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猫死神さんと命日まで  作者: 島地 雷夢
二日目――残り三日――
7/40

スピードは出し過ぎないように

 結局朝食はスクランブルエッグにチーズとケチャップを乗っけて一緒に焼いたトーストとサラダ、苺ジャムを添えたヨーグルトにした。栄養バランス的にはよいものが出来たと思う。

 学校の制服に着替え、ネクタイを締めながら美耶と九重の二人に問い掛ける。

「死神さんと九重も一緒に学校に行くのか?」

「当然」

「あ、はい」

 同時に首を縦に振る二人。記録対象の傍を離れたくない美耶。一人になるのは寂しいので見える人の近くにいたい九重。そんな想いを抱いているのだから一緒に行かない訳ないのである。そして彼女等はもう昨日と同じ服装にシフトしていたりする。特技で即早着替え。サービスシーンはありません。

 因みに九重は若干頬に紅が差している。理由は美耶が寝ぼけて行ていたセクシャルハラスメントが原因である。セクハラをしてしまった張本人は覚えていない為か何があったか分からないでいる。

「……九重は大丈夫だとしても、死神さんは人に姿が見えないのか?」

 九重は昨日の時点で霊感の強い人にしか見えない、と分かったのだから恐らく平気だろうと思うのだが、問題は美耶である。普通に見えるのか見えないのかよく分からないのだ。昨日は一応デーシンまで一緒に買い物に行ったのだが、運がいいのか悪いのか人と接している場面が無かったので一般人に見えているのか確認出来なかったのだ。

「私は任意で姿消せるから大丈夫。あ、でも記録対象者の君には絶対に見えるけどね」

 美耶は胸を張って答える。問題は解消した。

「そうか。じゃあ大丈夫だな」

 ネクタイを結び終わり、後ろ髪を頭頂部からやや下で結んで準備完了。

「行くぞ」

 鞄と昨日買ったガムテープとペンキが入ったビニール袋を携えて家を出る。美耶と九重も続く。

 マンションから出ると付随している駐輪場へと向かい、彼の所有している自転車の前へと赴き開錠。鞄とビニール袋を前籠に放り込む。

 さて、ここで問題が発生。

「……お前等、何処に乗るんだ?」

 自転車は二人乗り禁止だ。いや、現在は三人だし、三人乗りすればOKじゃね? と考えるような馬鹿ではない。二人乗りよりも三人乗りの方が危険なのだ。普通に考えれば分かる。というかそこが問題ではない。

 スペースがないのだ。切妻は操縦者として本来の席にいくとしても、残りの席は荷置きしかない。しかも一人座れるくらいの大きさだ。確実に一人徒歩の運命にある。ジャンケンで生贄を決めるのだろうか?

「あ、私昨日乗ったから今日は桜に譲る」

 美耶がそう言いながら九重を切妻の後ろに座らせる。

「えっと……」

 九重は何故か少し戸惑っている。折角楽出来るのだから甘えればいいのに。

「じゃあ、行くか」

 しかし切妻は戸惑う九重を無視してペダルを漕ぎ始める。漕ぎ始めると言っても初っ端からフルスロットルの六割のスピードが出ていたが。

「わわっ!」

 体勢が崩れかけ、危うく後ろに落ちそうになった九重は慌てて切妻の腰に腕を回す。

 ふにっ。

 で、思いっ切り腕を引き寄せてしまったから胸が切妻の背中に当たる訳だが。この現象が起きる可能性があったから九重は後ろに乗るのに戸惑っていたのだ。こんなラッキー現象は健全な男子なら大歓迎なのだが切妻ときたら。

「結構スピード出すから気を付けろよ」

 全っ然気にしてなかった。気怠そうに漕いでいるのに、開始十秒で競輪選手並みの走行速度を叩き出していた。

「あ、死神さんはついてこれるのか?」

「勿の論」

 後ろを振り向くとしゅたたっ、と俊敏な動作で後ろをついてくる美耶がいた。まるで忍者みたいな身のこなしであった。

「そういえばさ九重」

 後ろを向いたまま今度は九重の方へと向く。

「な、何っ?」

 態勢を整え、己の胸を相手方に当てないように注意していた九重は意表を突かれたようにびくっとした。

「お前は昨日どーやって自転車の速度について来られたんだ?」

「えっと、分かんない」

「分からないのか」

「うん。あの時は必死だったからどうやって追ってたのか覚えてないの」

「そか。まぁ覚えてないならいいか」

「御免……」

 若干俯いてしまう九重。

「別に謝らなくてもいい。ただ個人的に気になっただけだから」

「でも、……あ、ちょっと前っ!」

「ん?」

「信号っ!」

 彼女の言葉に切妻は刹那で正面に向き直る。進行方向には交差点と信号が。しかもランプは黄色から赤に変わった所。このまま行くとあと二メートルも進まないうちに交差点に入ってしまう。現在スピードは競輪クラスであり、急には止まれない状態。このままでは確実に横からくる車にぶつかってしまう。

