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グリフォン

「ドラゴンを倒しに行くことになった」


 まだ宿で食事をしていた同志に伝える。

 同志は口を半開きのまま、呆けた表情で俺を見ていた。

 話の内容を理解できていないようだ。


「ドラゴンを倒しに行くことになった」


 もう一度伝える。

 同志がようやく開きっ放しの口を閉じた。

 軽く溜息を吐くと、手に持ったパンを木皿の上へ戻した。


「意味が分からない」




 単純な話だ。

 ルイバルト山脈の西方にドラゴンが住み着いたのだ。

 その為、その地域に住んでいた魔物が周囲へ散らばり、山道付近にまで出没するようになったのだという。

 要するにドラゴンさんが来たから、山の魔物がビビって逃げ出したってわけだ。


 フレア達は一度ジオーラの街で準備を整えてから討伐に乗り出すつもりだったらしい。

 流石に竜を相手にするには万全の体制で臨む必要があったのだろう。

 しかしながら、そんな悠長な事をしていたら被害が拡大するに決まっている。

 俺達が出向いてさっさと倒してしまえば済む話だ。


 が、ドラゴン退治は破格の報酬が貰える上に、手に入る素材も高額で取引される。

 リスクは高いが美味しい仕事なのだ。

 なのでフレアも、こればかりは譲れないとかなり渋っていたのだが、そういうのは全部くれてやると言ったら一気に態度を変えやがった。

 実に現金で分かりやすい女である。


 彼女のパーティ仲間にも会いに行って話を通しておいた。

 危険な事は全部俺達が引き受け、奴らは報酬だけ貰うって話だ。当然ながら異議も出ず、お互い協力してドラゴンを倒しに行くという流れになった。


 同志だけが事後承諾になってしまったが。






 アビコーラの街へ到着したのは、村を出て二日目の正午だった。

 街自体は何てことのない至って普通の街だ。

 大きさはデイビスより少し大きい程度だが、背後にそびえ立つ巨大な山脈の所為でやけに貧相に見える。

 ジオーラのように景観が綺麗なわけでもなし、デイビスのように乱雑なわけでもない。

 宿場や雑貨系の店が建ち並ぶ、登山者の為の街といった感じである。

 まあ、実際その通りなんだろうけど。


 他の街と違うところと言えば、その殺気立った空気というべきか。

 街全体がピリピリとした緊張感に包まれている。


 そして冒険者の姿が多い。通りという通りに溢れている。

 街の中だというのに、誰もが武装をしており、時折上空へ視線を向けている。

 城壁の上には巨大なバリスタらしきものが備え付けてあり、その周囲を兵士達が忙しなく動き回っている。


 おそらくは、グリフォンへの対応に追われているのだろう。

 立派な城壁も空を飛ぶ魔物には意味を成さないからな。

 

 その所為なのだろう。

 昼間なのに住民の姿がほとんど見えない。

 避難しているのか、建物の中に隠れているのかは分からない。

 どちらにせよ生活に重大な支障が出ているようだ。


「やっぱ山道の魔物から先に倒した方が良いか?」


 山の魔物は冒険者達に任せておけば良いと思っていたが、そうもいかないようだ。

 俺の後ろで腕を組んでいた同志に問いかける。

 だが答えたのはフレアだった。


「ドラゴンを倒さないと、いくらでも湧いてくるわよ」


 彼女の脇にいた長身の男と巨体の戦士も賛同するように頷く。

 赤毛の少年は馬鹿にしたような表情で俺を見ると軽く鼻を鳴らした。

 少年の頭を叩いてから同志が答える。


「二手に分かれちゃ駄目なのか?」


 二手に分かれる?

 ああ、俺らとフレア達で別行動するって意味か。

 俺は別に構わんが、どうなんだろう?


