表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
猫死神さんと命日まで  作者: 島地 雷夢
初日――残り四日――
3/40

買い物ついでに

 さて、二人して満腹になった所でリビングに鎮座しているテレビでニュースを見ている。

『続いてのニュースです。行方不明であった九重桜さんが本日未明、仙原市赤葉区で遺体となって発見されました』

 仙原市赤葉区。それは切妻の邸宅がある場所であった。

 今流れているニュースによると、赤葉区の端にある自然公園の池を囲んでいる林で亡くなっていたそうだ。享年十五歳。中学生活最後の年であった。一週間前に彼女の捜索願届が警察に出されていたが、今日となって皮肉にも探す必要が無くなってしまった。

 生前の顔写真が画面に映し出される。恐らく生徒手帳に使われた写真だろう。制服の肩部分が移ったそれにある彼女の顔は柔らかい笑みがとてもよく似合う温和そうな感じが醸し出している。髪は少々赤みがあり、後ろで纏めた髪の房を肩に掛けて前の方に出している。

 こんな若いのに死んでしまうとは、やはり死は常に隣に潜んでいるのだなと実感する切妻であった。そんな彼も先程死の宣告を食らってはいるのだが、死ぬ事を常に受け入れているので然程堪えていない様子だ。

「……あ」

 ニュースで九重桜のいなくなった日の行動をニュースキャスターが感情を殺しながら読み上げている中、切妻は気付いてしまった。

「どうしたの?」

 美耶が不思議そうに切妻を眺める。

「……ガムテープ買わなきゃ」

 何の前振りも無かった。

 ガムテープは別に九重桜のニュースとは関係ないし、かといって種族:猫の死神美耶とも関係が無い。

 では、何故切妻はガムテープを買わなければと呟いたのか?

 答えは簡単。彼の通っている高校は今週の土曜日とその翌日の日曜日に文化祭を行うからその準備の為に必要であるのだ。今日の準備時間の終わり際に買っていたガムテープを使い切ってしまったのだ。なので誰かがガムテープを買わなければなかった。切妻はじゃんけんによりその役に決定してしまったのだった。因みに他にもペンキやらも買わなければならないのであった。

 まぁ、もっともガムテープやペンキは学校の経費として落とせるので個人負担にはならないのが救いではあった。何せ買うガムテープは五ロール。ペンキは三缶。軽く千円は超えてしまう。高校生にとっては痛い出費になってしまうのだ。なので経費で落とせる落とせないは金の少ない者には重要な事柄なのだ。

 という訳で買い出しに行くのであった。幸いまだ近くの日用工具品など売ってるホームセンター――デーシンは営業している時間だ。切妻は財布と鍵をジャージのポケットに入れる。

「ちょっと買い物行ってくる」

「あ、待って」

出て行こうとする切妻を呼び止める美耶。

「どした?」

「私も行く」

「何で?」

「君の行動は記録してなきゃいけないって言ったじゃん。それに、私達記録課の死神は記録対象が死ぬ日まではある程度の危険から守る義務もあるの。死を予測出来ると言っても絶対の予知じゃない。それより前に死んでしまう場合もある。そして死ぬと予測が出た日よりも前に死んでしまうと珍しい死を観測出来ないの。という訳で今日から死ぬ日までは私が君を守ります」

 美耶は両腕を一度胸の前でクロスさせてばっと両脇に広げる。

「これで」

 何時の間にやら彼女の手には某海賊漫画の執事に成りすました元賞金首のように手袋の指先に長い刃物が取り付けられた殺伐とした防寒具をはめていた。

「それってさ。ちゃんと切れるの? 絶対刃が対象物に当たった時に布がずれてあんま切れない気がするんだよ。あと普通に力負けするだろ」

 突っ込みの着眼点が常人と違う切妻であった。

「大丈夫。布は皮膚に完全密着してるからずれる事は無いし、握力はオラウータン並みにあるから力負けはしないよ」

 律儀に受け答えをする美耶。

「完全密着してたら皮膚呼吸出来ないじゃないか」

 決して五百キロある握力に疑問を覚えない切妻。猫なのだからそんなに握力はないだろう。というか、猫に握力は存在するのだろうか? 謎である。

「すっごく小さい通気孔が開いてるから平気平気」

「そか」

 会話終了。誰かここに常識人を一人呼んで欲しい。

 必要最低限の物を持った切妻と刃物をマジックの如く仕舞いフードを被った美耶は家を出て、マンションの駐輪場へと赴く。そこで彼のマイカー(ちょっと古めのママチャリ)の鍵を開錠。いざ行かん、デーシンへ。

