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ウルカ

 同志の失言の所為で俺達の正体がバレてしまった。

 何のために装備を変えて、偽名まで考えたというのか。

 こいつのうっかり病も考慮に入れておくべきだったと後悔する。

 バレてしまった以上は、いまさら嘆いても仕方が無い。

 開き直って堂々としていよう。


「さっきの爆発は何だ?」


 高圧的な態度でボリスに話しかける。

 こういう時は強気に出た方がいい。


「いや‥‥俺は何も‥‥」


 青ざめた表情のボリスは目を合わそうともしない。

 俯き加減でボソボソと聞き取り辛い声を絞り出している。


「‥‥正直に話せよ、別に取って喰ったりはしないから」


 誰がどう見たって隠し事をしているのは明らかだ。

 滑稽なくらいに挙動不審である。

 滝のような汗をかきながら、忙しなく視線を泳がせている。

 俺らが怖いのか、それとも何か後ろ暗いところでもあるのか。

 どちらにせよ、こんなところでつまらない問答をする気は無い。

 さっさと聞き出そうと、ボリスの肩に手を置き、ちょっと力を込めてやる。

 俺達は爺さんの安否を確かめに来たのだ。

 こうしている間にも爺さんが襲われているかもしれない。


「ま‥‥魔物と戦っていたんだ。俺は冒険者なんだよ」


 肉と骨が軋む音が響く頃には、ようやく彼も素直になってくれた。

 手を離すと、ボリスは痛そうに肩をさする。


 この男が冒険者だという事は知っている

 すでに『人物鑑定』で名前と職業は把握済みだ。

 だが魔物と戦っていたという話が気になった。

 村長の言っていた人喰いの魔物の事かもしれない。


「魔物退治か?」


「そうだ。マンティコアの討伐だ」


「マン‥‥なんて?」


「マンティコア。人喰いの怪物だよ」


 ああ、やっぱりそうか。

 マンティコアというのが、人喰いの魔物の名前らしい。

 冒険者であるボリスが来たという事は、冒険者ギルドにも討伐依頼が出されていたのだろう。

 

「それで、ちゃんと倒せたのか?」


「なんとか‥‥」


「確認させてもらうぞ」


 俺達がここに来たのは爺さんが人喰いに襲われないか心配だったからだ。

 その魔物が倒されたのであれば、爺さんに危険が降りかかる事もない。

 俺らがここにいる理由も無くなるわけだ。

 だが、それを確認するまでは安心はできない。





 戦闘のあったという場所までボリスに案内して貰う。

 見覚えのある枝葉のドームまで来ると、爆発があったと思われる場所にクレーターが出来ており、その中央部に動物の死骸らしきものが横たわっている。


「これがマンティコアか‥‥」


 胴体以外は損傷が激しくて、見ただけでは本当に魔物なのか判らない。

 大型の動物が死んでいるだけにも見える。

 確認はしておいた方がいいだろうと、死体に『人物鑑定』を掛ける。

 間違いなくマンティコアだった。

 倒したというのは本当らしい。

 これで、人喰いがいなくなったという事実が確定した。

 俺も同志も安堵の溜息を吐く。


 もう一度マンティコアの能力を見る。

 ボリスに比べると随分とLvが高い。

 よく勝てたものだ。


「どうやって倒したんだ?」


 感心した声で問うと、ボリスは得意げに話し始めた。


「罠を仕掛けたのさ」


「罠?」


「こいつだよ」


 ボリスが名刺のような物を取り出した。

 良く見ると、紙ではなく金属でできている。


「何だ、それ?」


「知らないのか、マジックプレートだ」


 聞けば、魔法が込められたアイテムらしい。

 さっきの爆発も、この道具で起こしたとの事だ。

 随分と便利なアイテムがあるんだな。


「こいつをエサに仕込んで、奴が近づいたところでドカンってわけよ」


 揚々とボリスが話す。

 さっきまで怯えていたのに、今は自らの武勇伝に酔っているようだ。

 かなりのレベル差があったから、それも無理も無い。

 しかし、人喰い魔物のエサって何だ?

