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猫死神さんと命日まで  作者: 島地 雷夢
最終日――残り0日――
26/40

切妻瑞貴のいない文化祭――その二

「そっか。瑞貴さんまだ見つからないんだ」

 昨日昼食を取っていた場所と同じ、本館前に急遽設置されたベンチに座って焼き鳥を食べながら九重は呟いた。曇天の空を見上げ、小さめの口からは溜息が漏れる。

 九重が目を覚ましたのは太陽が顔を出す寸前であった。起きると傍らに美耶が座っており、枕元には三羽烏が鎮座していたが、切妻の姿は何処にも無かった。美耶は九重が起きた事に安堵すると、あまり間を置かずに切妻がいなくなった事を彼女に伝えた。隠す事に意味は無く、現状を把握しておかなければ九重自身がこの世に留まっている理由が意味をなさなくなってしまう。なので美耶は伝えた。切妻が姿を消した事に。

 九重はそれを知ると、力を失ってベッドに倒れ込んだ。彼女の心にはどうしていなくなったのかと言う疑問が渦巻き、迷惑だったのだろうかと自分を責め、裏切られたように感じ、せめてもの恩返しも果たせていない自分の存在意義を見失いかけた。だが、頭を一つ振ると即座に気持ちを切り替えてみせた。

 切妻がいなくなったのは何か意図があっての事。自分勝手の行動のようでいて、相手に対する思いやりからくる行動。九重は彼はそういう行動を取ると知っている。初めて出会った日の夜に自分に向けてくれた分かり難い独特の優しさ。それを知っているから、彼女は理由も話さずに姿を消した切妻を捕まえて訳を問い詰めようとは思っていないし、責めようとも考えていない。

 ただ、九重は何処にいるか分からない切妻がまだ無事であるようにと祈っている。

 九重の隣に座ってクレープを食べている種族:猫の死神が言うには切妻は今日死ぬという。何時死ぬかは分からないが、それ故に、今この瞬間が死ぬ瞬間になっているんじゃないか? と身を締め付けられるような不安が頭を過ぎるのだ。

 彼女の本心は切妻には死んで欲しくないと切に願っている。それでも、その願いは到底叶わないものなのだろう。何せ、彼の死は死神――死を司る者によって予測されたものなのだから。切妻はその予測で珍しい死に方をすると出ていた。それを記録する事が横に座っている死神の仕事。死を見届けはすれども、助ける事はもう無い。彼の死を回避させるのに一番力になれる者の協力を仰げない。彼の死はほぼ約束されたも同然だ。

 だが、それでも。

 九重は祈る。切妻が無事であるように。

 そして願う。今日と言う日を死なずに乗り越えられるように。

 死霊である彼女がまだこの世に留まっている理由は、切妻と一緒に成仏する為だ。死霊になってから九重は切妻から恩を受けた。それを返したく、考えた結果が死んで成仏する時に一人で寂しくないように一緒に逝こうというものだ。

 それでも。

 もし、切妻が死なずにいられる方法があるのならば、九重は迷わずにそちらを選ぶ。

「……あっ」

 九重は思いついた。切妻を死なせずに済む方法を。

「どうしたの?」

「うん、ちょっとね」

 唇の端についたホイップクリームを舐め取っていた美耶が不思議そうに九重を見る。九重は曖昧に首を振って空を見上げる。

 ここで一歩踏み出せば状況は変わるかもしれないし、変わらないかもしれない。変わるとしても、切妻が目の前にいなければ絶対に変えようがない。九重が思いついた方法とはそのようなものだ。だが、正直言って、変えられるという確証は無く、変わらない確率の方が高いとさえ思ってしまう。

 けれど、それでも。九重は少しの確率であったとしても変えようと動いた。

「ねぇ、美耶ちゃん」

「何? 桜?」

 暫し悩んでいた九重は隣に座る美耶に質問を投げかける。

「瑞貴さんって、死んじゃうんだよね。今日」

「……うん」

 食べていたクレープから口を離し、美耶は一瞬だけ目を見開き、即座に目を閉じて顔に少し影を落として首肯する。

「……どういう風に死んじゃうの?」

 九重が思いついた方法。それは切妻の死に方を知っておく事で事前に阻止出来るかもしえないというもの。確証は無いが、確率はある一縷の望みなのだ。なので、彼女は九重に切妻の死に方を聞く事にした。

「…………それは」

 美耶は視線を落とし、逡巡する素振りを見せる。美耶も切妻を出来れば助けたいのだ。しかし、彼が死ぬ今日という日では助けようとすると首に嵌められたチョーカーが絞まり妨害してくる。

