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馬車での旅

 晴れ渡る空の下、同志が草むらの上でラジオ体操の動きをしている。

 俺はそれを横目に、両手を頭上で組み、思いきり伸びをする。

 それから一気に脱力して草の上に寝転がった。


「あと二日もコレかよ‥‥」


 期待していた馬車での旅は、俺の想像とかけ離れていた。

 ガタガタと不規則に揺れる狭苦しい荷台の中。

 ひたすら座り続けて数時間。

 暇だわ、お尻は痛いわ、酔いそうになるわで散々であった。


 元々、商品を運ぶための荷馬車なのだから無理もない。

 人を輸送するのに使う箱馬車も買える金はあるのだが、あれは組織運営に必要な金で俺達が自由に使って良いものではない。

 ましてや、今回の旅は俺達のワガママで決めたことだ。

 そんな事に大事なお金を消費するわけにはいかない。


 デイビスの街を出たのは、昨日の午後だ。

 何事もなければ、明後日にはアビコーラへ到着する予定ではある。

 けれど、馬車での移動が思いの他辛く、すでにうんざりとした気分だった。

 目を向けると同志は柔軟体操を始めている。


 旅のメンバーは俺と同志、その他に部下が二人いる。

 最初は馬を二頭借りて、俺と同志だけで出かける予定だったのだが、よく考えれば馬の世話なんてした事がない。

 初めて行く土地なので案内人も欲しい。

 そんなわけで、御者と案内役を兼ねた部下が二人付いて来ている。


 名前は『ロディウグムリウス』と『ヴィストゥスホイエ』とかいう他人に覚えさせる気の感じられないものだった。

 なので、部下A、Bと呼ぶことにしている。

 部下Aは中年の小男で、商人のような格好をしている。組織の取引に関わる商品の仕入れを何度も担当しているベテランさんだ。

 部下Bは、まだ二十代になったばかりの若者で、主に雑用をこなしている。まだ仕事に慣れないのか、しょっちゅう部下Aに叱られている。

 そんな奴を首領の付き人にすんなよと思わないでも無いが、忙しい中、俺達のワガママに付き合ってくれているのだから文句をつけたら罰があたる。



「同じ体勢のままいるのって歩き続けるより辛いな」


 誰にとも無く呟く。


 俺も同志も並外れた体力を持っている。

 今まで旅をしてきたが、疲れるという事はなかった。

 なのに慣れない馬車に乗った途端、このザマだ。

 不甲斐無い自分を呪わずにはいられない。

 まあ、進む速度は徒歩よりも、ずっと速いのだが。


 草むらの上に寝転がり、馬にエサをやっている部下AとBをぼんやりと眺める。

 吹く風が心地よい。

 ふと顔を上げると、少し離れた位置で、同志がこちらに背を向けて立っている。

 何をしているのかと訝しげに見ていると、突然、同志の髪が恐ろしい速度で短くなった。

 腰まであった長い髪が、肩ぐらいにまで縮んでいる。

 切れたり、抜けたりしたわけではない。

 頭皮に吸い込まれるように短くなったのだ。

 そして、その髪の色は鮮烈なオレンジ色をしていた。

 呆然とそれを眺めていると、再び髪は腰の長さにまで伸びる。

 色も群青色に戻っていた。


 同志が振り返る。

 俺と目が合うと、気味の悪い笑みを浮かべながら近付いてきた。


「どうだった?」


「キモかった」


 聞けば同志は『変装スキル』を使っていたらしい。

 そういえばそんなスキルを持っていたなと今更ながらに思い出す。

 『変装スキル』は俺も持っているが、使っても特定の職種の衣装に変わるだけで身体に変化が起こるわけではない。

 変身じゃなくて変装なのだから、当たり前の話である。

 だが『BHO』の世界では、そうでも無いらしい。

 実際に、髪の長さや色が変化していた。


 もう一度やってみてくれと頼んでみると、同志は軽く頷いた。

 軽くウェーブのかかった金色の髪がさらりと音を立てて風になびく。

 黒ずくめの衣装と、これでもかというくらいに合っていない。

 

