旅立ち
魔導師の名前はフレアと言ったか。
倒された仲間をチラチラ見ながら、怯えた小動物のような表情で俺の言葉を待っている。
トレードマークである赤いローヴの下には子猫の刺繍がされたパジャマを着ていた。
可愛いじゃねぇか、この野郎。
命懸けの戦いへパジャマで出向いてくるとは恐れ入る。
うっかり屋さんなのか、普段から着ているものなのか判別は付かない。
どちらにせよ、ちょっと変わった女である事に違いは無い。
戦闘中なら弾みで殺してしまう事もあっただろうが、戦意を失った相手を害する程の残酷さは持ち合わせていない。
だからといって、二度も命を狙ってきた連中を無条件で助けてやる程、お人好しじゃない。
ケジメはキッチリとってもらう。
「まずは、これを買い取れ」
大量の干し肉をフレアの前に積み上げる。
同志の悲鳴が聞こえるが無視だ。
「一つ、銀貨3枚だ」
銅貨3枚で買える干し肉を、銀貨20枚分買いました。
銅貨は10枚で銀貨1枚の価値があります。
さあ、干し肉はいくつあるでしょう?
答えは、60個。
そんなにいらん。
干し肉以外にも食料は買ってある。むしろ干し肉は食べたくない。
一応同志の為に10個だけ残し、残りの50個を売りつける。
十倍の値段で。
「そ‥‥それくらいなら」
フレアはそう言って、懐から布袋を取り出す。これにも子猫の刺繍がなされている。
猫好きなの?
「えっと‥‥銀貨150枚?」
チャリチャリと音を立てながら銀貨を数え始める。
しばらくしてから、泣きそうな顔で俺を見る。
「7枚足りない‥‥」
あー残念。
こちらの要求が通らない以上、助けるわけにはいかない。
俺は倒れている少年の前まで歩き、剣を振り上げる。
フレアが必死でしがみ付いてきた。
「待って! 待って! 他の物なら何でもあげるから!!」
ふふ、焦ってる焦ってる。
仲間の懐を探れば銀貨7枚くらいは出てくるだろうが、そんな事にも気付かないらしい。
嗜虐心をくすぐられるぜ。
俺は剣を降ろしてフレアを見る。
「一つ聞きたいのだが、あの後、リドールってギルドマスターはどうなった?」
「リドールさん? 重傷だったわ。すぐに魔法で回復したみたいだけど」
生きてたのか。
魔法ってのは便利なもんだな。
瀕死でも即座に全快するんだから。
「なら、こいつをリドールへ届けろ」
「え? 干し肉を?」
フレアは良く分からないといった顔をする。
「そうだ。大量の干し肉を、見舞いですーって笑顔で届けて来い」
「完全に嫌がらせじゃないですか、怒られます」
「怒られてこい。その後、銀貨7枚借りて来い」
「ええ‥‥!?」
「その7枚の銀貨で干し肉を買って、もう一度リドールへ届けろ」
「い‥‥嫌過ぎます!」
「無理なら仕方ない」
もう一度、剣を少年に向ける。
「ま‥‥待って! だって、こんなに沢山持てない‥‥!」
フレアは泣きべそをかきながら、ぺちぺちと干し肉を叩く。
ああ、アイテムを大量に収納できるストレージみたいなのは持ってないのか。
となれば、何度も往復で届けなきゃいけない。
やべぇ‥‥完全に頭のおかしい人だ。
泣くほどでもないと思うのだが、メンタルはあんまり強くないようだ。
さすがに可哀想になってきた。
同志も「いつまでやってんだよ」という顔をしている。
充分いじめたし、もういいかな。
「二度と俺達に歯向かわないと誓えるなら、勘弁してやるぞ」
剣を収めてフレアを見る。
「約束します!」
「だが、言葉だけでは信用できないな」
俺はアイテムボックスから解毒薬の入った小瓶を取り出し、フレアへ突き出す。
「こいつを飲んでもらおうか」
「これは‥‥?」
不安そうな顔でフレアが俺を見る。
「これは、契約の水という‥‥えっと、魔法の水、そう! 魔法の呪いのそんな感じの水だ!」
「えっと‥‥」
「これを飲んで契約を違えれば‥‥」
「違えれば‥‥?」
「腹の中に蟲が湧く」
「ひぅ!」
自分で言っていて気持ち悪くなってきた。
ただの解毒剤なんだけど、これくらい言っておけば約束を破るような真似はしないだろ。
俺も悪だぜ。
フレアは顔を真っ青にしてガタガタと震えている。
「はい、どうぞ」
小瓶をぐいっとフレアに押し付ける。
彼女の顔は涙でぐしゃぐしゃだ。
それでも震える手で小瓶を掴もうと手を伸ばす。
背中にサディスティックな快感が走る。
これ以上は色んな意味で危険かもしれない。
「いい加減にしろ、変態が」
同志が割り込み、小瓶を取り上げる。
そのまま地面へ投げ捨てると足で踏み割った。
「倒した相手を嬲ってんじゃねーよ」
同志は俺に背を向けるとフレアの頭をポンポンと叩く。
頭一つ同志の方が背が高いので、泣きじゃくる子供をあやす大人に見える。
その人、竜殺しなんですけどね。
フレアは同志にしがみ付いて泣いている。
同志は「もう泣くな」とか言いながら背中をさする。
なんだこれ?