 と思ったが。

「……なぁ」

「何?」

「何でそこに陣取る?」

 自転車の二人乗りは道路交通法で禁止されている。なのでこの場合は一人は自らの足で自転車と並走しなければならないという過酷な道を選ばなければならない。が、死神である美耶には道路交通法は分からないのか切妻よりも早く自転車に搭乗したのだ。

 ……前籠の中に。

 いや、正確には前籠に足を入れてハンドルの中央部に腰を下ろしているのだ。この場所と姿勢では必然的に操縦者となる切妻が前方不注意どころか前方未確認状態になる。

「せめて籠にすっぽり収まってくれ」

 そこか。

「いや、流石にこの身体だと入り切らないじゃん」

 それでは何故前方に席を取ったのだろうか? 猫故の特性か? 籠にすっぽりと収まりたかったのか?

「そこだと前が見えないから、乗るなら後ろにしてくれ」

「はーい」

 渋る様子もなく一旦自転車から降りる美耶。切妻が乗るのを確かめてから本来は荷物を載せる場所である部分に腰を下ろし、いざ出発。

 けど今回もまだ漕がない。

「なぁ」

「何?」

「何で俺の右肩に体重を乗せるんだ?」

 両手を重ねて切妻の右肩に載せ前方を見るように少しだけ背を伸ばして全体重を乗せる美耶。そんな彼女はしれっと言う。

「そこに手を置いた方が落ち着くから」

 とか言いながらも顎も乗せてくる美耶。これでは完全に右折時に危険が伴う。

「ならいい」

 いいのか。右折のコーナリングで盛大にこけてもいいのか?

「じゃ、行くぞ」

「うん」

 今度こそ出発する二人。目的のデーシンは自転車で十分も掛からない場所にある。外灯に照らされた道路脇を走行していく。行き交う車のライトが眩しく、時々路肩に停められているのでそれを避ける為に一時的に歩道に侵入する。歩道の道路側には街路樹としてスズカケノキが植わっている。もうライチのような果実を実らせて、切妻はそれを見る度に食べたくなってしまう症候群が発症する。

 デーシンに到着するとまずは自転車を止める。きっちりチェーンもする。盗難防止だ。こんなに古いママチャリを盗む輩なぞいないと思うが、切妻の中学時代の知人は錆ついてて蜘蛛の巣が張っていた自転車(ばりばり現役)だったのにも拘らず盗まれたという事例があったので念の為の防犯である。

 デーシン店内に入り、籠を手に取ってお目当てのガムテープをまず放り込む。次に別の売り場へと赴きペンキを購入。結構重い。明日持って行くのが面倒だなと思ってしまう切妻であった。

 必要なものはもう籠に入れたのでそのままレジに行ってもよかったのだが彼はそうしなかった。切妻はホームセンターならではの売り場へと向かっていた。デーシンに来たら、つい足が向いてしまう場所であった。

 目的地に到着すると切妻は真剣な面持ちで商品を吟味している。

(やっぱ軽い方がいいかな? でもこれはちょっと重めだけどデザインが気に入ってる。それとも無難なノーマルなのにした方が……)

 手に取っては戻しを繰り返す切妻。その眼には妥協の色が見られない。

 因みに彼がいるのは鎖売場である。

 別に彼には人を束縛して虐めたい、などという欲は微塵の欠片も無い。かと言って鎖を武器にして不良相手に毎晩喧嘩に明け暮れているでも無い。

 では、何故鎖売場にいるのかと言うと、切妻はストラップを趣味で自作しているからだ。ホームセンターではナスカンやプレートも売っているのでストラップは作れる。切妻にとってはホームセンター=ストラップの図式が成立している。

 切妻が作るストラップは貴金属オンリーだ。どちらかと言えば男性向け。紐は使用しない。なので携帯電話などの紐を通してつけるタイプにはつけられず、もっぱら鞄のチャック部分にナスカンで取り付ける感じになっておりウォレットチェーンやキーホルダーに近いものとなっている。

