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雨の日の出来事

 街を出てから二日目の昼下がり。

 俺達は林の中にいた。


「結構、強く降ってるな」


「もう無理じゃね? これ止まねーだろ」


「うへぇ‥‥」


 午前中はいつも通り街道を歩いていた。

 だが少しずつ雲行きが怪しくなっていき、昼前には雨が降り始めたのだ。

 旅立つ前に街で買った外套を羽織っているが、レインコートのような防水性は望むべくもない。

 本降りになる前に雨宿りがしたいと考え、街道の右手側に広がる広葉樹の林へと駆けて来た。

 街道からは離れるが、ずぶ濡れになるよりはマシだと判断したのだ。

 林の中へ逃げ込んだ後、すぐに大雨となり、この場で足止めされる形となった。

 木々の生えている間隔が広いので、場所によっては雨粒が入ってくる。

 なるべく木が密集している所を探し、結構奥の方まで来てしまった。

 頭上の枝達がドームのように空を覆っている場所を見つけ、腰を降ろして一息ついたところで今に至る。


「急ぐ旅でもなし、のんびり止むのを待ちますか」


 今日中に止まなかったら、ここで野営すればいいだけの話だ。

 緑に囲まれた中で雨音を聞くのも一興。

 そう考えれば、この状況も悪く無い。

 俺は地面に直接寝転がる。

 この辺りには雨が吹き込まないので、地面に落ちている枯葉も濡れていない。

 いや、ちょっと湿気てるけどね。


 雨粒が葉にぶつかる音を聞きながら、俺は頭の中を整理してみる。

 考え事をするくらいしか、やる事がないからな。


 俺達の目的は元の世界へ戻る事である。

 冒険者となり各地を回って情報を仕入れるというのが、以前考えていた内容であったのだが、最悪の形で方針の変更を求められる事となってしまった。

 悲しいやら、腹立たしいやら。

 しかし過ぎた事を悔やんでも仕方が無い。

 今は、これからどうすべきかを考えるべきであろう。


 最初に考えたのは、俺達のように異なる世界から迷い込んで来た者がいるかどうかだ。

 過去に同じような例があるのならば、是非ともその顛末を知りたい。

 俺達のように変な力を持っていたのなら、何か逸話が残っている可能性がある。

 この世界に図書館みたいなものが存在するかは知らないが、もしあるのならば、そういった事例が無いか調べてみたいものだ。

 尤も、仮に存在したとして、俺達のようなお尋ね者が施設に入れるとは思えない。

 その場合は色々と画策しなきゃいけないだろう。

 口伝で残っているのが望ましいな。

 俺達以外に異邦人がいないのならば、意味の無い話ではあるが。


 情報収集といっても、身分証の無い俺達は正規のルートでは街中へ入れない。

 賞金首という立場上、あまり目立つ行為も避けたいところだ。

 となれば、世間の裏側に通じる連中と組むべきだろうか?

