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何も無い日常

「ボス、頼まれていたやつ、できましたぜ」


 ここは、富裕街にある白い石造りの屋敷だ。その執務室に俺はいる。

 ゲルニカもルドルフも邸宅を持っていたが、兵士に差し押さえられ使う事ができない。

 しかし、そこは狡猾な二人だ。

 周囲には知られていない隠れ家を街中にいくつも持っており、その一つを事務所として利用している。


 成金趣味丸出しの豪華な装飾品が並べられていたが全て売り払った。

 邪魔だし、俺達じゃ価値も分からないしな。

 ただ、ダスティがある程度は威厳も必要と言うので、黒塗りの木製デスクと革張りの重役椅子みたいなのは残しておいた。

 今は俺が座っている。


「おう、センキュー」


 椅子に腰掛けたまま、手だけ伸ばして、ダスティからカードを受け取る。

 これは身分証の偽造カードだ。

 今後、色々と活動するに当たって、身分証が無いと何かと不便だからな。

 ダスティに頼んで偽物を作らせておいたのだ。

 


 首領がいなくなったオルトロスは、俺達がまとめている。

 構成員は末端まで含めると約150名。

 少なくない規模の組織だ。

 ゲルニカとルドルフがいない今、組織の事に一番詳しいのはダスティである。

 ダスティを俺達に次ぐ序列の幹部とし、そのまま組織の運営を任せている。

 勿論、人身売買からは足を洗わせた。

 だからといって、今までやってきた罪が消えるわけでは無いが、こいつらを潰したところで別の組織が台頭するだけだろう。それに、冒険者ギルドから身を隠しながら活動しようと思うなら、この組織の存在は欠かせない。

 特に世界中の情報を求めている俺にとって、貴族との繋がりや、本来出回らないはずの物品を取り扱うオルトロスは貴重である。

 まだ潰させるわけにはいかない。



「それと‥‥ボスの下で働きたいって奴らが何人も来てますぜ」


「はあ?」


 ダスティの言葉に首を傾げる。

 首領が入れ替わったばかりの不安定な組織に入りたいって酔狂な奴いるの?

 なんか気持ち悪い。

 冒険者ギルドの密偵じゃないだろうな。


「どんな奴ら?」


 俺が乗り気じゃない顔をすると、ダスティが苦笑いを返す。


「ボス達に憧れて来た連中でしょうな」


「憧れるような事をした覚えが無い」


 せいぜいオルトロスの部下100人をボコボコにしたくらいだ。

 けれど、あの件は表沙汰にはなっていない。

 ゲルニカとルドルフがヒクサルト子爵の邸宅を襲ったが、返り討ちにあって御用。

 そういう筋書きで決着した。

 俺と同志は、オルトロスの残党を纏めただけ。

 世間的にはそうなっている。

 間違っても憧れるような要素は見当たらない。


「何を言ってるんですか、冒険者ギルドをぶっ潰して、竜殺しパーティまで倒したって話じゃないですか」


「え‥‥ちょっと待って」


 血の気が失せる。

 興奮したように目を輝かせるダスティへ顔を向ける。


「俺達の事‥‥知ってるの?」


「レインの姉御に聞きました‥‥人が悪いですぜ。

 先に言ってくれりゃ、歯向かう奴なんていなかったのに」


「知ってるのは何人いる?」


「部下は全員知ってますぜ」


「オーケー」


 俺は立ち上がるとダスティを無視して廊下へ飛び出す。

 階段を駆け上がって、いくつもある部屋の一つで立ち止まった。


「同志ぃぃぃぃ!!」


 扉を蹴破って部屋の中へ突入する。

 ソファに腰掛けて酒を飲んでいた同志が驚いて酒を噴出す。

 構わず同志の前で仁王立ちになる。


「てめぇ、名前を出すなってあれほど言っただろうが!」


 同志が何か言い返そうとするが、ムセて言葉が出ない。

 勿論、悠長に待ってやるつもりは無い。


「それも組織の外にまで漏れてるぞ! 冒険者ギルドに知られるのも時間の問題だ!