 普通ならば慌ててブレーキを掛けてしまうだろう。もしくは一縷の望みを掛けてペダルに掛けている足に力を入れて車が来る前に通り過ぎる選択をする。

 しかし、切妻の取った行動は前述とは違っていた。

「よっと」

 彼は自転車を左に傾けて急カーブをしたのだ。横からくる自動車と進行方向を同じにして、多少クラクションは鳴らされたが避けて通ってくれた。車道脇を通っていたので歩道との段差にスピード出し過ぎの足が擦れるか擦れないかギリギリの間隔まで傾けたカーブ走行は一歩間違えば自滅クラッシュものだ。でも切妻は涼しい顔でやり遂げ、少し進んでから徐々にブレーキを掛けて速度を緩め、歩道に乗り移って先程事故りそうだった交差点へと戻っていく。

「………………」

 九重は開いた口が塞がらなかった。

「ありがとな。九重が言ってくれなかったら事故ってた」

 切妻は表情を引き攣らせもせず、平静な顔で礼を言った。

「…………あ」

 九重は肩を震わせている。

「あ?」

「危ないでしょっ!! ちゃんと前向いて運転して!!」

「済まん」

 九重の鼓膜が破れんばかりの怒声に素直に謝る。自分に非があったので当然の事であった。

「いい!? 自転車乗る時は前方不注意は許されないんだからね!! そうしないと今みたいな事態になるんだよ!!」

「はい」

 話す相手の方を見て言わないと失礼になるから後ろを向いていた、とは言わない。言い訳にしか聞こえないから。

「それにスピードは出し過ぎちゃ駄目!! 急に道路を横切ってくる人だっているんだから!! 今の速度だと確実に怪我させちゃうよ!!」

「はい」

「全く、注意してよね」

 と、ここまで年上を叱ってから気付いた。九重は現在切妻にがっしりしがみついているのだ。驚異的なスピードを殺さずに行ったカーブで振り落とされまいとする本能が働いた結果であろう。マンションの駐輪場から発進した時よりも腕をきつく締めていた。故に胸がより変形した形で押し当てられていた。

「あっ!!」

 一瞬で茹蛸状態になってしまう九重。思春期少女は異性に対してプロポーションを前面に出す行為はまだ抵抗があるようだ。

「ん? どうした?」

 やはりと言うべきか、全く気にしていない切妻。

「え、あ、いや」

 どう答えるべきか悩み、そこに全神経を集中してしまっている所為か体は硬直し、未だに腰に手を回して抱き寄せているような格好であるが本人は気付いていない。

「えと、あの、その、……感触はどう?」

 考えに考え抜いた結果変な方向に持って行ってしまったようだ。

「感触? ……あぁ」

 一応質問の意図を理解した切妻。彼は顔色を変えずに告げる。

「柔らかくて気持ちいい」

 例えるなら極小のビーズが飽和ギリギリまで入ったクッションのような感触であった。この発言からして、切妻は気にしていない訳ではなかったようだ。

「そ、そう……っ!?」

 自分がどういった内容の質問をしてしまった事に気付き、九重は更に顔を赤らめてしまった。もう湯気が出て来ても可笑しくはないのではないだろうか?

「出来ればずっとそうしてて貰いたい」

「@¥*%$##%@ッ!?!?!?!?」

 切妻のカミングアウトに九重は遂に湯気を出して卒倒しそうになった。

 因みに彼のずっとそうしていて欲しい発言はリビドー的な体の内に秘める黒く渦巻く性欲からではなく、単に感触が気持ちよかったからである。下心はまるでなし。どちらかといえば枕や布団といった寝具に対する判断基準からきた欲求である。そんな彼の言葉の本心は女性からすれば失礼に値するだろう。

「……所で、死神さんは?」

 釜揚げされた蛸状態の九重から視線を外して辺りを見渡す。美耶は自転車の後ろを走っていたのであのままの状態ならば真後ろにいる筈なのだ。しかしいない。かといって切妻が運転する自転車と同速度で直進して交差点に入り込んだ訳でもなさそうだ。そこにも種族:猫の死神の姿は見られない。

 一体全体何処に消えたのだろうか?

