じゅぅきゅっ
おひさしぶりです(*´ω`*)
LHR。
担任の薙雲先生が教壇に立ち、チョークを片手に生徒達へ語り掛ける。
「いいか、お前達。これは1年でもっとも大切な行事のひとつだ」
黒板には、達筆な文字で大きく『体育祭』と書かれていた。
「同じ目標を持って、青春の汗を流しながら、みんなで一致団結する――……今年の体育祭で勝利を手にするのは、我々赤組だ!」
轟! と。
熱く燃えたぎる、力強い眼差し。
それを、ぼんやりと眺めながら。
「……ふわぁーあ」
あくびをひとつ漏らして、机に突っ伏す。
私個人としては、学校行事の勝敗など――全くもって、興味がない。
そんな私の様子に気が付いて、ひとつ前の席に座っている陽南が声を掛けてきた。
「氷雨ちゃんって、こーいう時毎回やる気なさげだけど、いざ本番ってなったら、サボったり手を抜いたりはしないよね」
なんで? って。
首を傾げながら問い掛けられたので。
閉じそうになる瞼を指でこすりながら、返答する。
「だって、母さんが観に来てくれるから」
毎回、ビデオカメラを抱えて応援に来てくれるのだ。
無様な姿を撮らせるわけにはいかない。
幸いなことに、私は生まれつき運動神経に恵まれている。
どの競技に出場したって、問題なくこなせるだろう。
おそらく――父さんに似たのだ。
「……」
だって、母さんは、腕立て伏せも腹筋も、ちっとも出来ない。
どこを触ってもふわふわで、やわらかくって、筋肉なんて欠片もないのだ。
ああ。
「帰りたい……」
早く帰って、母さんをぎゅぅって抱きしめたい。
――そんなふうに、考えていたら。
「氷雨、お前、リレーのアンカーとして出場しろ」
唐突に、そんな命令を下された。
「……は?」
「り、リレーのアンカー!? すごいっ!」
帰宅後。
私の報告を聞いた母さんは、目を丸くしながら叫んだ。
その後、首を傾げて呟く。
「……でも、なんで氷雨ちゃんが?」
陸上部でもなんでもないのに、と。
不思議そうな顔なので、理由を説明する。
「この前の体育の時に、100m走のタイムを計ったんだけど……私が一番速かったんだって」
「え、何秒?」
視線を上向けて、記憶を辿る。
えっと、確か――……。
「12秒ジャスト」
「ファッ!?」
母さんが奇声を上げた。
目を見開いて、小刻みに震えている。
「そんなに驚くほど?」
「……確か、私は20秒くらいかかったと思うよ」
「え」
それは、多分。
クラスどころか、学校で1番遅いくらいのレベルでは?
「うう……」
小さく呻いて、俯く母さん。
耳が赤い。
「どうしたの?」
優しく問いかける。
顔を覗き込もうとしたら、余計に下を向いてしまった。
「……自分が情けないし、恥ずかしい」
声が、少しだけ震えてる。
「どうして、そう思うの?」
問いを重ねたら。
喉を詰まらせながらも、返答してくれた。
「だって、私、どんくさいし……私は、氷雨ちゃんの『お母さん』なのに」
――ああ、そんなこと。
「気にする必要、ないよ」
やわらかな体を抱き寄せる。
私の腕の中におさまった母さん。
交わらない視線。
「ふきゅっ!」
つむじに唇を押し付けたら、小動物みたいに鳴いた。
「な、にするの……っ」
やっと顔を上げた母さん。
鼻先がぶつかる距離。
「私にとっては、好都合だよ」
揺れる瞳を真っ直ぐに見据えて、言い放つ。
「だって、すぐに捕まえられるからね」
――……顎に、頭突きを喰らった。
「あだっ!?」
下から、睨み付けてくる母さん。
「氷雨ちゃんの、ばか」
舌足らずな口調。
赤く色付いた頬。
涙目だ。
「ふふっ」
可愛いなあ、って。
痛む顎を摩りながら、にやける私。
――……そうだ。
「1位になったら、ご褒美ちょうだい?」
唐突な、私のおねだりの言葉に。
頬を染めたままの母さんが、小首を傾げて問い返してくる。
「ご、ご褒美? ……なにか、欲しい物があるの?」
欲しい物?
――うん。
「そうだね、あるよ」
私は。
母さんの全身を、舐めるように眺めながら。
ゆっくりと、返答する。
「夢に見るくらい、欲しい物」
――おかげで、昨日も寝不足です。
「……ッ」
数瞬後。
意味を理解した母さんは。
頭のてっぺんから、爪先まで。
燃え上がるような赤に染まった。
「……氷雨ちゃん!」
咎める声に、微笑みを返して。
眉間に寄せられた皺に、ちゅっ、と口付けた。
そのまま。
甘え切った声で言う。
「ねえ、母さん――お膝貸して?」
ソファーにて。
母さんの膝に頭を乗せて、ご満悦の私。
「もぅ……」
わざとらしく、溜息を吐きながらも。
優しい手つきで私の頭を撫でる母さん。
――さっきの台詞に、嘘はなかった。
昨晩、夢の中に母さんが出てきた。
良い夢だった。
でも、途中で目が覚めてしまった。
ベッドの上。
私の身体は、火照り切っており。
二度寝など、出来るはずもなく――気が付いたら、朝を迎えていて。
朝日の中、『ふやけた指』を眺めながら、盛大な溜息を吐いたのだった。
――……と、言うわけで。
夕飯の時間まで、少しだけ寝てしまおう。
穏やかな空気に、だんだん重くなる瞼。
もう少しで、眠りに落ちる――そんなタイミングで。
「……あの、ね」
少し、掠れた声で。
母さんが、囁いた。
「なんでもは、ダメだけど……頑張ったら、ご褒美あげる、から」
だから頑張ってね、なんて。
そんな、甘い――『誘惑』。
「……」
うん。
頑張ろう。
頑張ろう、と。
確かに、そう思った。
そう思ったはず、なのだけど。
「氷雨! どこへ行く気だ?」
翌日の放課後。
いつも通り速やかに下校しようと思っていた私は、薙雲先生に呼び止められた。
「……どこへ、って? 家に帰ります」
そう返答すると、薙雲先生は眉を顰めて言い放つ。
「聞いてなかったのか? リレーの出場選手は、毎日放課後練習だ、っておいっ!?」
毎日放課後練習?
冗談じゃない。
――母さんとの、貴重なふれあいタイムがっ!
「待て! 氷雨っ!」
「誰が待つかぁッ!」
――……私は、全力で逃げ出した(100m走12秒ジャスト)。
運営様から警告をいただいたので、17話と18話については自主規制版に差し替えました。
完全版はハーメルン様にて公開しておりますので、よろしくお願いしますっ(*´ω`*)