オルトロス 前編
トルイからオルトロスについて詳しく聞いてはみたものの、あまり役に立つ情報は得られなかった。
接触する際は、いつでも向こうから出向いてくるそうで、トルイのいる盗賊達から連絡を取る手段は無いのだそうだ。
当然だろう。
俺なら、盗賊から足が付くような真似はしない。
つまりは、トルイから聞ける内容に大したものは含まれていないって事だ。
俺はトルイに仲間を起こして去るよう伝える。
盗賊達を見逃す理由も無いのだが殺すのは気が引ける。
だからといって、俺達が街の兵に引き渡すのも無理だ。そもそも俺達の方が重罪人である。
倒れているギルドの連中を殺したりしないよう同志に見張ってもらう。
トルイが仲間を起こしている間に、馬車の中にいるホーキンスから話を聞く。
冒険者ギルドなら、オルトロスについて、ある程度の情報は持っているだろうと考えての事だ。
ホーキンスによれば、オルトロスはその名の通り二人の首領が纏めているという話である。
首領の名前はゲルニカとルドルフと言うらしい。
だが、偽名の可能性もある上、人物についての詳細も不明なのだそうだ。
構成員は判明しているだけで100名以上いるが、捕らえた者から聞き出したアジトも、兵が踏み込む頃にはもぬけの殻になっているのだという。
なかなか尻尾を掴ませない狡猾な連中のようだ。
話を聞き終え馬車から降りると、盗賊達は去った後だった。
何人かは気勢を挙げて襲い掛かって来たらしいが、同志が返り討ちにしたそうだ。
今は冒険者ギルドの関係者7人が倒れているだけである。
俺は髭面の男と、女剣士の懐を探り身分証を取り出す。
「悪いが借りてくぜ」
盗難品である事はすぐにバレるだろうが、一度くらいなら大丈夫だろう。
バレたらバレたで逃げればいい。
女剣士が持っていた身分証を同志へ渡す。
これで上手くいけば街へ入る事ができる。
ウルカは銀貨を払って本物の身分証を作ればいい。
最後にホーキンスにもう一度口止めをしておく。
そして、ヒラヒラと手を振って、馬車から遠ざかった。
「あばよ、部下達にはマジックプレートが暴発したとか言っておけ」
デイビスの街は、なんというか雑だった。
街を囲む壁は土を盛って固めただけの粗末なものだ。
これなら簡単に乗り越えられたな。
門の入り口にいる兵士は二人で、仕事中だというのに酒らしきものを飲んでいる。
その周囲にはゴミが散乱しており、整然としていた前の街とは大違いである。
門を潜る時に止められたが、盗んだ身分証を取り出すとチラリと見ただけで通っていいと言われた。
碌に確認もしない。
これじゃあ犯罪が蔓延るわけだ。
ウルカが身分証を作って欲しいと伝えると、凄く面倒臭そうな顔をする。
それでも一応は職務なので手続きをしてくれた。
作成の最後にA3用紙くらいの大きさの金属板の上にウルカの手を乗せて何かを確認していたが、マジックプレートの一種だろうか。
偽名で身分証が作れないかと考えた事もあったが、この分だと身分を偽っての作成は難しそうだ。
銀貨を払い、身分証を受け取ると、俺たちは街の中へと入った。
街中は背の低い木造家屋が乱雑に建ち並び、入り組んだ迷宮のようだった。
路地には怪しげな男達が屯し、どこかの建物からは怒声が響いてくる。
立てた木の棒に布を被せただけの粗末なテントのようなものの下には老婆が寝そべっている。
道角には血まみれで倒れている男がいるが、気にしている者は誰もいない。
どこのスラムだ、ここは。
