じゅーにっ
――やっと。
やっとだ。
辛く苦しい時間を耐え、私は、やっと!
「帰って来――痛ッ!?」
「はしゃぎすぎだよ、マザコン」
陽南に殴られた頭をさすりながら、それでも頬のゆるみは抑えられない。抑える気にもなれない。
早足で電車を降りて、改札に向かう。
一刻も早く家へ――母さんのもとへ、帰るのだ!
このまま解散なので、逸る気持ちをおさえる必要もない。
ダッシュでバス停まで向かおう、と。
「……え?」
――ダッシュでバス停まで向かおう、と。
思っていた、のだけど。
改札の向こう側。
所在なさげに俯いている、小柄な女性。
見間違う筈もない。
あの人は。
「母さん!?」
弾かれたように上げられた顔は、やっぱり世界で一番愛しい人の物だった。
「ひ、ひょう、ちゃ……」
震えたような声で、私の名を呼んで。
真っ赤に染め上げた頬をゆるめた母さんに、胸が高鳴ったけど。
次の瞬間には、眉を下げて、表情を歪めてしまった母さん。
ああ、もったいない。
でも、その顔も可愛い。
「~~っ!」
見知らぬ他人を2~3人突き飛ばしながら、慌ただしく改札を抜けて、ダッシュ。
目を丸くしている母さんを、ぎゅうっ、と抱きしめた。
「ちょっ、氷雨ちゃん、なんてことを……っ!」
そのまま、無言で腕の力を強くする。
「……っ」
そうすると、母さんも口を閉ざした。
――……ああ、母さんの匂いだ。
お互い黙ったまま、20秒程度経過。
「……母さん」
耳元に唇を触れさせながら、囁いた。
「やっと、会えたね」
母さんは。
私の肩に顔を埋めて。
控えめに、でも確かに。
そっと、抱き返してきた。
――ねえ、会いたかったよ。
それで、母さん。
きっと貴女も。
「寂しかったんでしょ?」
だから、待ちきれなくて。
ここまで、迎えに来てしまったんだよね。
――真っ赤な耳が、震えてる。
そして、母さんは。
「……ばか」
お決まりの台詞を、いじけたように口にした。
「……ぷはっ」
思わず、噴き出してしまった。
だって、そんな。
あまりにも、可愛すぎる。
「――……おーい、そこのお二人さん」
呼びかけに、邪魔するなよと思いつつ、顔を向けると。
「前にも言ったと思うけど。TPO、わきまえようぜ?」
陽南が、呆れ切った顔をして笑っていた。
「……~~ッ!」
母さんが、勢いよく私から距離を取る。
周囲から喰らっていた視線の集中砲火に気付いて、涙目になった。
ああ、可愛い。
別に他人にどう思われようがどうでもいいけれど、こんなに可愛い母さんを他の奴に見せるのは、もったいない。
陽南の言う通り、TPOをわきまえるとしよう。
つまり。
「ひ、氷雨ちゃん?」
母さんの手を握って、歩き出す。
笑顔で、告げた。
「続きは家で、ね」