碧の翼
二日前に聞いた碧の翼とかいう冒険者パーティー。
そいつらに対して策を講じるため屋敷の部屋で思案にくれてはいたが、結局何も思い浮かばなかった。
同志に良い案がないかと話を振っても、採用できる案など出るはずもない。
ずっと屋敷に篭っていても名案など思い浮かばないだろうと、ダスティに勧められ同志と連れ立って街へ食事をとりに出掛けることにした。
そして今、俺の目の前には気絶した男女二人が転がっている。
食事のできる店へ向かう途中、街中だというのに突然剣を抜いて襲い掛かって来たのである。
思わず半殺しにしてしまったが、正当防衛だろう。
「この街で俺らに喧嘩を売るとは‥‥余所者か?」
同志が、俺の後ろに隠れていたダスティに訊く。
俺達が今立っている場所は、富裕街ではなく貧民街の方だ。
当然、治安は最悪なのだが、オルトロスの首領である俺達やダスティに手を出す奴らはいない。
いるとすれば冒険者か、俺達の事を知らない奴だ。
ダスティが恐る恐る倒れた二人に近寄って顔を確認する。
「見ねぇ顔ですね。格好からすりゃ冒険者ですが‥‥」
そう言って、二人の懐を探る。
女の方から布袋を取り出すと、その中へ手を入れる。
「おい、女の荷物を漁るな」
同志がダスティを嗜める。
笑いながら相槌を打ってダスティが立ち上がる。
「いや、身分証を確認しようと思いやしてね」
ダスティがカードを差し出し、俺が受け取る。
同志も近づいて、俺の脇でカードに目を落とした。
「お、冒険者証か」
普通の身分証ではなく、冒険者ギルドが発行する冒険者証だった。
名前とランクの他にも、発行された支部と番号。ギルドマスターの印が押してある。
裏返すとそこには冒険者ギルドの紋章が描かれていた。
「名前はエメラルド。ランクはAか」
ダスティは男の方の冒険者証も取り出すと俺に渡す。
手に取り、さっきと同じように内容を確認する。
「こいつもAランクか」
身の程知らずのチンピラが絡んできただけかと思ったらAランク冒険者だった。
俺の中のAランクといえば、赤の竜殺しくらいの連中のイメージなのだが、こんな雑魚でもなれるらしい。
そういえば、ガスターが冒険者のランクは貢献度によって決められているので戦闘が苦手な奴でもコツコツ実績を積めばランク上昇が可能だと言っていたな。
この二人はそういった連中なのだろう。
ちょっと気になったので『人物鑑定』でレベルを確認する。
【名前】エメラルド
【Lv】78 【職業】精霊使い 【称号】賞金稼ぎ
【HP】12/550 【MP】350/410
【名前】タウザ
【Lv】77 【職業】冒険者 【称号】賞金稼ぎ
【HP】23/870 【MP】0/0
弱いな。
竜殺し達より50くらいレベルが低い。
これじゃ話にならないわけだ。
相手見て喧嘩売れよ。
と、そこでようやく称号に気が付いた。
興味深そうに冒険者証を眺めている同志に声を掛ける。
「なあ同志、碧の翼ってコイツらじゃないか?」
同志はチラリと倒れた二人を見てから俺の方を向く。
「違う。緑じゃない」
首を左右へ振って「違う」とアピールする。
どうやら何か緑色の物が無いと碧の翼だと認めないらしい。
二人の前に屈み込むと、手にした冒険者証を律儀に懐へ戻している。
「ダスティはどう思う?」
今度はダスティへ訊いてみる。
ダスティは唸りながら、気絶した男女に視線を送る。
「碧の翼は滅茶苦茶強ぇって話ですので‥‥」
そうか。
やっぱ十秒で倒されるような雑魚とは違うか。
こいつらは弱かったもんな。
いや待て、俺達が強すぎるって事も考えられる。
良く考えれば、マンティコアより10以上もレベルが高いぞ。
これより上の奴らは、竜殺し達とリドールしか見た事が無い。
そんなのが二人組みで行動しているなら、その辺の奴らじゃ相手にもならないはずだ。
もしかして、こいつらかなり強いんじゃないのか?
なんて事を考えている間に周囲が騒がしくなってきた。
流石に往来のど真ん中で目立ち過ぎたか。
野次馬が集まってきている。
領主の兵が来る前に立ち去りたいが、この二人の事も気になる。
俺が悩んでいると、同志が倒れている二人を担ぎ上げた。
「とりあえず飯にしようぜ」
気絶した二人を両肩に乗せたまま歩き出す。
え、持ってくの?
