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遅れた荷物

「散らかってるな」


 俺が私室で荷物を整理していると、ノックも無しに扉が開いた。

 焼き菓子を口に咥えたままの同志が、ずかずかと部屋の中へ入ってくる。

 そのまま部屋の奥にあるベッドの上に腰掛けると、床一面に広がる無数のアイテムに目を落とした。

 

「整理しろよ」


「してるんだよ‥‥」


 銀製のペンダントを手に取りながら俺は溜息をついた。

 確かに一見するとガラクタをぶちまけたように見えるかもしれないが、これはアイテムボックスの中にあるアイテムから、用途の良く分からない物を取り出して鑑定を行っているのだ。

 以前にも言ったが、テストプレイキャラである俺のアイテムボックスにはゲームで手に入るアイテムは全て収められている。

 だが、10年以上も前にプレイしたゲームのアイテムなんて覚えていない物の方が多い。

 名前である程度は効果も想像できるのだが、中には良く分からないものだってある。


 たとえば、今、手に持っているペンダント。

 『アイテム鑑定』の結果、『魅了』や『恐慌』など、精神系の状態異常に対して、耐性が上昇する効果がある事が判明した。

 けれど、そんなもの鑑定しなければ分からない。

 名前の欄には『銀のペンダント』としか表示されていない。

 アイテムボックスの中には、そういったアイテム類が多数ある。

 それを鑑定しながら分類ごとに仕分けしている最中なのだ。

 

 同志にその事を伝えると、ヤツは興味深そうに床に散らかるアイテムの一つを手に取った。


「なら、この変なマグカップは何だ?」


「ロードスリーのモンスターが落とすアイテムだ。カップの底に企業ロゴが描いてある」


「宣伝か?」


「宣伝だ」


 俺の答えに不満そうな顔をして、同志がマグカップを床に戻す。

 そして今度は小さな鉱石を掴んだ。


「これは?」


「錬金に使う素材だ。だが、錬金して作れる装備はすでに持っている」


「いらねぇじゃん」


「まあな」


 先程よりも、さらに不満気な表情になり、鉱石を床に放ると、白く光る水晶を無造作に拾い上げる。


「このヤバそうな水晶は?」


「BGMの変更ができるレアアイテムだ。勿論この世界じゃ使えない」


 同志はどさりとベッドへ倒れ込んだ。

 顔には思いっきり落胆の色が見える。


「つまらん」


 俺は苦笑しながらアイテムを片付け始める。

 まだ半分も終わっていないが、すでに同志は興味を失っているようだ。

 こういう時間のかかる単純作業は好きではないのだろう。

 せっかく来てくれたのだから、ここらで休憩にするか。









 

「珈琲が飲みたい」


「リンゴジュースで我慢しな」


 陶器でできたコップにジュースを注ぐ。

 それをベッドに座る同志へ手渡し、俺は木製の椅子へと腰掛けた。


 この世界に珈琲があるのかは分からないが、少なくとも今のところ目にした事は無い。

 紅茶はあるのだが、コンロも水道も無い為、淹れるのが面倒臭い。

 部下に作らせても良いのだが、流石にそんな事の為に人を使うのは気が引ける。

 ジュースなら、コップに注ぐだけなので一番楽なのだ。

 尤も、冷蔵庫が無いので、すぐに味が悪くなるのだが。


「温いな‥‥魔法で氷を出してくれよ」


「前にそれやったら、コップが割れた」


 ロードスリーの魔法は戦闘用しかない。

 なので、水氷魔法も当然戦闘仕様である。

 氷の矢を飛ばす魔法ならあるが、アイスロックを作り出す魔法なんて使えないのだ。

 一度床に打ち込んで、それを引っこ抜き、ちょっと砕いて使ってみるか?

