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選ぶべき道

 説明しよう。

 指名手配となった俺達は、決死の思いで街から脱出し、彷徨い歩いた結果、元いた街へ戻って来ていたのだ。


「まあ、飲め」


 脱力して座り込んでいた俺に同志が果実酒を差し出す。

 それを受け取って胃へ流し込む。

 瓶を同志へ返すと、同志もそれを呷った。

 度数が低いために酔いはしなかったが、少しだけ気分が上向いた気がした。


 気を取り直して眼下に目を向ける。

 街を出入りする商人達はほとんどおらず、たまに門から出て行く商隊も10人以上の護衛が周囲を囲んでいた。

 代わりに何組もの冒険者らしき集団が城門を抜けて街道を進んでいるのが見える。

 おそらく、マンティコア騒動の所為だろう。

 マンティコアはすでにボリスが倒した後であるが、その話は冒険者ギルドへ伝わっていないらしい。

 奴は街道に放置してあるから、それも時間の問題か。

 ついでに俺達と出会った事も広まるんだろうなぁ。

 こうなると、道に迷ってラストリアへ辿り着けなかったミスは痛い。


「ウルカ、あの街道はラストリア以外にも繋がっているのか?」


 同志から貰ったリンゴを齧っているウルカに聞いてみる。

 俺の記憶に間違いがなければ、この街を出てからしばらくは街道沿いを歩いていたはずだ。

 その途中に分岐路があり、同志のコイントスで行き先を決めた。

 あの時は右へと進路を取ったが、左へ向かえばまた違う街があったのだろうか。


「皇都に繋がってますわ。けれど、途中いくつも関所がありますわよ」


 食べ終わったリンゴを名残惜しそうに見つめながらウルカが答える。

 アイテムボックスからもう一個リンゴを取り出し、ウルカへ放る。


「村や集落みたいなのは?」


「さあ‥‥? 気にした事もなかったものですから」


 ウルカは少し考える素振りをしただけで、すぐにリンゴに噛り付いた。

 同志へ顔を向ける。


「どうする?」


「あえて逆を行くってのは、どうよ?」


 果実酒の入った瓶をユラユラと振りながら嬉しそうな顔をしている。

 何が楽しいんだ、コイツは。


「逆って何だ?」


「決まってんだろ、俺らはあの街の東門から出た。誰もが東方面へ向かったと思っている。なら、それ以外の方角へ進めばいい」


 そう言って、酒瓶を呷る。

 ゴクリゴクリと気持ちの良い音が聞こえてくる。

 俺は素直に感心した。


「言われてみれば、その通りだ。偶には良い事言うじゃないか」


「お前は視野が狭いんだよ」


 同志が、カラカラと笑う。

 笑い方は爽快だが、色気は無い。

 元より求めるものでもないのだが‥‥。




 今、俺達がいる山中は街の北側に当たる。

 後ろには山脈が延々と続いているので、こちらへ向かうのは骨が折れる。

 東側はさっきまで俺達が歩いていた方面だ。

 ラストリアや皇都へ続いているらしいが、警戒が厳重で街道を歩くのさえ危険である。

 西側は、俺達があの街へと入った方角だ。そこでガスターやランディ達と出会った。

 行商人のヴェリオールが通っていたくらいなのだから、いくつも街があるのだろうと思っていたが、ウルカによれば、西側にあるのは小さな街や農村ばかりだという。

 南側は比較的大きめの街が多いらしいが、あまり治安が宜しくないらしい。

 俺達にとって望ましいのは、西側か南側だ。

 現在地が街の北なので、反対側の南方面へ行くよりも西側の方が近い。

 だが、冒険者ギルドに睨まれている俺達は後ろ盾が欲しい。

 あるいは同じように冒険者ギルドと対立している組織と手を結びたい。

 そういった連中がいそうなのは南側である。

 なので、南方面へ向かうこととする。


「お前はどうする?」