 でも、だ。ここで美耶は一つ考える。あくまで自分が切妻を助けようとするとチョーカーが絞まる。ならば他者が切妻を助けようとすれば? 自分は関与していないのでチョーカーは絞まらないで済むのではないだろうか? もしそうならば、彼を助ける事が出来る。他人任せになってしまうが、切妻を助けると認識されない程度のサポートは出来るだろう。

 九重の質問は、美耶にとっても一縷の望みとなった。彼女は九重に切妻の死に方を話そうと口を開く。

「……彼はっ!?」

 九重に伝えようとすると、チョーカーが急速に締まり、気道を閉塞させた。手にしていたクレープを地面に落とし、苦悶の表情で首に嵌められているチョーカーを緩めようと手を伸ばすが、意思に反して手はチョーカーに触れる寸前で止まってしまう。何度もがいても触れる事は叶わない。

「美耶ちゃん!?」

 焼き鳥をプラスチックの容器に落とした九重は苦しむ美耶の首に触れようと急いで手を伸ばす。美耶の様子からしてチョーカーが彼女の首を絞めているのだと分かったからだ。が、九重の手は美耶と同様に触れる寸前で止まってしまう。彼女等の方に乗っていた三羽烏も慌てた様子で美耶のチョーカーを外す為に嘴で突こうとするが、やはり接触する事は無かった。

 緩めて欲しければ切妻瑞貴を助けようとする行為自体を諦めろ、と言わんばかりにチョーカーは美耶、九重、三羽烏が触る事を拒否している。

 美耶は苦虫を噛み締めるような思いで先程の考えを払拭する。

 すると、チョーカーは緩み、閉塞された気道は開け放たれ、声が出せるようになる。

「げほっげほっ!」

 美耶は咳き込み、中途半端に肺に溜められていた二酸化炭素を吐き出す。それ以上の酸素を吸い込み、同量の二酸化炭素を排出する。それを幾度も繰り返す。

 九重は少しでも楽になるようにと美耶の背中を擦る。

「大丈夫?」

「う、うん。なんとか」

 最後に深呼吸をして、落ち着いた美耶は地面に落としてしまったクレープを拾い、焼き鳥の串が入ったビニール袋に入れる。

「……御免。彼がどういう風に死ぬかは、言えないみたい」

 言おうとすれば先程のようにチョーカーが妨害をしてくる。

 死神は切妻を助ける要因をも作ってはならない。絞まったチョーカーがそれを美耶に身を持って伝えてきた。

「……そっか」

 九重としても、もう無理に美耶に教えて貰おうとは思わなかった。そうする事で彼女を苦しめてしまうのだから。自分を怨霊から助けてくれた死神を苦しませたくはなかったから。

「御免ね。苦しい思いをさせちゃって」

「ううん、桜は悪くないよ。私だって予想外だったんだから」

 そう言って美耶は溜息を吐く。

 一縷の望みと言うのも絶たれてしまった。

 記録対象者に死に方を言ってはならないと規則に書いてあったのだから、他人なら大丈夫だと思っていたのが甘かった。他人からでも記録対象者に伝播してしまう可能性があるのだ。それを阻止する為にチョーカーが首を絞めてくる。

 美耶は忌々しく首元のチョーカーを握る。今はもう触れるようになっているが外そうと力を籠めても、そうすると引く事が出来なくなる。

 チョーカーは規律を守らせるものであると同時に、死神の本来の力をセーブさせるものでもある。外れれば本性に戻り、束縛を受け付けなくなる。

 もし、死神自身に何が何でも規律を順守するという姿勢があるのならば、チョーカーを自らの意思で外す事が出来る。順守する意思が無ければ、外す事は出来ない。

 現在の美耶は外せない立ち位置にいる。以前の美耶ならば外せただろう。しかし、生前に出会っていた切妻の傍に憑いてしまったが為に、心の天秤は傾き、出来る事ならば助けてあげたいと思ってしまった。それをチョーカーは察知し、美耶に外されないように働きかけているのだ。

 以降、会話は途切れてしまった。同様に食事にも手をつけなくなっていた。外気に晒されてどんどんと冷えていく料理をベンチに置いたまま、美耶と九重は視線を中空に彷徨わせる。

