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猫死神さんと命日まで  作者: 島地 雷夢
エピローグ
32/40

三年半後

 三年と半年後。

 株式会社SHINI−GAMIに新部署が立ち上がった。

 怨霊成仏課。

 名前の通り、怨霊を討伐ではなく成仏させる事を目的として設立された部署だ。怨霊は他者に被害を出す存在なので討伐した方が被害を最小限に留めることが出来るのだが、それでも尚、他の死霊と同様に怨霊も成仏させようとする。

 ただし、何かしらの不可抗力で、または過去の悲惨な影響で成りたくも無いのに成り果ててしまった怨霊に限る。あからさまな逆恨みや自業自得で怨霊に成り果ててしまった者に関しては従来通りに怨霊討伐課が担当する事になっている。あくまで救済の余地がある怨霊に対してだけ動くのだ。

 転生すれば前世の記憶を思い出す事はあるが、大抵は奥底に厳重に仕舞い込まれ、切っ掛けが無い限りは記憶の表層に出てくる事は無い。しかし、記憶がある事自体に重要な意味があるのだ。

 前世の記憶があれば、前世で培った知識を無意識のうちに行使し、ある経験から来る感情を自覚無しに理解するのだ。

 要は、行動に躊躇いが生じる。

 前世で失敗した事柄や、してはいけないと教わった事をしようとすると躊躇する。その躊躇いが大事であり、それがあるからこそ、人は越えてはいけない境界線上に一歩を踏み止まらせる。敢えて境界線の向こう側へと踏み込む者もいるが、大抵は躊躇いが生じれば諦める。人間を人間足らしめる大事な要素。人間が社会を生きる為に必要な要素。他人を気遣うのに欠かせない要素。

 前世の記憶を持たない者には、躊躇いは存在しない。なので、容易に境界線を越えやすくなってしまう。越えてしまう。越えてしまえば立ち止まって振り返る事は出来ず、後戻りする事も出来ない。人間と言う枠組みから外れ、道からも外れ、社会から離脱し、他人を傷付けても何とも思わなくなる。

 そして道を外れてしまった者を中心に一見すると何事も無いように見える白く輝く日常は徐々に白濁していき、前が見えなくなり、そして、何の前触れも無く転がっていく。……悪い方向へと。そして転がり落ちてしまったものを上に押し戻すのが躊躇いを持つ者だ。

 世界はそうやってバランスを保っている。

 躊躇う者もいれば、躊躇わない者もいる。

 躊躇う者がいなければ、世界は無秩序に支配された荒れ放題な世界になる。

 躊躇わない者がいなければ、世界は秩序に支配された機械的な世界になる。

 それ等はどちらもユートピアであり、ディストピアである。

 世界はどちらにも染まらないように出来ている。

 それが、この世界に生を受けたものにとって一番の幸福であるから。

 バランスを取る為に、怨霊が怨霊を増やさない為に怨霊を討伐する部署は消えず、怨霊を成仏させようという部署が立ち上げる事が出来た。ただそれだけだ。

 結局、世界がそれを望んだからそうなっただけだ。

 それでも、そうとは知らない美耶にとっては――もし、そうと知ったとしても――どうでもいい事なのだ。

 何故なら、彼女がこの部署を立ち上げたのは世界のバランスがどうとか、そういう壮大なスケールでの理由ではないからだ。

 理由は単純。個人的な物。人からすれば自分勝手、または偽善とでも吐き捨てられるかもしれない。

 それでもいい。美耶はそう決心している。

 生きているもの。死んでいるもの。人間であろうと動物であろうと虫であろうと、誰もが自分の都合を優先させて生きている。自分勝手と言いたい人はそう言えばいい。

 偽善は例え、偽物の善意だとしても結果として人の為に善くする事に変わりは無い。だから誇りこそすれども、恥じる事はしない。

 そんな彼女の理由とは――


 ――切妻瑞貴の意思を継ぐ――


 ただ、それだけ。自分が一緒にいたかった切妻ならこうするだろう。そんな漠然とした理由と言うにはあまりにも薄過ぎて簡単に粉々になりそうなもの。

 意思を継ぐと仰々しくしているが、それすらも上っ面の理由でしかない。結局は忘れたくない。記憶に刻んでおきたいだけなのだ。切妻瑞貴は消滅してしまった。転生ならば前世の残滓というものもあるのだが、霊気となり霧散してしまえば記憶は保てない。少し考え方が常人と比べて変わっており、分かり難いが優しい。自分よりも他人の為に行動する人物の記憶が消えてしまった。