 そういった奴らは信用するに値しないが、ツテがあると何かと便利かもしれない。

 手に入る情報を増やしたいのならば、貴族ら身分の高い者の協力があると心強いな。

 貴族といったってピンキリだろう。交渉次第では俺達と手を組む奴らが出てくるかもしれない。

 利用できるものは利用した方がいい。


 幸いにして、この世界における俺達の戦闘力は規格外のものだ。

 街の一つや二つは壊滅させることだって出来る。

 その気になれば国だって相手にしてやれる。それに冒険者ギルドはすでに敵に回っている。

 今更、怖いものなんて何も無いさ。


 よし決めた。

 まずは人脈を築こう。

 表だろうが裏だろうが構わない。手段だって選ばない。

 小さな組織なら力ずくで傘下に収めるのもいい。

 やれる事は何だってやってやる、どうせこの世界じゃ俺らは悪党だ。





 いや、まあ、あんまり悪い事はしないけどね。


 でも、なるべく機会を逃さないよう注意しよう。





「おい、あれ見てみろよ」


 同志の声に顔を上げる。

 何やら林の奥の方を指差している。

 木々の枝や葉が邪魔で良く見えないが、地面が盛り上がって小さな崖になっている。


「何かあんのか?」


「穴みたいなのが見えた」


「穴? 洞穴か何かか?」


 別に興味があったわけでも無いが、時間潰しにはなるかもしれない。

 同志と共に小さな崖の方へ向かう。

 近くまで来ると盛り上がった地面の側面に大人が二人並んでも余裕を持って入れるくらいの大きな空洞ができているのが確認できた。

 穴は斜め下へと伸びており、結構な深さがあるようだ。

 案の定、同志が「入ってみようぜ」とか言い出した。

 途中で崩れたりしないか不安ではあるが、同志は言い出したら聞かない性格だ。

 諦めて洞穴の中へと踏み込む。


 洞窟の中は、俺が想像していたよりもずっと広く、長かった。

 真っ暗だが暗視があるので問題はない。

 問題なのは、テンションの高い同志の言動である。

 ここを秘密基地にしようと言い出した時はどうしたものかと頭を悩ませた。

 なんせ同志は冗談ではなく、本気で言っているからだ。

 何が悲しくて、こんな湿気だらけの穴倉に基地なんぞ作らねばならんのだ。

 理由があるとしたら、冒険者達から身を隠すってことくらいか?

 あれ‥‥わりとアリなのかも?


 しかし残念な事に同志の夢が叶う事はなかった。

 先客がいたのだ。

 先客というか、住人というか。

 この穴の持ち主がいた。

 持ち主と出会ったのは、穴の一番奥の行き止まりで、ちょっと開けた広い空間だ。


 ヘンテコな格好をした爺さんだった。

 しわしわの顔にボサボサの髪、ライオンみたいな胴体とコウモリみたいな羽、尻尾らしきものには棘が付いている。

 二本の足で歩くことが出来ないのだろうか、地面に四つん這いになっていた。

 まだこの世界の仕組みは分からないが、老人福祉が発達していないのだろう。

 貧しい農村部なんかでは働けなくなった老人は、こうやって山や森に置き去りにされるのだろうか。

 それとも、普通とは違う見た目の所為で迫害を受けたのか。

 どちらにせよ、この老人に哀憫の念を抱かずにはいられない。


「人間から寄ってくるとは珍しい」


 ガラガラの声で老人が喋る。

 大きな口の中には無数の犬歯が並んでいる。虫歯とかは無さそうだ。

 どうやって手入れをしているんだろう?

 老人は身体を引きずって俺達の方へ向き直る。


「丁度、腹が減っていたところだ」


 どうやら空腹らしい。

 俺が目配せをすると、同志が干し肉を取り出す。


「こんなもんしか無ぇけど、食うかい?」


 言うと同時に老人が同志に飛び掛る。

 どんだけ腹が減っていたんだ?

 

「爺さん、俺じゃねぇよ。メシはこっちだっての」


 同志が老人を引き離し、干し肉を目の前へ突き出す。

 老人は目を怒らせて睨んでいる。

 そこで気付く。


「同志、手が無いから取れないんじゃないか?」


「あ‥‥スマン!」


 同志は慌てて小皿を地面に置き、その上へ肉を乗せた。

 悪気は無かったのだろうが、老人からすれば馬鹿にされたように感じただろう。

 気分が良いはずがない。

 同志が頭を下げて謝る。

 俺も同じように頭を下げる。


 老人は肉と同志の顔を見比べていた。

 良く分かってない様子だ。


「怒りは収まったかな?」


 小声で同志に聞いてみる。


「どうかな‥‥俺はこういう時の対応ってやつには詳しく無いんだ。どうすりゃいい?」


 そんな話をしている間にも、老人は俺達に噛み付いてくる。

 やはりまだ怒っているようだ。

 尻尾から棘みたいなのを飛ばしてきた。

 なんと猛毒が塗ってある。

 おそらく、今までこの針を使って狩りをしてきたのだろう。

 広い林の中、たった一人で‥‥。


「何者だ‥‥貴様ら‥‥!?」


 老人が呻くような声を洩らす。

 その言葉に衝撃を受ける。

 自分の迂闊さを呪わずにはいられない。

 

