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討伐の証明

「酷い目に遭った‥‥」


 全身ずぶ濡れの同志が戻ってきた。

 同志が登ってきたのは、ほぼ垂直に切り立った崖である。

 よくもまあ器用に登って来られたものだと感心する。


 俺達が今いるのは、ゴツゴツとした岩肌が露出する崖の上だ。

 周囲には背の低い雑草が所々に生えているだけで木々の類は見当たらない。

 崖下からは、激しく流れる川の音が聞こえてくる。

 同志を捜している内に山道を大きく逸れてしまったらしい。

 まあ、無事に見つかったのだから良しとしよう。


 同志は近くにあった岩の上に腰掛けると、いきなり服を脱ぎ始めた。

 カイトとロンが慌てて目を逸らす。

 勿論、当の本人はまるで気にしちゃいない。

 

「代わりの服を出してくれ」


 お菓子をねだる子供のように俺へと手を伸ばす。


「そういうのは脱ぐ前に言え」


 アイテムボックスから「布の服」を取り出し、同志へ渡す。

 同志は衣類を掴むと手早く着替え、濡れた服をアイテムボックスへ仕舞った。


「とりあえず任務完了だ。帰ろうぜ」


 同志がカイトとロンに声を掛ける。

 二人は気まずそうに振り返ると、同志ではなく俺を見た。

 どうせ俺達の事を訊くつもりなのだろう。

 今更隠す必要もないので正直に話すことにした。


「改めて自己紹介しておこう。俺がデフォルト、こいつはレインだ」


 カイトもロンも無言だ。

 すでに俺達の正体を知っているので驚きは見られない。


「おい、バラしていいのか?」


「なんか色々あって結局バレた」


 同志の言葉に、俺は自分の頭を指差し、帽子が無くなった事を伝える。

 言わんこっちゃない、と同志がぼやく。


 カイトとロンには、俺達が犯罪者となった経緯。

 冒険者ギルドに嵌められた時の事情を、簡単にではあるが説明しておいた。

 それを信用してくれたかどうかは分からない。

 だが、今のところ襲い掛かってきたり、逃げ出したりする様子は無いようだ。

 谷底に落っこちた同志の捜索にも協力してくれたし、何かと世話になっている。

 

 できればトラブル無く別れたい。

 

 カイトは苦笑しながらロンの方へ顔を向ける。

 ロンも軽く肩をすくめ、お手上げのポーズを取った。


「どうせ俺達じゃ、お前らをどうこうする力は無ぇよ」


 やれやれと溜息を吐いて、二人は地面に座り込んだ。


「で、どうする? 正体を知った俺達を消すか?」


 少しだけ強張った声でロンが尋ねる。


「アホか。それより街へ戻ろうぜ」


 同志がロンの懸念を一蹴する。

 そのあまりの簡潔さに、二人も怯えるのが馬鹿らしくなったようだ。

 まだ少しぎこちなさは残るものの、以前の明るい表情が戻ってきた。



「ところで、グリフォンは谷底に落ちてしまったが、やっぱ死体はいるのか?」


 俺も余計な事は考えないようにして、気になっている事を聞いてみる。


「ああ。討伐の証明には死体の一部。確実に仕留めたと分かる頭部か胸部の一部が必要だ」


「マジか」


「死体もなく、倒しましたって言葉だけで報酬を渡していたら詐欺が横行する」


「ターゲットの死体が見つからない事とかあるだろ?」


「普通はない。致命傷を与えた後に逃げられる事ぐらいあるかもしれんが‥‥」


「そのまま見つからなかったり」


「その場合、討伐成功とは認められない」


「‥‥なんてこった」


 カイトの言葉に頭を抱える。

 死体が無いので、グリフォン討伐を証明できない。

 これでは山道の封鎖が解かれないだろう。


 撃ち落す位置が悪かった‥‥。


「同志、谷底はどんな感じだった?」


「川だ。水量は大した事ねぇが勢いは強かったぜ」


「なるほど」






 諦めることにした。











 カイト達の先導の下、山道を歩く。

 歩きながら現在の状況を整理してみることにした。


 とりあえずは目的であったグリフォンの討伐は果たせた。

 これで街が襲われる心配はなくなったわけだ。

 問題はそれを証明する術が無いという事実である。

 カイト達の話によれば、討伐依頼の成果確認は遺体の一部を持ち帰り、それを鑑定する必要があるとの事。

 だがグリフォンは谷底へと落ちていった。

 下は流れの速い渓流。

 どこかの岩にでも引っ掛かっていればよいが、流されてしまったら見つけることなど不可能だ。

 街の警戒ぶりからしても、グリフォン討伐の確実な証拠が無いと山道の解放は難しい。

 どうしたものだろう?