部下の経営する酒場で昼食をとる。
あの二人は荒縄で縛った上で店の隅に転がしてある。
同志が木の皿に盛られたサラダにフォークを突き刺している間に人払いは済ませておいた。
誰も店に入れるなと命令してあるので他人の目を気にする必要は無い。
ここなら、ゆっくりと話がつけられるだろう。
食事を終えてから気絶している二人に回復魔法を掛ける。
体力が回復したのを確認してから、頬を叩く。
二人は少し呻いた後、ゆっくりと目を開いた。
ぼんやりとした表情で俺の顔を見つめる。
その後、突然目を見開き、起き上がろうとして、もがく。
勿論、全身を縛ってあるので身動きは取れない。
イモムシのように床に這いつくばって身体をくねらせるだけだ。
「よう気分はどうだ?」
椅子に座ったまま、エール酒を片手に持った同志が首だけを二人へ向ける。
二人は怒りと悔しさの入り混じったような表情で俺と同志を交互に見やる。
女は動けるのが不思議なくらいの肥満体型だ。
怪力の同志だから担げたのだが、普通の奴なら持ち上げる事すら難しいだろう。
精霊使いらしいので、激しい動きは必要ないのだろうか?
肉に縄が食い込んでボンレスハムみたいになっている。
あれは痛そうだ。少し緩めないと可哀想かな。
他方で男の方はホストみたいな顔をしたイケメンだった。
ただし、目付きだけはヤバい。
ホストは目で殺すというが、こいつはガチで殺す目をしている。
今は取り上げてあるが、細身の長剣を二本腰に提げていた。
二刀流ってやつだ。ちょっと憧れる。
「いきなり襲ってきたけど、お前ら何者なの?」
とりあえず男の方に訊く。
凄い顔で睨んで来たので、その顔を往復で叩く。
「答えろ」
だが男は答えない。
鼻を鳴らすと顔を背けてしまった。
この野郎。
無視するとはいい度胸だ。
まあいい。
腹は立つが、訊く相手はもう一人いる。
俺は隣に転がる女の方へ近づく。
女は必死になって暴れるが、きつく縛った荒縄はそう簡単には解けない。
太い肉に縄の跡が痛々しく残る。
女性にこの仕打ちはちょっと気が引ける。
少し悩んだが縄を切ってやることにした。
念のため、MP吸収でMPを奪っておいたが。
縄を切ってやると、解放された女は驚いた顔で俺を見る。
だが、すぐにその目に警戒の色が映る。
「な‥‥何をする気?」
後退りながら両腕で胸元を押さえ、声を絞り出す。
何もしねーよ。
自惚れんな。
「そんな事はどうでもいい、お前らは何者なのか言え」
俺の質問に、女は倒れている相方を見ながら答える。
「答えてもいいけど、タウザの縄も解いて頂戴」
何を調子に乗ってるんだ、この女。
秒殺だったから気楽に話してやってるが、殺す気で襲い掛かって来た奴の要求なんぞ呑む気は無い。
が、ルドルフのように意地の塊のような奴だったら面倒だ。
意固地になられる前に懐柔した方が良い。
どうせ暴れても大した事ないし、それくらいは構わないだろう。
「いいぜ。約束は守れよ」
男の近くへ寄り、縄を切る。
拘束から解かれた男が、痛そうに縛られた跡をさすりながら立ち上がる。
と、当然のように掴みかかって来たので腹へ肘を打ち込む。
前屈みになって膝をついた男を蹴り倒すと、女へ声を掛けた。
「解いたぜ」
女は男が暴れるのを予見していたのか、眉間に皺を寄せていた。
肉付きが良いので、皺が凄い。
「私たちは冒険者よ。パーティー名は碧の翼」
「緑じゃ無いじゃん」
同志が何か言ったが、無視しておく。
その間に女が倒れた男の傍へ近づいて行く。
それを手で制する。
女は少し残念そうな顔をしたが、素直にその場に立ち止まった。
「三人パーティーだったけど、一人抜けたから新しい仲間を探しにジオーラの街へ行くところだったの」
「緑じゃ無いじゃん」
「ん? 俺達を狙ったんじゃないのか?」
「あなた達の噂を耳にしたのは偶然よ。この街の冒険者ギルドへ寄った時にね」
「おい、聞けよ!」
「良く俺達が分かったな、顔を知ってたのか?」
「冒険者ギルドに人相書きが貼ってあるわ。こうやって見ると実物の方が良い男だけどね」
女が不気味に笑う。
背筋にぞわりと悪寒が走った。