「今回はこれとこれにするか」

 基盤となる鎖を決めた用で、それらを売り場にある強力なニッパーで六センチの長さに切る。選んだ鎖はショートリンクチェーンとマンテルチェーンだ。前者は一般的によく見る鎖であり、環の大きさが小さいもの。後者は滑らかな楕円形の環を繋げたものだ。

 鎖を籠に入れてナスカンとプレートも選ぶ。ナスカンとは簡単に言えば別の何かに引っかけて落とさないようにする部品だ。これは彼の趣味でレバー式フックのもの一択であった。プレートは猫と鳩のものを選んだ。猫は現在種族:猫の死神がいたからと頭に浮かび、鳩は最近地下鉄駅構内で白アルビノの鳩を発見したから手にしたのだ。

 それ等と鎖を繋ぐ為の小さめの丸カンも籠に入れてレジへと向かう。

 会計でガムテープとペンキは鎖類とは別にレジを打って貰い(ポイントが付くのでカードも出す)、店内に設置してあるサービスセンターへと向かいレシートを元にガムテープとペンキの領収書を作成して貰った。これにてホームセンターでの用事は終了。

 帰ろうとしたら美耶が近くにいない事に気付く。彼はストラップ製作に必要な部品である鎖やらカンに夢中であったので気付かなくても当然か。

 普通は連れが行方不明になればある程度動揺はするのだろうが、切妻は慌てず騒がずゆったりとある一角に足を向ける。

 ペット売り場。

 そのうちの熱帯魚コーナー。

 そこに美耶が水槽のガラスに額をつけながら元気よく泳ぎ回る熱帯魚を観賞していた。尻尾は天高く伸びている。


挿絵(By みてみん)


「……美味しいかな?」

 というか物色していた。

「何してんだ?」

 一応確認を取る切妻。

「観賞」

 ではない事は彼には分かっていた。何せ涎を垂らしながら言っているのだから。明らかに捕食者が被食者を狙う様だ。ガラスを打ち破って頬張るのは理性で押し止めているのかもしれないが決壊するのも時間の問題だろう。

「ね「買わないからな」ぇ君、これ買ってくれない? …………あれ?」

 美耶の言葉の頭文字だけで内容を瞬時に理解し、否と唱える切妻。ある意味凄い早業である。

「それは食用じゃない。食用はこれだ」

 と切妻はペットの餌コーナーで猫缶(中身はツナ)を手に取って美耶に見せる。

「これなら買ってやる」

「じゃあそれで!」

 美耶は燦々と目を輝かせて一通り頷くのであった。

 猫缶を四つ手に持って再びレジに赴き会計を済ます。ポイントカードを出すのも忘れていない。猫缶の入ったビニール袋を美耶に手渡して本日のミッションは終了となった。

 切妻と美耶は停めてある自転車へと向かう。

「「…………」」

 自転車の手前三メートルで二人は歩みを止めた。そして切妻だけが再び歩み出す。

「おい、それは俺の自転車だ」

 彼の自転車に一人の少女がまたがっていたのだ。チェーンと鍵、それにストッパーで盗まれてはいないが、それでも許可なく自分の自転車に座られるのは居心地がいいものではない。

 少女は顔を切妻に向ける。その顔は驚きの色を浮かべていた。

「聞いてるのか?」

 更に足を前に出そうとする切妻の行く手を美耶が腕を広げて阻む。何時の間に切妻の前に来たのか。猫缶の入った袋を地面に置き、彼女の手には刃物のついた手袋が嵌められ、尻尾の毛は逆立っていた。

「近付いちゃ駄目」

「?」

「あれ、死霊だよ」

 そう言って視線を少女の足元に向ける。

 少女の足は存在してる。輪郭はある。しかし、膝から下は爪先に行くに従って透明になってく。爪先は大量の水で溶かした絵の具を一滴紙の上に垂らしたように色素が薄い。

 そんな少女は何処かの学校の制服に身を包んでいる。顔は柔らかい笑みがとてもよく似合う温和そうな感じが醸し出している。髪は少々赤みがあり、後ろで纏めた髪の房を肩に掛けて前の方に出している。