 いやもう知られてるかもしれんぞ! 

 これから活動を始めようって時に、もう詰みじゃねぇか!」


 俺が捲くし立てる間に、ようやく同志も落ち着いたらしい。

 言い返してくる。


「大丈夫だ。部下にしか言ってねーから、外部には漏れねーよ」


「漏れてるんだよ! もうすでに!」


 俺の絶叫を聞いて、同志が不思議そうに首を傾げる。

 どうやら本気で漏れないと思っていたらしい。


「変だな、誰にも言うなって言っておいたのに」


 こいつ‥‥人の口に戸は立てられぬって格言を知らんのか。

 頭が弱いと思っていたが、これほどまでとは‥‥。

 両手で頭を抱える。


 しかしマズい。

 これはマズいぞ。

 噂を聞いて人が集まっているって話だ。

 ちょっとどころの噂じゃなく、かなり広まっていると考えたほうが良い。

 間違いなく冒険者ギルドに話が及んでいるだろう。


「知られちまったもんは仕方ねぇだろ。諦めて対策考えようぜ」


 バツの悪い顔をした同志が、立ち上がって窓際にある棚からグラスを取り出す。

 それをテーブルに置くと、酒瓶から琥珀色の液体を注いだ。

 

「ま、一杯飲んで落ち着け」


 一応は悪いと思っているのだろう。

 酒で機嫌を取ろうという作戦へ変更したようだ。

 そんなもので俺の怒りが収まると思っているのか。

 無言で受け取り、一気に呷る。


 予想よりも強い酒だったので、度数の高さに思わず咳き込む。

 だがそれよりも驚いたのは、その味だ。


「これは‥‥ブランデーか!?」


 グラスに残った液体を、もう一度口へと運ぶ。

 芳醇な香りと甘みが口の中から鼻へと抜ける。

 元の世界にいた頃、格好をつけて飲んでいたのを思い出す。

 同志がニヤニヤと楽しそうな顔で笑っていた。


「驚いたろ、下の倉庫に隠してあったんだ」


 そう言って、空になったグラスに、もう一杯注ぐ。


 まさか、この世界にも蒸留酒があったとは。

 それも上質のブランデーだ。

 驚かないわけがない。


「まあ、それとこれとは別問題だ」


 同志を床に正座させ、延々と説教を唱えておく。

 物凄く嫌そうな顔をしていたが、文句も言わずに最後まで聞いていた。


「とりあえず偽者作戦でいく。俺達はデフォルトとレインの名を騙る偽者。

 そういう噂を流す。分かったな」


「ゲルニカのパクりじゃねぇか」


「もうこれくらいしか思いつかないんだよ。分かったな?」


 不貞腐れた顔で相槌を打つ同志に、もう一度、迂闊な言動を慎むよう釘を刺しておく。

 グラスに残ったブランデーを喉に流し込むと、俺は部屋を後にした。



 後で部下にブランデーを買いに行かそう。




 執務室へ戻ると、ダスティが困った顔をして待っていた。

 軽く謝ってから、事の経緯を話す。

 するとダスティは、同志に気を使ったかのような言い訳を始める。


「元々、オルトロスも冒険者ギルドとは敵対関係にあったんですぜ。

 ゲルニカさんの威光と、ルドルフさんの駆け引きのお陰で、面と向かってやりあったりはしませんでしたが」


 ああ、そういやそうだった。

 俺達がいるいないに関わらず、オルトロスは冒険者ギルドと敵対していたんだったな。

 まあ、それにしたって、俺達の名前は有名過ぎる。

 小さな街の小悪党と比べてはいけない。

 なんせ、冒険者ギルドのギルドマスターを殺しかけた上、建物を破壊している。

 冒険者ギルドはやたらメンツを重んじる。

 それに泥を塗った俺達を絶対に許さないだろう。

 どんな手を使ってでも仕留めに来るはずだ。


「手遅れかもしれないが、噂がこれ以上広がらないよう手を打ってくれ。

 それと、俺達が偽者かもしれないって噂を流しておいて欲しい」


 俺の頼みにダスティは快く頷いてくれた。

 もっとも、噂なんて簡単に操作できるもんじゃない。

 あまり期待はできないだろう。


「ところで、下の連中はどうするんですか?」


 おっと、忘れるところだった。

 部下になりたいって奴らか。

 さて、どうしたものだろう?