 それが、美耶にとっては嫌だったのだ。

 他人の為に行動出来る人の存在が完全に消え去ってしまうのが、嫌だった。

 なので、美耶は怨霊成仏課を立ち上げた。

 切妻と同じように、他人の為に行動する。そうは言っても消滅してしまった切妻の代わりに行うのではない。それでは意味が無い。いなくなった人の代わりには誰もなれない。美耶が行うのはあくまで仕事。怨霊となってしまった死霊の手助けだ。それ以上でもそれ以下でもない。根本から切妻と同じになるのではなく、切妻と同じような事をするだけ。

 それでも、美耶にとっては大事な事だ。

 切妻と同じような事をすれば、彼が存在していた証を残せるのだから。

 それは仕事と言う形で。

 それは手助けした死霊の記憶に残る形で。

 それは寿命が存在しない死神である自分の時と共に摩耗していってしまう記憶に刻み込む形で。

 だから、美耶は怨霊を成仏させに今日も仕事をする。

「……さて、と」

 読んでいた書類をデスクの引き出しに仕舞い込むと、美耶は立ち上がって軽く伸びをする。目の下に決して薄くは無い隈が見える。それもそうだ。この怨霊成仏課は出来て一ヶ月と経っていないが、一人あたりの仕事量が他部署よりも濃密なのだ。

 その最たる理由と言うのが、配属人数が少ない事が起因しているだろう。

「御免、私ちょっと仮眠取るね」

 美耶は欠伸を噛み締めながら共に怨霊を成仏させる為に師走でもないのに走り回っている四人の仲間に声を掛ける。

 いや、正確には一人と三羽か。

「うん、いいよ。美耶ちゃんが寝てる間にこの報告書を書き上げておくから」

 切妻と一緒に成仏する筈であった少女――九重桜が自身のデスクの天板に積まれた紙の束を軽く叩きながら力無く答える。

「「「我々もやれる事をやっておく」」」

 声を揃えて言ったのはカーとラーとスーだ。切妻の守護霊として彼を守ろうとしたが、結局解雇されて守る事なく最後を見届けた烏の死霊達。そんな三羽は現在人間の姿をしている。三羽は死神となったのだ。勿論、この場にいる九重もだ。一人と三羽の首にはそれぞれ意匠の異なったチョーカーが嵌められている。

 九重とカーとラーとスーは、三年間みっちり勉強をし、今年度晴れて株式会社SHINI−GAMIに入社して怨霊成仏課に配属されたのだ。いや、正確には懇願したのだ。それが美耶との約束でもあったから。

 九重は切妻が消滅してしまった後、一頻り泣いていた。三羽烏も悲しみに明け暮れていた。そんな彼女等に美耶は涙を堪えながら誘ったのだ。

「瑞貴が――いた証を作ろう」

 その美耶の言葉に九重達は頷いた。たった数日と言えども切妻と一緒にいた。そんな彼の優しさに身を包まれていた。あんなにも他人の為に行動出来る者はそうそういない。そのような者がいなくなってしまった。それはとても惜しい事でもあるし、それ以前に納得出来なかった。なので一人と三羽は成仏せずに死神となる為に猛勉強を開始したのだ。九重達が勉強に励んでいる間に美耶は新部署設立の為に走り回っていた。

 苦労はあった。投げ出そうとも思った。でも、忘れたくないという単純な理由が美耶を突き動かしていた。

 そして一ヶ月前に設立された。

 まだまだ仕事の効率はよくはなく、新たに浮上してきた問題点も解消していかなければならない。

 それでも、後悔だけはしていない。

 出来た経緯はどうあれ、自分達のやっている事は間違っていない。

 そう、信じているから。

「おい、三毛猫」

 美耶が扉を開けて廊下に出ると横合いから声が投げ掛けられた。

「あ、カガチ」

 美耶は重く伸し掛かってくる瞼を必死で上げながら同僚に軽く挨拶する。

「大変そうだな」

 そう言ってカガチは手に持っていた缶飲料を美耶に投げ渡す。美耶はそれを掴み損ねて、手でそれを弾いてしまい、壁に当たった後に床に転がって行った。美耶はよろめきながら転がり続ける缶飲料を追い掛け、壁に頭をぶつけてしまう。