 足を投げ出した体勢のまま同志に凭れかかっていたウルカへ聞いてみる。

 ウルカにはボリスから頂戴した銀貨を渡してある。

 その金があれば、身分証を手に入れて街で暮らす事も可能だろう。

 俺達の旅に付き合う必要は無い。

 けれど、ここで放り出すような形で置いていくのも気が引ける。

 なので、ウルカの意志に任せることにした。


「水臭いですわね。これからも助けてあげますわよ」


 髪に絡んだ枯葉を払いながらウルカが答える。

 今のところ、俺達と別れる気はないようだ。

 それと、ウルカに助けられた事は一度も無い。

 いや、一応地理的な事は教えてもらっているから、そういう意味では助けられているのかも。


「ここから一番近いのは?」


「デイビスの街ですわ。ですが、あまり良い噂は耳にしませんわね」


 それは別に構わない。

 むしろ、そういった連中が多い方が俺達には好都合である。

 

「ここからだと、どれくらい掛かる?」


「馬なら三日で着きますわ。徒歩だと‥‥五日は見ておいた方がよろしいですわね」


 なんだ。

 こっちの方がラストリアよりも近いじゃないか。

 最初から南へ向かっておけば良かったよ。


 





 気持ちの良い快晴の中、心地よい風に吹かれながら、街道沿いをのんびりと歩く。

 これがラストリアへ向かっての行軍であれば、同じ道を戻らなければならないという状況に、陰鬱な気分になっていただろう。

 進路を変えるだけで、こんなにも足取りが違うものなのか。

 

 ウルカだけ歩く速度が遅いので、頻繁に同志が背負って進む。

 その光景も見慣れてきた。

 あれだな、馬が欲しいな。

 できれば馬車がいい。

 いくらくらいで買えるんだろう?

 街へ入れたら確認しておこう。




 南方へ向けて歩き始め、二日目の事である。

 街道の前方に、いくつかの人影が見えた。


 別に街道に人がいたって何もおかしなことはない。

 今までだって何人もの旅人や行商人らしき人達とすれ違ったり、追い越し、追い越されてきた。

 何の不思議もない。

 だが、今回は今までとは違う。

 戦闘中なのだ。

 遠方に見える人影は武器を手に互いにそれを交えている。

 それも複数対複数の団体戦である。

 片や見るからに盗賊といった風の薄汚れた男達。

 30人くらいの大人数で二台の馬車を取り囲んでいる。

 それと相対するのは、白金の鎧を身に付けた男達。ごめん、女もいる。

 わずか7人だけだが、皆かなりの実力者のようだ。大人数の盗賊達相手に一歩も引けを取っていない。

 鎧の男達が乗っていたであろう軽馬車には、盾の中に獅子と鷹が対峙する姿の描かれたレリーフが刻まれている。

 その馬車の後ろ、ドデカイ馬の引く黒塗りの高そうな箱馬車の中には、禿げ上がった頭をギトギトに脂ぎらせた恰幅の良い中年男性が座っている。

 盗賊に襲われているのに全く怯んだ様子もなく、むしろ楽しげな様子でワインらしきものを口へ運んでいる。

 

 街道のど真ん中なので邪魔な事この上無い。

 

 同志が俺を見る。

 俺に任せるという事だろう。


 うーむ、どうしたものか。


 あの馬車に刻まれたレリーフは忘れもしない冒険者ギルドの紋章だ。

 紋章入りの馬車に乗っているくらいだから、間違い無くギルド関係の人間だろう。

 馬車の立派さから見て、あの太っちょのオッサンは序列的に上位の人物なのかもしれない。

 そんな奴ら、助けてやる気はサラサラ無い。

 最も、助けなくても余裕で勝てそうだがな。

 かといって、流石に盗賊に肩入れするつもりもない。

 放置するのが一番である。

 遠回りになるが、見つからないよう迂回しよう。


 だが、それも無理だった。

 こちらから見えるという事は、向こうからも見えるという事。

 バッチリ見つかってしまった。

 

