じゅう
「ちょっ、氷雨ちゃん、待って!」
背後で陽南の声が聞こえるが、無視。
黙々と歩を進める。
「待ってってば、あー、もう……待てっつってんだろがッ! マザコン!」
怒鳴り声とともに後頭部めがけて投げつけられた物体を気配で察知し、振り返りながらキャッチする。
確認したところ、金属製の水筒だった。
ぶつかったら洒落にならないが、陽南は私の身体能力の高さを熟知しているから、当たることはないと確信して投擲したのだろう。多分。
だからこそ。
「無理についてこなくていいよ。自分のペースで登ればいい」
延々と続く、獣道とさして変わりのない山道。
今日は、この頂上で昼食の予定となっているのだが、コンクリートで舗装された道路に慣れきっている生徒達の鈍重な歩みに耐え切れなくなった私は、独り先行することにしたのだった。
小学校1年生の時から通知簿には『協調性のない子』と記され続けている人間にしては、我慢したほうだったのではないかと思うのだけど。
でも、やっぱり、『協調性のない子』という評価は、依然として正しくて。
だから、おかしいのは、私なのだし。
無理して合わせる必要など、ないのだ。
ないのだ、けど。
「いやだっ、ずるい! 私も1番乗りするのだ!」
陽南はそう叫ぶと、手近な位置に転がっていた長い木の棒を杖にして、鼻息荒く胸を張った。
「……じゃあ、勝手にしなよ」
前を向き、再び足を踏み出す。
「だから待ってってばあ!」
――……この騒がしい幼馴染は、昔からこうしてこりもせずに後をついてくる。
だから、いろんな意味で、私達の距離は一定に保たれていて。
そんなだから、『友達』というやつでいられるのだろうなあ、と漠然と考えていたら。
自然と、ほんの少しだけ、歩調が緩まった。
「うわあ、すっげーっ」
陽南の歓声。
私は、声も出なかった。
空の青と、地平線と、小さな建物と、眼下の緑。
まさしく、絶景だった。
惚けて。
次の瞬間。
「……ッ!」
私は、ポケットから携帯を取り出して、かまえた。
――パシャパシャパシャパシャパシャパシャ!
カメラモードに切り替えて、連射。激写。親指がつりそうな勢いで、景色を長方形に収める。
だって。
素敵だったから。
約束もしたし。
見せたいと、思ったのだ。
いや、約束なんてしていなくても、きっとそう思った。
――……綺麗なものは、全部、あの人に捧げたい。
「……この、マザコンめ」
親友の悪態を聞き流しながら。
頭の中は、これから送信するメールの文面についてでいっぱいだった。
野外活動編、もう少し続きます。