「いたっ」

「何やってんだ」

 頭を押さえてその場にしゃがみ込んだ美耶に転がる缶飲料を掴み取り、溜息を吐いてカガチは美耶に改めて差し出す。その缶飲料は角が凹んでしまっていた。

「大丈夫か?」

「うん、今ので眠気が少しだけ吹き飛んだ」

 そう言う美耶の目尻には頭部をぶつけた痛みから薄らと涙が浮かんでいたが、確かに先程よりも瞼が開いていた。

「ありがと」

 美耶はカガチから缶飲料を貰い受け、缶の表面に印字された商品名を目にして首を捻る。

「……ハヤシスープって何?」

「ハヤシライスのルーをカレースープのようにしたものだそうだ」

 新発売と書いてあったから買った。とカガチは自分用にも買っていた同種の缶飲料のプルトップを用いて開封し、中身を体内に押し流す。

「まぁ、不味くは無いか」

 その言葉を訊いた美耶は心底安心する。何せ一ヶ月前の新部署設立の祝いにカガチが持ってきたのは蛸アイスなる地獄の産物であった。魚介を使ったアイスだったので当初美耶は喜んだ(カーとラーとスーも同様に喜んだが、九重は苦笑いを浮かべていた)。しかし、食べて五秒後に二度と蛸アイスは口にしないと怨霊成仏課の面々は固く誓ったのであった。

 蛸アイスは地雷だったのだ。踏んで直ぐに発動するタイプではなく、きっかり五秒後に作動するように巧妙に仕組まれた後続を潰す意味の分からないようなタイプ。食べた瞬間は結構いけるかも、と思わせた。しかし五秒後には全員がお茶五百ミリリットルを刹那の瞬間に飲み干したのだった。

 要は不味かったのだ。超が三個はつく程に。

 なので、怨霊成仏課の面々はカガチの差し入れに戦々恐々しながら貰い受ける日々を送っている。それが余計に負担になっている事実にカガチ本人は気が付いていない。因みに地雷を踏む確率は四割弱だろうか。

 美耶も缶を開けて中身をちびりと呑む。成程、確かに不味くは無い味であった。が、かといって次も購入して呑もうという引きも特徴も無い普通な味であった。まぁ、不味いよりはマシか、と美耶は一息吐く。

「で、お前は何処に行こうとしてたんだ?」

 カガチは中身を飲み干した缶を弄びながら美耶に問う。

「仮眠室。ちょっと最近余計に夜勤が増えたから……」

「あぁ、藁人形に溜まった恨み辛みの処理か?」

「そう……」

 怨霊を成仏させるには、まず恨み辛みを無くさなければならない。無くす方法に生きたものや死霊を使う訳にはいかないので、代行として藁人形が使用されている。藁人形は呪いの儀式にも、呪いの肩代わりにも使われる程に負の念を溜め込む性質がある。なので、恨み辛みを向けさせれば、生きたもの、死霊程ではないが、ぶつける事が出来る。

 しかし、欠点があり、藁人形に溜められた恨み辛みはそのままにしておくと呪いの儀式に使われる性質上他者に流れて逝ってしまうのだ。なので誰かに流れる前に迅速に処理する必要があるのだ。もしくは、流出しないように厳重に保管しておく他無い。処理するにしても保管するにしても結構な量の霊気を消費しなければならないので一日作業で全てを終える事が出来ないのだ。

 更に、変化していない怨霊一人に対して使用する藁人形は平均して三十体も使うのだから、数は膨らんでいくばかりで、処理が追い付かない現状である。

「俺も手伝うか?」

「その申し出は有り難いけど、カガチは霊気が回復したばかりでしょ。頼めないよ」

 美耶の同僚は約二年半前から二週間前までとある事情で霊気の許容量が著しく減っていた。その際のカガチは少年の姿をしていた。そうしないと存在を保てなかったからだ。一時期は戦闘職を辞めようとしていたが、『下僕』の活躍により、彼に霊気が戻ったのはここでは語られない別の物語だ。美耶も詮索する気は無い。生きていれば(死神なのでもう死んでいるのだが)色々な事があるのだから、いちいち気にしていては切りが無い。

「そうか、なら別の手段だな」

「別?」

 不敵に笑うカガチに、ハヤシスープを飲みながら美耶は頭上に疑問符を浮かべる。

「唐突に話を変えるがな」

「話を変えるんだ」

「切妻瑞貴がいなくなった時に文化祭で切妻瑞貴が所属していた進学科の催しに人が集まったのは、俺と下僕が宣伝したからだ」

「そんな昔の事を今更打ち明けられても私はどうリアクションすればいいの? というか何でそんな話をする訳?」

 確かに三年半前の文化祭最終日に和服喫茶とお化け屋敷を訪れる人が増えていたのは気になっていたが、まさか怨霊討伐課の同僚が原因であったとは思いもしなかった美耶である。が、やはりどうして今更そんな事を言い始めるのか?

