オルトロス 後編の後編【ルドルフ】
「そういうお前はルドルフか?」
尋ねながら、ステータスを確認する。
名前は『ギリアム』になっていたが、職業は『盗賊頭』だ。
本人に間違いないだろう。
どうせルドルフってのは偽名だ。
レベルは15、そんなに強くない。
ただ、装備品にいくつか変わった名前の物がある。
マジックアイテムを装備していると思った方がいいな。
「ゲルニカはこのザマだぜ」
同志が歯抜けのゲルニカを掴んでルドルフ達へ見せ付ける。
付け耳の取れたダークエルフの紛い物は部下達の心を揺さぶるのに効果的だったようだ。
皆、不安の顔でルドルフを見つめる。
だがルドルフは怯まない。
「オルトロスを舐めると火傷じゃ済まないぜ」
「どう済まないのか教えてくれや」
同志がゲルニカを放る。
ゲルニカは、わずかに悲鳴を上げてルドルフの前へ転がった。
その腹をルドルフが蹴り上げる。
「無論、生きては帰さねぇって意味だ」
同志が俺の方を向く。
当然だが俺も気付いている。
気付かない方がおかしい。
部屋の外が騒がしいのだ。
いくつもの怒声が飛び交っている。
メイド達は不安気な表情を浮かべ、残された部下達は安堵の溜息を吐く。
建物が揺れるほどの足音が鳴り響いている。
何だ、何だ?
その時、周囲に大きな音が鳴り響いたかと思うと、この部屋にある扉という扉が次々と蹴破られる。
そこから、オルトロスの構成員と思われる男達が所狭しとあふれ出した。
壁をぶち壊して入ってくる連中までいる。
その数は圧巻だ。
次々と男達が部屋の中へなだれ込んでくる。
広い部屋とはいえ、とてもじゃないが入りきれない。
おいおい何人いるんだよ。
メイド達は壁際で、お互いに身を寄せ合って震えていた。
ようやく頭が回転を始める。
とんでもない数の構成員たちが、それぞれ獲物を手にこの屋敷を包囲しているのだ。
どういうことだ?
俺達がゲルニカを倒したってのは、ついさっき知ったはずだ。
なのに、この人数をすでに集めているというのはおかしい。
これは本来、俺達へ向けられるものでは無かった?
無論、その問いに答えるものなんているはずもない。
部下達は配置につくと、動きを止めて、ルドルフの指示を待つ。
ダスティはメイド達と一緒に壁際で縮こまっている。
丁度いい。
その周囲に『バリア』の魔法を掛けておく。
乱戦になれば巻き込まれないはずが無いからな。
俺は騎士剣を取り出し、同志が短剣を両手に持つ。
周囲の緊張が高まる。
これだけの人数がいるのに誰も口を開かない。
衣擦れの音だけが広い室内に響く。
同志が転がる椅子を蹴り飛ばしてルドルフへ言い放つ。
「来いよ、三下」
ルドルフは、目を鋭く細めると号令を発した。
「ぶっ殺せぇ!!」
轟くような威勢が上がり、一斉に男達が突っ込んでくる。
俺は片手を挙げて、連中に『プロテクション』の魔法を掛ける。
奴らの守備力が跳ね上がった。
理由は単純だ。
オルトロスを乗っ取った暁には、こいつらは俺達の部下になる。
すぐに倒れてしまったら、俺達の恐ろしさが伝わらないのだ。
逆立ちしたって勝てないって程の実力差をここで見せ付けてやる必要がある。
障害物が邪魔で全員には掛からなかったが、数十人いりゃ充分だろ。
斬りかかって来る男どもを蹴散らしながら同志へ声を掛ける。
「ルドルフだけは残しておけよ!」
「他は全員やっちまってもいいんだろ!」
「構わねー! 叩きのめせ!」
同志が笑って返事する間にも、次々と構成員が襲い掛かってくる。
突き出された剣をへし折り、その腹を蹴飛ばす。横から割り込む野郎を椅子でぶん殴り、手前の奴を掴んで壁に叩きつける。
それにしたって数が多い。
床に積もった男達を踏み越えて、さらに奥の奴らが進み出る。
後ろの方はつっかえているのか、ギャアギャアと喚くような声が聞こえてくる。
同志は身軽に手前に立つ男の肩に飛び乗って、その隣にいる奴の頭を蹴飛ばす。
肩に乗られた男が振り払う動作をすると、同志はそいつの頭も蹴って別の男の頭上へ着地する。
が、足を滑らせて床へ落っこちた。
アホだ。
男達がここぞとばかりに剣を突き立てる。
