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オルトロス 中編 

 指定された場所は、昨日最初に入った酒場だった。

 まさか一発目から当たりを引いていたとは思わなかったぜ。

 扉を潜ると、あの店主が苦笑いで出迎えてくれた。

 

「人が悪いな、マスター」


「はい知ってます、とは言えんだろう」


 そりゃそうだ。

 俺は店主に指定されたテーブルに着く。

 店の一番奥の隅にある席だ。

 相手はまだ来ていない。

 サービスで出てきたエール酒を飲みながら待つことにする。

 今日は客が一人もいない。貸切のようだ。


 同志はここにはいない。

 店の外で隠密行動を取っている。

 今は屋外に不審な奴がいないか見張っているはずだ。


 エール酒を傾けながら、しばし待つ。




 しばし待つ。




 待つ。




 待つ。




 誰も来ない。




 時計が無いので正確な時間は分からないが、指定された時刻は過ぎているだろう。

 いつまでも現れない相手に苛々してくる。

 もしや、店主が?

 そう思って、『人物鑑定』を掛けてみたが「盗賊」と表示されただけだった。

 連中の一味だってのは、もう分かっている。

 『人物鑑定』も信用し過ぎない方がいいな。


 二杯目のエール酒が空になった頃。

 ようやく扉が開き、それらしい男が店に入って来た。

 それに続いて、3人、4人と次々と男達が入ってくる。

 全員で8人だ。

 趣味の悪い金ピカのシャツの上に白いスーツを着た痩せぎすの男が中央におり、そのやや左後方には関取みたいな体格をしたスキンヘッドの男がいる。

 残りの6人は、二人の後ろへ控えるように立っている。

 

 控えていた男の一人が俺のいる席の前まで来ると、対面の椅子を引く。

 その椅子へ金ピカシャツが座る。

 スキンヘッドの男はすぐ隣に立ち、他の連中は俺を取り囲むように並んだ。

 分かりやすいな。

 念のためにレベルを確認すると、金ピカが13。関取が29。後は一桁だった。

 関取は結構強いな。用心棒かボディーガードってところだろう。

 金ピカは席に着くと、さっそくに話を切り出してきた。


「魔剣を持っているらしいな。見せてみろ」


 指先でテーブルをとんとん叩く。

 遅れてきて、最初の一言目がそれかよ。


「まずは、お名前を聞かせて頂けませんか」


 もう知っているけどな。

 金ピカが「ダスティ」で闇商人。関取が「ゴードン」で戦士だ。

 

「必要ない。物と金が行き交えば取引は成立する」


 随分と強引な男だな。

 完全に自分のペースで物事を進めようとしてやがる。

 対等な立場である事を分からせてやろうか?

 長く待たされて苛々していた事もあって思わず言い返してしまう。


「首領さんの判断を聞いて来るというお話でしたから、一日待ったのですよ。

 その結果も伝えない、名前も言わないでは、お話になりませんね」


 テーブルに手を付いて立ち上がると、周囲にいた子分どもが俺を取り囲んだ。

 関取は動かない。金ピカの身を守るのを優先しているのだろう。

 やはり護衛か。


「座れ。死にたくないならな」


 金ピカは再び机をとんとんと叩く。

 深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。

 駄目だ、駄目だ。

 ここでキレて出て行ったら駄目だ。

 爆発しそうだった感情を抑えて、再び席に座る。

 金ピカは満足そうに頷いた。


「気分を害させてしまったようだな」


 お前の所為だろ。

 そう叫びたいが、理性が必死にブレーキをかける。


「いや、こちらこそ御無礼を‥‥」


 引き攣った顔で頭を下げる。

 金ピカは俺が奴の部下にビビって謝ったと思ったらしい。

 さっきよりも傲慢な態度になり、両足をテーブルの上に乗せた。


「まあいい、教えてやるよ。俺はルドルフ。オルトロスの首領だ」


 嘘付くなよ、ダスティ。

 調子乗るなよ、ダスティ。

 お前、あれか、影武者か?