メインストリートだけは真っ直ぐに街の中央へと伸びている。
その先には石造りの城門があり、石壁の向こうには、こちらとは別世界のように立派な建物が並んでいた。
富裕層が住むエリアってところか。
ホーキンス達も、あっち側の人間だろう。
治安は悪そうだが、ゴロツキなんかに負ける気はしないし、道具も全てアイテムボックスの中なので盗まれる恐れもない。
心配なのはウルカか。
彼女が着ているワンピースは守備力が高いので、下手な攻撃では傷一つつかないが、連れ去る事はできてしまう。
安全とは言い難い。
護衛でも付けるか。
「ウルカ、こいつを受け取れ」
ウルカへ指輪を手渡す。
指輪は銀色のリングの中央に大きな黒曜石が嵌め込まれている。
受け取った指輪をつまんで陽にかざすウルカ。
その表情は優れない。
「お気持ちは嬉しいのですが‥‥」
なんで悲しそうな顔してんだよ。
意味が分からんわ。
別に求愛の為に渡したわけじゃないからな。
同志も聞いてないフリとかしなくていい。
泣くぞ。
「それは召喚の指輪だ。下位悪魔を呼び出せる」
無礼にも返そうとしてきたウルカに伝える。
その指輪は、はめて念じるだけで悪魔が呼び出せるという召喚アイテムだ。
ゲーム仕様だから、声を出さなくても発動する。
猿轡を噛まされた状態からでも使えるから、切り札にもって来いだろう。
呼び出せる悪魔はレベル50の『フロストデビル』だ。
今までの経験から察するに『ロードスリー』と、この世界のレベルは同じくらいだと思われる。
『ロードスリー』の50レベルは雑魚だが、ここでは結構強い部類に入る。
いざという時には、役立つこと間違いなしである。
見た目で物を判断するんじゃないぞ。
「で‥‥デーモンを‥‥!?」
ウルカは慌てて指輪を掴んでいる手を伸ばして身体から離す。
ビビっとる、ビビっとる。
心配せんでも、召喚者には絶対服従だよ。
使い方を教えて、指にはめさせる。
頬を赤く染めたりなんかしてくれたら可愛かったのだが、全くの無表情だった。
なんとも寂しい。
適当に宿を決めて、作戦を考えることにする。
強風が吹いたら倒れるんじゃないのかってくらいにボロい宿があったので、そこにする。
理由には、手持ちの銀貨が心細くなってきたからという悲しい現実がある。
ウルカなら結構な銀貨を持っているが、あれはウルカの資産なので、俺達が使って良い金ではない。
我慢も時には必要なのだ。
店主から鍵を借りて部屋へ入る。
狭くて暗いが、野宿ばかりしていた俺達には充分である。
早速作戦会議へ入ろうとしたのだが、久しぶりにベッドを目にしたウルカが狂喜して暴れるので煩くて仕方が無い。
魔法を使い、問答無用で眠ってもらった。
お嬢様の寝息を乱さないよう小声で話し合う。
まずは奴らと接触したいと考えているが、俺達が持っているオルトロスの情報なんて無いに等しい。
違法品の密売に人身売買だったか。
それらの取引場所へ行けば会う事もできるだろうが、多分富裕層のいるエリアだ。
貧乏人が買えるような値段でも無さそうだしな。
そこへ乗り込むには、街の中央にある城壁を越えなければならず、リスクが大きい。
別の方法があれば良いのだが‥‥。
こういう時は同志に聞くに限る。
何か良い案が無いかと尋ねると、案の定、面白い事を思いついたようだ。
宿の主人に、この街にある酒場の場所をいくつか聞き出す。
留守中にウルカが目覚めて、俺達を探しに出歩かれても困るので置手紙を残しておく。
手紙をウルカの枕元へ置き、同志と二人宿を出た。