「何しやがる!」
全身に刺さった剣を物ともせず、同志は勢い良く立ち上がると、周りの男をぶん殴る。
たじろいだ連中の頭を両手に掴み、お互いの顔を思い切りぶち当てると、その二人は鼻血を噴出して倒れこんだ。
俺の背中に誰かの剣が当たる。
狭くて避けられなかったのだが、そんな攻撃通用するわけがない。
面倒なので振り返りもしない。
目の前にいる数人を床に転がしてから、ゆっくりと後ろを向く。
剣を手にしたまま震えている男がいたので顔を掴んで上空へ放り投げる。
奴は勢い良く天井に突き刺さり、何度か痙攣した後ブラリと足が垂れ下がった。
「後、何人だ?」
「50人ぐらいじゃね?」
跪いた男の側頭部を蹴り抜きながら同志が答える。
まだ半分くらいか。
部屋の中は倒れた男達が山積みになっている。
それでも廊下からは止まる事なく男達が流れ込んでくる。
だが、この辺からはプロテクションの魔法が掛かっていない奴らだ。
倒すのに掛かる時間は、さっきよりも短いだろう。
無用心に正面に来た男を蹴っ飛ばすと、凄い勢いで後方へぶっ飛び、仲間を巻き込んでひっくり返った。
「さっさと来いよチンピラども!」
待っているだけじゃ時間が掛かる。
こちらから出向いてやるか。
俺は同志と肩を並べて、湧き出す連中へ足を進めた。
廊下も確認したが、もう立ってる奴はいないようだ。
全部で100人くらいか?
その全てが床に這いつくばっている。
いや、何人かは逃げ出したのかもしれないが。
ルドルフは最初にいた場所から動かず、ずっと戦いを見続けていた。
慎重な男だと聞いていたが意外だな。
それにしても、富裕街でこれだけ大騒ぎをしているのに、一向に領主の兵が現れないのは何故だ?
この屋敷の周囲にいる奴らだって騒動に気付いているはずだろうに。
方法は分からないが、ルドルフの奴が何か手を回したのだろうか。
だとしたら、こいつは逸材だ。是非とも部下に欲しい。
そのルドルフは、苦虫を噛み潰したような顔で惨状を眺めている。
ゆっくりとルドルフへ向かって歩き出すと、奴はレイピアを抜いて構えを取った。
「今日は厄日だぜ‥‥!」
剣先が青白く光っている。
魔剣の類だろう。
奴は貴重なアイテムを密売しているそうだから、持っていたとしても驚きはしない。
スキルの『アイテム鑑定』を発動させる。
『Unknown』
使えねー!
アイテム鑑定、マジ使えねぇ!
仕方ない。
どんな効果があるのか不明だが、当たらなければ良いだけだ。
俺が奴に向かって駆け出すと、ルドルフが低い姿勢からレイピアを突き出す。
レベル15なんてガスターやランディクラスだ。
そんな奴の剣なんて当たるわけがない。
軽くかわす。
が、突き出された剣先は不自然に歪み、俺の首に突き当たった。
「ぐぉ!?」
幸いにして、ダメージは通らなかった。
攻撃力は低いのだろう。
だが、当たるとは思わなかったので、動揺で足が止まる。
必中効果か!?
ルドルフはルドルフで驚愕している。
首に突き刺しても効かないのが信じられないのだろう。
追撃が来ない。
ちょっと驚いたが、効かないのなら問題は無い。
呼吸を整えてもう一度攻撃を仕掛ける。
間合いに入り込み、奴の身体を袈裟斬りにする。
耳障りな金属音のようなものが響いて剣が弾かれた。
今度は何だ?
間違いなくルドルフの身体を捉えたはずだぞ?
ルドルフには傷一つない。
代わりに奴が首に下げていたネックレスが砕けていた。
身代わりのアイテムか?
金が掛かってるな。
けれど、それもここまで。
もう一度剣を振り下ろすと、ルドルフは血を撒き散らして倒れた。
仰向けに倒れていたルドルフが、気合で上半身を起こす。
奴は肩から胸にかけて切り裂かれ、少なくない量の血が流れている。
俺はルドルフに近寄ると剣先を突きつけた。
「降参しろ。お前の負けだ」
この状況にあってもルドルフは怯まない。
肩で息をし、脂汗を流しながらも不敵に笑う。
「勝てねぇからと降参するぐれぇなら自分で首を掻っ切るわ」
強気じゃねーか。
もうどうする事もできないだろうに。
「簡単に死ねると思うか?