「そ‥‥そうか、人相書きがな」
女の視線がちと怖いが、結構重要な話を聞けた。
ついでに碧の翼ってのはこいつらで間違い無いようだ。
さらに言うと、俺らを狙って街へ来たわけでも無いらしい。
偶然が重なっただけのようだ。
「さて、同志。こいつらどうする?」
不機嫌そうな顔でエール酒を呷っていた同志が振り返る。
「もう俺ら殺された事にすりゃ良くね?」
拗ねてんのか。
随分と投げやりだな。
「多分、証明に俺らの首とか必要になると思うぞ」
女の方へ顔を向けると、彼女はコクリと頷いた。
「同志なら首くらい切っても大丈夫だろ。切り落とせ」
「死ぬわ!」
同志が怒鳴る。
いや、正直な話。同志ならその程度じゃ死なないと思う。
だが首から身体が生えてくる可能性はある。
首を持って‥‥というのは無理か。
かと言って、胴体じゃ本人確認は難しいだろう。
「仕方ない。偽者作戦でいこう」
「またか‥‥」
同志が溜息をつく。
悪かったな、同じような作戦ばかりで。
女は良く分からないという顔をしている。
男もようやく立ち直ったようだ。
「俺達は偽者だったという事にしておけ。それさえ守れるなら帰っていいぞ」
「ふざけるな!」
男が懲りずに突っ掛かって来る。
俺がもう一発食らわせてやろうと近づくよりも早く、同志の鉄拳が男の顔面を捉えていた。
「だったら、この場でもう一度ケリつけようぜ。オラ来いよ」
同志に嫌という程に打ちのめされた男は、体力を回復してやったというのに立ち上がろうとしない。
仰向けに寝転がったまま、呆然と天井を見つめている。
実力の差を明確に理解できたのだろう。
もう歯向かう気力も無いようだ。
こいつは全力でかかっていったが、同志は全然本気を出していない。
それでも全く歯が立たなかったのだからプライドなんて粉々だ。
抜け殻みたいになるのも無理はない。
「で、エメラルドだっけ?
さっきの約束は守れるか?」
呆然自失となっている男は放っておいて、部屋の隅で立ち竦んでいる女に声を掛ける。
「ええ、それが賢明のようだしね」
「まあ、別に守らなくてもいいけどな」
同志は、さっきの戦闘で倒れたテーブルの一つを立て直すと、その上に腰掛けた。
「そんときゃ、お前らは俺達の敵になるだけだ」
そう言って俺の方へ視線を送る。
「俺はともかく、こいつを怒らすと、どうなるか分からんぞ」
女はビクリと怯えるような顔で俺を見た。
なんだよ。
俺が何かやったかよ。
「わかってるわよ。ジオーラじゃ冒険者ギルドごと崩壊させたんでしょう。
噂に尾ひれが付いただけかと思ってたけど、この分じゃ本当なんでしょうね」
諦めの顔で女が溜息をつく。
どうやら話はついたようだ。
物分りの良い女で助かる。
俺が目配せすると、同志はテーブルから飛び降り、俺の傍らに立った。
半ば空気と化していたダスティがその後ろに付く。
「んじゃ帰るわ。
あ、折角だから一杯くらいは飲んでけよ。
支払いは自腹でな」
二人にそれだけを告げると俺達は店を後にした。
「ボス‥‥また来てますぜ」
ダスティが苦笑しながら俺に言う。
俺はデスクに突っ伏しながら大きな溜息をついた。
あれから、エメラルドは何が気に入ったのか俺に付きまとっている。
昨日は手作りのお菓子を持ってやってきた。
その前は手作りのお菓子を持ってやってきた。
その前も手作りのお菓子を持ってきた。
今日もおそらくお菓子だろう‥‥。
菓子ばっかり食えねーよ。
それも全部手作りなので、なんか重い。
俺の何が良いのか理由を聞いたら顔が良いと言われた。
内面の良さでは無いらしい。
悪い奴では無いのだろうが、彼女の容姿は俺の好みとかけ離れている。
勿論、そんな事を女性に言えるわけも無い。
好意を向けられるのは純粋に嬉しいが、応えられないと分かっているなら重荷にしかならない。
向こうは俺を容姿で選び、俺は向こうを容姿で受け入れない。
なんとも中身の無い話である。
「よう色男。モテモテじゃねぇか」
そんな事を考えていたら、同志がやってきた。
ニヤニヤと笑いながら脇に置かれたソファへと腰を降ろす。
慌ててダスティが俺の傍へ寄る。
「ボス、姉御へフォロー入れとかねぇと」