デイビスの街はとにかく汚い。
街の至るところにゴミが投げ捨てられている。
路地裏ともなれば、尚更だ。
そんな薄汚い細道には、目付きの悪い連中がゴロゴロいる。
絡んでくる連中を適当にあしらいながら進むと、目的の酒場が見えて来た。
こんな路地裏にある酒場なんだから、客層だって偏っている。
扉を開けて店に入ると、幾つもの視線が俺達へ集中するのを感じた。
それを軽く受け流してカウンター席へ座る。
店内は狭く、小さなテーブルとイスが無造作に置かれているだけだった。
そこにガラの悪い連中が何人か座っている。
テーブルの上には酒が入った木製のコップと数枚の銅貨。トランプに似た紙札が散らかっている。
博打が何かだろうか。
俺達が入って来た事で手を止め、敵意の篭った眼光を向けている。
『人物鑑定』を試してみたが、職業の欄には『戦士』や『博徒』『盗賊』と出るだけだ。
元々、ゲームの職業を表示する欄である。
オルトロスの構成員がいても、『盗賊』と表示されるだけかもしれない。
ホーキンスの時は『冒険者ギルド役員』と詳しく表示されたのだが、正式なギルドでなければ認識されない可能性はある。認識されても戦闘ジョブがあればそっちが優先されるだろう。
つまりは、ここに奴らの仲間がいても俺達に知る術は無いって事だ。
カウンターの奥にいた店主らしき男は、俺達を一瞥しただけで何も言わない。
愛想の欠片も無い店である。
まあいい。
エール酒を頼むと、店主は眉間に皺を寄せて困った顔をした。
木杯に酒を入れて俺達の前へ置くと小声で話しかけて来る。
「ここは坊主らの来るような場所じゃねぇ。それを飲んだらさっさと帰れ」
店主は気遣ってくれているようだ。
どうやら俺達は歓迎されていないらしい。
まあそうだろうな。
ならず者が集まる酒場だ。
余所者が気軽に入ってくるような店ではない。
現に今も背中に痛いような視線を感じる。
「心配してくれて有難いんだが、こちらにも事情があってね」
後ろの連中にも聞こえる声で話す。
「オルトロスって連中を探してるんだが、何か知らないか?」
背後の空気が変わった。
動揺の入り混じったざわめきへと変じる。
さっきまでの鋭い視線は感じられない。
「‥‥聞いた事も無いな。話はそれだけか?」
店主はそれだけ言ってカウンターの奥へ引っ込んでしまった。
同志と目配せし、銅貨をカウンターへ置いて店を出る。
そして次の酒場へと向かった。
同じように酒場へ入っては、オルトロスについて聞いてまわる。
それを繰り返して五件目の酒場を出る。
オルトロスの名前を出すと、誰もが口を閉ざす。
この街では、随分と幅を利かせているらしい。
日も傾いてきた事だし、今日はこれくらいで引き上げよう。
狭い路地を大通りへ向けて歩き出す。
左右を大きな建物に挟まれた暗い道まで来た時、前方から数人の男がこちらへ歩いてきた。
振り向くと後方からも同じように数人の男が俺達の方へ向かってくる。
全員が腰に帯刀している。
ようやくお出ましか。
これぞ同志の考えた「目立てば向こうから寄って来る」大作戦である。
同志に先走らないよう伝え、立ち止まる。
前後を5人ずつ、計10人の男達に挟まれる形となった。
男達は、年齢も着ている服装もバラバラで、統一感が無い。
普段は街中に溶け込んでいるのだろう。
前方の中央にいる隻眼の男が口を開く。
「何を嗅ぎまわっていやがる?」
まだ誰も剣を抜かない。
こちらの話を聞いてから判断するって事か?