「これ以上のトラブルは御免だな。退こう」


 同志へ声を掛ける。


「いやいや、やっちまおうぜ」


 同志が悪い顔でニンマリと笑う。


「両方から話を聞きたい」



 同志がそう言うならと、集団に向かって『気絶雷撃(スタンボルト)』を放つ。

 馬も含めて全員が地面へぶっ倒れた。


「終わったぞ」


 振り返ると、ウルカが驚愕に目を見開いていた。

 そういや、戦闘を見るのは初めてか。

 これを戦闘と言って良いものかは分からないが。


「強過ぎですわ‥‥」

 

 まあ‥‥2秒だしね。


 倒れている連中へと近づき『人物鑑定』でレベルが高そうな奴を探す。

 盗賊達は、ほとんどが一桁台である。

 一番高い男でもレベルが11しかない。

 他方でギルドの連中は全員が20以上ある、といっても、一番強い髭面の男でも27だ。

 そんなに大した事は無い。

 箱馬車の中にいるオッサンは、レベル1だった。

 強ければ偉いってもんでもないんだな、当たり前か。


 


 ギルド側からは偉そうなオジ様を。

 盗賊側からは、レベルの一番高い男を選んで馬車の前へ引き摺ってくる。

 街道の脇にある草むらへと寝かせると、思いっきり平手打ちをかます。

 同志がやりたいと言い出したが、同志の筋力でやると殺しかねない。

 ウルカもそういうのは嫌そうだったので、俺がレベルを落としてから行った。

 残念な事に、二人共最初の一撃で目を開いてしまった。

 もっとレベルを落としとくんだった。


 二人は草むらの上に座っている。

 俺の指示通りに正座して、両手を膝を上に乗せて大人しくしていた。

 目覚めた時はギャイギャイと騒いでいたのだが、同志が後ろから右手で盗賊の頭を、左手でオッサンの頭を鷲掴みにして締め上げたら素直になってくれた。

 ちなみに、盗賊の男は『トルイ』、オッサンの名前は『ホーキンス』である。

 トルイは正真正銘の盗賊だ、『人物鑑定』で確認した。

 ホーキンスは『冒険者ギルド役員』となっていた。何の役職かまでは知らない。

 

 同志が縮こまる二人の前に仁王立ちになる。

 その影が二人の上に落ちると、さらに二人は身を震わせた。


「俺はドウシだ!」


 そう言い放つ。

 

「‥‥‥」


「‥‥‥」


 二人は何と答えていいのか分からず、不安げにお互いに目を交わしている。

 俺も意味が分からない。

 ウルカも首を捻っている。

 理解しているのは、同志本人だけだろう。

 ただ、沈黙の時だけが流れていく。


 同志は満足気な表情を浮かべて俺の方を向いた。



「これでいいか、デフォルト」





 もうアカン‥‥。






 俺達の名前を聞いた二人は、見ているこっちが気の毒になりそうなほどに震え上がっていた。

 トルイもそうだが、ホーキンスは凄まじい顔芸をしながら頭を地面に擦り付けんばかりの勢いで下げ、両手を頭上で擦り合わせて命乞いを始めた。

 こうなったら、脅すのは返って逆効果になりそうだ。

 俺は優しげなイケメンスマイルを浮かべながら、二人の肩にそっと手を乗せる。

 瞬間、痙攣でも起こしたのかというくらいに跳ね上がった二人だったが、根気強く敵意が無い事を伝え、ようやくまともな会話ができる状況になった。

 悪いが同志はウルカと一緒に離れた場所で待ってもらっている。

 説教をしたので不貞腐れていたが、一応は文句も言わずに草むらの上で寝転がっている。ウルカも傍に座ってこっちの様子を眺めている。


「とりあえず、お前から聞こうか」


 トルイへ話しかける。

 ビクついてはいるが、隣のオッサンよりはマシだ。

 ホーキンスが怯えすぎなだけだが、俺達が賞金首になった経緯を知っているのだとしたら、その反応も理解できる。

 まあ、対応は後で考えよう。


「お前ら何? 盗賊?」


 トルイはコクコクと頷く。

 正直でよろしい。

 