完全に俺が悪役じゃないか。
俺たち殺そうとした奴らだよ?
おかしくないか?
フレアが落ち着くまで同志は傍で寄り添ってやるつもりらしい。
その間、俺はやる事がない。
暇なので、倒れている竜殺し達を回復してやる。
助けてやる気はなかったのだが、同志の所為でそういう空気になってしまった。
傷を治すと竜殺し達は俺に奇異の視線を投げてくる。
まあ、助けるの二回目だしね。
「どういうつもりだ?」
赤毛の少年が俺を睨む。
この野郎、ありがとうございますの一言も言えないのか。
だが、この状況じゃ警戒するのも無理は無いか。
「俺達の敵は冒険者ギルドであって、冒険者達ではない」
格好良いセリフを吐いて、ニヒルに笑う。
もうこの際だ。
信じてもらえないかもしれないが、全部話してしまおう。
俺は冒険者ギルドとの間であったトラブルを洗いざらいブチまけ――
「姉さんを放せ!」
――ようとしたのだが、赤毛の少年がいきり立って同志に斬りかかった。
姉さんって何よ、こいつフレアの弟か。
同志はフレアを庇って、背中で剣を受ける。
畳み掛けるように少年が大剣を振るうのを仲間の二人が必死で止めようとしている。
「やめなさい!」
暴れる少年をフレアが一喝する。
「姉さん、なんで!?」
少年は納得できないようだ。
同志の服を掴んだままフレアが答える。
「この人は、敗れた私たちを助けてくれたのよ」
助けたのは俺です。
「分かった、もうアンタらに手は出さねぇよ」
「本当だろうな?」
「二度も助けられちゃな」
長身の男が苦い笑いを浮かべる。
こいつは話が分かる奴らしい。
ちなみに少年は同志とフレアの間に入って、フレアを背中に隠している。
シスコンだな。
女の同志にまで敵愾心を燃やすとは筋金入りだ。
「それに今の俺達じゃ勝てる気がしないぜ」
予定とかなり異なる結果となったが、竜殺し達と和解できたのは僥倖だろう。
少年はまだ不満もあるようだが、姉に説得されて渋々ではあるが納得したようだ。
一応は剣を収めて、フレアの脇で憮然としている。
「で、あんたらは何者なんだ?」
長身の男の言葉に巨体の戦士も興味深けにこちらを見る。
ゲームのキャラクターです。
とは言えない。
なんと答えるべきだろうか。
俺が逡巡していると、同志が人差し指を立て、唇へと当てた。
「よしな、火傷するぜ」
炎は無効だよ。
「格好良い‥‥!」
気のせいか、フレアの頬が赤い。
同志を見る目が同性を見る目じゃない。
恋する乙女のアレだ。
吊り橋効果ってやつか。
同志もいらんところでフラグを立てるな。
まあ、どうせ一時的なものだ。彼女も落ち着いたら眼が覚めるだろう。
覚めなかったら‥‥
うん、まあ‥‥頑張れ。
少年はそんな同志を忌々しげに睨み付けている。
こいつはこいつで問題抱えてるな。
よくこんな連中がドラゴンなんて倒せたものだ。
いやまあ、確かに強かったけどね。
「それじゃ、俺らはもう行くぜ。門兵に見られちゃ色々と面倒だからな」
ああ、俺らと繋がりがあると誤解されちゃ困るよな。
長身の男は軽く手を振って城門のある方へと向かう。
巨体の男が長身の男に続くとフレアも同志に頭を下げ、少年を連れて去っていった。
変わった連中だったな。
しかし、もう会うこともあるまい。
俺たちは竜殺し達を見送ると街道へと歩み出した。
流石に大都市近辺の街道は整備が行き届いていた。
頻繁に馬車が行き交うからだろうか。
通行の邪魔になりそうな石や小枝などは全く落ちていない。
街道といっても、地面を踏み固めただけのものだ。
元の世界の基準で言えば道と呼ぶのもおこがましい。
だが、この世界に来てすぐの頃は、道すら無い草原を歩かされたものだ。
ルートが明確になっている事と、歩行の妨げになるものが無いというだけで充分である。
あの時とは違い、人間が住んでいるかどうかの心配をする必要もない。背負うものは何も無い、気楽な旅だ。
ちょっと命を狙われているだけで。
同志と駄弁りながら街道を歩く。
日暮れまで、もう少し時間がある。