 フレア達の方を見ると、彼女らはお互いに顔を見合わせて困った顔をしていた。


「倒した時期が被るとおかしいでしょ」


 む、そうか。

 グリフォンを倒した日とドラゴンを倒した日に差が無いと変だよな。

 日数の計算が合わないとフレア達が倒したのでない事がバレてしまう。

 そんで、フレア達以外の誰がドラゴンを倒したんだって話になる。

 ドラゴンを倒せる程の奴ってのは、多分そういないだろう。

 って事は、かなーり噂になる。

 なんと面倒くさい。


 そんな時、同志が何か思いついたようにポンと手を打った。


「二手に分かれたらいいんじゃね?」


「オーケー、黙ってろ」


 今、その話してるんだよ。

 お前が自分で言ったんだろ。

 忘れんなよ。

 


「違う違う。俺とデフォルトが分かれるんだよ。んで、そっちの四人も二人ずつ分かれる」


 どうだと言わんばかりに、満面の笑顔で俺に詰め寄ってくる。

 片手でそれを押し返してフレア達へ振り返る。


「俺は構わないが、そっちはどうよ?」


 ノッポが難しい顔をして腕を組んだ。


「さすがに一人でドラゴンは倒せないっしょ?」


 あ、手伝う気は無いんだ。

 そうなんだ。

 うん、確かにそういう約束だったけどね‥‥。


 まあいいや。

 俺なら多分イケる。


 フレア達は竜殺し。

 つまり竜よりも強い。

 そして、その竜殺し達より強い俺。

 まさに最強。

 油断さえしなければ負ける事は無いだろう。



「任せとけ、ドラゴンは俺は討つ!」


 だが、同志は自分がドラゴンを倒すつもりでいるらしい。

 

「同志、多分お前じゃ無理」


「なんでだよ!」


 不満を隠す事なく大声で俺に抗議をはじめる。


「熊に苦戦するような奴が、どうやってドラゴン倒すんだよ?」


 同志は対人戦は得意だが、人外との戦いは苦手なはずだ。

 熊はゴリ押しで勝てたが、ドラゴンとなると厳しい。

 少なくとも量産系の短剣で倒せる相手ではない。

 

 俺の言葉に後ろにいたノッポと巨体の男が驚きの声を漏らした。

 お互いに顔を見合わせあい「熊に苦戦?」などと呟いている。


「んじゃ仕方ねー。グリフォン倒すわ」


 思いのほか、同志は切り替えが早いようだ。

 俺の言葉が事実だというのを理解しているのだろう。

 素直にドラゴンを諦めた。

 でも、まあ‥‥。


「多分、お前じゃ無理」


「なんでだよっ!」


 今度は悲鳴のような叫びを上げる。

 ドラゴンとグリフォン。

 そのどちらも無理と言われ、さすがにショックなようだ。

 目尻にちょっと涙が浮かんでいる。


 だって、グリフォンは空飛んでるんだぜ。

 お前、魔法使えないし、その短剣では届かねーじゃん。


「飛び道具! 飛び道具があるぞ!」


 そう言ってアイテムボックスから黒光りのするライフル銃を取り出した。


「アサルトライフルだ! 射程距離が長い!」


「おおっ!」


 その重量感のある銃器に目を奪われる。

 確かにこれならイケかもしれない。


「威力は拳銃より低いが――」


「なんでだよっ!?」


 今度は俺が叫ぶ。

 ライフルが拳銃より弱いってどういう事よ?

 無茶苦茶じゃないか。

 いや、ゲームバランスが崩れないよう調整されてるんだろうけどね。

 けど、そうなるとやはり短剣で戦う事になる。

 断言しよう。

 絶対に届かない。

 勝ってるビジョンが見えない。

 俺はノッポに眼を向けた。


「あんたもシーフみたいだが、ドラゴンとはどうやって戦ってきたんだ?」


「俺は相手の注意を引き付ける役だな。メインの攻撃は他の三人だ」


 なるほどな。

 お互いの長所を生かした連携プレーか。

 俺がいないなら、その連携すら取れやしない。

 

「いや、やっぱ分かれるのは無しで行く。グリフォンは他の冒険者達に任せよう」


 そもそも山道に出る魔物はグリフォン一匹じゃない。

 オーガなんかも出るらしいし、それ以外も魔物がいるかもしれない。

 掃討するには、かなりの時間が掛かるはずだ。

 それに魔物が逃げ出すって事は、ドラゴンのエサがいなくなるという意味だ。

 エサを求めてドラゴンがこの街近辺に現れる恐れもある。

 何を優先すべきかは明白だ。


「まずはドラゴンを倒す。その後で山道の魔物を掃討。それでいいな」


 全員に指示を出す。

 だが同志は不満気な表情を崩さない。


「今、差し迫っての脅威はグリフォンだろ? そっちを優先すべきじゃね?」


 同志のくせに、なかなかの正論を吐く。

 振り返って、ベテラン冒険者である竜殺しの四人に意見を聞く。

 四人はお互いに顔を見合わせていたが、それぞれ頷くと代表してフレアが答えた。


「気になるならグリフォンだけでも先に倒せばいいんじゃない?」


 要するに、魔物の掃討には時間が掛かるから、危険なグリフォンだけ先に倒してしまおうって事か。

 まあ、今のところ一番無難な意見ではある。

 そしてそれが、皆の総意のようだ。


 決まったな。

 