大人しく俺達の言う事を聞いた方が賢明だぜ」
そういってルドルフの目を見る。
だが奴は目を逸らさない。
真っ直ぐに俺を見返してくる。
「殺れよ」
そう言って、俺が突き出した剣を掴んで、自分の鼻先へ当てた。
「あ?」
「俺がビビると思ったか?」
鬼のような形相で俺を睨みつける。
「こっちはハッタリだけで悪党まとめてんだよ!
タマ一つ張れねぇでドンが務まるかっ!」
逆に啖呵を切ってくる。
素手で剣を掴んでいるので、その手から赤い血が滴り落ちていた。
こいつ‥‥今までの奴らと違うな。
「自分に酔ってんのか? 後悔しても知らんぞ」
俺の言葉が脅しじゃない事を分からせる為に、掴まれた剣を引き抜く。
辺りに血が飛び散る。
「自分にも酔えねぇで酒が飲めるか」
奴は痛みに顔を顰めながらも、無理に作り笑いを浮かべた。
悪党の分際で言うじゃないか。
命乞いする奴らよりずっと腹が据わってる。
俺は倒れている部下達に眼を向ける。
「付き合わされる部下も大変だな。
こんな野郎の下についたらよ」
「理屈なんていらねぇんだよ。
皆、やりてぇことやれるからここにいる」
くぐもった声でルドルフが笑う。
「やりたいこと?」
「金と暴力と若い女。
それ以外に求めるものなんてあるか?」
俺も笑う。
乾いた笑いだ。
「いや、実に分かり易い。
分かり易い悪党だぜ、お前は」
剣を収めてルドルフに向き直る。
「もう一度聞くぞ。
俺達に従え、そうすりゃ命は助けてやる」
ルドルフは笑いを消して睨んできた。
「舐めんじゃねぇ!
俺を従えたきゃ、ゲルニカぐらいの外道になってから言え!」
駄目だな。
芯の通った悪党程使いづらい奴はいない。
こいつを抑えるのは難しい。
勿体無いが、ゲルニカと同じ処分だ。
これだけの事をやったんだ。
領主の兵に捕まれば、間違いなく死罪だろうな。
なら、ここで斬ってやるのも人情か。
俺は剣を再び抜くと、ルドルフに向けて振り上げた。
「せいぜい神に祈れ」
「祈りに応えた神なんざ見たことねぇよ」
ルドルフは少しだけ表情を歪めて顔を伏せる。
「待てよ」
後ろから声を掛けられ、俺は振り向く。
いつの間にか同志が来ていた。
同志はルドルフの前まで歩み寄ると声を掛ける。
「俺達の勝ちだ。降参しろ」
それさっき終わったぞ。
ルドルフはうんざりした顔で拒否する。
同志が俺と同じような質問を繰り返す。
ある意味拷問だな。
「いい加減にしろ! 降参しねぇって言ってるだろうが!」
ルドルフがキレる。
それを聞いた同志が逆ギレする。
「やかましいわ、チンピラが!」
ルドルフの頭を拳で殴る。
「悪党のルールなんぞ単純だろうが!
強い奴が偉い! だから俺達は偉い!」
そう言ってルドルフの襟首を掴んで引き摺り寄せる。
「ガタガタ言わずに黙って従え!」
ルドルフは呆然とした顔で同志を見ていた。
そして、大声で笑い出す。
「面白ぇ女だな。
テメェなら、立派な悪党になれるぜ!」
そう言って、落ちている剣を拾い、自分の喉を突いた。
メイドに案内され、地下牢へやってきた。
通路沿いに金属製の堅固な柵が長く続いている。
錆びも無く、良く手入れされていた。
それだけ頻繁に使用していたって事だろう。
いくつもの牢を通り抜ける。
メイドが突き当たりにある牢の前で立ち止まる。
柵越しに中を覗くと、ウルカらしい女が隅っこで寝転んでいた。
鍵が掛かっていたが、壊して扉を開ける。
中にはウルカと、知らない女達が数人。
それと高そうな服を着た老紳士がいた。
「帰るぞ、ウルカ」
ボロボロの毛布を被って寝ているウルカを起こす。
嫌そうに毛布の中へ潜り込むウルカを引っ張り出す。
そこでようやく目を覚ました。
「‥‥夢を見ましたわ。盗賊に攫われる夢を」
それ現実な。
「それを白馬の王子様が救い出してくれますの」
それは夢。
「って、遅いですわ!」
やっと正気に戻ったらしい。
と思ったら、いきなり俺の頬を平手で打った。
