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マンティコア

 ジオーラの街から馬車で五日程の距離にあるラストリアの街。

 各地の街と街と繋ぐ交通の要所として栄える街である。

 そのラストリアにある冒険者ギルドには、ジオーラ程ではないにしろ、多くの冒険者達が屯っていた。


「マンティコア?」


「ああ、街道沿いで何度か目撃情報があるってよ」


 ケディが壁に貼られた依頼書を指先で小突く。

 大きなクロスボウを背負ったキツネ目の男だ。

 古びた革鎧の上に鉄製の胸当てと肘当てを着けている。


「報酬は?」


 それに答えたのはボリスという男である。

 上半身だけを覆うハーフアーマーを身に着けた筋肉質な男で、置かれた椅子にどっかりと腰掛け、ケディの話を聞いていた。


 ケディもボリスもBランクの冒険者だ。普段はそれぞれソロで活動しているが、大物捕りの時は手を組む事が多い。今回もケディはボリスに協力を要請していたのだった。

 

「金貨10枚。悪くは無いぜ」


「ほお、気前良く出すじゃねぇか」


「言ったろ? 目撃されたのは街道沿いだ」


 ボリスが「なるほど」と納得したように頷く。

 マンティコアは人喰いの魔物だ。

 それもかなり凶悪な怪物である。

 ライオンの身体は強靭で、爪は鉄をも切り裂く鋭さを持つ。コウモリの翼で空を飛び、尻尾の棘には猛毒がある。

 頭は人間のそれで、口からは人語を発するという。

 食欲旺盛で人肉を好み、積極的に人を襲って喰らう。

 過去には一匹のマンティコアによって、七つの村が滅んだという話もある。

 そんな化け物が街道沿いに姿を見せたのだから、行商を生業とする者達の恐怖は計り知れない。

 高額で依頼が出されたのも理解できる話だ。

 

「こんな旨い話、放っておく手はないな」


 ボリスが壁に立て掛けられた長槍を手に取る。

 それを見てケディが満足そうに笑う。


「先を越される前にやっちまおうぜ」


「ああ、面子を集めておこう」


「いや、俺達だけでやる。分け前が減るのは嫌だろ?」


 ケディの言葉にボリスは顔を顰める。

 マンティコアは冒険者ギルドでも危険度の高いとされる魔物である。

 ボリスも普段はソロで活動しているので、他のBランク冒険者達よりは実力が高いという自負がある。

 ケディも同じだろう。

 それでも二人で倒せるかと聞かれれば答えはNOだ。

 ボリスの表情を見ていたケディがニヤニヤと笑いながらボリスに耳打ちをする。

 それまで渋い顔だったボリスだったが、ケディに何かを聞かされた途端、低い声で笑い出した。


「くっくっく。最悪だな、お前は」


「褒め言葉として受け取っとくよ」


 ボリスの顔に、もはや迷いは見られない。

 ケディが腰に吊るした袋から長方形の黒い金属板のような物を取り出す。

 マジックプレートと呼ばれる魔法の効果が込められたアイテムだ。

 白い小さな金属板がセットになっており、その金属板を手に合言葉を口にする事で発動する。

 使用できるのは一回のみの使い捨てではあるが、魔力の無い人間でも使えるので魔術師のいないパーティは重宝する。

 王宮が製法を独占しており、市場へは出回らない。

 その為に非常に貴重な物なのではあるが、冒険者ギルドへは何故か安値で引き渡される。

 冒険者ギルドは仕事以外には使わない事を誓わせた上で冒険者へ売りつける。勿論、かなりの高額で。

 ほとんどの場合、購入費の方が報酬より高くつくので高額の依頼でなければ使用する者はいないのが現状だ。


 ケディが取り出したのは、爆発系の魔法が込められたプレートである。

 威力は申し分ないが、広範囲に亘って強烈な爆風が吹き荒れるので仲間を巻き込む事が多く、あまり買い手が付かない。

 ケディはそこを上手く値引き交渉の材料とし、売れ残りを安くで手に入れたのだった。


「こいつを使えば、仕留めきれなくても、かなりダメージは与えられるだろうよ」


 プレートを手に持ち、ヒラヒラを振りながらボリスへ見せ付ける。

 