 いや、私室の床を壊したくは無いな。


 同志は不味そうにジュースを一口飲み、そのままコップを床へ置いた。


「ウルカに聞いたぞ。お前、変な本を集めてるみたいだな」


「歴史書だよ。誤解されるような言い方するな」


 俺は立ち上がると部屋の壁際にある本棚の前へ行く。

 適当に5冊程抜き取ると同志へ近づき、奴の前に並べた。


「この世界の事を詳しく知っておこうと思って調べたんだ」


 同志がその内の一冊を手に取る。

 ペラペラと流し読みすると、すぐに閉じる。


「で、何か分かったのか?」


「達筆過ぎて、ほとんど読めない」


 そう言って席へと戻り、椅子に座りなおす。


「つまり、成果無しってことか」


 同志は置いていたコップを持ち上げると、一気にジュースを飲み干した。

 そして顔を顰める。


「読めるものも中にはある。だが読みきる自信は無い」


 同志が右手を挙げて一点を指差している。

 目を向けると酒の並ぶ棚だった。

 苦笑いを返して棚へと足を運ぶ。


「知らん地名や人名ばかり出てきてワケが分からない」


 一番安いワインを選んで棚から取り出す。

 ついでに、もう一個グラスを手に取る。


「だから、成果無しだろ?」


「そうとも言う」


 俺はそう言って同志のグラスを床から拾い上げると、そこにワインを注いでやる。

 同志が手を伸ばしてきたので、そこへ渡す。


「時間と予算の無駄使いだな」


「もう俺の頭も限界なんだよ‥‥」

 

 手に持ったグラスにワインを注いで椅子へ腰掛ける。


「元の世界に戻る方法、それを探す方法すら思いつかない‥‥」


 ワインを口につける。


「そんな事でどうすんだ!」


「いや、お前も考えろよ」


 ワインを一気に呷ってグラスをテーブルへ戻す。


「なあ同志。俺だって頭が良い方じゃないんだ。少しは手伝ってくれや」


 ってか、このワイン不味いな。

 さすがは安物。

 

 お互いに顔を見合わせて笑いあう。

 いつもの事だが、考えれば考える程に頭が煮詰まってくる。


 どうせ、これ以上考えても良いアイデアは浮かばないだろう。

 諦めて話を変えるかな。


 そんな時、扉を叩く音が聞こえた。

 入るよう伝えると扉が開いてダスティが現れる。

 手にはブランデーを持っていた。


「ようやく届きやした。遅くなってスンマセン」


 俺より先に同志が近寄ろうとしたので、足を引っ掛けて転ばせておく。

 同志の罵声が聞こえるが無視だ。

 貴重な蒸留酒をガブ飲みされてたまるか。

 少しずつ大事に頂くのだ。

 受け取った酒瓶をアイテムボックスへ収納する。

 

 それにしたって、えらく時間が掛かったな。

 かなり余裕を持って日程を組んであるはずなのに予定日よりも八日も遅れている。

 今回は俺の私的な物品だから良かったが、取引に使う品だったら信用に関わる。

 遅れた理由を明確にしておきたい。


 運搬に関わった部下達を呼ぶようダスティへ伝えておいた。

 といっても、今日は疲れているだろうから、呼び出すのは明日だ。

 俺もそこまで鬼じゃない。







 翌日。

 執務室に俺達は集まった。

 重役椅子に座る俺と、ソファではなく俺のデスクに腰掛ける同志。

 ガタガタと震える部下達を睨みつけるダスティがいる。


「お前達を呼んだ理由は分かるな?」


 俺の言葉に三人の部下達はビクリと身体を震わせ、這い蹲るように頭を下げた。


「申し訳ありません!」


 真ん中のリーダーらしき男が謝罪の言葉を口にする。

 両側にいる男達も同じように謝りだした。

 ダスティが怒鳴りながら、男達を順番に蹴りつける。

 痛みに顔を顰めながらも、三人の男達は詫びを入れ続けた。

 珍しく同志が止めない。

 逆に俺が止めようとするのを制してくる。

 

