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猫死神さんと命日まで  作者: 島地 雷夢
二日目――残り三日――
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目が覚めたら

 結論から言えば、美耶の言語不明の叫びも九重の羞恥爆発の叫びもご近所から苦情が来る原因にはならなかった。まぁ、要はあれだ片や死神。片や死霊。この世の住人ではないので所謂霊感のある人にしか聞こえなかったようだ。それは切妻にとって僥倖だった。残り短い命で近隣住民に土下座をして回らずに済んだのだから。

 美耶に死の宣告をされてから日付が変わった。これで切妻瑞貴が死ぬのは三日後となった。

 しかし、切妻にとってはそんな事どーでもよかったりするのだ。

 この日、目覚まし時計が鳴り響く七分前に切妻は目を覚ました。腹部に圧迫感を覚えたからだ。因みに腹の圧迫感程度は日常茶飯事だったりする。何故なら彼のベッド脇には漫画やら小説やらが山積みされており、時々雪崩が起きて切妻を生き埋めにしたりするのだ。なので、その程度では何も動じない。

 けれど、今回は状況が違っていた。腹部の圧迫が書籍によるものではなかったからだ。

 もそりと上半身を半分起こして圧迫してくるものを見る。

 美耶であった。正確には美耶の頭。

 彼女は切妻スタマックを枕代わりにし、体を丸めて布団の上ですやすやと眠っているではないか。時折猫耳と尻尾がひらんと蠢く。

 暫し沈黙。

 ……。

 …………。

 ………………。

 そして切妻は動いた。

「九重ぇ〜。俺の代わりに死神さんの枕になってくんない?」

 動いたと言っても身体を動かすのではなく、行動に移るという意味で。しかも微妙に履き違えた方向へと。

「……九重?」

 切妻は床へと目を向ける。九重は一人でいるのは嫌だ、と言うので切妻の部屋の狭い床い布団を敷いて就寝している筈だ。因みに美耶は記録をつけなければならないから一緒の部屋で、と言って九重と一緒の布団で寝ていた筈なのだが。それは置いといて。返事がないで不審に思い確認をしてみたのだが。

「…………」

 床には漫画や小説が山積みに置かれており、床が見えない。いや、置かれていたという表現は間違いで雪崩が起きて崩れ去った後の残骸、とでも言った方が正しいか。その床には本来布団が敷いてあった訳で、そこには九重が眠っている筈で、よくよく見ると崩れ去った書籍はベッドの上でそびえ立っていた軍勢であった訳で。

 ……つまりは、九重桜は予想だにしなかった雪崩に遭って本山遭難してしまったのだ。

「……アーメン」

 行方不明にあった九重に冥福を祈るのであった。

「(……いいから、助けてぇ)」

 本山の隙間から助けを呼ぶ声が、微かに聞こえたのであった。

「いや、助けたいのはやまやまなんだが、死神さんが俺の腹を枕にしてて動けない」

「(そ〜っと動いて起こさないように抜け出してぇ〜)」

「あ、その手があったか」

 手をポンと打つ。今頃気が付いたのか。

 切妻は健やかに眠っている美耶の額と後頭部を緩くホールドし、若干浮かせて下にあった己の腹を横にずらす。そして頭の位置を変えないように布団を少し折って高さを作り、彼女の頭の下に設置してゆっくり下ろす。

「よし、じゃあ今から助けに入る」

 美耶を起こさずに体の自由を得た切妻は床に降り立とうとする。でも足を場所が無かった。

「……ベッドの上から退かすか」

 手近にあった小説を手に取って隣接している勉強机の上に置く。ベッドの上に置くと冊数が増えてしまうと再び雪崩れる可能性があったからだ。妥当な判断だろう。というか、それ以前にベッドに大量のブックスを置かなければこのようなレスキュー騒ぎにはならなかった筈である。本棚もあるのだからそこに収納すればいいではないか。

 実際、収納はしている。けれど、もう満杯なのだ。

 なので仕方なく、そして寝ながら読めるようにベッド脇に山積みしているのであった。読んでは積んで読んでは積んでの繰り返し。まるで円環のことわ……げふん。

 さて、切妻は漸く九重の顔を発見出来る程に本を勉強机に載せ終った。

「生きてるか?」

「……死んでるけど、大丈夫」

「そうか、それは息災だ」

 生存を確認。いや、彼女はもう死んでいるので死亡を確認の方が正しいのだがこの場合の生存は存在と置き換えて貰いたい。因みに彼女と美耶はパジャマ姿であるが、それは切妻邸にあったものではない。霊やら死神やらの特技である用で、服装は自由に創造して着る事が可能であるらしい。便利なものだ。

 こつこつと新たに本マウンテンを築き上げていく。無事に九重救出に成功する。

「はぁ、死んでても苦しいもんだ、ね……」

 身体を起こし額を拭って息を吐く九重は、ふと切妻と目を合わせる。すると顔を赤くしてずばっと九十度顔をそらす。

 昨日風呂を浴びてからこうなのだ。まぁ、切妻を女性と思ってたから仕方がないと言えば仕方ないのだが。男性だと知ってしまった今、彼が風呂に浴びている最中に堂々と突入してしまったので気恥ずかしいのプラスの裸を見られて気恥ずかしいのなのだ。