「後はエサを手に入れるだけさ」


「ああ、知り合いの奴隷商から安いのを見繕ってもらおう」


「いやいや」


 それをケディが笑って遮る。


「奴隷なんて買ったら、儲けが減るだろ?」


 ボリスがその意を汲む。


「お前は本当に悪だなぁ」














 街壁の外には、街中にさえ入れない貧しい者達が住むスラムがあった。

 粗末な家屋が並ぶ貧民街は、壁による保護を受けられない。

 常に魔物や野生生物に襲われる危険性が付きまとう。

 それでも街へ群がるのは、他の場所に比べると外敵に襲われる率が低いからだ。

 街の近くに危険な動物や魔物がいれば、冒険者により退治される。

 だから壁に寄り添っているだけで生存率がぐっと上がるのだ。

 しかし同時にそこは犯罪の温床ともなる。

 街を追われた犯罪者や食い詰めた乞食が集まり縄張り争いを始める。

 領主も街外の貧民がどうなろうと知った事ではないとばかりに手を出さない。

 そんな無法地帯であれば、死者が出るのも日常茶飯事だ。

 身分証すら無い彼等が一人消えたところで気にする者は誰もいない。

 人喰いのエサを探すにはもってこいの場所だと言える。

 ケディは麻布を被った物乞いに銅貨を1枚投げ渡す。

 物乞いが何度も頭を下げて感謝を伝える。

 ケディは仕事をやると言って連れ出し、街道までやってきた。

 人目が無い場所まで来ると、ボリスが物乞いを押さえ込む。

 そして、ケディが縄の付いた手枷を嵌めた。

 大声を出して暴れる物乞いに制裁を加えて黙らせると、背中を蹴飛ばし歩かせる。


「ケディ、目撃情報があったってのは、どの辺りだ?」


「もっとジオーラ寄りだな。こっからだと歩いて二日か三日くらいか」


 それを聞いてボリスが声をトーンを落とす。


「偽騎士と黒革が目撃されたのも、その辺りじゃなかったか?」


「‥‥ガセに決まってんだろ」


 偽騎士デフォルトと黒革のレイン。

 ジオーラの冒険者ギルドを襲撃して壊滅させた上、帝国でも屈指の実力者達と呼ばれた竜殺しパーティー『真紅の刃』まで撃退したという二人組みの悪魔。

 奴らが、ジオーラを出てラストリア方面へ向かっているらしいとの情報はケディも耳にしていた。

 だが、それをボリスへ伝えれば、ボリスはこの依頼を断るだろう。

 マンティコアを相手するのに、ケディ一人だけでは心もとない。

 ボリスの槍が必要だ。

 だからケディはあえて、この話を否定したのだ。

 ボリスも、それ以上は何も聞いてこなかった。





 広葉樹の林が一面を覆っている。

 昨日まで降り続いた雨も止み、今は濡れた大地がその跡を残すのみだ。

 ボリスが物乞いを引き連れて林の中へ入る。

 何度も制裁を受けた物乞いは反抗しなくなっていた。

 用心深く周囲を窺いながら、地形を確認する。

 ある程度奥へ進んだところで、枝がドーム状になっている開けた場所を見つけた。

 

「‥‥足跡が残っているな。同業者かもしれん」


 ケディが地面に顔を近づけ、状況を確認している。

 