「期限内に商品を届けるのが、こいつらの役目だ。

 社会のルールを守んねぇんだから、せめて組織のルールは守らんとな」


 何度もダスティに蹴られ続けている部下を眺めながら同志が話す。


「お咎め無しってのは仕事の責任を軽く考えてる証拠だぜ」


 そう言うと、掴んでいた俺の手を離した。

 俺は何も言い返せずに重役椅子に座り直す。

 まさか同志に窘められる日が来るとは思わなかった。


「ダスティ、そいつらに聞きたい事がある。程々にしておけ」


 かといって、喋れないくらいに痛めつけられても困る。

 遅れた理由を聞き出さないとな。

 ダスティは俺の言葉に相槌を打つと、最後にもう一発だけ真ん中の男の鼻っ面に蹴りを入れ、壁際へと下がった。

 腫れ上がった顔の部下達が俺の言葉を待つ。


「遅れた理由を言え。簡潔にな」


 真ん中の男が顔を上げる。


「カレモスとアビコーラの間の山道が通れなかったんです。魔物が現れて‥‥」


 そう言って再び頭を下げる。

 

「あ‥‥ああ、あの街な」


 どこだよ?

 知らんわ。


 デスクの引き出しから地図を取り出して確認してみる。

 手書きの大雑把な地図だが、街の名前くらいは載っていたはず。

 地図上にある街からカレモスとアビコーラという名前を探す。


 あった。

 デイビスの南にあるのがアビコーラ。

 そのアビコーラから山脈を挟んで西側にあるのがカレモスだ。


 ‥‥隣街じゃねぇか

 情報収集とか言っておきながら、その程度の事も知らなかったのか。

 もしかして俺は馬鹿なのだろうか。

 

「だったら護衛を雇えばいいだろうが!」


 ダスティが再び大声で怒鳴る。

 