 まさか本当に人間をエサにしたわけじゃあるまいな。


「エサって人を攫ってきたのか?」


「流石に街中から人は攫わねー。城外の貧民だよ」


「へぇー」


 俺はボリスから離れる。

 

「その人はどうなった?」


「爆発でミンチになったんじゃ――ぶべっ!」


 言い終わる前に同志の拳がボイスを捉える。

 さらに倒れるボリスの髪を掴んで持ち上げ、もう一撃食らわす。

 鈍い打撃音と短い悲鳴が何度も繰り返される。


「殺すなよ」


 それだけを伝えてクレーターへ近づく。

 爆発で飛び散ったと思われる肉片の中から人間のものらしき手首を見つける。

 魔物のものでない事を確認してから、蘇生魔法を掛けた。

 





 若い女の子だった。

 年齢は十五歳くらいか。

 ガリガリにやせ細った小柄な娘だ。

 長い栗色の髪は手入れされていない為か、所々外側に跳ねている。

 蘇生魔法でも栄養状態までは回復しないらしい。

 餓死した場合は復活できないのかもしれないな。

 衣類を身にまとっていなかったので、アイテムボックスからマントを取り出し被せる。


「おーい、朝だぞー」


 顔をぺちぺち叩いてみる。

 少女は眉間に皺を寄せてマントに潜り込む。

 寝起きの悪い子供かよ。

 ちょっと強めに叩いてみる。

 それでも目を覚まさないので鼻と口を塞いで呼吸ができないようにしてみた。

 さて、どう出る?

 しばらくは動きの見せなかった少女であったが、一分近く経つと、突然目を開け、両手で俺の手を振り払って起き上がった。


「なな‥‥何するんですの!」









「私はウルカ。ウルカ・グリズリーと申します」


 少女がペコリとお辞儀する。

 あの後、軽く恐慌に陥った少女に対して、一通りの状況を説明しておいた。

 素直なのか馬鹿なのか、俺の話を簡単に信用してくれたみたいだ。


「ウルカ・グリズリーと申します!」


 俺が返事をしなかったので、彼女はもう一度繰り返した。

 言い方にちょっと険がある。

 悪かったよ‥‥。


 物乞いだと聞いていたが、随分と気位の高い女性のようだ。

 没落貴族か何かだろうか。

 

「何? 偉い人なの?」


「落ちぶれても由緒正しきグリズリー家の令嬢ですわ」


 自分で令嬢とか言うな。

 あと落ちぶれ過ぎだ。


「貴族か?」


「商人ですわ」


 平民じゃねーか。


「なんで物乞いなんかに?」


「‥‥父が商売に失敗しましたの」


 普通だ。

 普通過ぎて泣けてくる。

 豪商だったのかもしれんが、金が無い商人はただの人だ。


「どのような商売を?」


「人を幸せにする白い粉を販売してましたのよ」


「‥‥‥‥」


「官憲に目をつけられて、今ではこの様ですわ」


 ウルカが歯軋りする。

 ギシギシという音がこちらにまで聞こえてくる。

 さっすが令嬢、上品である。

 自業自得にしか思えないが、白い粉がアレと決まったわけじゃないし、憶測で物を考えるのは宜しくないだろう。


「身内は今どこに?」


「断頭台の露と消えましたわ‥‥」


 消えちゃったのかよ。

 やっぱ危険な代物を売ってたんじゃないのか。

 助けちまったけど、この女も悪党っぽいぞ。

 どうする?


「あんたも、商売に関わったりしてたのか?」


「いえ‥‥父は私に商売の手伝いをさせてはくれませんでしたの」


「そうか」


 少なくとも、この娘は悪事に手を染めていない。

 もしかしたら、親が売っていたのが本当に幸せになる薬だと信じているのかもしれない。

 ホっとした。


「戻ったぜ」


 丁度その時、同志が帰って来た。

 ちなみに同志はボリスを捨てに行っていた。

 殺してはいない。

 全裸にした上で簀巻きにし、街道へ捨てただけである。

 運が良ければ通行人に発見してもらえるだろう。

 

「お前の取り分だ」


 同志は小さな布袋をウルカへと放る。

 ウルカが受け取った袋には銀貨が詰まっていた。

 おそらくボリスのものだろう。

 今回の魔物退治はウルカの犠牲の上に成り立っていた。

 正当な報酬とも言える。

 ウルカは銀貨の枚数に仰天している。

 

「か‥‥金‥‥お金ぇ!!」


 そう叫んで銀貨を顔に擦り付けている。

 さっすが令嬢。品が良い。

 

「同志、これからどうする?」


「とりあえず、嬢ちゃんに服を着せろ」




 ああ、忘れてたわ。









 ウルカとか言う自称令嬢は煩い。

 白い服を着せようとすると「汚れが目立つ」

 黒い服を着せようとすると「陰気臭い」

 とまあ、ワガママを言い出す。

 最後は同志の拳骨を喰らって涙目になりながら青いワンピースを着用した。


「仕方ありませんわね。これで我慢致しますわ」


 ウルカは同志の顔色を窺いながらも減らず口を叩く。

 ちなみに、それはアダマンタイトを繊維化して作られたという最強クラスの防具です。

 俺が持っている装備の中でも最高峰の防御力と魔法耐性を誇る防具です。

 

「んじゃ、この娘を送ってくか」


 同志へ声を掛けて歩き出す。

 

「ちょっと待ちなさいよ」


 だが、すぐにウルカに止められた。

 俺も同志も怪訝な顔でウルカを見る。


「貴方達‥‥誰?」



 今頃!?



