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じゅーごおっ

 居間で仕事をしていて、一段落がついたので、ふと窓に視線をやると。

 曇天の空から、糸のように降り続く雨が見えたから。


「……お迎え、行かなきゃ」


 自然と緩む頬には気が付かないふりで、そう呟いた。





 少しの間、悩んだけれど。

 一本だけ傘を持って、家を出た。

 氷雨ちゃんの学校はすぐ近所だし、一緒に入ればいっか、なんて。

 そんなことを考えながら、レインブーツで水溜りを蹴った。





「え……っ」


 一瞬。

 ほんの、刹那の間だけ。

 冗談でも、比喩でもなく。

 きっと、ぜったい。

 

 私の心臓は、動きを止めた。



「……氷雨ちゃ、ん?」


 氷雨ちゃん、と。

 氷雨ちゃんの、同級生の女の子が。

 

 小さな傘の下、身を寄せ合って歩いているのが、目に入った。

 

 色素の薄い長髪が、綺麗なその女の子は。

 陽南ちゃんと違って、氷雨ちゃんと親しくはなかったはず、だけれど。

 小学校からずっと、氷雨ちゃんと同じ学校に通っている女の子で。

 確か、名前は――優月ゆづきちゃん。

 保護者の間でも評判の良い、優等生だ。


 優月ちゃんは。

 氷雨ちゃんと肩が触れるたびに、小さく体を震わせていて。

 頬を、真っ赤に染めていた。

 

 ――……でも、それだけだ。

 それだけ、なのに。

 なんで。



 世界が、揺らいで、壊れてしまうんじゃないか、なんて。





「待っててね、母さん。すぐに、お風呂沸かしてあげるから」


 家に帰り着くなりそう言った氷雨ちゃんは、素早い動きで靴を脱ぎ捨て、お風呂場に向かおうとした。


「……え?」


 私、は。


「母さん……?」


 気が付くと、そんな氷雨ちゃんの服の裾を握っていて。


「どうしたの?」

「……」

「母さん?」

「……っ」



 なにも、言葉に出来ないくせに。

 離すことなんて、出来なくて。



「ば、か」


 結局。


「ばか、ばか……っ!」


 いつも通りの、意味のない台詞を、ぶつけるだけで。


「え、なに、どうしたの……?」


 困惑した顔の氷雨ちゃんを見ていると、目頭が熱くなってきて。

 でも、泣くなんて、やっぱり、出来ないから。

 だって、私。



 お母さん、だから。



「……ばかぁっ」

 

 氷雨ちゃんの細い肩に、顔を押し付けた。

 馬鹿は、私だ。


「……」


 ちょっとだけ、沈黙がその場を支配して。


「……母さん」


 グッ、と肩を掴まれて。

 氷雨ちゃんとの距離が、僅かに離された。


「ッ!」


 拒絶された、みたいに感じて。

 頭が真っ白になりかけた、次の瞬間。


「きゃっ」


 私のおでこに、氷雨ちゃんのおでこが、コツンとくっつけられた。


「……熱は、ない、と、思うけど」


 氷雨ちゃんは、眉を下げていて――……本当に心配そうな顔と、声で。



「やっぱり、具合が悪いんだよね。急いで、温かくしなくちゃね!」



 そう叫んで、お風呂場に走って行った。


「……」


 私は。


「……待って!」


 その背中を、追い駆けて。

 氷雨ちゃんがお風呂の準備をする間。

 ずっと、傍に居た。


「……?」


 氷雨ちゃんは、不思議そうな顔をして、首を傾げていたけれど。

 傍から離れない私の頬を、一撫ですると。

 へにゃりと、笑った。





 ――……ああ。

 貴女が、そんなだから。

 だから、私は。

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