いち
私は、心の底から、夫のことを愛していた。
8つ年上の彼に手を引かれ、15で窮屈だった家を飛び出して、17で娘を出産した。
裕福ではなかったけれど、満ち足りていた。
本当に、たまに泣きそうになるくらいに、幸せだったのだ。
――それなのに。
それなのに、なんで。
神様なんて、だいっきらいだ。ばか。
「おかあさん」
娘に、手を引かれる。
本当だったら、その手を握り返して、抱きしめてあげなければならないはずだ。
なんせ、娘は、まだ5歳なのに。
大好きな『お父さん』を、亡くしてしまったのだから。
「おかあさん」
娘が、俯いている私の顔を、見上げるようにして覗き込んでくる。
やわらかなその頬を、水滴が濡らした。
「おかあさん、泣かないで」
喰いしばった歯の隙間から、嗚咽が漏れた。
「……っひ、っく、う、ううっ……」
涙が、止まらない。
でも、仕方がないじゃないかと、心が叫ぶ。
なんせ、私は。
大好きな『夫』を、亡くしてしまったのだから。
「おかあさん」
娘の呼びかけに、答えられないまま。
墓石の前で、声を殺して、泣き続ける。
寂しい葬儀だった。
参列したのは、夫の同僚と、友人数名のみ。
駆け落ちした私達を、許す気等微塵もない親族達は、誰一人として、葬儀の場に現れなかった。
「……おかあさん」
泣き続ける、情けない私の腰を。
娘が、ぎゅぅっ、と抱きしめた。
小さな娘の、精一杯の力と。
温かな体温が、衣服越しに伝わる。
「大丈夫だよ」
娘は、そう言って、夫によく似た真っ直ぐな眼差しで、私を見詰める。
「私が、ずっと、傍にいるから」
――そして。
向けられた笑みは、夫よりも凛々しかった。
――……本当に。
何故、こんなことになってしまったのか。
「……きゃっ」
台所で、朝食を作っていると。
腰に回ってきた細い腕に、少し強引に抱き寄せられた。
背中から覆いかぶさるようにして、肩越しに顔を覗き込んできた『娘』の背は、すでに私よりも高い。
「おはよう、母さん」
涼やかな声で、朝の挨拶を口にした娘に、抗議の声をあげる。
「いきなり抱きついたら危ないでしょうっ、氷雨ちゃん!」
すると、娘――氷雨ちゃん、は。
「……じゃあ、お願い」
私の耳に、わずかに唇を触れさせながら、囁く。
「抱きしめさせて」
ちゅっ、と。
耳たぶに、一度強く唇を押し付けられた。
「うにゃ……っ!?」
ビクつく身体。
喉から漏れ出た変な声。
小さな笑い声が鼓膜を震わせる。
「母さん、可愛い」
――……本当に。
何故、こんなことになってしまったのか。
娘に攻略されそうです。
こちらでは初めまして。
鬼灯と申します。
百合が3度の飯よりとはいかないけど好きです。
のんびり書いていくので、よろしくお願いします。