「フレア達なら、倒したって話にも信憑性が出るだろう。そうすりゃ死骸の捜索をしてくれるかもな」


 同志が俺の顔を見ながら言う。


 なるほど悪く無い。

 悪くは無いが、フレア達はアビコーラに着いてすぐ宿で休んでいる。

 宿にいるのを従業員や他の客達に見られているかもしれない。

 なんせ、あの赤いローヴは目立つからな。

 何かと整合性が取れなくなってボロが出る可能性が高い。


 ついでに、俺らとの繋がりをカイト達に知られる事になる。

 二人を信用していないわけでもないが、なるべく他人を巻き込むリスクは避けたいところだ。


 チラリとカイト達へ死線を向ける。

 この二人もそれなりに強いのだが、グリフォンを倒せる程ではない。

 手柄を二人に譲ったとしても、死体が無い以上はギルド側に信じてもらえるとは思えない。

 死体があっても、本当にお前達が倒したのかと疑われるに違いない。


「難しいな」


 その辺の冒険者では、倒した事を信じてもらうのは難しい。

 グリフォンを倒せるだけの実力と知名度を持っており、俺達の話を信用してくれる人物。

 どこかにいないだろうか?


「いるじゃんか」


 そんな俺に同志は薄気味悪い笑顔を向けてきた。

 足を止めて疑いの眼差しを返してやる。


「誰だよ?」


「俺らだ」


 胸を張って同志が答える。

 俺はそれを無視して歩き出す。


「待てよ! 話を聞けって!」


 同志が慌てて追いかけてくる。

 何事かとロンが振り返るが、俺は軽く手を振って無視するよう伝えた。

 だが同志は諦めずに大声で喚きながら走り寄って来る。


「聞けよデフォルト」


 カイトらも苦笑いを浮かべながら足を止めている。

 軽く溜息を吐いて振り返った。

 同志は俺達に追いつくと、いきなり話を切り出した。

 

「まず、俺達ならグリフォンを倒せる実力がある、ってか倒した」


 俺がな。


「んで、それぐらいの実力があるって周囲に認知されている」


「それで?」


「だから、冒険者ギルドへ行って『グリフォン倒したから金よこせ』とか言えばいいんだよ」


「またアホな事を‥‥」


 言いたい事は分かる。

 金は貰えないだろうが、グリフォンを倒したという事実が伝わればいいのだ。

 俺らが言えば『もしかしたら本当に?』と思って捜索してくれるかもしれないって事だろう。

 

 だが、良く考えてみよう。

 そうだな、たとえば俺が冒険者ギルドへ行って『山道でグリフォンぶっ殺したんだが、あれって高額の依頼が掛かってんだろ? 寄越せオラ」とか言いながらカウンターを蹴飛ばす。

 ついでに同志が『嘘だと思うなら調べてみろ、死体は谷底に落っこちたけどな。ギャハハハハ!」と笑って、適当な椅子に腰掛ける。


 完全に強請りたかりの類である。

 誰が信用すんだよコレ。


「いや、考え方は悪く無い」


 口を挟んできたのはロンだった。

 アゴに手をやり、考えるような仕草をしながら虚空を睨みつけている。

 

「前もって、俺とカイトが『何者かが、グリフォンを撃墜するのを見た』と証言していれば、話の信憑性が増す‥‥のではないか?」


 俺も同志も驚いてロンを見る。

 ロンは少しだけ逡巡した後、俺達の方へ顔を向けた。


「やってみる価値はあると思うが、どうだ?」











 アビコーラへ戻る頃には日はすっかりと傾いていた。

 多少は薄暗くなってきたが、念のために外套のフードで顔を隠しておく。

 