 冒険者ギルドに情報を集めに行ったフレア達が帰って来た。

 小さな酒場で遅めの昼食を取りながら話を聞く。


 それによると、オーガは何人かの犠牲を出しながらも、順調に討伐が進んでいるらしい。

 他方でグリフォンは一匹しか目撃されていないにも関わらず、全く手が出せていない。

 その理由は単純明快、空を飛んでいるからだ。


 上空の高い位置から、攻撃の時だけ急降下してくるグリフォンは非常に戦い辛いそうだ。

 動きが素早いので、魔法を当てるのも難しいとの話である。


 それにグリフォンはオーガ等の魔物をエサにしているらしく、オーガの討伐が進めば、グリフォンはエサを求めて、この街を襲う可能性がある。

 街にいる兵士や冒険者達の異常とも思える警戒ぶりは、まさにそれが原因なのだろう。

 だがオーガは非常に危険な魔物なので放置するわけにもいかず、討伐せざるを得ない。

 彼等の苦悩が伝わってくるようだ。

 

 街を襲う恐れがあるのはドラゴンもグリフォンも同じである。

 だが、街の近くにいるのはグリフォンだ。

 そして、オーガ討伐により、その危険性が高まっている。

 もうあまり猶予も残されていないようだ。


 まだ日が高い。

 街に着いたばかりであるが、別に疲れているわけじゃないし、このまま討伐に向かっても良いかもしれない。

 その事を伝えると竜殺しの四人からブーイングが起こった。

 どうやら疲れていないのは俺と同志だけらしい。


 まあ、仕方ない。

 討伐は明日にするか。

 部下達の決めてくれた宿を教え、今日はここで別れることにした。


 が、同志がそんな大人しくしているわけも無かった。

 俺達だけで、今からグリフォン退治へ行こうと言い出す。


「多分、無理」


「なんでだよ!」

 

 簡単なことだ。

 山道は封鎖されており、冒険者しか入れない。

 身分証は偽造したものがあるが、冒険者証は持っていない。

 よってフレア達と一緒でないと山道へ入る事さえできないのだ。


 その事を伝えると、同志は突然走り出し、その辺を歩いていた冒険者風の男達の手を掴んで戻ってきた。

 男達は、いきなりの事に目を白黒させている。

 だが同志はそんな事を気にする奴ではない。


「こいつらと一緒なら入れるだろ?」


 無理やり連れて来られた二人組みの男は、ワケが分からないとった顔で俺と同志を交互に見ている。

 同志の頭を叩いて、冒険者達に謝っておく。

 せめて山道へ行こうとする奴らと交渉しろ。






 しかしまあ、世の中ってのは案外単純に出来ているもので。

 同志が引っ張ってきた二人組は、山道へ魔物討伐へ行く途中の冒険者だった。

 こいつらを説得できれば、山道を通る事が可能になるってわけだ。


「俺達だけじゃ火力不足なんだよ。よかったら一緒に行かないか?」


 冒険者証を持ってないと言うわけにもいかないので、パーティ仲間を探している冒険者のフリをしてみる。

 ようやく状況を飲み込めた二人が俺達をジロリと値踏みする。


 俺達の見た目は神官とシーフ。

 火力不足という言葉にも信憑性が出る‥‥はず。

 