『人物鑑定』でレベルを確認するが、一番強い奴でも8レベルだった。
弱いな、おい。
普通はこんなものなのだろうか。
こうなると、冒険者の異常な強さが浮き彫りになるな。
冒険者ギルドがのさばるわけだ。
「私は商人のフォルと申します」
俺は腰を低くして前にいる連中に愛想笑いを浮かべる。
「事情があり、正規のルートでは商売ができなくなりました。
ですので、オルトロスさんと取引がしたいと考えております」
男達はお互いに顔を見合わせあったが、すぐにこちらへ向き直る。
「断る。素性の知れん奴と関わる気は無い」
隻眼の男がそういうと、周囲の連中が俺達を取り囲んだ。
「身体を改めさせてもらうぞ、歯向かうと命は無いと思え」
同志が「どうする」と目を聞いてくる。
別に見られて困るものは無い。
だが、一方的に相手の言いなりになるのも癪に障る。
「取引に応じて下さらないのであれば、こちらも手の内を晒せません」
俺が拒否すると、同志も肩に掛けられた手を払いのける。
険悪な空気になってきた。
「死にてぇみたいだな?」
俺の左横に立っている男がドスの効いた声を出す。
男達が剣に手を掛ける。
同志が短剣を取り出そうとしたが制止する。
ここで叩きのめすのは簡単だが、それでは意味が無い。
オルトロスの首領が俺達に興味を抱くようにしなければ。
俺はアイテムボックスから、剣を取り出す。
鞘に収まっている状態から、すでに尋常ではない威圧感を放っている。
漆黒の鞘から刀身を少しだけ見せる。
男達はそれを目にした瞬間、棒立ちになって手に持っていた剣を取り落とした。
皆、何かに取り憑かれたかのように刀身に見入っている。
剣を鞘へ収める。
男達が正気へと戻る。
これは魔剣フラガラッハだ。
刀身に『魅了』の効果が付いており、抵抗できないと刀身から目を離せなくなってしまう。
その魅了効果は強力で並大抵の精神力では抗う事すらできない。
さらに竜の鱗をも易々と切り裂く程に極めて高い攻撃力を持つという、とんでもない剣である。
「これはフラガラッハという魔剣でございます。
取引したい物とは、この剣なのですよ」
そう言って頭を下げる。
身をもってその威力を証明させられた男達はざわめき立つ。
掴みは上々。
俺は剣を同志へ渡し、今度は杖と盾を取り出す。
「また、こちらはユニコーンの角で作られた杖であります。この美しい盾はオリハルコン製の逸品にございます」
ざわざわと騒がしくなった男達へ、駄目押しとばかりに、とっておきの装備類を惜しげもなく見せ付ける。
「これらが私共の取り扱う品々でございます。如何ですか?」
もう周囲は騒乱状態である。
皆大声で騒ぎ立てているので、隣の奴が何を言っているのかさえも分からない。
まあ、これだけのレアアイテムを見せられればそうなるか。
どれも伝説級の装備だからな。
魔剣に至っては、俺達に掛けられた賞金よりも高い。
男達のざわめきが収まっていく。
結論が出たのか、隻眼の男が進み出る。
「取引に応じよう。まずはその剣を渡して貰おうか」
そんで、渡した途端にブスリってか?
誰が引っ掛かるかよ。
「御冗談を。こちらの剣は対価を頂いてからで無いと渡せません」
「俺が責任を取る」
どう、取るんだよ。
まあいいか。
「では、この話は無かった事に。失礼‥‥」
魔剣を手にした同志が男達の脇を通り抜ける。
男らは剣を落としていた事に気付いたが、拾うのを待つ程優しくは無い。
いや、待つけどね。
早く引き止めてくれ。
「待て」
よし!
やっと声を掛けられたので足を止めて振り返る。
同志も立ち止まった。
「素性が分からん以上は信用はできん。だが貴重なアイテムを多数所有している事は分かった」
「では取引に応じると?」
「俺の判断では決められん。首領に話を通し、その結果を明日伝える」
ま、この辺りが妥当か。
こいつら下っ端がいい加減な約束は出来ないだろうしな。
「ではこれを首領さんへ」
ユニコーンの杖を隻眼の男へ渡す。
他の装備と違って回復特化の杖だから犯罪には利用できないだろう。
隻眼の男は驚いた顔をしている。
さっき渡さないと言ったばかりだしね。
「いいのか?」
隻眼の男は受け取った杖をまじまじと見つめる。
周りの男達も興味深げにそれを眺めている。
「現物が無ければ首領さんも信用されないでしょう」
「分かった」
隻眼の男が手を挙げると、男達はそれぞれバラけて去っていった。
残ったのは、隻眼の男だけだ。
街の地図を渡される。
隻眼の男が、地図上の一箇所を指差す。
待ち合わせ場所か。
他の奴らを散らせたのは、情報が漏れないようにって事だろう。
隻眼の男は、待ち合わせ時刻を告げると、背を向けて去っていった。
俺達も追跡はせずに宿へ戻る。
宿へ戻ると、ウルカはまだ寝ていた。
置手紙いらんかったわ。