 思春期乙女的には暴力に走ってもよかったのだが彼女はそうしなかった。暴力に走る事によって異性入浴中の風呂場突入と裸を見られた事が余計に脳内に焼き付いてしまうトリガーとなっていたかもしれないからだ。記憶と言うのは単一で保持するよりも何かと関連付けて置く事で思い出しやすくなるのだ。思い出したくないが為に暴力を行使しなかったのである。

 まぁ、入浴中に突入され、九重の裸を見てしまった切妻は全っ然気にしていないし心も乱していないのだが。それを口にすると(特に後者で)乙女心に傷がついてしまうだろう。なので口に出して言わないでいるのだ。

「にしても」

 切妻は勉強机に積んだ本の数々を見据える。確かに雪崩の起こる可能性は低いものではなかった。しかし、全部が雪崩れる程に危ない積み方をしていない。それに全部床方面に落ちるというのも可笑しいのだ。山を積む場所がベッドの上である以上。傾きはどちらかと言えばベッド寄りになるのだ。なのでベッドにも本が降り注がれるのだが、ベッドには一冊も本が落ちていない。これはどういう事か?

「…………あ」

 切妻はベッドで今もすやすや睡眠中の種族:猫の死神に視線を移す。

 彼女は本来床に敷かれた布団で寝ていたのだ。が、現在は家の主である切妻瑞貴のベッドの上で熟睡。そこから導き出される答えとは。


 最初は床で寝ていた。

 ↓

 けど、床で寝るよりもスプリングの効いたベッドで眠りたくなった。

 ↓

 ベッドに赴こうとするも本の山が邪魔をしている。

 ↓

 薙ぎ倒す。

 ↓

 雪崩発生。

 ↓

 何も知らない九重は生き(死に?)埋めに。

 ↓

 そして美耶はベッドで睡眠を。


 恐らくはこれが正答だろう。違うとしても、前述の過程で一つだけ異なる箇所があるくらいだ。

 さて、彼なりに謎が解けた所で。

 がしっ。

「えっ!?」

 九重の肩を掴むと、

 ぼすっ。

「ちょっ!?」

 自らのベッドに向けて押し倒し、

 とすっ。

「っ!?!?!?」

 あわあわしている九重を横たわらせ、彼女の腹の上に美耶の頭を載せるのであった。

「…………え?」

「朝食の準備するから、悪いけど暫く枕になっててくれ」

 切妻は忍び足で部屋を出てキッチンへと向かう。それを顔を更に赤く染めていた九重が茫然と彼の後ろ姿を見ていた。

「……えっ?」

 切妻の考えはこうだ。

 美耶はまだ寝ているので起こすのは忍びない。今は折った布団を枕代わりにしているが先程までは彼の腹を枕にしていた。もしかしたら人間の腹の感触が好きだから枕にしていたのかもしれない。なら男でちょっと肉質の硬めな腹よりも女性の柔らかめの腹の方が寝心地がいい筈だ。だったら九重に頼んで(実際は頼む前に)枕になって貰おう。

 というものだ。

「えっ?」

 己の腹部を枕にされた九重は思考能力を剥奪されたように疑問符しか口に出来なかった。

「ふぅにゅぅ〜〜」

 意識は夢の中で遊んでいらっしゃる美耶は唐突に右手を挙げると、それを自らの頭よりも上に置く。この場合の上とは地球の重力方向に対してではなく、体の構造的に頭頂部付近とでも言えばいいか。

 で、その手を置いた場所には、九重の上半身にある女性的な膨らみの一つが鎮座していた。

「ふぇ!?」

 いきなり触られたので奇声を上げてしまう。茫然としていたので顔色は通常モードに戻っていたが、今ので再び赤みを帯びてしまった。

「にゃぁ……」

 もみもみ。

 そして彼女の膨らみを無意識のうちに揉み出したのだった。

「ひぅっ!?」

 朝っぱらからセクハラをされてしまった九重は横に転がって相手方の攻撃を退けようとする。

 しかし美耶は九重を逃がさないとばかりに、左手を腰に回してしっかりとホールド。足も足に絡めて自由を完全に奪うどころか九重が動いても自分も確実に離れずについて行くような体制を取ってしまったのだ。

 もみもみ。

「ちょ、やめ」

 もみもみもみ。

「やぁ……」

 もにゅ。

「んっ」

 もにゅもにゅ。

「……んはっ」

 九重の口からは甘い吐息が漏れる。

 開け放たれたドアの向こうからその声を切妻も訊いているのだが、彼の反応はと言うと。

「……疲れてんのか?」

 疲労による息切れと誤認してしまっていた。もう鈍いとかそういうのを通り越して馬鹿の一言に尽きる。

「だったら、朝はちょっと栄養のつくものがいいか?」

 それともあっさり系の方がいいのだろうか? と冷蔵庫の中に入っている食材と睨めっこを続行するのであった。




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