「護衛も順番待ちだったんです! 冒険者の数より依頼者の数の方が多い状況で‥‥!」


「言い訳すんじゃねぇ!」


 ダスティの怒りは尤もだが、こればかりは仕方が無いような気もする。

 冒険者の取り合いになったのなら、高額の報酬を用意できる大商人の方が有利だ。

 魔物の出没する街道を護衛無しで通れとは流石に言えない。


「護衛を雇えるまでカレモスの街で足止めを喰らったってわけか」


「はい、すんませんでした!」


 俺は腕を組む。


「あの周囲には、よく魔物が出るのか?」


「山の上には魔物もいるでしょうが、山道は危険地域を避けて作られてるはずです。

 熊や狼が出る事はありますが、対策として街道沿いには警備隊の詰所がいくつもありやす。逆に治安は良い方なんですがね」


 俺の問いに答えたのはダスティだ。

 部下達を疑わしげな目で見ている。


「嘘じゃねぇです! 信じて下さい!」


「何の魔物だ?」


「それが‥‥魔物としか」


「フカしてんじゃねぇだろうな!」


 怒鳴るダスティと縮こまる部下達。

 話は全く進んでいない。

 このままじゃ埒が明かないな。


 俺が立ち上がると、全員が一斉にこちらへ顔を向けた。


「ダスティ。エメラルドに連絡を取れるか?」










 一時間もしない内に、気持ち悪いくらいの厚化粧をしたエメラルドがやってきた。

 俺の方から呼び出したので上機嫌で飛んで来たらしい。

 だから仕事の話だと伝えると急にテンションを落としてダスティを睨んだ。


「悪いな。どうしてもお前に聞きたいことがあってな」


 エメラルドをソファに座るよう促す。

 彼女が腰を降ろすと、ソファから激しく軋む音が聞こえた。


「何よ。いくらキミの頼みでも犯罪の片棒は担がないわよ」


 いきなり牽制してくる。

 俺は苦笑いを浮かべながら、事情を説明した。

 アビコーラとカレモスの間にある山道に魔物が出たという話。

 その真偽を確かめる。


「知ってるわよ。冒険者の間じゃ噂になっているから」


 話は事実のようだ。

 部屋の隅で正座していた部下達が安堵の溜息をつく。

 少なくとも、こいつらが嘘をついていない事は証明された。

 俺は部下達に部屋から出て行くよう指示を出す。

 一礼をして立ち去る三人を見届けてからエメラルドへ顔を向けた。


「噂になってるって事は、魔物の正体も判明してるのか?」


「私は知らないわ。大きな被害が出たわけじゃないから、冒険者ギルドもそれほど重要視していないみたいだしね」


 傍で聞いていた同志が首を捻る。


「荷物の運搬に遅れが出てるんだろ。

 商人達にとっちゃ大問題じゃねーの?」


 確かに同志の言うとおりだ。

 街と街を行き来する者達にとっては死活問題である。


「でも護衛を雇えば事足りる相手なんでしょ?

 今は冒険者の数が足りないかもしれないけど、稼ぎ時だと思った冒険者達が各地から集まるから、それもすぐに解消されるわ」


「討伐依頼は出されてないのか?」


「現地の冒険者ギルドには出されてるかもね。受ける奴がいるのかは分からないけど」


「どういう意味だ?」


「討伐しちゃったら護衛費を稼げないじゃない。冒険者ギルドだって今のままの方がお金が入ってくるから都合が良いのよ。しばらくはこのままじゃないかしら」


「ヤクザみてぇな連中だな」


「討伐報酬を高額に設定すれば誰かが受けるわ。それをしないのはお金が惜しいからでしょ? はした金で冒険者に命を張れっていう方が厚かましいのよ」


 なるほどな、一理ある。

 どうしても魔物を倒して欲しいなら、大金を積んでお願いすれば良いのだ。

 護衛なら追い払うだけで良いが、討伐なら息の根を止めないといけない。

 魔物だって必死で反撃してくるだろうから危険度は段違いだろう。

 冒険者は命を懸けているんだから、雇う側もそれなりの誠意を見せる必要がある。


「警備隊はどうなんだ?」


「聞いた話では、非常事態だからと人数を増やしたみたいね。被害状況なんかは知らないけど」


「そいつらの方が、よほど命張ってるじゃねぇか」


 同志が難しい顔をしている。

 エメラルドの割り切った考えを好きになれないらしい。

 確かにドライな女ではある。

 冒険者らしい考え方だと思うが同志とは反りが合わないのだろう。


 同志が真剣な顔で俺を見つめてくる。


「だったら、俺らでその魔物をやっちまおう」


「冒険者の仕事を奪うつもりかよ」


「違うぜ、通りかかった道で出会った魔物を倒すだけだ」


「一緒じゃねーか」


 俺は軽く笑った。

 同志らしいというか、何というか。

 だが、そういう所は嫌いじゃない。


「本気ですか、姉御?」


 ダスティが納得いかないという顔をしている。


「そりゃ完全に冒険者の役目ですぜ。

 放っておいても、勝手にどこかの金持ちが討伐報酬を引き上げやす。

 俺ら悪党のやる事では無ぇですわ」


「何だ、反対なのか?」


「賛成する理由がありやせん」


 ダスティの言葉に同志が顔を歪めた。

 エメラルドは当然だという風に頷いている。

 

「お前はどう思うんだ?」


 同志が俺の顔を見る。

 ダスティとエメラルドもこちらへ顔を向けた。

 俺は深呼吸してから、ゆっくりと答える。


「このままじゃ俺らの商売にも支障が出る。

 討伐されるのを待つより、俺らが行った方が早いだろう」


 俺の言葉でエメラルドが溜息をついて首を振る。

 ダスティもそれ以上は何も言わず、黙って頷いた。

 同志だけが満面の笑顔である。


 別に同志に義理立てしたわけじゃない。

 討伐が遅れると、街道の警備隊に被害が出る恐れがある。

 もしかしたら、すでに出ているのかもしれない。

 それを見過ごせる程、俺の精神力は強くなかったのだ。

 


「ダスティ、悪いがしばらく留守にする。

 組織の事は頼んだぜ」

 



 

更新遅くなりました。

次から、ようやく話が動きます。

多分‥‥。

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