「あの指輪、ホント役に立ちませんわ! あの悪魔、呼び出したのにボケっと突っ立っているだけで全然動きませんの。何か用って顔でこっちを見てるだけ。馬鹿じゃありませんの。あの状況なら私を守らなければならない事くらい分かるでしょうに。指示待ち人間ですわね。ああ人間じゃなくて悪魔でしたか。って、どちらでも構いませんわ! 全く、自発的に行動しようって気が無いのかしら。本当、使えない悪魔ですわ。第一あの人達は誰ですの? 危ない事をしているなら私にも一言伝えるべきではありませんこと? 私だけ除け者にして二人で何をやってたんですの。いやらしい。私がここでどんな思いをしていたか分かります? あんな話も通用しない頭の悪い人達に囲まれて。しかも貧相過ぎてその気になれないとか無礼な言葉を浴びせられる始末ですわ。そんなの、こちらからお断りですけれど。あ、でも食事は美味しかったですわね。それだけは及第点かしら」
ウルカが一気にまくし立てる。
だから、命令しないと召喚獣――この場合は悪魔だけど――は動けないんだって。
ちゃんと説明したじゃん。
覚えてないのかよ。
ウルカは腹の虫が収まらないのか、もう一発俺の頬をぶった。
まあ、敵には30レベルが4人もいたんだ。
仮にフロストデビルが動けていたとしても勝てていたかは怪しい。
確かマンティコアは65レベルだ。
それを生け捕りにすることができる奴らを相手にするなら、50レベルのフロストデビルでは荷が重い。
俺も少し迂闊だった。
ウルカに謝り、同志に道を譲る。
同志はウルカの首輪を引き千切ると身を屈める。
ウルカはいつものように背中へよじ登った。
メイドが老紳士へ駆け寄っていくのが見える。
あいつが子爵だろうか。
メイドが何か話しかけ、それを聞いた老紳士は俺達の方へ視線を向ける。
「貴様らは何だ?」
高圧的な態度で俺達を睨む。
なんで「ありがとう」すら言えないんだよ。
メイドが慌てて子爵を止めるが、突き飛ばされて尻餅をついた。
なかなかのクソ野郎だ。
オルトロスと繋がっているような奴なんだから当然か。
「お前が子爵か?」
「無礼者! 控えんか!」
俺達へ怒声を飛ばす。
メイドが何度も頭を下げて俺達に謝罪している。
「こいつもやっちまうか?」
同志が結構苛立っている。
ルドルフの説得に失敗したのが堪えたらしい。
結局あいつは最後まで屈服しなかった。
悪党の意地を通して死んだ。
俺達に従わない場合は兵に突き出す気でいたし、そうなれば、どのみち死刑になっていたのだろうが、なんとも言えない不快感が残っている。
「俺はデフォルト。こいつはレインだ。
喧嘩なら買うぞ」
俺の心もささくれ立っていた。
普段なら流すところも食って掛かる。
俺達の名前を聞いて子爵がたじろぐ。
「上にゲルニカとルドルフがいる。
片方は死んでいるがな。
兵にそいつらを突き出して、今回の件は終わらせろ」
強めに睨んでやると、怯えた子爵は何度も頷いた。
「で、何でお前は牢にいる?
オルトロスは仲間じゃなかったのか?」
「ま‥‥魔剣の話から口論になってな。
ゲルニカの奴、それを持って街から逃げ出す気だったんだ」
なるほどな。
この世界の相場は知らないが、あの剣なら小さな街くらい興せる金になるだろう。
ルドルフのレイピアとは格が違う。
それがあれば、ちっぽけな街のギャングなんかやってる必要は無い。
だがゲルニカが魔剣を見るのは、今日が初めてのはずだ。
まさか伝え聞いた話だけで、そこまでぶっ飛んだ思考をしたのか?
そんな短絡で、よくルドルフの相棒なんて務まったな。
「今日から、オルトロスは俺達がまとめる。
お前らも一蓮托生だ、付き合えよ」
子爵の肩を馴れ馴れしく叩くと、俺達は牢を後にした。
「ああそうだ、攫ってきた人達は全員解放しておけ。
これは俺からの最初の命令だ」
最後に振り返って、それだけを伝えておく。
この男の事だ、責任は全てゲルニカとルドルフに押し付けるだろう。
だが、こいつは貴族だ。
殴って終わりというわけにはいかない。
今後は俺が調教してやろう。
階段を登りきると、廊下を埋め尽くすように積み重なって倒れている男達が視界に入る。
後はこいつらを脅して服従させるだけか。
その日。
オルトロスの首領が入れ替わった。
セリフの一部使い回しは御容赦を。
あと、過度の期待はしないで。