 人数が多くなれば、出来る事も増えるし情報収集も楽になる。

 が、その人数分を養う必要も出てくる。

 それに組織運営は数が多い方が効率よく動かせるとは限らない。

 

 実質に組織を運営しているダスティに任すか。


「お前に任せる。ただし、傘下に入った以上は俺の指示に従うよう伝えておけよ」




 10日後。

 構成員の数は200人を超えた。














「同志、こいつをどう思う?」


 あれから数日。

 冒険者ギルドに動きは見られない。

 偽者の噂作戦が功を奏したのか、そもそも噂だけでは動かないのか、判断は付かない。

 何はともあれ平和な日が続くのは良いことだ。

 俺はゲルニカとルドルフが残した書類に目を通して情報を集める日々を過ごしていた。


「何だ、それ?」


 壁際に置かれた柔らかそうなソファに全身を預けていた同志が、俺の方へ顔を向ける。

 いまだに服装は黒尽くめのままだ。


「ルドルフが集めた商品の目録だ」


 重役椅子から立ち上がると手に持った書類を同志へ手渡す。

 受け取った同志が、ペラペラと流し読みしていく。


「これがどうしたよ?」


 特に気になる部分が見つからなかったのか、同志は書類を脇へと無造作に置いた。

 俺は、それを拾い上げると、文字を同志へ見せ付ける。


「良く見ろ、全てが日本語で書かれている」


 商品の名前一覧が書かれた紙を片手につまみ、ヒラヒラと揺らす。

 俺の指摘を受けても、同志は表情を変えない。

 

「それは前も聞いたぞ。分かりやすくて良いじゃん」


 相変わらず同志は、その手の話に興味が無いようだ。

 しかし俺は、これがこの世界を構成する何かのヒントではないかと考えていた。


「ドラゴンという言葉が出てくる。だがドラゴンというのは英語だ。

 片仮名で書かれているが、片仮名は漢字を簡易化してできた文字だ。

 意味が分かるか?」


「わからん」


「なるほど‥‥」


 さすがは同志。

 見事な知能をお持ちのようだ。

 

「この世界に中国はあるのか? 英語圏でもあるのか?」


 俺は書類を束ねてデスクへ放り投げる。


「‥‥この書類は紙で出来ている。

 だがこれほどの枚数の紙は、どこで造られている?」


「知るかよ、あるって事は誰かが造ったんだろ。

 魔法か何かでな」


 同志は興味が無さそうな顔で、背凭れに両腕を乗せて天井を仰いでいる。


「‥‥魔法か」



 そもそも魔法って何だ?

 明らかに物理法則を無視している。

 魔法なんて存在しない。それが元の世界では常識だったはずだ。

 だが、この世界はで当たり前のように存在している。

 それにレベル制もか。

 どんな人間でも胸を刃物で刺されたら死ぬ。

 なのにレベルが高いと死なない。それどころか刃が弾かれる。

 なんなんだ、これは。

 この世界は一体何なんだ?


 そろそろ本格的に調査していくべきだろう。



「同志は、この世界についてどう思っている?」


 俺の質問に、同志はしばらく唸ってから答えた。


「ゲームっぽいな」


「ゲーム?」


「よくあるゲームの舞台設定に似ている。ところどころ不完全なのが素人臭いがな。

 まあ、ちょっと昔に流行った中世風ファンタジーってところか」


 同志の返答が核心を突いたように思えて俺は動きを止めた。

 確かに、その仮説であれば、いくつもの疑問を解消できる。

 日本のゲームなら、言語が日本語であっても不思議はない。

 日本人向けに作られているのだから、日本人に分かり易い言葉を使うだろう。

 たとえ和製英語であってもだ。

 それにもう一つ。

 通貨が各国共通なのも説明できる。

 ゲーム中の通貨は統一されているのが一般的だからだ。


「もし‥‥ゲームだとしたら、主人公の目的は何だ?」


 おそるおそる同志へ聞いてみる。

 