 いや待てよ。

 人物鑑定で表示されるのは本名だけだ。

 いくつも名前を使い分けている奴がいた場合でも、表示されるのは一つ。

 ホーキンスの話でも、ルドルフというのは偽名かもしれないとの事だった。

 こいつが本名を捨てて、ルドルフという新しい名で生活していたらどうなる?

 あーもー、ややこしい!!


「これはこれは、まさか首領さんが自ら御出でなさるとは‥‥」


 真偽がハッキリとしないので、とりあえず話を合わす。

 予定では、首領達と直接会えるよう話を付けて別れるつもりだったが、どうしたものだろう。



 一か八か、カマをかけてみるか?




「あれ、ルドルフさんは女性でしたよね?」



「は?」



 違った!

 恥ずかしい‥‥!

 


「ははは、冗談ですよ、ダスティさん」


 金ピカが動きを止める。

 俺は目を逸らさず、じっと見つめる。

 一瞬の静寂の後、金ピカが凄まじい形相で睨みつけてきた。


「誰に聞いた?」


 周囲にいた男達も驚いた顔で金ピカを見ている。

 子分達も知らなかったらしい。

 ルドルフの本名がダスティなのか、こいつが偽者なのか。

 まだ確定できない。

 

「取り扱っている品の一つに、相手の名前を知る事のできる指輪がございまして‥‥」


 左手にはめてある大賢者の指輪を見せる。

 相手は闇商人である。

 この指輪に、そんな効果は無いと見抜かれるかと危惧したが、どうやら大丈夫そうだ。


 金ピカは何か思案している。

 部下達も表面上は落ち着いたように見えるが、チラチラと金ピカの方へと視線を向けている。

 関取は動かない。

 しばらくすると、金ピカは平静を取り戻したようだ。

 俺に向けて笑みを浮かべる。


「俺は首領の影武者でね、これを知っているのは首領と俺、こいつだけだ」


 そういって、振り向かずに関取を指差す。

 その体勢のまま手を高く掲げ、振り下ろした。

 と、次の瞬間。

 関取が腰の剣を抜いて、部下の一人を斬り付けた。

 周りの部下達は何が起こったのか理解できていない。

 関取は次々と仲間を切り伏せていく。

 さすがの俺も呆気にとられて、眺めていることしかできない。

 悲鳴と絶叫が店内に響きわたる。



「情報の共有は最小限に。首領の格言だ」


 金ピカは、何事もなかったかのように平然とした表情で机をとんとん叩く。


 マジか?

 マジか?

 マジか?

 おいおい、仲間じゃないのかよ。

 

「秘密を知った奴は生かしておけねぇ。

 魔剣は惜しいが、ここで欲に負ける奴は二流よ」


 そういって、関取へ合図を送る。

 関取が俺へ向けて剣を振り下ろす。



 ここまでだな。



 俺は剣を払いのけると、関取の頭を掴み、床へ叩き付けた。

 大きな音を立てて頭が板張りの床を付き抜ける。

 その後には胴と足だけがぐったりと生えていた。

 

「な‥‥!?」


 金ピカが焦る。

 椅子からずり落ち、俺の顔と関取の足とを交互に見ながら、腕と尻でズリズリと後ずさる。


 さて、どうしてくれよう?


 金ピカへと近づく。

 すると、奴は突然不敵に笑い、スーツの胸ポケットから小さな金属片を取り出した。


(マジックプレートかっ!?)