「顔と身長は変わらないんだな」


 俺の呟きに「当たり前だろ」という言葉が返って来る。

 変えられるのは髪の毛だけのようだ。

 けれど、髪の色や長さが違うだけで受ける印象は随分と違う。

 興味を引かれて同志の髪を触ってみる。

 サラサラの髪は作り物ではなく本物だ。

 一本抜いてみる。

 抜けた毛はやはり金色のままである。


「いてぇな! 何すんだよ!」


「気にすんな」


 抜いた髪を捨てて同志へ顔を向ける。

 金髪の同志に違和感しか覚えない。

 人相書きが出回っている現在、このスキルは非常に役に立つ。

 だが、同志に金髪は似合わない。

 とりあえず衣装と合わせてショートヘアの黒髪にしてもらった。

 胸が無いので男みたいだ。

 まあ、中身は男なのだが。


「髪が短いと、なんか奇妙な感じがするな」


 同志が自分の頭をペタペタ触る。

 どうやら完全に女の身体に慣れきっていたようだ。

 恐ろしい奴である。


 結局、髪はロングに戻し、色だけ黒くすることになった。

 相変わらず黒いレザージャケットを来ているので全身真っ黒だ。

 嫌でも目立つ。

 外套でも羽織らせておくか。



 部下AとBが、準備を終えて俺達が来るのを待っていた。

 立場上、早く来いとは言えないのだろう。

 あまり待たせるのも悪いな、そろそろ出発するか。


 同志に声を掛けて、馬車へ乗り込む。

 気だるそうな顔をした同志も、溜息をついて俺の脇に座った。











「さんま」


「まんじゅう怖い」


「いくら」


「楽に行こうぜ」


「ゼブラ」


「ランデブー」


「お前、色々おかしくね?」



 馬車の中は暇なので、同志としりとりをしながら時間を潰す。

 車輪が石などで揺れる度に舌を噛みそうになるが、それくらいしかやる事が無い。

 

 