 なんてこった。


 俺達は勝手にこの人の住処へ入ってきておきながら、まだ名乗ってもいない。

 礼儀知らずにも程がある。

 俺が同じ事をされたら間違いなく怒る、怒り狂う。

 同志にその事を伝えると、奴も同じく顔を青くした。


「すみません、俺はデ‥‥じゃなく、フォルと言います。こいつは相棒のドウシです」


 地面に手をつき土下座の姿勢を取る。

 日本流の謝罪が通じるかは分からない。

 だが、俺達はこれしか謝意を示す方法を知らない。

 頭を下げたまま老人からの反応を待つ。


 しばらく待つが何も言われない。

 もう噛み付いたりもしてこない。

 恐る恐る顔を上げる。

 老人は頭を下げる前から全く動いていないようだ。

 ただ、じっと俺達を見据えている。


「‥‥訳が分からん」


 やはり通じていないようだ。

 これ以上は、この老人を困らせるだけだろう。

 同志に声を掛け、この場を去る事にした。


「御迷惑をおかけしました。いくらか食料を置いていくので良かったら召し上がってください」


「あ‥‥う‥‥んん?」


 首を捻る老人に、もう一度頭を下げてから来た道を戻る。

 来た時はあれだけ元気だった同志が一言も喋らない。

 俺も口を開く気にはなれず、二人とも無言で歩き続けた。


 あの人はこれからも、ここで一人で生きていくつもりなのだろうか。


 光が一切差し込まない洞窟の奥で。


 そんなの、間違っている。

 胸にずっとシコリのようなものが支えて離れない。

 俺も同志も、釈然としない気分のまま地上へと帰って来た。


「なあ、同志。もしあの場所にいたのがリーゼだったら、干し肉を渡していたか?」


「な‥‥なんだよ?」


「リーゼだったら、パンやチーズなんかを渡してたんじゃないのか?」


「‥‥‥」


「見下してたんだよ、俺達は」


「‥‥‥」


「追い返されて当然だ‥‥」


「俺は‥‥!」

 

 雨はまだ止んでいない。

 街道へ戻る事もできず、かといって野営する気にもなれなかった。

 ただ無性に腹が立っていた。

 だが何に対しての怒りなのかは自分でも良く分からない。

 それがさらに腹立たしさを増幅させていた。


 





 いつまで経っても雨が弱まる事はない。

 同じ場所で佇んでいると、鬱々とした気分がさらに重くなる。

 気分転換にと濡れるのを覚悟で動き回ってみることにした。

 広い林を適当に歩き、増水した川を飛び越え、ただ無心に歩を進める。

 そのお陰なのか、雨が止む頃には多少は気持ちも上向いてきたように思える。

 街道を大きく逸れ、自分達がどこにいるのかさえ分からないが、それもまた胸のも支えを忘れさせてくれるのに役立った。

 