「「「がぁ……」」」

 カーとラーとスーは彼女等の様子を窺いつつ一鳴きする。

 三羽烏としても切妻が見つからない事は歯痒いのだ。樫の木に突き刺された自分達を遺骸を外し、引き千切られた翼と足を共に墓に埋めて貰った恩を返せていない。

 野生動物としても、鵙の早贄のような意味も無くあのように晒し者にされるのは嫌であった。切妻はそんな晒し者にされていた三羽烏の遺骸を外しただけではなく、剰え人目につかないように埋めてくれた事に感謝をし、何か彼の為に出来ないかと三羽で話し合って守護霊となる事にしたのだが、一日と経たずに一方的に解任されてしまった。理由も告げられず。唐突に。

 三羽烏としては、切妻を見つけた瞬間に再び守護霊として憑りつこうと画策してる。そして四六時中離れまいと決心しているのだった。そうすれば解任されたとしても問答無用で直ぐ様守護霊として憑りつけるからだ。解任→再任→解任→再任……と無限ループを組める。そして切妻が諦めるまでその無限ループを繰り広げようと意気込んでいる。ある意味で抜け目ない性格をしていたのだった。

「「「がぁ!」」」

 さて、そのような今後のプランを再確認した三羽烏は一鳴きあげると美耶と九重が手を付けていない食料に凄まじい勢いでがっつき(その様はまさに燃えるゴミの日におけるゴミ捨て場の一場面を彷彿とさせる)、エネルギー全開となって明後日の方角へと飛び立ち、切妻探しを再開したのだった。

「「…………」」

 そんな三羽烏の様子をただ眺めているしかなかった美耶と九重は、三羽が飛び立った方角を茫然と見つめていた。そして空となってしまった容器へと視線を移す。そしてもう一度カーとラーとスーが飛んで行った方向を見る。

 そして一言。

「「全部食べないでよっ!」」

 彼女等としては二人(一人と一匹)と三羽で均等に配分する予定でいたのだ。それが御覧の有様である。正直言って、美耶はクレープ半分。美耶は焼き鳥二串半しか食べていないのだ。食べかけの焼き鳥の他買っていたお好み焼き、たこ焼き、焼きそば、フランクフルトは全て三羽烏の胃袋へと消えてしまったのだった。

 因みにこの光景は一般人から見たらいきなり食料が消えて、少女達が突然怒り出したかのように見えている。何せ、三羽烏は一般人に見えるようにする程の霊気を持っていないのだから。

「……取り敢えず美耶ちゃん、お昼買い直そ?」

「……そうだね」

 散乱された(それでいて綺麗食べられている)容器をビニール袋に一纏めにし、美耶と九重は屋台へと食料を買いに行くのであった。行く途中にあったゴミ箱にゴミを捨てる。その時に分別を促す表記があったのでそれに従って分けて捨てた。

 屋台の方へと赴くと、中央にある校庭で何やらイベントが開催されてるようで、少しばかり人だかりが出来ていた。

 何となく興味を持った二人が金網越しに見ると、どうやら早食い大会を行っているようだった。現在は第二回戦をしているようで、特設ステージに設置された長机の上にはたこ焼きが三十個程山積みされている皿が参加人数分載せられていた。

 たこ焼きを貪っている生徒や一般客達の中に一人見知った顔を発見した。

「あ」

「スキヤキさんだ」

 スキヤキこと数奇屋が日本鎧の上にクラスパーカーを着るという奇抜な格好でいた。切妻と同じクラスに所属している彼と同程度の大食漢。どうやら数奇屋の休憩のタイミングは九重と同じだったようだ。

 そんな彼が早食いに参加していた。

 これは、最早勝負はついているのではないか? と美耶と九重は同時に思うのだった。なにせ先日訪れたオスバーガーにおいて化け物級のテラ盛りバーガーを一人で完食した様を彼女等はその目で見届けていたのだ。彼が負けるとは思えず、負ける場合は切妻が参加している場合だろう。

 しかし、そんな優勝間違い無しの数奇屋はたこ焼きの山に手を付けていなかった。

 どうしたのだろう? と首を捻っていると彼の横に『審判』と書かれた襷を掛けた生徒が横に立っているのに気が付いた。そしてその審判は数奇屋に『まだ駄目』と書かれた小さめのプラカードを見せている。審判の目は数奇屋にではなく、他の選手の食べているたこ焼きに向けられている。

 ある選手の食べているたこ焼きの量が目分量で半分以下になった所でプラカードが下げられる。それと同時に数奇屋が食べ始める。

 どうやら、モンスタースタマックを保有する数奇屋にはハンデが設けられているようだった。他の選手が半分以上食べるまで食べては駄目と言う、早食いに置いては致命的なまでのハンデが。