「こいつらを襲ったの? 逆に狩られてんの?」


 親指で隣のオッサンをぐいっと指す。

 盗賊達がホーキンス達を襲ったのか、ホーキンス達が盗賊の討伐へ来たのか、その辺の確認を取る。

 トルイは気まずそうな顔をした。


「数も少なかったし、冒険者ギルドの馬車を襲えば箔が付くと思って‥‥」

 

「そしたら、予想外に強くて負けそうだったと?」


「ああ‥‥、いえ、はいっ!」


 見たまんまだったな。

 もっと何か陰謀みたいなのがあるかと思ったが、何もなかった。

 そりゃそうか。


「次はお前だ」


 ホーキンスの方を向く。

 

「お前の名前と役職を言え」


 オッサンは視線を逸らしながらボソボソと話しだす。


「私はマークと申します。商業ギルドに所属しており、今回は冒険者達に護衛を――ひぅ!?」


 落ちていた剣を拾い、ホーキンスの眼前へ突き立てる。

 ホーキンスが小さな悲鳴を上げて飛び上がった。


「もう一度聞く、名前と役職は?」


 俺は背負っていた弓を構え、魔力の矢をホーキンスへ向ける。

 いつでも放てるように。


「で‥‥ですから、私はマークと――」


「俺を舐めるな、ホーキンス」


 矢を放つ。

 青白く光る魔力の矢はホーキンスの頬をかすめ、すぐ後ろにあった大木に突き刺さる。

 真っ青の顔をしたホーキンスは、歯をガチガチと鳴らして小刻みに震えている。

 

「俺に嘘は通用しない、三度目は殺す」


 再び、魔力の矢を構える。

 さっきよりも、太く巨大な矢を。

 それをピタリとホーキンスの喉元へ突きつける。


「ホ‥‥ホーキンスらりゅれす! 冒険者ギルドの経理部長だす、です!」


 やっと答えたか。

 しかし、経理部長とは。

 何とも分かり辛いポジションだな。

 まあいい。


「どの街のギルドに所属してる?」


「デイビスの街です!」


 デイビスっつったら、俺達が目指していた街じゃないか。

 ほぉ~、へぇ~。

 

「俺達の身分証を作れるか?」


「いや‥‥私の権限では‥‥」


「ちっ!」


 元より期待していないし。

 出来たら儲けものだと思っただけだし。

 別に悔しくなんかないし。


「俺達と出会った事は誰にも言うな」


「はい‥‥! はい!」


「もし誰かに話したら‥‥分かっているな?」


「‥‥ひっ!」


 俺は右手を頭上に掲げ、その掌に極大の火炎球(ファイアボール)を作り出す。

 その大きさは軽く家一件分くらいはある。

 それを天空へ打ち上げる。


「逃げられると思うな、ホーキンス」


 俺の脅しに奴は顔を涙でぐしゃぐしゃにしながら、何度も頷く。

 この手の男には、脅しが一番有効だな。

 さて、トルイの方だが。

 この先の話は、ホーキンスに聞かれたくない。

 ホーキンスを馬車の中へ追いやる。

 それを確認してから、トルイへと向かい合った。


「冒険者ギルドと対立している組織はあるか?」

 

 トルイは少しだけ逡巡し、意を決したように答えた。


「オルトロスの連中なら‥‥」


 オルトロス?

 確か双頭の魔獣だったか。


「魔獣じゃなく、犯罪組織だな‥‥です。俺達に武器や情報を流してくれる奴らです。詳しくは知らないが違法品の密売や人攫いなんかをやってるらしいぜ‥‥です」


「人攫いだぁ?」


 クソったれな連中だな。

 人攫いまでやってるとは完全なクズだ。

 手を組みたくも無い。

 だが‥‥。

 だが、ここは感情を殺すべきなのか?

 少なくとも利用価値はある。


 今回ばかりは俺だけの判断では動けない。

 同志とウルカにも意見を聞くべきである。

 

 トルイが俺の脇へと視線をやる。

 振り返ると同志が後ろに立っていた。

 待ってろっつったのに。

 だが丁度良い。

 事情を話し、同志の意見を聞いてみることにした。


 俺が話し終えると、同志は即答した。




「乗っ取れよ」






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