 金ピカが何か叫ぶと、金属片から凄まじい勢いで氷の矢が飛び出し、俺の胸へと直撃する。



 が、刺さらずに砕け散る。

 込められた魔力が低過ぎて話にならない。

 というか、危険察知で気付いていた。

 無傷の俺を見て、金ピカは恐怖と驚愕の入り混じった顔をしていた。



 店内の音を聞いてか、同志が入って来た。

 その右手にはボロ雑巾のようになった男がぶら下がっている。


「なんかあったのか?」


 こっちのセリフだ、おい。

 誰だよ、そいつ。


「俺が店へ入ろうとしたら邪魔してきやがったんで、ちょいとな」


 ちょいと半殺しか。

 手加減したんだろうな。


 同志が入って来たので、金ピカはさらに恐慌状態になった。

 ああそうか、誰も入ってこれないはずだったのか。

 もしかすると、外には何人も雑巾が転がっているのかもしれない。


 やっちまったな。

 もう後へは引き返せない。

 腹を括ろう。


「まどろっこしい真似はヤメだ。正攻法で行くぞ」


 金ピカの胸倉を掴んで立ち上がらせる。


「同志、邪魔が入らないよう見張っていてくれ」


 同志が片手を挙げて返事をすると、俺は尋問を始める。

 情報を吐かせようと金ピカを脅すが、なかなかに口が堅い。

 喋ると首領に殺されるんだろう。


「ダスティ、俺に賭けろ。

 俺はこれからオルトロスを乗っ取る。

 成功すれば、お前は幹部として今の地位を残してやるぞ」


 金ピカの目が少しだけ揺らぐ。


「だが、それはお前が俺達に協力したらの話だ。

 断るなら、どうなっても知らんぞ?」


 金ピカの額を指先でとんとんと叩く。

 そして、関取に斬り殺された連中へ蘇生魔法を掛けた。

 生き返った奴らを乱暴に蹴飛ばして起こす。

 金ピカは信じられないものを見せられたという顔をしている。


「俺は死者の蘇生も出来る。

 意味が分かるか?

 拷問に終わりは来ないぞ」


 金ピカを床へ放り捨てて、生き返った連中を指差す。


「それとも‥‥こいつらに処遇を任せようか?」


 蘇生した男達は憤怒の表情を浮かべて金ピカを睨みつけている。

 奴は、もう身体を起こす事もできないくらいに怯え、震えている。

 

「最後にもう一度だけ聞く。俺達に協力するか?」


 目線を金ピカに合わせて、その返答を待つ。

 答えるまで、いつまでも。



 そして金ピカは‥‥屈服した。








 店の外が騒がしい。

 窓から顔を出して様子を確認した同志が、慌てたように首を引っ込めた。


「ポリ来た! ポリ!」


 領主の兵か?

 このタイミングで?

 俺は店内を見渡し、店主がいつの間にかいなくなっている事に気付く。


 あの野郎かっ!


 トカゲの尻尾切りってやつだろう。

 金ピカは切られた尻尾だ。

 俺達諸共、兵に制圧させる気だ。


「ずらかるぞ! 三番目の酒場で落ち合おう!」


「おう、三番目の酒場だな!」


 昨日オルトロスの話を聞いて回った際、三番目に入った酒場だ。

 誰かに聞かれたとしても、意味は俺達にしか分からないはず。

 金ピカの襟首を掴んで店から飛び出る。


 路地には、前からも後ろからも何十人という数の兵士が詰め寄せて来ていた。

 同志は身軽に正面にある塀の上へ飛び乗り、その上を駆けていく。

 俺は酒場の屋根へ飛び移り、建物から建物へと屋根伝いに走り抜ける。

 店内に残った奴らは全員お縄だろう。

 ご愁傷様。








 日が落ちるのを待って、待ち合わせの酒場へと向かう。

 店に入ると、同志はすでに待っていた。


「どんだけ待たせるんだよ!」


 少々、ご立腹のようだ。

 つーか、いつから待ってたんだ。

 まさか、あの後すぐに来たんじゃないだろうな。

 金ピカのダスティを連れて、テーブル席へ座る。

 ダスティに確認を取ったが、この店はオルトロスが経営している店ではないらしい。

 だが、周囲にいる一般客の中に構成員が潜んでいる可能性もある為、油断はできない。

 顔を近づけ、小声で話す。


「予定を変更する。俺らの目論見が相手にバレちまった。

 時間を掛けて首領を炙り出すつもりだったが、こうなった以上は、簡単に尻尾は出さないだろう」


 俺はダスティへと目を向ける。


「こいつが俺達の手中に落ちた事は向こうも知っているはず。

 違う街へ逃げられたら面倒だ。今晩中に仕留める」


「首領どもは?」


「人攫いを担当しているのはゲルニカらしい。そっちはぶちのめして法の裁きを受けさせる。

 密売をしてるルドルフって奴は、使えそうな男なら残して利用しよう。クズ野郎ならゲルニカと同じ対応でいい」


「オーケー」


 同志が親指と中指で輪っかを作り、皮肉めいた笑顔を作る。

 俺は俯いて黙りこくっているダスティの背中を勢い良く叩く。

 