「気にするな。お前は、まぁ、適当に相槌を打つなり聞き流せばいい」

 続けるぞ、とカガチは一人で語り始める。

「何故俺と下僕が宣伝していたのかと言うと、それは偏に切妻瑞貴との交換条件の為でな。その為に俺は下僕を巻き込んでビラを配ったり校門前で呼び掛けを行っていたのだ。その成果故に客足は鰻登りとなり、最終的には行列が出来る程になった」

「何でそこまでしてたの?」

「だから言っているだろう。交換条件の為だ」

「そう言えば三年前も交換条件交換条件言いまくっていたけど、結局の所、その交換条件って何だったの?」

「交換条件は二つあってだな、そのうちの一つが――」

 カガチは大真面目な顔で胸を張りながら美耶に宣言した。


「――『鶴屋』の三色団子三千本を貰い受ける事だ」


 ずご――――っと美耶は後ろに倒れた。

「え? たったそれだけの事で瑞貴の為にあれやこれやとしてたの?」

「美耶、お前舐めるなよ。仙原市に本店を構える『鶴屋』の三色団子にどれだけの価値があると思っている? 一度口にした者ならば毎日絶対に口にしたいと常に想わせる程に美味で至高の一品なんだぞ」

「美味しいよ。一度食べた事あるから分かるけど確かに美味しいよあの三色団子は。でもそこまでする価値があるとは」

 思えない、とその部分だけは口に出来なかった。何せ、カガチの眼が本気で怖かったからだ。恐らく言葉にしていたら文字通り睨み殺されていたのではないだろうか? と思わせる程に鋭すぎた。蛇に睨まれた蛙とは、もしかしてこの事を言うのではないだろうか? と背筋に一筋汗をかきながら美耶は口を噤むのであった。

 同僚の意外な一面を垣間見た瞬間であった。

「で、もう一つの方だが」

 こほん、と咳払いをして微妙になっていた空気の流れを直すカガチ。

「切妻瑞貴が女装をする事だ」

 しかし、この発言で場の空気が先程以上に微妙な物に移ろいでしまったのだった。そして同僚の意外で共有し難い性癖を知ってしまった美耶であった。つい、後退りしてしまったのだった。

「おい、三毛猫。お前は勘違いしてる」

「何を勘違いしてるのかな? 私は何も勘違いしてないよ。ただ、カガチ。貴方にそんな趣味があるとは思わなかったよ。それ自体を否定する訳じゃないけどさ、私の部下にも同じような事をさせないでよ」

 部下とは、九重とカーとラーとスーの事である。一応美耶が課長なので一人と三羽よりも役職が上なのだ。名ばかりの課長であるが。

「お前こそ男が女物の和服を着た姿に萌えるだろうが。……ではなく、そこを勘違いしているんだお前は」

 カガチの口から溜息が深く吐かれた。心底心外だとでも言わんばかりに。

「その交換条件を呑んだ理由は下僕にある」

「カガチの……仲間さんに?」

 美耶は一度カガチの『下僕』にあった事があるが、その時は掃除洗濯炊事とあらゆる家事をそつなくこなしており真面目の一言に尽きる人物であった。

「仲間じゃない下僕だ。そしてお前が想像してる奴じゃない。別の下僕だ。そいつを使うにはどうしてもテコ入れが必要だったんだよ」

「テコ入れって……」

「そいつはな、自分の性欲に純粋な奴なんだよ」

 カガチは後半部分のトーンを少しだけ下げて言っていた。

「…………」

 美耶は二の句が継げなくなった。

「因みに性別は雌だ」

「いや、相手は人間なんだから女性と言おうよ」

「どっちでも同じだろ」

「そうだけど……」

 美耶は遠い目をしながらこう心の中で呟いた。

(あぁ、もしかして瑞貴があの日の早食い大会でゴスロリ衣装を着ていたのはそれが原因なのかな?)