「そりゃ魔王退治だろ」


 その魔王はとっくの昔に討伐されている。

 それの意味するところは。





「誰かがクリアした後なんじゃね?」
















 同志と世界について話し合った後、ここがゲーム世界であるという仮説についてしばらく考察していたが、決め手となる根拠は無い。

 有力な仮説として頭に残してあるが、あくまで仮説は仮説である。

 そればかりに目をやって視野を狭めるのは得策ではないだろう。


「ダスティ、ウルカはどうしてる?」


 いつものように組織の運営状況の報告に来たダスティへ聞く。

 ダスティが苦笑いを浮かべる。


「やる気だけはあるようです。まだまだ客人の前には出せませんが」


 ウルカは父の後を継いで商人になりたいらしく、ダスティから商売の知識を教わるのが日課となっている。

 いずれは独立して行商を営みたいらしいが、その道のりは遠そうだ。

 それより、ダスティは闇商人なので、変な知識を覚えないか心配でならない。


「ま、ゆっくり付き合ってやれ」


 俺の言葉にダスティの顔が少し引き攣る。

 嫌そうだな。

 まあ、あの性格だから商売に向いているとは思えないしな。

 それでも、本人がやりたいと言ってるんだから、ダスティには手伝わせるつもりだ。

 オルトロスはウルカに散々迷惑を掛けたんだ。

 それぐらいの苦労は我慢しな。


 ダスティが部屋を出ようとした時、扉が勢い良く開き、部下の一人が飛び込んできた。


「馬鹿野郎! ノックしねぇか!」


 その部下をダスティが怒鳴りつける。

 入って来た男は恐縮して頭を下げた。

 俺はダスティを制して、男に近づく。


「緊急の案件か?」


 男が何度も頷く。

 俺はダスティに目を向けた。


「同志を呼んできてくれ、急いでな」


 ダスティが頷いて部屋を出て行く。

 俺は重役椅子に戻ると男に声を掛けた。


「話せ」


 部下の男は直立の姿勢のまま答えた。


「み‥‥碧の翼が、この街へ入ったって情報がありやした!」



「なんだとっ!?」


 良く分からないので驚いておく。

 折角、部下が慌てて教えにきてくれたんだ。

 これくらいの反応をしないと悪い。

 優しいな、俺。


「ところで碧の翼って何だ?」


「‥‥Aランクの冒険者パーティです」


 部下がちょっと寂しそうな目をしていた。

 悪かったよ。


「有名なのか?」


 俺の質問に、部下は溜息をついた。

 お前な、俺一応首領だよ。

 失礼じゃない?

 ゲルニカだったら殺されてるぞ。





「ただいま戻りました」


 ようやくダスティが同志を連れて戻ってきた。

 同志は寝起きなのか、機嫌が悪そうだ。

 直接床に座り込むと、壁を背凭れにして足を投げ出した。


「最初から話してくれ」


 同志が部下の男へ声を掛けると、男は再び話し始めた。


「み‥‥碧の翼が、この街に入ったって情報が!」



 え、そこから?



「な‥‥なんだと!?」


 同志が驚いた顔をして立ち上がる。

 


「で、碧の翼って何だ?」



 お前、俺達の会話聞いてたわけじゃないよな?

 



「賞金稼ぎですよ」


 ダスティが答える。

 部下の男は少し残念そうな顔をして「そうです」と答えた。


「高額の賞金首だけを専門に狙う冒険者パーティです。

 他の冒険者達と比べて対人戦に特化しているのが特徴でしょうか」


 ということは、狙いは俺達か。

 やはり噂を止める事はできなかったようだ。

 視線を向けると、同志は顔を伏せている。


「どうしやすか?」


 ダスティが俺を見る。




 さて、どうしたものか‥‥?





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