「で、ダスティ。ゲルニカとルドルフはどこだ?」


 ダスティは身を縮こまらせて周囲を窺っている。

 暗殺を警戒しているのだろう。

 心配せずとも俺達が守ってやるのに。

 裏切らなければな。


「中央区の‥‥ヒクサルト子爵邸だ」


 消え入りそうな声でボソリと言った。


「子爵邸だと?」


 思わず聞き返す。

 それが本当なのだとしたら、貴族が関与している事になる。

 いや、そのヒクサルト子爵って奴が、ゲルニカかルドルフのどちらかなのかもしれない。

 その二人を指揮する、黒幕だったりするのかも。

 ちょっと厄介な事になってきた。


「説明しろ」


 ダスティを睨む。

 まだ躊躇いがあったようだが、渋々といった感じでダスティが答える。


 ダスティの話によるとこうだ。


 ヒクサルト子爵に限らず、この街の貴族の多くがオルトロスのお得意様なのだという。

 ルドルフが仕入れてくる販売が禁止されている品々。マジックプレートや危険な武器、防具。呪いのアイテム。盗難品。果てには魔獣までも喜んで買い取っているらしい。

 そしてゲルニカの攫ってきた者は、男なら剣の試し斬りやマジックプレートの威力実験。魔獣のエサにされる。

 女ならば言うに及ばずである。

 オルトロスという組織は、貴族にとって欲を満たしてくれる貴重な存在らしい。

 故に冒険者ギルドから彼等を守る為、自分達の屋敷に住まわせているとの事だ。

 どれほど優秀な冒険者であっても、許可なく貴族の屋敷へは入れない。

 この街で一番安全な場所だと言えるだろう。


 ダスティは全てを吐き出して吹っ切れたのか。

 大きな溜息を吐いて、椅子の背凭れに体重を掛けた。

 

「冒険者ギルドに加えて、貴族連中まで敵にまわすのは拙いな」


 腕を組んで、天井を仰ぐ。

 何か方法を考えないといけない。


 客が一人、また一人と帰っていく。

 もう随分と夜も更けてきた。

 だが、今日はまだまだ帰れそうに無い。

 ウルカには遅くなるとは伝えてあるが、流石に朝帰りだと心配させるだろう。

 同志にダスティを任すと、一度宿へ戻る事にした。


 勿論、尾行を警戒しながらだ。



 宿の近くまで戻ってきたが、何か違和感を覚えた。

 建物から全く明かりが漏れていないのだ。

 深夜だから明かりを消して休んでいるだけなのかもしれない。

 だが嫌な予感がする。

 胸騒ぎを覚えて宿の前へと走り寄ると、俺達が借りていた部屋の窓が開いているのが見えた。


 全身の血の気が引くのを感じる。

 宿の扉を乱暴に開く。

 カウンターにもラウンジにも人の気配が無い。

 階段を駆け上がり、部屋の中へと飛び込む。


 暗い部屋の中は激しく乱れていた。

 倒れたベッドは足がへし折れており、床に落ちたシーツには焼け焦げた跡がある。

 壁や天井は穴だらけでドアは拉げて弾け飛んでいる。


 何があった!?


 ウルカには召喚の指輪を渡してあった。

 部屋の様子から戦闘があった事は間違い無い。

 だとすれば、ウルカは「フロストデビル」を召喚したはずだ。

 にも関わらずウルカがいない。

 まさか、50レベルの悪魔を倒せる奴がいたってのか!?


 部屋の入り口のすぐ傍にある壁に、紙切れがナイフで刺し止められていた。

 乱暴にナイフを引き抜き、その紙切れに目を通す。



『 魔剣を持って 中央区まで来い ダスティも一緒にな 』




「やられた‥‥!」



 紙切れを握り潰す。


 床へと投げつけると、薄い紙切れは頼りなく揺れて静かに落ちていった。





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