 しばらくすると馬車が停まり、御者台から部下Aが声を掛けてきた。

 そろそろ日が暮れそうなので、近くの村に寄ってもよいかとの事だ。

 個人的には、さっさと街まで行ってしまいたいのだが、暗視の無い部下達には無理な話だ。

 馬だって疲れているだろうしな。


 許可を出すと、馬車は街道を外れて草原に伸びる細道へと向かう。

 先程よりも、揺れが強くなった。


「何ていう村へ向かうんだ? だんご」


 気になったわけでも無いが、なんとなく聞いてみる。


「イヒリ村と言います。この街道を使う者達が中間の休憩ポイントとして良く利用してますね。‥‥だんご?」


「だったら、もっと街道沿いに作れば良いのにな。ごりらの子供」


「狩猟や農業とかに適した場所にあるんだろ。モンシロチョウ」


「今から向かって大丈夫なのか。鵜飼いの乗ってる船」


「え‥‥ええ、すぐに着きます、半時間も掛かりません」


「そりゃ助かる。ねずみ」


「さっきから何を‥‥?」


 俺達の言っていることの意味が分からないらしく、部下Aがオロオロしている。


 ごめんな、しりとりなんだよ。




 部下Aの言うとおり、イヒリ村とやらにはすぐに着いた。

 荷台から飛び降り、村の様子を確認する。

 開けた平地にある村は思いのほか大きく、家屋もざっと300はある。

 二階建ての大きな建物は恐らく宿屋だろう。

 その周辺には、村へ立ち寄ったのであろう商人達が積み荷を広げて商売をしている。

 村の中は綺麗に清掃されており、デイビスの街より、よほど衛生的だ。

 もしかして、本当に旅人の宿場町として繁盛しているのかもしれない。


 宿の手配は部下達に任せて、俺は同志と二人で村の散策をすることにした。

 しばらくデイビスの街に閉じこもっていたので、こういったものが新鮮に写る。


「同志、髪の色を黒く変えて外套を羽織っておけ」


「お前はどうすんだよ?」


「ふふ、これを見ろ」


 纏っていた外套を脱ぐと、その下に青い神官服が現れる。

 さらにアイテムボックスから神官帽を取り出し、それを被る。


「なぜに神官の格好を‥‥」


 同志が怪訝そうな顔で俺を見る。


「これなら犯罪者に見えないだろ」


「どこの世界に神官を同行させる商隊があんだよ」


 呆れた顔で同志が溜息をつく。


「大丈夫。冒険者にも神官はいたろ? 護衛の冒険者ってことにしときゃいい」


「顔でバレるぞ」


「帽子を深く被っていれば分かんねーさ」


「どうだろうなぁ‥‥」


 随分と不評のようだ。

 だがもう部下達は馬車と一緒に行ってしまった。

 これでいくしかない。


 同志と並んで村の中を歩いて回る。

 さすがに街と比べると規模は小さいが、村としては結構大きな部類に入るのだろう。

 これだけの村だと人口も500人以上はいそうだ。

 それに旅人なんかも加わっているので、人通りも多い。

 村で採れた作物や保存食なんかを売り出している者もいる。

 

「閑散とした村かと思っていたけど、活気あるなー」


 何気なく露店を見回していた時、ガヤガヤと賑やかな声が聞こえてきた。

 村の入り口辺りから、俺達と同じように村へ宿泊に来た一隊があった。

 どこにでもいるような商人達、そして冒険者だ。


 商人が立ち寄るんだから、護衛の冒険者達だってやってくる。

 街道から外れた村なら大丈夫と思っていたが、世の中そんなに甘くなかった。

 一般人ならともかく、冒険者は全員俺達の顔を知っていると考えた方がいい。

 深く帽子を被り直して同志の袖を引っ張る。


「んだよ?」


「ここを離れよう」


 若干、挙動不審になりながら、人通りが少ない民家の前までやってくる。

 こんなところで戦闘になれば村の人達にも迷惑が掛かるし、下手すれば建物に被害が出る。

 俺達がいるとバレたら今後の宿泊客の数にも影響しかねず、そうなれば村の収入まで減少する。

 それだけは避けたい。

 しばらくその場で時間を潰し、薄暗くなってきた頃に待ち合わせ場所である村の入り口へと向かう。

 すでに部下AとBは待っていた。

 馬車は無い、どこかに預けてきたのだろう。


 部下達に案内されて宿へ向かう。

 それなりに大きな建物で、やはり一階は酒場になっていた。

 宿泊部屋は二階なのだが、大部屋しか空いていないらしく、部下達も含めて4人で雑魚寝だそうだ。

 部下Aが何度も謝っていたが、別に俺達は気にしない。

 いや、俺じゃなくて同志に謝っているのか、一応女性だからな。

 一番そんなことを気にしないのが同志であるのだが。


 とりあえず食事にしたいので、部下達には明日の出発までは自由にしてもらい、俺と同志は酒場のカウンターに腰掛けた。

 こんな村では油は貴重なのか、ランプの数が少なく、室内は暗い。

 顔を見られたくない俺達にとっては好都合である。


 一階の酒場には、旅人や商人、冒険者らしき連中が木杯を手に大声で騒いでいる。

 かなり煩いが、酒場はどこもこんな感じだ。

 娯楽の少ないこの世界において、酒は彼らにとって唯一の楽しみなのだろう。

 それは俺達も同じことだ。


 炒った豆を摘みながらエール酒を傾ける。

 一日中馬車の中にいたから、こうやって酒を飲むだけで幸せを感じちゃうな。

 思わず頬が緩む。

 同志が気持ち悪そうに俺を見ているが、そんなこと気にならない。

 後ろのテーブル席から大きな笑い声が聞こえる。

 多分、他の客も同じような事を感じているのだろう。

 少し騒々しいが、和やかな雰囲気が伝わってくる。


 突然、食器が落ちる音と大きな怒声が響き渡った。

 一瞬にして周囲は静まり返り、木茶碗の揺れる音だけが聞こえてくる。

 振り返ると、ガタイの良い男が、同じく身体の大きな男の襟首を掴んで何やら喚いている。

 同志も杯を手にしたまま、そちらへ視線を向ける。


 見たところ、二人は冒険者のようだ。

 怒鳴りあっている内容を照らし合わせると、詰め寄っている男が注文した肉を、掴まれている男が食べてしまったらしい。

 くだらな過ぎて興味を失う。

 再びエール酒を持って、同志としりとりを始めた。


 だが、仲裁に入った別の冒険者が突き飛ばされた辺りから空気が変わった。

 突き飛ばされたのは別のパーティの冒険者だったらしく、その仲間達がいきり立って言い争う二人を取り囲んだ。

 なのに、喧嘩中の二人は興奮していて、部外者はすっこんでろと言わんばかりに啖呵を切る。


「ってんじゃねぇぞ、コルァ!」


 取り囲んでいた内の一人が、近くにあった椅子を持ち上げると、手前の男に向かって振り下ろした。

 椅子で殴られた男が激怒して相手に掴みかかる。

 テーブルが引っくり返り、木製の食器が散らばる。

 それを合図に仲間の冒険者達も加わって大乱闘になった。

 他の客達が慌ててその周囲から離れる。

 