 カイト達とは街の入り口で別れた。二人はこのまま冒険者ギルドへ向かうつもりらしい。

 俺達もギルドへ行くつもりではあるが、流石に二人のすぐ後だと怪しすぎる。

 少しは時間を置いた方がいいだろう。

 それに夕方と言えば、外出先から戻って来た冒険者達がギルドへ足を運ぶ時間帯だ。

 面子を気にする冒険者ギルドを相手するのに、わざわざ人の多い時間に行く事は無い。

 恥をかかされたと、なりふり構わず襲い掛かってくるかもしれない。

 今回は喧嘩しに行くわけじゃない、スマートに終わらせたいものである。


 城壁の上で寝ずの番をしている兵士達の事を考えると、ドラゴン退治に行く前にはケリをつけておきたい。

 夜間なら人も少ないだろうし、夜が更けた頃合に出向くとしよう。

 住民の姿より、兵士や冒険者ばかりが目に付く異常な街の中。俺達はゆっくりと宿へ戻った。







 ちょいと想定外の事態になった。

 街の各所には篝火が灯され、夜間なのに人通りが絶えない。

 城壁にも同じように篝火が置かれ、大勢の兵士達が警備を行っている。

 大通りは冒険者達が行き交い、彼等を相手にする商売人が店を開いていた。

 昼間と変わらぬ活気が街中を覆っていた。


 忘れていたが、周辺の村や集落は移住を余儀なくされたり、大勢の兵士達が警備に当たる等していたはずだ。夜間であっても警備を緩めていい状況にないのである。

 見通しが甘かったとしか言えない。




 仕方ない。

 どちらにせよ、グリフォンの件が片付かない限り、この夜間警備も解かれない。

 決行しよう。


「同志、準備はいいか?」


「おうよ」


 ジオーラの街で暴れた時に着ていた『正騎士の鎧』を身に着け、『騎士剣』を腰に提げる。

 同志も黒のレザージャケットと黒の革ズボン、編み上げのブーツと、この世界に来た時の格好をしている。

 これから俺達は冒険者ギルドへ向かうわけだが、今回は堂々と『デフォルト』と『レイン』として乗り込む。

 この格好が一番有名だろう。

 

「分かってるだろうが、やり合う必要はないからな」


 同志に釘を刺しておく。

 

「そりゃ、相手の出方次第だな」


 ふふんと笑う同志は、さっき買ったばかりの新品の短剣を嬉しそうに腰へと吊るした。

 暴れたがっているようにしか思えないが、俺達と冒険者ギルドとの関係を考えれば戦闘へ発展する可能性は充分にある。

 むしろ穏便に終わる確率の方が低いかもしれない。

 何も言わないでおこう。


 


 


 冒険者ギルドは、大通りに面した古びた木造の建物で、やはり正面には例のレリーフが掛かっていた。

 夜間にも関わらず屋内からはガヤガヤと大勢の声が聞こえる。

 コンビニみたく、24時間営業なのだろうか。

 夜なら人も少ないだろうと踏んだのだが、甘かったか。

 こっそり窓から中を覗き込むも、冒険者達のいると思われるホール付近は角度的に見えない。

 見えるのは、カウンターにいるギルド職員らしき制服を着た若い男だけだ。


 まあ、今更引き返せない。

 

 同志と二人並ぶと正面扉の前に立ち、深呼吸で息を整える。


「いくぜ」


「おう」


 俺は気合を入れると、力任せに扉を蹴り開けた。





「静かに入りなさい!」


 俺達を出迎えたのは、職員からのお叱りの言葉だった。

 思わず、素直に謝ってしまいそうになる。


 気を取り直して室内を観察する。

 室内は薄暗く、壁と天井から下げられたランプからの頼りない灯りだけが周囲を照らしていた。

 5人の冒険者達が、一つのテーブルを囲むように座り、飲み食いをしながら喋っている。俺達が入って来た時も、興味が無いのか、チラリとこちらを見ただけで、すぐ元の会話へと戻っていった。