 


「俺はレイン。こいつがデフォルトだ」


 同志は偽名を使うというルールをすっかりと忘れているらしい。

 一瞬の躊躇もなく駄目な方の名前を口にした。

 俺が頭を抱えたのは言うまでもない。

 幸いにして、ウルカは俺達が指名手配されている事は知らないらしい。

 街外にいたらしいので、情報が入ってきていないのだろうか。

 どちらにせよ、知られていないのならば問題はない。


「今は指名手配されている」


 と、思ってたら言いやがった。


 同志へ抗議の視線を向けるが、奴は良く分かっていないようだ。

 こいつに理知的な応対を求めるのは無理だな。

 ウルカは同志の言葉を聞いて首を傾げている。


「何をやったんですの?」


「冒険者ギルドとモメただけださ」


 同志が何か答えようとしていたが、何を言い出すか分からないので遮る。

 ウルカは「ああ、なるほどね」と呟いただけで納得してしまった。

 良くある事なのだろうか。


「そういうわけで、あまり俺達と一緒にいるところを見られない方がいい。迷惑ならここで別れるが、どうする?」


「安心なさい。迷惑だなんて思ってないわ」


 何故、上から目線なのか。

 ウルカは「ふふん」と不敵な笑みを浮かべると、俺達を手招いた。


「匿ってあげるわ、付いてらっしゃい」











「匿ってくれるんじゃなかったのか?」


 ウルカ嬢に連れられて、早三日。

 未だに目的地には辿り着かない。


「仕方ないでしょう。あんな場所にいたんですのよ」


 あんな場所とは林の事か。

 確かに周囲に何もないところだったけどな。

 しかし、目的地であるラストリアの街までは、歩いて三日という話だった。


「街道を通らないとなれば時間が掛かるのは当然ですわ」


 街道を通れば人目に付く。

 俺達だけなら構わないが、ウルカにまで疑いの目がかかるのは避けたい。

 変装はしているが、同志が何をしでかすか分からない。

 ウルカの言う通り、日数が掛かるのも仕方ないのかもしれない。


 結果として、俺達は山や森の中を歩いている。

 やせ細ったウルカは体力が無い。

 すぐに疲れて歩けなくなる。

 その度に同志がおんぶしてやっている。

 俺もしてやろうとしたら変態扱いされた。

 命の恩人に何て態度だ。



 それからさらに三日が過ぎた頃。

 ようやくウルカの口から期待していた言葉が出た。



「迷ったわ」


 

 







 山中である。

 木々が生い茂り、周囲は薄暗い。

 鳥か獣か良く分からない生き物の鳴き声が聞こえる。

 足元に積もった枯葉は湿気ており、座ると服が濡れそうだ。

 

「で、どうする?」


 同志に尋ねる。

 しかし、同志は特に気にした様子がない。

 俺の質問の意図が読み取れていないようだ。


「何か問題あんのか?」


 あるよ。

 むしろ、問題しかないよ。


「疲れましたわ」


 ウルカがボヤくと同志が身を屈める。

 慣れた動作でその背中へ登るウルカ。

 同志、甘やかすな。


「ちょっと無理してでも山を抜けた方がいいかな?」


「いっそ、ここを根城にしちまうってのはどうだ?」


 山賊かよ。


「食料とかどうする気だ。農業の知識も狩猟の知識も何も無いんだぞ」


 同志がガックシと肩を落とす。

 ついでにウルカも落とす。

 足元で何やら悲鳴が聞こえたが無視だ。


「一度山頂まで登るか、そうすりゃ周囲の地形も見渡せるだろ」


 同志も納得したのか、俺の意見に従うようだ。

 ウルカを背負って山を登り始める。

 山道でもあれば楽なのだが、生憎そういったものは見当たらない。

 急勾配の地形をゴリ押しで進んでいく。

 川があれば飛び越え、崖があれば這い登る。

 その為、わずか一時間足らずで山頂へ辿り着いた。


「おい、着いたぞ」


 同志がウルカを背中から降ろす。

 ウルカは顔を真っ青にして震えていた。


「し‥‥死ぬかと思いましたわ」


 命綱無しのロッククライミングは好きじゃないようだ。

 次は是非、紐無しバンジーを試してあげたい。


 座り込むウルカを置いたまま、俺と同志は眼下に広がる風景を眺める。


「なあ、同志」


「なんだ?」


「あれ、ジ‥‥なんとかの街じゃね?」




 戻っとるがな。















まーた、更新遅くなっちまったよ。

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