 二人の冒険者達は戦士と魔術師のようだ。

 戦士は金属鎧と長剣、それに大きなボウガンを背中に背負っている。

 魔術師の方は黒いコートを羽織り、身長程もある長い杖を手に持っていた。

 戦士の名前は『カイト』魔術師は『ロン』と言うらしい。


 場慣れしているようだが、攻撃に重視を置いており防御面に不安がありそうだ。

 回復魔法が使える神官を仲間に加える事は悪く無い話だと思う。


 少しだけ話し込んでいた二人だったが、指示に従うならという条件付で同行に同意した。







 てくてくと山道を進む。

 俺は最初、日本アルプスみたいな巨大な山々を想像していたのだが、そこまで険しくはない。

 いや、充分に高いのだろうが登るのに重装備が必要になるほどの険しい山ではない。

 道は馬車が通れるように広く平坦に整備されている。

 逆に言うと平坦にできるような場所を求めて曲がりくねっているので無駄に長い。

 多分、直線距離だと反対側にあるカレモスの街まで一日も掛からないんだろうな。


 臨時でパーティになった二人組の冒険者達は慣れた足取りで山道を進む。

 どこに魔物がいるのか経験で分かっているのだろうか。

 すぐに別れようと思っていたが後学の為にしばらく付き合ってみるのも良いかもしれない。


 ある程度進んだところで、戦士のカイトが突然立ち止まり、その場にしゃがみ込んだ。

 何かを見つけたようだ。


「オーガの糞だ。まだ中まで乾いてないな」


 そう言って周囲を見渡す。

 だが、それ以上は分からないようだ。

 魔術師のロンが、チラリと同志の方へ視線を向けるが、同志は全く気付いていない。

 尤も、同志は屋外調査系の技能なんて持ってないんだけどな。


 仕方ないので俺が『追跡スキル』を発動させる。

 地面の上に足跡の輪郭が、ぼうっと浮かび上がった。

 それを、こっそり同志へ耳打ちしてやる。

 あたかも自分が見つけたような顔で同志が二人に伝える。


「シーフを入れたのは正解だったな」


 ロンが笑いながら同志の肩を叩く。

 普段は相手を見つけるだけで、もっと時間を浪費するのだろう。

 すぐに行き先が明確になったことで二人は上機嫌だ。


 得意気な顔で同志が俺へ振り返る。

 いや、俺が教えたんだからな。


 その後も、俺が足跡を辿りながら、それを同志へ伝え、同志が二人へ伝えるというスタイルで進んでいく。

 おかげで、あっという間にオーガの群れを発見する事ができた。


 

 オーガ達がいるのは、切り立った崖の側面に空いた洞穴の前だ。

 自然にできたものなのか、オーガがくり抜いたものなのかは分からない。

 周囲に木は生えておらず、背の低い雑草が生い茂るのみだ。

 

 洞穴の前には5匹いる。

 寝転がったり、仲間同士でじゃれあったりしている。

 一番大きな個体は、狼のような動物をガリガリと齧っていた。

 穴の中からも低い声が響いてくるので中にも数匹いるかもしれない。

 緊張した面持ちでカイトがロンに目配せをする。

 ロンが杖を構え、懐から小瓶を数本取り出し足元に置く。

 魔力を回復させるエーテルか何かだろうか。

 カイトは同志にも顔を向け、指示を出した。


「俺が先陣を切る、ドウシは敵をかく乱してくれ」


「倒しとくわ」


「かく乱してくれ!」


 カイトが小声で怒鳴る。

 その顔は険しい。

 命のやり取りをする場なんだから当然だ。

 冗談を言っていい時ではない。

 同志は本気だろうけど。


「同志、言われた通りにしろ」


 俺もカイトに同調すると、渋々といった風に同志も頷いた。


「フォルはロンを守りながら、何かあればフォローを頼む」


「任せておけ」


 今回は完全にサポート役だな。

 けど、たまにはこういった経験も悪く無い。

 いずれ何かの役に立つかもしれないしな。




 カイトが無言のまま駆け出し、オーガへ斬りかかる。

 オーガがゆっくりとこちらへ振り返る。その頃にはカイトの剣が手前にいたオーガの胸を貫いていた。

 それでもオーガ達は状況を理解できていないのか、呆けた顔でカイトの姿を見つめている。

 その隙に、さらに一匹がカイトの剣で倒された。

 ようやくオーガが雄たけびを上げる。


 おせーよ。


 雄たけびなんかを上げているから、カイトの剣に対応できず、三匹目が沈む。

 あっという間に5匹の内、3匹を倒してしまった。

 こいつら結構強いんじゃね?