 夜になったが、俺達は歩き続けた。

 あの老人の近くにいるのが怖かったのだ。

 いや、罪悪感から逃れたかったのかもしれない。

 そんな時だ。

 遠くに、うっすら明かりが灯っているのを見つけたのは。




 近づいてみると、村があった。

 山と山の間にひっそりと佇む小さな村だ。

 木造の家屋がいくつか散在しており、少し離れた場所に畑らしきものが見える。

 こんなところにも人は住んでるんだなぁと少し感心してしまう。


「折角だから寄っていくか」


 大きな街ならともかく、こんな村にまで俺達の事が知られているとは思えない。

 旅人として一晩の宿くらいは貸して貰えるかもしれない。

 だが、同志は何かを考えているようだ。


「あの爺さん。この村の奴らに追い出されたんじゃね?」


「!?」


 言われて気付く。

 あの老人のいた穴から一番近いのは、この村だ。

 なら、あの人はこの村の住人だった可能性が高い。


「いや、俺達が知らないだけで、他の場所にも村や集落があったかもしれないぜ」


 口に出してから自嘲的に笑う。

 本心ではそんな事は欠片も思っちゃいない。

 よくもまあ、こんな偽善的な言葉が出てくるものだ。

 しかし、証拠も無しに決め付けるのも良くない。

 それに、たとえそうだとしても、追い出した側にもそれなりの事情があるかもしれない。

 明日食べる物にすら事欠く有様だったとしたら、俺にそれを責める事ができるだろうか。

 あの老人も、誰かを責めるような言葉は何一つ吐かなかった。

 なら、俺達が口を出す問題ではない。

 


 村の入り口らしき場所に中年の男が二人、酒らしきものを飲んで談笑している。

 見張りか何かだろう。

 暗闇から、いきなり現れると驚かせてしまう。

 アイテムボックスからランタンを取り出し、明かりを点ける。

 明かりを見せ付けるように揺らしながら、見張りのいる入り口へと近づく。



 男達がこちらに気付いたようだ。

 立ち上がると、手製の槍みたいなものを持ち、強張った顔でこちらの様子を窺っている。

 その足はガクガクと震えていた。

 酔ってるのか? しっかりしろよ。

 

「だ‥‥誰だっ!!」


 見張りの男が裏返ったような悲鳴みたいな声を出す。

 ビビり過ぎだろ。


「旅の者です。雨に降られ精魂尽き果てた時、この村を見つけました。

 よろしければ一晩泊めて頂けませんか?」


 腰を低くし、疲れ切った表情を作る。

 見張りの男達は、それでようやく気を取り直したようだ。

 大きく息を吐き、全身の緊張を解く。


「ああ、ちょっと待っていてくれ。長に聞いてくる」


 そう言って、村の中へ走っていく。

 戻って来るまでの間、残った一人が俺達に酒を振舞ってくれた。

 なんだよ、いい奴らじゃん。


 しばらくして、走っていった男が村長を連れて戻ってきた。

 村長はなんと女性だった。

 といっても、老婆なのだが。

 俺達の話を聞いて、快く宿泊の許可を出してくれた。

 村の中に宿は無いので、村長の家に泊まる事となる。

 一番大きな平屋の木造家屋が村長の家である。

 大きいといっても、村の中ではという意味で、前の街にあった住宅に比べると粗末なものだ。

 老婆に促されて部屋の中へ入る。

 板張りの床は随分と古く、歩くたびに壊れそうな軋みを立てる。

 大丈夫かコレ?


 出された山菜の汁物と濁り酒を有難く頂く。

 が、不味い。

 村長は「遠慮せんと食いなせ」とか言ってくるので余計に辛い。

 濁り酒だけは美味かった。

 同志も珍しそうに、何度もお碗を口へと運んでいる。

 それを微笑ましそうに見ながら老婆が口を開く。


「あんたら、無事で良かったのぉ。最近になって、魔物を見たっちゅー話を良く耳にするでな」


 へぇー。

 魔物が出るのか。


「どうりで見張りの奴らがビビってたわけだ」


 同志も納得したようだ。


「恐ろしい人喰いの化け物でな、この先にある林の近くに住んどるんじゃねぇかって云われとる」


 その言葉に俺は反射的に立ち上がった。

 同志も驚愕している。

 

「林って‥‥この先にある川を越えたところにある林の事ですか!?」


「そ‥‥そうじゃが?」


 血の気が失せる。

 全身にびっしょりと汗をかいていた。



「爺さんが危ないっ!!」

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