「…………ぃ」

「ん?」

 人の声が聞こえた。遠くからなのか、よく聞こえない。

「……ぉ〜〜ぃ」

 小さいが聞き取れるようになった。彼が意識を集中させた、というのもあるだろうが、それよりも声が大きくなったのが影響しているだろう。

「お〜〜いっ」

 いや、大きくなっているのとは少し違う。どちらかといえば段々と近付いていくような感じだ。遠くから呼ぶのであれば、声量を大きくするのに比例してより間延びした語尾になる。なのだが、今聞こえる声――美耶の物だとは分かった。それの声の大きさが上がっても間延びせず、どちらかと言えば近くで話すように自然な言葉の切れ方をしている。

「こっちこっち」

 周囲(それも若干上の方)を見ると、美耶がいた。斜向かいにあるコンビニの屋根に乗って手を振っている。こちらに気付いたとみると、彼女は軽やかな動作で跳んで切妻と九重のいる場所へと瞬時に行った。

「いやぁ、参った参った」

 頭を掻きながら、質問をしていないのに話し始める。

「君が何の予告も無く曲がったでしょ? その時私は曲がれなくてさ。あのまま直進してたら車にぶつかっちゃうし。で、私はそうならない為に跳んだのよ」

「と?」

「そう。人間でいう所の走り高跳びの要領に走り幅跳びも加えた感じで、こう、ぴょーんって」

 美耶は弓形に上がっていく手振りを加えて説明する。

「そうしたら行き過ぎちゃって、今戻ってきた所なんだよ」

「行き過ぎた?」

「うん。あそこまで行っちゃって」

 そう言って前方を指差す。指先は上向きであり、その方向にあるのはマンションだ。あのマンションは今いる交差点から三百メートル離れた場所に建っており、確か階数が十三だったような気がする。美耶はそのマンションの屋上を指している。

 物理的に不可能ではないか? 競輪と同程度のスピードで跳んだとしてもあそこまで高い場所に到達するなぞ不可能だ。というか三百メートルも跳べる筈がない。有り得ない。それともあれか? 死神の内に秘めたるパワーによって推進力を得て射出されたのか? それともこの世の住人ではないから重力無視して宇宙空間で跳ぶが如く一直線に飛んで行ったのか?

「怪我しなかったか?」

 切妻はそんな漫画的現象よりも美耶の身体を気にしていた。

「大丈夫。あれくらいでどうこうなる体の構造はしてないから」

 美耶は屈伸したり肩を回したりで怪我をしていない事をアピールする。

「そか。でもあんまり無理すんなよ」

「は〜い」

 敬礼して自転車の横につく。信号は先程青に変わったのだが、九重のお説教と美耶の帰還イベントにより黄色に変わってしまった。なのでまだ暫く待つ事になるだろう。まぁ、切妻は遅刻ギリギリに登校する学生ではなく三十分は余裕を持って行く派なので遅刻の心配は無い。なので信号の一つや二つで止まっても気にしないのである。

「それにしても」

 再び九重に視線を移し、彼女が未だに抱き着いている様子を確認する。

「見事なまでに真っ赤だな」

 顔だけでなく、素肌が見える箇所は全部だ。湯気は頭頂からだけであるが、その内全身から蒸気を吹かすのではないかというくらいに熱かった。

「少しはクールダウンでも……ん?」

 切妻は手袋をしていなかったので外気に晒され、冷たくなった手を九重の額に翳してはたと動きを止める。

「死神さん」

「何?」

「乗れんじゃないか?」

 と切妻は九重の後ろを指差す。九重が切妻に抱き着くような体制の為、詰めている状態にある。なので座るスペースが新たに出来上がったのだ。三人乗りは危険だが、実際九重は死霊だからか体重を感じさせていない。美耶が乗っても二人乗りと同程度の負担にしかならないだろう。

「乗っちまえ。また跳び過ぎて戻ってくるのは面倒だろ?」

「そうだね。じゃあお言葉に甘えて」

 美耶は最後尾に乗り込み、九重の右肩を掴む。昨日切妻にしたのと同じく右に重心を寄せる。で、最後に右肩を掴んでいる手の甲に顎を載せて完成。

「準備完了」

「じゃあ、行くか」

 丁度信号が青に変わったので、自転車を漕ぎ出す。




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