 おそらく、俺達を冒険者か何かだと思ったのだろう。一目でデフォルトだと分かるように正騎士の鎧を着てきたのだが暗くて良く見えないらしい。

 右手には木製の扉があり、扉の脇に『山間の小人亭』と書かれた看板が立てられていた。

 宿と一体型の建物らしい。ってことは、奥には寝ている冒険者が大勢いるのだろう。

 派手な行為は慎んだ方がいいかもな。


 本来の目的を果たすべく、俺と同志はカウンターへ向かう。

 受付の男性の前まで来ると、要件を切り出した。


「よう、ちょっといいかな」


 カウンターに片肘を突いて半身を乗り出し、ちょっとだけニヒルな笑いをしながら受付に声を掛ける。

 それに対して受付の男は、碌にこちらへ顔も向けずに答えた。


「受付時間は過ぎています。明日またお越し下さい」


 マニュアル的な対応にイラっとしたが、ここはぐっと抑えておく。喧嘩をしに来たわけじゃないからな。

 しかし、冒険者ギルドの受付は、何故こうも態度が悪いのだろうか。


「まあ聞けよ。すげぇ話があるんだ」


「受付時間は過ぎています。緊急の案件でもない限りは御遠慮ください」


「緊急の話さ」


 俺がそう答えると、受付はようやく羽ペンを置いた。

 軽く溜息を吐いてから、やれやれといった風に顔を上げる。

 俺は自分の鎧が見えるように、カウンターから一歩下がって腰へ手をやり胸を張った。

 顔も良く見てもらえるよう、ランプの近くでだ。


「グリフォンを倒したのさ」


 その言葉で受付の表情が変わった。

 驚きの顔‥‥ではなく、疑いの眼差しにだ。


「では、証拠となる品を提出して下さい」


 残念ながら、俺の事には気付かないようだ。

 自分で言ってもいいんだが、それは何というか‥‥格好悪い。


「悪いが、そいつは無ぇなー」


「ではそれを手に入れてから、もう一度来てください」


 受付はそれだけ答え、再び羽ペンを手に書類へと向き合った。


「倒したのは事実さ、そんな話‥‥聞いてないか?」


「噂は関係ありません。証拠がなければ認められません。規定です」


「おいおい、この俺が倒したって言ってるんだぜ。ほら、俺の事、知ってるだろ?」


 もう一度、顔を受付男へ近づける。

 受付は嫌そうに身を反らせた。


「存じません。どうしてもと仰るなら、明日の日中にもう一度お越し下さい」


 受付の男は、もうこちらに顔すら向けない。

 手元にある書類の束を広げ、再び自分の仕事に戻ったようだ。

 周りの冒険者達が気付いてくれるかと期待したが、奴らはこちらを完全に無視して身内ネタで盛り上がっている。


 全くもってけしからん。

 予定が狂いまくっている。

 なんでこいつら俺達の事に気付かないんだ。

 もしかして、自分で思っているほど有名ではないのだろうか?


 もとよりこの場で討伐を認めてもらえるとは考えていない。

 だが、多少なりとも気にかけてもらえないと計画が台無しだ。


 そんな時、同志がこちらを向いて、ちょいちょいと手招きしている。

 また碌でもないことを思いついたのかもしれない。

 一応は近付いて話を聞いてやる。


「こいつら、俺達の事に気付いてないよな?」


 同志が俺に確認してくる。


「それがどうしたよ?」


「だったら、俺に考えがあるぜ」


 同志はそう言って不敵に笑った。

 こいつの考えってのは、あまり期待できない。

 できないのだが、たまに面白い案を出す事もある。

 なので遮らずに話の続きを待った。


「グリフォンの死体捜索を依頼として出すってのはどうよ?」


「お‥‥おお」


 盲点だった。

 ここは冒険者ギルドだ。

 正式に依頼としてお願いすればいいのだ。

 冒険者に依頼を出せば、奴らが勝手に死体を捜してくれる。

 冒険者が死体を発見すれば、報告はすぐにギルドや領主へと届く。俺の目的は果たされる。

 また、そういう依頼が出されたというだけで、「やはりグリフォンは死んだのか?」と思う奴らが出てくる。そして実際にグリフォンは俺が仕留めた後なので、以後、グリフォンを目撃する事は無い。

 仮に死体の発見ができなくても、グリフォン死亡説の有力な後押しとなる。


「同志、お前らしくない素晴らしい案だ」


「どういう意味だよ」


 不貞腐れる同志の肩を軽く叩いて立ち上がる。

 再びカウンターの前まで来ると、嫌そうな顔でチラ見してくる受付に話しかけた。

 

「あのさ、依頼を出したいんだけど、いいか?」



「明日にして下さい」





 駄目でした。





 翌朝。


 街の近くにある川原にグリフォンの死体が打ち上げられたという話を耳にしたのは、変装して冒険者ギルドに向かう途中の事であった。

 




軌道修正回

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