どうせ始めから野宿するつもりで旅に出たんだ。立ち止まらずに進む。
しばらく歩いていると大きな森にぶつかり、それを避けるように街道が左右へ分かれていた。
目的地も無いので、どちらでも構わない。
「さて同志、どちらに進む?」
「こいつで決めようぜ」
ズボンのポケットから銅貨を取り出す。
「表なら左、裏なら右だ」
そういって銅貨を指で弾く。
銅貨は何度もくるくる回りながら飛んでいき、同志の突き出した手の甲を外れ地面へと落ちた。
「‥‥‥」
「‥‥‥」
落ちたよ。
「裏だな!」
しかし同志、これをスルー。
すぐさま進路を右に変え歩き始める。
俺も気にしていられないので後へ続く。
「こっちはどこへ続いてんだろな?」
何気なく同志へ声を掛ける。
「そりゃ、街道なんだから街と街を繋いでるんじゃね?」
至極真っ当な答えが返ってきた。
うん、そうか。
そうなんだよな。
街道沿いに歩けば街へ着くに決まってる。
当たり前の事だ。
問題は俺たちが賞金首の犯罪者だということ。
犯罪者だから身分証なんてあるわけがない。
街になんか入れるわけがない。
それどころか、姿を見られたら襲い掛かってくるだろう。
さて、どうしたもんか‥‥。
歩きながら考える。
そして気付く。
「なあ、俺達いつまで同じ格好してるんだ?」
そう、ずっと同じ装備で出歩いていた。
ガスター達と出会った時も、初めて街中へ入った時も、ハンナと戦った時も、冒険者ギルドを壊滅させた時も、城門を抜けた時でもだ。
そりゃ目立つわ、そりゃバレるわ。
こんな実在しない国の騎士鎧。
変えようぜ装備。
同志と二人、道端に座り込んでアイテムボックスを探る。
さて、何にしたものか?
冒険者ギルドは俺を騎士か戦士だと思っているだろうか?
だがギルドでは魔法を連発した。騎士の格好をした魔術師だと思われているかもしれない。
なら‥‥こいつだな。
俺が取り出したのは、革鎧、そして弓である。
どうせ俺の守備力は装備無しでも相当高い。革鎧でも何も問題は無い。
弓は『バルハの魔弓』という逸品だ。
バルハというのは『ロードスリー』に出てくるドワーフの鍛冶師で、この弓は魔力を矢に変換して敵を射る。
威力は魔力次第で上下するし、残っている矢の数を気にしなくてもいいので非常に便利だ。
まさか狩人に化けるとは誰も思うまい。
一方で同志はポニーテールを外して髪を下ろしただけだった。
そもそも装備をそれしか持っていないらしい。
女性用の装備も持っているので、いくつか見繕ってやる。
武器はそのままで大丈夫だろうから、防具だな。
折角だから色気のある衣装にしてやろう。
俺はエロいスリットの入った純白の神官服を渡す。
その場で突き返された。
くそ‥‥。
なんか黒いのが良いとか言い出したので、邪神崇拝者が着る禍々しい紋章の付いたローヴにしたら喜んで受け取ってくれた。
この世界には『ロードスリー』の邪神も邪教徒もいないだろうから大丈夫のはず。
多分‥‥。
ついでに偽名も考える事にした。
人前でうっかり名前を呼んでしまったら元も子もない。
お互いを偽名で呼び合う必要がある。
だが同志は変な顔をした。
「お前が俺を名前で呼んだ事なんてあったか?」
うーーん。
無いね!
「いや、それでも他人に紹介する時とか必要だから」
「じゃあ適当に考えてくれよ」
丸投げかよ。
仕方ない、俺が素敵な名前を考えてやろう。
レインだから‥‥雨。
雨‥雨‥‥水溜り‥カタツムリ‥‥傘‥‥うーーん。
雨といえば虹、虹は七色。
「セブンでどうだ?」
「却下」
「レインボー」
「却下」
「アメンボー」
「却下」
結構難しいな。
ちょっと女性らしくした方がいいのか?
そうだな‥‥。
「ドウシでいい?」
「もう、それでいい」
決まった。
後は俺の名前だな。
デフォルトだから、フォルでいいかな。
単純だけど分かりやすいしね。
「お前はフォルでいいんじゃね?」
ああ、うん。
お前と同じ発想だったわ‥‥。
更新遅くなりました。
年度末なので御容赦を。きっと次も同じくらい。