じゅうさん
いけない、とは思ったのに。
気付いたら、家を飛び出していた。
駅で、氷雨ちゃんを待つ間も。
何度も、やっぱり帰ろう、と思った。
だって、おかしいもの。
高校生の娘が、野外活動に行ったことが寂しくて、やっと会えると思ったら、いてもたってもいられなくなって、迎えに来てしまうお母さん、なんて。
きっと、ぜったい、おかしいもの。
――でも。
『母さん!?』
私を呼ぶ、氷雨ちゃんの声を聞いた瞬間。
一瞬だけ、だけど。
嬉しい、以外の感情が、頭から飛んで行ってしまった。
――……ほんと、どうかしてる。
どうかしてる、から。
「母さん」
――……拒めない。
「氷雨ちゃん……」
リビングのソファーで。
氷雨ちゃんの膝の上に向かい合わせで座らされて、隙間もないくらい密着した状態で、抱きしめられている。
「……んっ」
氷雨ちゃんは、先程家に帰ってきてからずっと、片手で私を抱き寄せたまま、頭、頬、肩、背中、腰、等々、いろんな場所を、味わうように、ゆっくりと撫でていて。
やめるように、言わなければ、と。
そうは、思うのだけど。
私のことを見詰める、潤んだ瞳。
口元は、だらしないくらいゆるんでいて。
――可愛い、なあ。
自然と、そう感じてしまうから。
正直、ヤバいのではないだろうか、と、思う。
「母さん」
声から溢れる愛情に、背筋が震えた。
「きゃ……っ!」
頬に、柔らかな唇の感触。
至近距離で、氷雨ちゃんが笑う。
「……っ」
なにも言えないでいる間に、また唇が降ってきた。
今度は、鼻の頭。
顎に、首に、好き勝手に口付けて。
「母さん」
でも、氷雨ちゃんは。
「大好きだよ」
――唇には、触れない。
ねえ、それだって。
私のことが『大好き』だからだって、知っているけれど。
妙に、大人っぽくふるまったりもするくせに。
大人には絶対に出来ない、子供が『宝物』に向けるような笑顔が、眩しい。
氷雨ちゃんは、私の耳たぶに口付けた後、胸に顔を埋めて、深呼吸をした。
満足そうに吐かれた息に、ちょっぴり、腹がたったので。
頭を軽く、小突いてやった。
いっそ、貴女が汚い『大人』になってくれたなら、なんて。
そんな、それこそ汚い気持ちには、今日も、気付かないふりをした。