「先を越されたか?」


「いや、喰われちまったんだろ」


 ケディ達は街道を通ってきた。

 彼には物乞いの姿を見られても言い逃れる自信があったからだ。

 にも関わらず、誰とも出会わなかった。

 冒険者がマンティコアを倒したのなら、報酬を貰うために冒険者ギルドへ向かう。

 ジオーラの冒険者ギルドはまだ機能していない。

 来るならラストリアの冒険者ギルドだ。

 なら、どこかですれ違うはずである。

 誰にも出会わなかったという事は、その目的が果たせなかったという事である。

 さらに言えば、この場所が当たりである可能性も高くなる。


「ある程度は傷を与えてくれてりゃ有難いがな」


 ボリスはそう言って、物乞いを近くの木に括り付ける。

 さらに足枷も嵌めて身動きが取れないようにした。

 物乞いは泣きながら許しを請うが、二人にそんな情なんて通用するわけがない。

 ケディは物乞いの胸元に爆発魔法の込められたマジックプレートを差し込む。


「安心しな。生きてりゃ報酬の三分の一をやるよ。」


 ケディが言うとボリスが腹を抱えて笑い転げる。

 泣き喚く物乞いにケディが続ける。


「いいか、魔物が出てきたら大声で叫べ。それがお前の助かる唯一の道だ」


 本当はその声を合図に爆発魔法を発動させるつもりだ。

 どちらにせよ物乞いは助からない。

 だが、そう言うと反抗して声を殺して喰われる道を選ぶかもしれない。

 助かるかもしれないという道を示してやった方が得策だろう。

 ケディはそう判断した。

 物乞いが死ぬ事に関しての罪悪感なんてものは二人には存在しなかった。





 マンティコアは、いつ現れるか分からない。

 ケディとボリスは罠から少し離れた場所に身を潜めている。

 物乞いより先に二人が襲われてしまっては元も子もない。

 正攻法では勝てないからこそ罠を張ったのだ。

 加工していない羊の皮で身体を覆う。

 臭気で思わず嘔吐きそうになったが、無理やり抑え込んだ。

 これも身を守る為の知恵だ。

 マンティコアは人間以外を食べようとしない。

 これは、過去にマンティコアの被害にあった村の話で、馬や羊には一切手を出した形跡がなかった事などから推測した。

 どこまで効果があるかは分からないが、少しでも可能性があるなら試してみるというのがケディの信条である。

 ボリスもケディのそういうところは評価している。

 性格にこそ難があるが、二人共優秀な冒険者である事には違いない。

 



「長丁場になるな、ケディ、夜になったら交代で仮眠を取ろう」


「ああ、わか――」


 ケディの言葉は途中で打ち切られた。

 何故なら、首から上が無い。

 代わりに老人の顔があった。


「っそぉ!!」


 即座にボリスが行動を起こす。

 ケディが襲われて死亡した事実を瞬時に受け入れ、長槍を手に距離を取る。

 だが、人喰いはボリスには目もくれない。目の前の死体を貪ることを優先したようだ。

 ボリスはそこに僅かな勝機を見出す。

 