 同志が立ち上がろうとしたが、引き止める。

 ここで目立つ事は避けたい。

 あいつらを倒すのは簡単だが、俺達の事がバレると、この宿だけじゃなく村全体に迷惑が掛かる。

 その事を伝えると、同志は渋々椅子に座りなおした。


 乱闘は徐々にヒートアップし、遂に一人が剣を抜いた。

 それを皮切りに皆次々と武器を構えだす。


 慌てて店主らしきオバちゃんが止めに入る。

 だが、屈強な冒険者達を止められるわけもなく、その顔を剣で斬られ、夥しい量の血を流しながら床へと転がった。

 周囲で眺めていた他の客達が息を呑む。

 

 顔を抑えて蹲るオバちゃんを見て、同志がカウンターを激しく叩く。

 その目は怒りに染まっている。


 こうなると止められない。


 それに、あいつらはちょっとやり過ぎだ。

 早めに止めないと死人が出かねない。

 何より、無関係のオバちゃんにまで手を出したのは許せない。


 俺と同志は揃って席を立つ。


 暴れる冒険者達は同志に任せて、倒れて呻いているオバちゃんに近付く。

 そして手早く回復魔法を掛ける。

 一瞬で傷が癒え、痛みが引いたのでオバちゃんは驚いて顔を上げた。

 神官服を着ていて正解だったかもな。


「大丈夫ですか?」


 手を持ち、立ち上がるのを手伝う。

 冒険者達の方を見ると、すでに片はついていた。

 全員、泡を吹いて床の上に転がっている。

 同志は、最初に大声を出していた男の頭を踏みつけていた。




「やるなら外でやれ、迷惑だ」




 周囲から歓声があがる。

 同志は軽く手を振ると、元の席に戻って再びエール酒を飲み始めた。

 その周りに、さっきの戦闘を見ていた客が集まって来る。


 この村にも兵士の詰所はあるらしく、従業員の一人が扉を開けて走っていった。ただの喧嘩ならともかく、剣を抜いての乱闘、しかも村人にまで怪我を負わせたのだから決して軽い罪では済まないだろう。

 自業自得だが、彼等に護衛を頼んでいた商隊は災難だな。


 たった一皿の肉が運命を変える事もある。

 従業員達に縛られていく冒険者達を見て、そう思わずにはいられない。


 それにしても、仕方の無い事だとは言え、かなり目立ってしまった。

 狭い村の中だ。噂が広がるのも速いだろう。

 ちょっと迂闊だったか。


 いや、明日には村を出るし大丈夫だろう。

 偽造した身分証もあるし、シラを切り通せば何とかなる。

 何度も礼を言ってくるオバちゃんに愛想笑いを返して、同志の隣に座りなおす。

 同志に群がっていた男の一人が俺の顔を覗き込んだ。


「ん? あんたの顔どっかで‥‥」


「ふんっ!」


 周りに見えないよう腹部に拳を打ち込む。


「あれ、飲み過ぎですか? 程々にした方がいいですよ」


 気絶した男を抱え、空いている椅子へ座らせる。

 

 あぶねー!

 暗いからと油断していた。

 近くまで寄ると顔くらいは見える。

 髪の色の違いも暗くて逆に分かり辛い。

 長居すると俺達の事がバレてしまうかもしれない。

 これ以上、ここへ留まるのは得策ではない。


 俺はテーブルに代金を置くと、同志を掴んでそそくさと寝室へと引き上げた。




 途中、階下を見下ろすと、縛られたまま倒れている冒険者達に毛布を掛けてやるオバちゃんの姿が見えた。



 聖人だな。

 

 


遊んでたら更新遅れました。

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