 まぁ、それでも。彼が他の選手の倍速以上のスピードで食べ切るのであまり意味は無いのだが。

 そんな感じで、数奇屋は準決勝に駒を進めたのであった。

 歓声が上がる中、遠くを見る目をしながら美耶と九重は呟く。

「ちょっと異常だよね」

「うん」

 死霊と死神からしてもそう言わしめる数奇屋のスタマック。因みにその言葉がそっくりそのまま切妻に当て嵌まるとは気付いていない。

 数奇屋の雄姿を目にした彼女等は特設ステージから目を離し、屋台に赴いて昼食を買い直す事にする。二人は校門付近で配っていたパンフレットに目を通して何処に何の屋台があるのかを確認する。

「桜、何食べたい?」

「私は……そうだね、焼き鳥食べてて御飯ものが食べたくなったから炒飯かな。美耶ちゃんは?」

「秋刀魚の塩焼き。あと鮭おにぎり」

「そのチョイスは魚介類だから?」

「うん」

 種族:猫故のチョイスであった。魚 is justiceなのだろう。先程は九重の分もあり、彼女の好き嫌いが分からなかったので昨日も食べていたものを選んだ。が、現在はそのような制約は存在せず、自分の食べたいものを無理も無く選べるのだ。

「それだったら、フィッシュアンドチップスも売ってるよ」

「あ、それはいいや」

「何で? 揚げ物が苦手とか?」

「いや、そういうんじゃなくてさ。味の問題で」

「味?」

「死神になる為に勉強してた時の参考書にさ、不味いって書いてあって」

 そう言って美耶は秋刀魚とおにぎりを買う為に列に並んで行った。

「それは」

 偏見ではないだろうか? と思う九重ではある。フィッシュアンドチップスはイギリスの料理である。そしてイギリスの料理は大抵不味いと言うレッテルを貼られている。有名なイギリス料理スコーンでさえも人によっては不味いとか。フィッシュアンドチップスも同義なのだろう。

 九重はイギリスに行って実際に食べた事が無いので分からないのだが、作り手次第で料理の味は変化するというのは知っている。イギリスの料理は不味いと言った人はそのような味を平気で出す店にしか行っていないからだろう。探せば旨いものを出す店はいくつも見つかる筈だ。その参考書とやらを書いた人物(死神?)は狭い視野と行動範囲しか持っていなかったのだろうと予測する。

 偏見というものは怖いもので、見た目や使用した食材だけで料理を判断したりもするのだ。何処産のブランド品を使用した何とかは実に美味であるとか、美しく盛り付けられたこれはさぞかし美味であろうとか、だ。見た目が汚いので味も同様に悪いのだろうとか、何処産の何々を使ったのだから味は最低だとか、何時もは口ものを食材として使用したので食べられるものではないだろうとか、そんな事も平気で口にしてしまうのだ。

 実際はブランド品を使ったからと言っても旨く仕上げるのは調理をする人の腕前次第であるし、いくら見た目が綺麗だからと言ってもイコール味もいいとは一概にも言えないのだ。ブランド品で無くとも旨く作れるし、食べた事の無いもので作られた料理も味は保障される場合がある。それに見た目が汚くても味に影響はない。

 それなのに日本人は料理を見た目や食材、発信されている情報で判断する傾向が見られる。視覚や他人からの情報に頼るのもいいが、実際に自らが味わってみなければ良し悪しなぞ分からないのだ。百聞は一見に如かずとはよく言ったものだ。

 と、日本人九重はそう心で独り言を呟きながら炒飯の他にフィッシュアンドチップスを購入するのであった。美耶の偏見を払拭する為に。

「あ、買ったんだ……」

 無事に目的のぶつを購入した美耶は合流した九重が持っている大き目の紙コップにフライドポテトと共に入った白身魚のフライを少し引きながら凝視する。

 取り敢えず、二人は近くのベンチに座る事にした。先程まで座っていた本館前のベンチはもう座られている気がしたので。それに予報では夜あたりに雨が降るであろうと言っていたが、もう何時降って来ても可笑しくない曇天模様だったので、屋根がある場所で食事をしたかったのだ。

「はい、美耶ちゃん」

 座ると同時に九重はフィッシュアンドチップスの入った紙コップを美耶に向ける。一つ食べてみて、という事だろう。

「あ」

 暫し硬直した美耶だったが、人からの厚意を無碍に出来ないので一つだけ貰う事にした。

「じゃあ、貰うね」

 美耶は一番小さい魚のフライを手に取り、それを眼前に持ってきてまじまじと見る。見た目は不味そうではない。しかし参考書によると見た目に騙されるな、との事。なので食べたらげんなりするかもしれない。そう思ってしまうと食べる気が失せてしまった。

