、逆にハルバードで俺の首を薙ぐ。


「いってぇッ!」


 再び大ダメージを受けた。

 クリティカルなのか500超えのダメージだ。

 普通なら首が落ちてる。

 死ぬほど痛い。

 ついでに結界の奥へと蹴り飛ばされる。


 だが、同志が、同志が結界を抜ければ勝ちだ。

 力が戻れば、こんな奴らは敵じゃない。

 

 しかしこの男は始めから同志に視線を向けていた。

 つまり、ターゲーットは俺ではなく同志だったのだ。


 奴の振り上げたハルバードが同志の胸を貫く。

 そして、突き刺さったままの同志をこちらへ放り捨てるようにハルバードを振るう。


 へたり込んでいた俺の上に同志が落下する。

 見事に作戦失敗である。


 とりあえず自分と同志に回復魔法を掛ける。

 これは持久戦もありうるぞ。

 

 その様子を見ていた銀髪が搾り出すような声を出した。

 

「何故だ、何故攻撃が効かぬ!?」


 効いとるわ。


「眉唾ものと考えておったが、これほどとは。

 リドールの話、信じぬわけにはいかん‥‥」


 構えを崩さないまま、銀髪はぶつぶつ呟いている。

 


 今、リドールつったか?

 やはり黒幕はあいつだったか。

 いやまあ、普通に考えたらリドールしかいないけどね。


「おい、銀髪」


 俺の言葉に銀髪がギロリと睨む。


「この騒ぎはリドールの仕業か?」


 尋ねるも銀髪は喋らない。

 怖い顔で睨んでくるだけだ。


「聞いてるんだよ。シルバー・マクレス殿」

 

「‥‥名乗った覚えは無いが?」


「あんた有名だからな」


 知らんけど。

 強いし聖騎士だし、有名だろ多分。


「魔族にも知れ渡っているとは光栄だ」


 誰が魔族だ、こら。

 どこからどう見ても人間だろうが。

 


「これがリドールの命令なのかだけ聞かせろ」


「気に入らんな、まるで我々が奴の手下と言わんばかりだ」


「え、違うの?」



 なんて話している間に、フラガラッハに魅了されていた連中が正気に戻り始める。

 一人でも苦戦してるのに、さらに加勢とかはマズい。

 問答なんてしてる場合じゃなかった、態勢を立て直そう。


 奴らは結界の中にまで入って来ない。

 数歩下がるだけで充分だ。


 と、思ってたら矢がいっぱい飛んできた。

 もう少し下がって、建物の裏側へ隠れる。



 そんな時、銀髪の後方から蹄の音が聞こえた。

 馬に乗った遊軍らしき数人の男達が援護に来たようだ。

 これで突破はさらに難しくなった。


「同志、バズーカとか持ってないか?」


 今こそ同志の近代兵器の出番かもしれない。

 バズーカでなくても、機関銃なんかがあれば心強い。

 ダメ元で聞いてみる。


「手榴弾ならあるぜ」


「マジか!? 効果は!?」


 同志はアイテムボックスから暗緑色の手榴弾を取り出す。

 それを右手に持ってニヤリと笑った。


「固定ダメージ1000だ」


 え、それ‥‥クソ強いじゃん。

 ガチで勝ち確定じゃん。


 ダメージ的に考えて間違いなく殺してしまうが、今は緊急事態だ。

 こちらにも余裕は無い。

 やむを得ないだろう。


「このピンを抜いたら、10秒で爆発する。やるか?」


「使おう、抜け!」


 俺の言葉を受けて、同志が手榴弾の安全ピンを引っこ抜く。

 それから野球の投球フォームをとる。

 

「‥‥3‥‥4‥‥5」


 5まで数えたところで、同志の手元が爆発した。

 近くにいた俺まで巻き添えを食って吹き飛ばされる。

 全身が弾け飛んだんじゃないのかって衝撃が襲う。


「あ‥‥5秒だった」


 てっめ、ふざけんな!