 と。それにしても少年の女装姿でやる気を出す人物とは。美耶の理解を越えていたので早々に考える事を放棄したのだった。

「で、結局話を変えた理由は?」

「……気付かないのか?」

「何が?」

「いや、気が付いてないならいいか」

 カガチは空き缶をゴミ箱に放り投げると美耶の頬を抓る。

「にゃにしゅりゅにょ?」

「何となくだ。気にするな」

 十秒程抓ると、手を離し、カガチは携帯電話を取り出し、電話帳からある人物の名前を選択してコールする。三コールもしないうちに相手が出る。

「……あぁ、俺だ。もうエレベーターに乗ってここまで来ていいぞ」

 そう告げると直ぐ様カガチは通話を終了させる。相手が言葉を発する前に通話が終えられたので美耶は誰に電話を掛けたのか分からずにいる。

「行くぞ」

 カガチは美耶の首根っこを掴んで仮眠室とは正反対の方向へと歩み出す。

「何処に?」

「エレベーター」

「何で?」

「お前に合わせたい奴が来るからだ」

 カガチは引き摺る美耶に首を向けずに淡々と告げる。

「合わせたい奴?」

 きょとんとしてしまう美耶。

「要は、お前等怨霊成仏課の新しい仲間だ」

「あぁ、そういう事か」

 成程、と納得する美耶。

「因みに、俺の手解きを受けていたから怨霊相手に遅れは取らない」

「それは頼もしいね」

 美耶も三年半前よりも力は向上したのだが、それでもやはり怨霊相手だと危ない場面があった。なので防御目的でも戦闘職が来る事は安心出来る。

「あ、その人って正式な配属? それとも短期バイトの人?」

「正式だ。きちんと死神になる為の試験も通過した奴だ」

 そんな会話を繰り広げながらエレベーター前まで来る二人。頭上の回数表示は丁度一階から二階に上がって来た事を示す灯りが点灯した。ここは四階なのでもう少し時間が掛かるだろう。

「あ、そうだカガチ」

「何だ?」

「その人の特徴を教えて?」

「嫌だ」

 即答だった。

「えぇ? 何で?」

「言ったら、お前の面白い表情を拝めなくなるからな」

 悪戯めいた笑みを浮かべてカガチは美耶の視線を覗き込む。美耶は不満を表した瞳でカガチを軽く睨む。

(ま、いっか。もう直ぐ会うんだし)

 回数表示が三から四になった。

 目の前の扉が音を立てて左右に開けていく。


「――――――――――――――――――――――――――――――え?」


 美耶は目を見開き、手にしていたハヤシスープの缶を床に落とす。床にはハヤシスープが水溜りを形成していくが、それを気に掛ける程美耶の精神には余裕は存在しなくなっていた。

 何故なら、目の前にいる人物が、この場に居る事自体が有り得なかったからだ。

「知っていたか、美耶?」

 カガチは目の前の人物に釘付けになっている美耶に告げる。

「死霊ってのは、頭を落としたくらいじゃ、死なないんだぞ? 正確には、霊気が充分にあって脳味噌が無事ならな。霊気が充分で脳味噌が無傷なら、身体を再構成させられるんだ」

 そんな彼の言葉が美耶の耳には入って来なかった。

 目の前に立っている人物はスーツを着ているが見た目十代半ばの少年だ。しかし、男の癖に髪の毛が異様に長い。平安時代の女性貴族かっていうくらいに長い。流石に前髪は目に掛かるから邪魔なのだろう、適当に切られているが他は自然の状態にしていれば直立の姿勢でも床に触れる。なので彼は後ろ髪を頭頂よりも少し低い位置で一房に纏めている。また、そんな髪の長さと中性的な顔立ちプラス名前から女子に間違えられる事もあるのだろうが本人は気にしないのだろう。

 見開いた美耶の眼には涙が溜まっていく。先程ぶつけた頭の痛みが戻っていたのではない。

 このサプライズに驚いて。

 このサプライズに喜んで。

 このサプライズに感謝して。

 美耶は涙を流しながら、自由の効かなくなった顔面の筋肉を必死になって動かして笑みを作る。


「久しぶり、死神さん」


 目の前の少年が安心させるように柔らかい笑顔でそう言ってくる。美耶も笑顔でこう言い返す。


「久しぶり――――瑞貴」


 美耶は目の前の少年――切妻瑞貴に、守りたかった者に、助けたかった者に、一緒にいたかった者に走り寄って、抱き着いた。


 ――了――




ここまでお読みいただき誠にありがとうございました。

つたない文章でございましたが、皆様の心の中に少しでも残れたのならば嬉しい限りです。

ふと、思い出した時にでもまた読んで下されば幸いです。

では。

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