 切妻はその顔を知っていた。

 ここに来る前に流れていたニュースで。一週間前に捜索願が出され、今日遺体で発見された女子中学生。

 ――九重桜。その人だった。

 死霊を目の前にして臨戦態勢に入る美耶。恐らくは殺されたのであろう彼女は恨み辛みを当然抱えているのだろう。もしかしたらそれが心に深く刻まれて誰彼構わず襲ってしまう怨霊に成り果ててしまっているのかもしれない。なので美耶は記録対象である切妻を守る為に刃物付き手袋を装着したのだ。

 九重は美耶の両手を見て怯えている。それは刃物と言うシンプルな凶器を目にしたからだろうか? それとも自分が刈られると悟ったからのか定かではない。

 そして珍死の記録対象である切妻はというと。

「ちょっと、邪魔」

 美耶の横を普通に通り過ぎ、一先ず買ったガムテープとペンキが入っているレジ袋を自転車の横に置き、死霊である九重の脇を手で抱えるように掴んで上げて自転車から下ろす。因みに粗野で乱暴な動作ではなく、幼児を高い高いするように優しく抱き上げてそっと地面に立たせて退けたのであった。

「行くぞ死神さん」

 買った物を籠に入れ、今度は美耶の腕を掴んで手袋を外し(完全密着と言ってた割に簡単に外せた)、それを彼女に持たせて後部座席(荷置き)に座らせ、猫缶の入ったレジ袋も籠に入れてチェーンと鍵とストッパーを取り外して自転車を漕ぐのであった。

「「…………」」

 女子二人は切妻の行動に言葉を紡げないのであった。

「え? あれ?」

 漸くそれだけを零し、困惑する美耶。因みに後方では九重も困惑顔をしている。

 それはそうだろう。普通はこういうパターンの選択肢は――


 一:美耶に任せて切妻は後ろで様子を窺う。そして尋問パートへ。

 二:武器を取り出した美耶を宥め、九重の怯えを取り去る。そして説明パートへ。

 三:美耶に九重を攻撃させる。そして戦闘パートへ。


 ――くらいのものだが切妻はそんな選択肢は取らなかったのだ。切妻は無視はせず、かといって相手にもしていないという中途半端な選択を取ったのであった。

「あれが霊か〜〜。初めて見たな〜〜」

 感心してるのか無関心なのか分からない声音で切妻は後方の美耶に話し掛ける。

「あ、うん、そうなんだ。因みに霊にも種類があって、蘇生せずに死んだ状態の死霊。生きてるけど何らかの拍子に仮死状態になった時になる生霊。霊の状態で怨嗟や憎悪が激しく増加すると豹変する怨霊。あとは生きてる人に憑いて災厄から守る守護霊があるよ」

「へぇ〜〜。結構種類あんだな」

「そうなんだよ。……ってちょっと待って!」

 呆けながらもきちんと説明していた(どちらかと言えば意識せずに答えていたが)美耶は我に返り、手袋を再び嵌めて刃先をコンクリートの地面に減り込ませ自転車の勢いを殺して緊急停車させる。がりがりと小気味のいい音を奏でながら硬い地面を削り取ったのであった。

「おい、止まりたかったんなら俺がブレーキしたぞ」

 注意点はそこか切妻よ。地面が若干抉られた事はスルーなのか?

「普通スルーする!? 霊を見たら!? しかも初めてだったんでしょ!? 今まで見えなかったのにいきなり見えた事に対する疑問とかは無い訳!?」

「特には」

 感受性に乏しいのかもしれない。

「何かは思う所はあったと思うんだけど……」

 脱力しながら呟く美耶が傍から見れば哀れに見える。

「何か、ねぇ。…………あ、あった」

「ねぇ、やっぱりあるでしょ?」

「領収書ちゃんと貰ったっけか?」

「そこっ!?」

 死霊全く関係ナッスィング。

 切妻はポケットから財布を取り出して中身を確認する。そこにはちゃんと領収書が奉納されていた。

「ほぅ、よかった」

 額を拭う。一安心であった。

「じゃあ、帰るぞ〜〜」

「…………」

 何事も無かったかのように切妻が再び自転車を漕ぎだす。美耶はもう言うのも疲れたのか彼の右肩に顎をついてむすっとしていた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