小声でそんな事を言い出す。
何のフォロー入れるんだよ。
コレ中身は男だからな。
余計な心配してんじゃねーよ。
男女の関係なんてあるわけねーだろ。
しかしまあ、傍から見ていれば色々と想像しちまうんだろう。
ずっと一緒に行動してるし、同じ部屋で寝たりもするしな。
そりゃ誤解もされるか‥‥。
ま、それはともかく。
碧の翼はAランクの冒険者パーティーだ。
男女の関係はともかく、仲良くなっておけば冒険者ギルドの情報を横流ししてくれるかもしれない。
恋愛感情を利用するようで後ろめたいものはあるが、こちらも元の世界へ戻る為に必死なのだ。
心苦しいが諜報員として活躍してもらおう。
「ところで同志、何か用があったんじゃないのか?」
ニヤけている同志へ尋ねる。
同志はポンと手を打ち、思い出したように立ち上がった。
「忘れてたぜ。これだ、これ」
そう言って懐から折りたたまれた紙きれを取り出した。
歩きながら、それを広げ、俺のデスクの前まで来ると机の上に置く。
「なんだこれ?」
紙切れを手に取り、内容を確認する。
「これ‥‥手配書か?」
紙切れには俺らしき男性の似顔絵が描かれ、その下に身体の特徴をあげつらったものが箇条書きになっている。一番下には生死不問の文字と報奨金が書かれていた。
「ちなみにこっちは俺のだ」
同志が自分の手配書らしきものを片手に持ち、俺に見せ付けるように掲げる。
そちらも俺の手配書と同じく似顔絵と特徴、そして報奨金が書かれている。
似顔絵は素人が描いたかのように線が歪んだ雑なものだが、特徴は掴んである。
この手配書を見た後に俺を見れば、本人だと分かる程度には正確だ。
「碧の翼の、太く無い方に頼んで持ってきてもらったんだ」
太く無い方な。
分かるぜ、タウザって男だろ。
でもその覚え方は双方に対して失礼だろ。
せめて男の方って言ってやれよ。
俺が言えた義理でもないが。
「人相書きがあるとは聞いてたが‥‥」
いつの間に作られたのかはわからないが、面倒な事になった。
冒険者ギルドは世界中にある。
この手配書も各地へ配られているだろう。
今までは、こちらが名乗らない限りは身元がバレる事は無かった。
だが、これからは顔を見られただけでアウトだ。
街中を歩くのさえ難しくなってきたぞ。
「ところで、太く無い方は何してるんだ?」
「お前を殺す算段でもつけてるんじゃないか?」
「なんで、いまさら俺が狙われるんだよ」
「弟子にしてくれって煩いから、デフォルトを倒せたらなって伝えといた」
てめぇ‥‥。
何してくれてんだよ。
これからも付き纏われるじゃねーか。
そんな時、扉がノックされ、部下の一人が入って来た。
俺達の視線が部下へと集まる。
部下の男は若干気後れしたように首を竦めた。
「あの‥‥例の荷物、期日が過ぎてるのに、まだ届かねぇみたいなんです」
ビクビクと俺達の顔色を窺いながら部下が小声で呟く。
それを聞いたダスティが顔に凄まじい怒りを浮かべて大声で何度も怒鳴りつける。
まあ、怒鳴っても商品が届くわけではない。
同志がダスティを宥めるように部下との間へ入る。
「落ち着けダスティ。届かねーもんは仕方ねぇだろ。コイツの所為じゃねぇよ」
部下の肩に腕をまわして引き寄せ、頭をポンポンと叩く。
ダスティも同志に止められては引き下がるしかないようだ。
渋々ではあるが怒鳴るのを止めて、後ろへ下がった。
部下の男が顔を赤くしてるのは気のせいだろう。
「しかし姉御、今回の荷物はボスが絶対に手に入れたいって言ってたヤツですぜ」
ダスティが、そう言って俺に視線をやる。
同志が驚いた顔で俺の方へ振り向いた。
「そうなのか、デフォルト?」
二人の視線を受けて俺は居た堪れない気持ちになり、顔を伏せた。
部下の男は、俺が気落ちして顔を下げたのだと思ったらしい。
その場で跪き、泣きそうな声で詫びを入れ始めた。
今度は同志も顔を逸らして止めようとしない。
ダスティは怒りが収まらぬようで、部下をとんでもない形相で睨みつけていた。
あの‥‥頼んだの、ブランデーです。
最近、更新が遅くなってきた。
気をつけないと‥‥。




