パンドラの匣―骸骨死神と人形少女―
4月1日、April Fools' Day
その日、世界は"崩れた"
ビルだけが建ち並ぶ街。
活気はない。
車は通ってない。
人々は地べたに座ったまま力尽きたようにへたり込んでいる。
たまに路地裏で何かを壊す音がするだけの、物騒な場所に少女――繎瑙玘咲がいた。
客も店員もいないカフェで外にでている椅子に座り、ココアを飲んでいた。
一人で黙ってココアを飲んで、静かに通りで無機質に固まる人々を見ていた。
"崩れた日"
突然、災害のようなものが全世界で同時に起きた。
4月1日になった瞬間、文字通り崩れたのだ。
或る場所では建物が崩れ、
或る場所では地面が崩れ、
或る場所では生きているものの精神が――崩れた。
世界の様々なものが崩壊した。
建物や地面が崩れ、世界の人口はごっそり減り、精神が崩れた――つまりは壊れた者は病院送りになったり、自殺した。
突然である。いきなりである。突如起きて気付いたら終わっていた。
世界は混乱し、再起不能と言ってもおかしくなかった。暴動がひどかった地域は更に増し、逆に地域そのものが無くなったり。
その中で、唯一建物の崩壊も地面の崩壊も精神の崩壊も受けなかった人々はじわじわと精神を削られながらまだ生きていた。
生きてしまった。
全てと言っていいほど崩れた世界の中に残ってしまっている。
しかし、全員が絶望しているわけではない。
震える体をこらえ、病院送りとなった患者を助けようと努力する者や、意地でも生きてやろうともがき、食糧を作っている者、それでも国を守っていこうと群集の前に立つ者。
その人々で今、この不安定な世界はまだ成り立っていた。
生き残りの玘咲はココアを飲み終わった後、空を見た。晴天だった。
"崩れた日"から1ヶ月が過ぎた。
それでも世界は進展していない。
「これが五月晴れというやつですか」
そうポツリと呟く。
「昨日は雨だったから晴れて良かったよ」
そして、その呟きに答える人物がいた。
玘咲に相対するように、座っていた。
人物という言葉が当てはまらない姿だったが。
その者は黒いYシャツに白いネクタイのスーツ姿だった。
両手には黒い手袋をしている。
そして、頭が骨だった。
頭骸骨だった。
首の骨まで見えている。
そんな骸骨がスーツを着て、玘咲の前に座っていた。
正常な意識を持つ者なら悲鳴を上げるなり気絶するなりするが玘咲は特に何も反応せず、言葉を返した。
「昨日、雨が降っていたのですか」
普通に返した。
ごく普通に。骸骨よりも昨日が雨であった方がよっぽど重要であるかのように実際に玘咲は昨日が雨であった方に驚いており、骸骨の方は気にもしていなかった。そんな驚くといった反応は既に終了しているのだ。
「お嬢さんは昨日外に出ていないのかい?」
骸骨はそんな玘咲の反応に驚くように返した。
玘咲は大真面目に頷く。
「昨日は1日中、寝てました」
「24時間?」
「はい、24時間」
「一回も起きずに?」
また玘咲は大真面目に頷く。骸骨はそれを見て――果たして眼球のない状態でどこをどう見たのかは分からないが、骸骨は肩をすくめた。
人間のように。
目の前にいる先程から顔色一つ変えない人形のような少女よりよっぽど人間らしかった。
「話は変わりますが、骸骨さん」
「何だい?お嬢さん」
玘咲は空になったコップを覗きながら何でもないように言う。
「昨日と今日でどのくらいの人を殺しましたか?」
雨の話題からかなり変わった会話に骸骨も慣れているのか何でもないように答える。
「五人だよ。老夫婦と青年と中年男性に女性だ」
「死神の仕事は大変ですね」
「まあ仕事というよりも使命に近いからね、大変という気はしないよ」
玘咲はそれにそうですかと素っ気なく答え、また空を見た。
まだ空は晴天だった。
骸骨はクククと笑い――これもまた笑ったというよりも骸骨の口元から笑い声が聞こえたという方が表現が適切だが。
ともかくも笑うと骸骨はそんなぼうっと空を見ている玘咲にいつもの問いを投げかける。
欠かさず彼女が骸骨に何人殺したかを聞くように。
「どうして何人殺したかを聞くんだい?お嬢さん」
玘咲は空を見たまま、無機質に答えた。
「この世界が終了するカウントダウンをする為です。骸骨さん」
晴天の空の下。
人形のように無機質な表情の少女。
人間臭い仕草をする骸骨の死神。
二人は或る日、突然出会った。
そんな二人のお話。
崩れた世界の物語。