しち
「これなんて、いいんじゃないかな」
少し遠出して訪れた、複合デパートにて。
生地の厚くて大き目なリュックサックを手に、語りかける。
「沢山入りそうだし。登山するんだから、丈夫な物じゃないと」
「ね?」と返事を促しても、氷雨ちゃんは俯いたまま、口を開こうとしない。
「……」
仕方ないので、そのままレジへ向かい、リュックサックを購入。
水筒は、去年購入したもので事足りるだろうし、あとは何が必要だろうか、と考える。
やはり、新しい下着と、パジャマは必要だろう。
年頃なのだから、クラスメートにみっともない恰好なんて見せたくないだろうし、と。
そんなふうに思考を転がしていると、袖を引かれた。
「氷雨ちゃん?」
顔を上げた氷雨ちゃんは――……涙目だった。
「……やだ」
か細い声で、いつもよりずっと幼い口調で、氷雨ちゃんは訴える。
「野外活動、行きたくない。母さんと、離れたくないよぅ……っ」
――ああ、鼻が真っ赤だ。
私は溜息を吐きながら、氷雨ちゃんの頭を撫でた。
氷雨ちゃんは、基本的に私の傍から離れない。
学校にはちゃんと行くけれど、授業が終了すると真っ直ぐ家へと帰ってくるし、本当にたまぁに、陽南ちゃんの誘いに応じて出掛けても、夕食の時間に遅れることはない(なお、帰宅の際には必ず私へのお土産を手にしている)。
そんな氷雨ちゃんだけど、学生である以上、数日間にわたって私と離ればなれにならなければいけない行事が、いくつかある。
野外活動や、修学旅行だ。
――……そして、それを受け入れ難い氷雨ちゃんは、毎回駄々を捏ねては、手を焼かせるのだった。
帰りの電車でも、氷雨ちゃんはずっと私の袖を握って離さず、家に着いてからは、半径1メートル以内に居続けた。
視線を合わせると、切々たる想いを濡れた瞳で語りかけてくる。
でも、夕食は残さず完食していた(氷雨ちゃんは、私の作ったご飯は残さない)。
現在は、ソファーに腰掛けてテレビを観ている私の腕にしがみついたまま、ジッとしている。
……正直、気になってしまい、テレビの内容はちっとも頭に入ってこない状況だ。
「氷雨ちゃん」
たまりかねて、口を開く。
いつもは身長差のせいで見下ろされることが多いのだけど、今は氷雨ちゃんが私の肩に頬を寄せているので、自然と上目使いの視線を向けられた。
……可愛い、なんて。
こんな時でも、つい思ってしまう私のせいで、氷雨ちゃんはこんな子になってしまったのだろうか。
「浅河さんに、聞いたんだけどね。氷雨ちゃん達が登る山は、急斜がキツイけれど、頂上の景色は、とても綺麗なんですって」
黙って聞いている氷雨ちゃん。
私は、一つ深呼吸をしてから、自分の膝を叩いた。
氷雨ちゃんは、少し考えた後、体を倒す。
膝の上に乗せられた頭をゆっくり撫でながら、言葉を続けた。
「だから、頂上に辿り着いたら、写メ撮って送って欲しいな。楽しみにしてるから」
膝の上の氷雨ちゃんは、小さく、頷いた。
「……うん、いい子」
微笑みかけてあげながら、心の中で溜息を吐く。
――……寂しいのが、自分だけだとでも、思っているのだろうか。