 洞穴の中にいた仲間達が雄たけびを聞いて這い出てこようとする。

 が、そこへロンの放った火球がぶち込まれ、穴の中で炸裂する。

 狭い穴倉の中で炎が巻き上がり、中にいたオーガ達を焼き尽くす。

 馬鹿デカい轟音が断末魔をかき消す。


 残った2匹も、カイトが的確に斬り伏せ、俺達の出番が無いまま戦闘は終了した。



「お前ら強ぇーじゃん」


 同志が感心したように二人へ近付く。

 カイトとロンもまんざらでも無いといった顔をしていた。


 確かに強い。

 レベルはカイトが38で、ロンが33だ。

 オーガは個体差があるにしても、大体30前後。

 圧勝できる程のレベル差があるとは思えない。

 まさに先手必勝ってやつだな。

 オーガの自滅にも見えなくはないが‥‥。


 まあそれだけじゃないだろう。

 レベルに関係なく、こいつらは戦闘が上手い。

 同レベルの冒険者達が同じ事をやっても、オーガのエサになるだけだろう。

 今まで俺は、相手の強さをレベルだけで決め付けていたが、これからはステータスでは測れない技量ってやつも考慮する必要があるな。




 オーガは生命力が高いのか、倒れている何匹かは息があるようだった。

 カイトがその胸に剣を突き刺していく。


 俺はその間に洞穴の中を確認しておく。

 ここにも生き残りがいたら危険だしな。


 穴の中は焼け焦げたオーガの死体が折り重なるように横たわっている。

 足先で蹴飛ばしてみるが、ピクリとも動かない。

 

 なんとも嫌な臭気が漂う穴の中を進むと、一番奥の突き当たりに、多数の骨が撒き散らしたように転がっている。

 骨は原型を留めずに拡散しており、人のものか、動物のものかは判別がつかない。

 判りたくもないが。


 オーガの全滅を確認し終えたので、穴から出ようと向きを変える。

 その時、カイトの声が聞こえた。

 穴の中にいたので、なんと叫んだのかまでは聞き取れない。

 何かあったのだろうか?

 急いで穴を出ようと駆け出すも、カイトとロンが穴の中に走りこんできた。

 

「出るなっ! 中にいろ!」


 ロンが息を切らしながら俺に怒鳴る。

 その表情は真剣だ。


「来たぜぇ! 来たぜぇ! グリフォンだぜぇ!!」


 外から同志のはしゃいだ声が聞こえる。

 ここからでは見えないが、グリフォンが現れたらしい。

 カイトとロンは、それで慌てて穴の中に逃げ込んだってわけか。


 しかしこれは運がいい。

 こんなに早く見つけられるとは思わなかった。

 二人は穴の中にいれば安全だろうし、余計な心配をせずに戦いに集中できる。

 外へ向かって走りだすも、カイトに腕を掴まれる。

 

「馬鹿野郎! あれは別格だ、死ぬぞ!!」


 ロンも外にいる同志に穴へ入るよう叫んでいる。

 結構うるさい。


「悪いが、少し眠っていてくれ」


 俺達の目的はグリフォンの討伐だ。

 ここで邪魔されては堪らない。


 二人が倒れこむように眠るのを見届けてから外へ駆け出す。

 