 平然としている同志と違い、こっちはHPの1割を失う大ダメージだ。

 滅茶苦茶痛い。

 

「次は失敗しねぇ」


 そう言って、もう一個手榴弾を取り出す。

 ピンを抜こうとする同志を制止する。


「貸せ、俺が投げる」


 俺は同志から手榴弾を受け取ると、ピンを抜いて即座に投げつけた。

 こういったものは、すぐに投げるのが一番いい。

 手榴弾はいい具合に銀髪の近くへ落ちた。

 銀髪はそれを拾い、こっちへ投げ返す。


 ちょっ!?


 投げ返された手榴弾は俺の身体に触れるか触れないかといったところで爆発を起こし、またしても俺は吹き飛ばされた。

 回復してなかったので、さっきのと合わせて2000ダメージだ。

 とんでもなく痛い。

 本気で死にそうだ。


 撤退、撤退だ、コンチクショウ!


 これは逃げるわけじゃない。

 ここに拘る必要が無いだけだ。

 銀髪がここを守っているなら、別の場所から攻めればいい。

 

「覚えてろよ、お前ら!」


 俺は負け犬のようなセリフを吐いて村の中央部へと逃げ戻った。

 





 




 村の真ん中ら辺にある教会の屋根に上り、そこから村を取り巻く奴らを一望する。

 相変わらず、どの方面も屈強そうな冒険者や神官達が並び、遠目に俺達の動きを観察しているのが分かる。


 しかし、人間である以上、トイレだって行くし、休息も必要だ。

 夜には視界が悪くなるし、明け方になれば集中力だって落ちてくるはず。

 俺達がここでのんびりしているだけで、奴らにはプレッシャーになっている。

 そう考え、酒を飲みながら日向ぼっこしていたのだが、同志が何かに気付いたようだ。


「どうした?」


 声を掛けると同志が俺の方を見る。


「何か妙じゃねぇか? どうして誰も攻撃をしかけてこない? 狭い村なんだ。遠距離魔法ならここにも届くだろ」


「さあ、届かないんじゃないか?」


 俺の返答に同志は納得いかないといった顔で首を捻る。


「なら、後衛の魔術師達がさっきからずっと唱えている魔法は何だ?」


「何か唱えてるのか?」


「ずっと唱えてるぜ。でも何も飛んでこねぇ」


「近付いたら放ってくる気かもしれないぜ」


 やはり同志は納得していないようだ。

 普段は単純で無策なくせに、今日はえらく相手の動き気にしている。


「なんで奴らは野営の準備をしない?」


「寝てたら俺らが突破しやすいからだろ」


「ならもっと積極的に攻撃してくるはずだろ?」


「それはだな‥‥」


 言いかけて、気付いた。


 そらそうだ。

 持久戦になれば、いずれ包囲にも穴ができる。

 だから敵はもっと必死に攻撃を仕掛けてくるべきなのだ。

 それこそ火矢で村を焼いて俺達を炙り出すくらいの事はしてもいい。


 だが、それも無い。


 俺達が村を抜けようとすると全力で阻止してくる。

 それは分かる。

 けれど、村の中央部にいると何も手を出さない。

 何故?


 まるで、俺達を村の中央付近で待機させるのが目的のような‥‥。

 

「デフォルト、一つ聞かせろ」


「どうした?」


「ゲームでも漫画でも小説でもいい。

 人の力では勝てない強力な敵‥‥魔王や邪神なんかが現れた時、人間側はどういった対応を取る?」


「そりゃお前‥‥」




 ああ。

 ようやく、ようやく理解できた。

 同志はずっと、それを警戒していたのだ。

 俺が完全に失念していた事態。


 人間が途方も無い強さを持つ相手に取るべき手段。

 使い古された手段。






「‥‥封印だろ」







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