「悪ぃなケディ、報酬は独り占めだ!」






 マンティコアは信じられない速さでケディを骨ごと喰い尽くすと、獲物の匂いを追って林の中を移動する。

 ボリスは罠の仕掛けてある場所まで走ってくると、しばらく留まり、少し離れた位置に身を置く。

 マンティコアはどちらを狙うか考えていた。

 動かない獲物と逃げる獲物。本来なら逃げる獲物を優先して襲うべきなのだが、その逃げ足は非常に遅い。すでに息が上がったのか動こうともしない。

 それも動かない獲物から、そう離れていない場所でだ。

 あれならば、すぐに追いつけると判断し、まずは動かない獲物を襲う事にした。


 ドームのように枝が頭上を覆う場所に獲物が木を背に立っている。

 何か大声で叫んでいるが、泣き声の為に何を言っているのか分からない。

 獲物が泣き喚くのはいつもの事で珍しくも無い。

 ゆっくりと近づくマンティコアであったが、その手足に嵌められた枷が目に入ると、ようやく自分の身に危険が迫っている事を悟った。

 だがもう遅い。

 ボリスが白い金属板を手に発動の言葉を口にする。

 瞬間、激しい閃光と轟音が鳴り響いた。









「いってぇ‥‥」


 ボリスが薙ぎ倒された木々の下から起き上がる。

 爆発があった中心部付近はクレーターになっており、周囲に砂埃が舞っている。

 魔法を発動させるには、マジックプレートの有効距離まで近づかないといけない為、どうしても多少のダメージは覚悟する必要があったのだ。

 ボリスにとっては、まさに賭けだった。

 マンティコアが物乞いではなく、ボリスを狙って来ていれば、彼は生きてはいなかっただろう。

 その賭けに勝利し、マンティコアの至近距離で魔法を発動させる事ができた。

 槍を手にクレーターに近づく。

 相手はマンティコアだ。ボリスも、この程度で倒せるとは思っていない。

 ケディが立てた作戦でも、弱ったマンティコアを仕留めるのがボリスの役割だった。

 その予想通り、マンティコアは生きていた。

 しかしその全身は黒焦げで、コウモリの翼は失われ、尻尾も先が無くなっている。

 立ち上がろうと四肢を動かしては、地面へ倒れこんでいた。

 もはや、先ほどまでの脅威は感じられない。

 ボリスは長槍を構えると、その頭部へと突き刺した。

 マンティコアは断末魔を上げて崩れ落ちる。

 ボリスは油断せずに、倒れた魔物に何度も槍を打ち込む。

 充分に時間が経ってから、身体を触り、絶命を確認した。


「くっくっく。これで金貨10枚いただきだぜ」


 腰に提げた短刀で、マンティコアの頭部の一部を切り取る。

 討伐依頼の証明は、死体の一部を持ち帰り冒険者ギルドが鑑定する事によって成立する。

 相方が死んだお陰で、手に入る額が倍になった。

 使用したマジックプレートも後でケディが半額を請求してくるはずだったが、それも無くなった。

 物乞いをオトリに使った事を知る者もいない。

 ボリスにとっては良いこと尽くめであった。



 意気揚々と引き上げようとしたボリスであったが、突然、ピタリと足を止める。

 周囲の木々がざわめくのを感じる。

 得体の知れない何かが近づいてくる。

 冒険者としての勘がそう告げていた。

 マンティコアを倒した以上、こんな場所に用は無い。

 ボリスは急いで林を抜けようと駆け出し、そいつらと出会ってしまった。


 そいつは革の鎧を着た狩人らしき金髪の男だった。

 見た目はボリスよりもずっと若い。弓を背負っているが矢を持っているようには見えない。

 狩人の格好をしているが、全く狩人という感じがしない奇妙な男だった。

 その横には黒いローヴを纏った背の高い女が立っている。

 なかなかの美人だが、全く食指が動かないのは、その異様な風体の所為だ。

 着ている真っ黒のローヴには赤い染料で歪な模様が描かれていた。

 どう見ても真っ当な人間ではない。


 爆発のあった地点を目指して走って来たのだろうか。

 あれだけの爆発だったのだから、遠方からでも確認できたに違いない。

 それにしても駆けつけるのが速過ぎる。

 初めから、この林にいたかのようだ。

 ケディが足跡を発見していた事を思い出す。

 

(同じ依頼を受けた冒険者か)


 ボリスはそう判断した。

 お互い、無言で値踏みし合う。

 冒険者にも色んな奴がいる。

 ケディやボリスのように手段を選ばない者もいれば、他人の手柄を横取りしようって輩もいる。

 目の前の二人がそうでない確証はない。


「よう、こんなところで何してんだ?」


 ボリスは軽い口調で話しかけながら、いつでも槍が使えるよう持ち直す。

 狩人の男が少し眉を潜めた。


(気付かれたか?)


 ボリスにしてみれば、さり気無い動作でカモフラージュしたつもりだったのだが、この男は予想外に鋭く、こちらの意図を見破られたようだ。


「やめておいた方がいいよ、ボリスさん」


 狩人の男がそう言って笑いかける。

 ボリスの背筋に冷たいものが走った。

 何故か名前を知られている。

 向こうはこちらを知っているのに、こちらは向こうの事を全く知らない。

 一方的に情報を握られているという恐怖がボリスを蝕む。

 荒くなる息を隠しながら声を絞り出す。

 

「誰だ、お前ら‥‥!?」


 ボリスの頭の中では警鐘がガンガンと鳴っている。

 何か大事な事を忘れている気がする。

 ラストリアの街を出る際に危惧していた事項があったはずだ。

 それが何であったかを思い出す。

 マンティコアなんかよりも、ずっと危険で恐ろしい何かを。


「デフォルトとレイン‥‥」


 ボリスの呟きにローヴの女が反応した。


「げ、バレたぞ。デフォルト」


 男は無言で女の頭を叩く。

 だが、その目はボリスを捉えて離さない。




 今度はボリスが泣き喚く番である。












【名前】ケディ

【Lv】35


【名前】ボリス

【Lv】37


【名前】マンティコア(固体名なし)

【Lv】65

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