「オラァ! こっちへ来い!」


 表では短剣を振り回して同志が吼えている。

 同志の視線を追って見上げた先に、大きな翼を広げた怪鳥がいた。

 離れていても分かる程の巨体、鷹の上半身と獅子の下半身。

 間違いない、グリフォンである。

 百メートル以上先にある谷の上を滑空している。


 だが、相手は遥か上空、しかもその下は谷である。

 近付く事すら出来ない。

 グリフォンはこちらにはまるで興味を示さず、悠々と上空を旋回している。


「ライフル使え、ライフル」


 同志へ声を掛けるも、興奮していて聞いちゃいない。

 遂には、落ちている石を拾って投げつけ始めた。

 もう放っておくか。


 近づけないのなら魔法を使えば良い。

 相変わらず叫び続けている同志を無視して片手を挙げ、水氷魔法の『アイスニードル』を唱える。

 鋭く尖った氷の矢が無数に現れ、グリフォンへと放たれる。

 だがグリフォンは素早く転回し、その全てをかわすという巨体に似合わない機敏な動きを見せた。


「やるじゃん‥‥!」


 距離があったとはいえ、魔法がかわされたのは初めてだ。

 驚きを隠せない。

 レベルを確認すると88もあった。

 並の冒険者じゃ相手にならないわけだ。


 攻撃を仕掛けた事で、俺達を敵と認識したのか、グリフォンが凄まじい勢いで突っ込んでくる。

 同志が「よっしゃあ!」と叫んで短剣を構える。

 そのまま俺達へ体当たりをしてくると思っていたのだが、奴は数メートル手前で減速し、広げた大きな翼をこちらへ向けて羽ばたかせた。

 猛烈な突風が俺達を襲い、バランスを崩して同志が倒れ込む。

 俺は姿勢を低くして、なんとか凌ぎきった。

 だがその隙にグリフォンは急接近し、同志を掴むと再び上空へと舞い上がる。

 同志は汚い言葉を撒き散らしながら短剣でその足を斬りつける。

 しかしあまり効果は無いようだ。


 うーむ、やはり同志は人外との戦闘には不向きだな。

 確かに同志の体力は底なしだが、麻痺や石化、即死魔法など、体力に関係なく相手を無力化する攻撃はザラにある。

 グリフォンは特殊能力が無さそうだから良いものの、そういう能力がある魔物と戦ったら負けるかもしれない。

 同志も戦闘には相性があるって分かっただろうし、こいつにとっては意義のある戦いだったな。



「あ、ちょっと待って! 剣が折れた!」


 グリフォンに掴まれたままの同志が、柄の部分だけになった短剣を俺へ見せ付ける。


 知らんがな。

 どうしろってんだよ?


「待って! 待って! 剣が折れた!」


 今度はグリフォンに向かって喚いているが、魔物がこちらの事情なんて考えてくれるわけがない。

 そもそも人の言葉は通じないだろ。

 何がしたいんだアイツは。


「剣が折れた! 剣が折れたんだって!!」


「やかましい!」


 短剣ぐらい後で買ってやるわ。

 今は黙って戦わんかい。


「折れたっつってんだろっ!!」


 キレた同志が自分を掴んでいるグリフォンの足を両手で握り、力ずくでへし折る。

 悲鳴のような鳴き声を上げてグリフォンがたじろぐ。

 そして、折れた足では同志を掴み続ける事ができない。

 力の緩んだグリフォンから解放され、同志は真っ逆さまに谷へと落ちていった。



 ははは、バッカでぇー!




 ‥‥‥‥。




 ‥‥‥‥。




 えらいこっちゃ!





 急いでケリをつけよう。


 アイテムボックスから、槍を取り出す。

 ただの槍ではない、全体が神々しい程の金色の光に包まれている。

 こいつは『ブリューナク』と呼ばれる魔槍だ。

 雷属性を持ち、投げると槍自身が意志を持って敵へ向かっていく。

 あとは放っておいても、敵が倒れるまで勝手に攻撃し続けるという極悪性能を持つ。

 グリフォンのように、こちらの攻撃が届かない場所にいる敵にはうってつけだ。

 

 遠ざかっていくグリフォンに向けて槍を構える。

 助走は必要ない、そのまま槍投げの要領で放り投げる。


「かわせるもんなら、かわしてみろ」


 放物線を描くように投げられた槍は、空中で突然勢いを増し、一直線にグリフォンの胸部を貫いた。

 その直後、グリフォンの身体を雷光が迸る。

 奴も何が起こったか理解できなかっただろう。

 胸に大穴を空けられ、全身を雷撃で焼かれたグリフォンは、声一つ上げられず、同志と同じように谷の底へと落ちていった。



 グリフォンはこれで片がついた。

 問題は同志の行方だ。

 アイツなら、あの高さから落ちても平気だろうが、谷底から戻って来るのは至難の業だ。

 捜しに行かなければ。

 それも急いで。

 だが、山に不慣れな俺だけでは時間が掛かる。

 カイトとロンに手伝ってもらう必要がある。

 俺が洞穴の方へ振り返った時、カイトの呟く声が聞こえた。


「偽騎士デフォルト‥‥」


 鼓動が弾ける。

 眠らせたはずのカインとロンが洞穴の外にいた。

 厳しい目付きで俺を睨んでいる。


 はっとして頭へ手をやる。

 神官帽が無い。

 グリフォンの突風を喰らった時に飛んでいったのだろうか。

 俺は素顔を晒していた。


 ここにきて面倒な事に‥‥。

 もう開き直るか。


「説明は後だ。同志を捜しにいくから協力してくれ!」





 

 結局‥‥。


 懸命の捜索もむなしく、同志は自力で這い上がってきた。



まさかの一ヶ月遅れ。

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