 けれども、ここで切妻の顔が思い浮かんだ。彼は美耶が死神として接触した最初の夜にこう言っていたのだ。

『アレルギーとかなら残すのは許す。だけど自分の勝手で一旦口にした物を残すのは食べ物に失礼だ。なので残すのは許さん』

 と。白身魚にアレルギーは持っていない。口はまだつけていないが手には取った。これは食べると言う意思表示であり、手に取ったのに食べなければ食べ物に失礼だろう。それに、進めてきた相手に対しても。

 ここにきて彼の教訓(とは少し違うだろう。台詞を言った場面的に)が活きた瞬間であった。目を固く閉じた美耶は意を決して魚のフライを丸ごと口内へと押し込み、咀嚼を開始する。

「あ、美味しい」

 もぐもぐと食べている美耶の頬が綻んだ。充分に噛んでから呑み込むと、炒飯を食べいてる九重に上目使いで訊く。

「もう一ついい?」

「いいよ」

 そう言って九重はくすりと一つ笑いながらフィッシュアンドチップスを美耶に差し出す。美耶はそれを次々と口に放り込んでいく。白身魚を包む衣は小麦粉をビールで溶いたものである。ビールの発泡がふっくらとした食感を作りだし、苦味が程よく味を際立たせている。本場のフィッシュアンドチップスは衣に少量の重曹と酢を加えるそうだが、ここでは加えていないようだ。フライドポテトもほくほくして美味であった。やはり揚げ立ては美味しいと実感する。

 どうやら偏見は払い除けられたようだ。勢いよく食べる美耶を九重は微笑ましく見ながら炒飯を食べる。

 この食事の時だけは、切妻が見つからない事に対する憂鬱と暗い雰囲気は払拭された。これはある意味で食事を一気に平らげた三羽烏の功績でもあるが、三羽は意図してやった訳ではない。

 食べ終え、人心地した二人は事前に買っておいた五百ミリリットルのお茶のペットボトルを開けて中身を飲む。

「「「おぉ〜〜〜〜っ!!」」」

 半分程飲んだ時、校庭の方から歓声が上がる。先程数奇屋がハイスピードで食べ終えた時よりも一際大きいものであった。

 どうしたのだろう? と興味を引かれた美耶と九重は分別したゴミを捨て、金網の近くまで進み、様子を窺う。

 丁度早食いの決勝戦が終了したようだった。特設ステージには数奇屋を含めて勝ち上がった猛者が四人座っていた。その四名の内の一人、司会者であるマイクを手にした生徒に手を掴まれて高々と挙げられている。

「優勝は一般参加の匿名希望さんに決定だぁー!」

 優勝したのはなんと数奇屋ではなかったのだ。手を挙げられているのはふわふわとした長い髪を軽く編み込み、ふりふりのゴスロリ衣装に身を包み、カチューシャをして前髪で目を隠した女性であった。数奇屋は皿に乗っけられた大量の焼きそばを『まだ駄目』のプラカードが解放されて食べてはいたのだが、あと一歩という所で優勝を逃していた。

「準決勝までは他の選手と拮抗した速さで食べていましたが、それは決勝にて全力を出し切る為に敢えて抑えていたのでしょうか?」

 司会者が優勝した女性にマイクを向けて質問する。女性は声には出さず、首を振って肯定する。

「成程。確かにスキヤキ選手が食べ始めた時に出した速さで終始食べ進んでいれば体力的な限界というものが来てしまいますからね。それを踏まえ、ペース配分をしっかりとしていたからの優勝ですか。可愛い顔をしていて中々強かな方です」

 その後もいくつかの質問を受け答えして、早食い大会は閉幕と相成った。可愛い顔をしているという女性は終始首振りだけで質問に答えていたが。ゴスロリ衣装の女性は長机が片付けられていく会場を後にして校庭を囲む金網に設けられた常時開け放たれている扉へと向かう。

 美耶と九重は数奇屋が破れるとは思っていなかった。まぁ、ハンデがあったので負ける確率と言うのもあったのだが、それでもあの食べる速さだ。負けを想像しろというのは無理があった。そしてハンデがあったとは言え、僅かな差で数奇屋より早く食べ終えた女性は凄いと感嘆するのであった。

「それでは、次は」

 と、司会者が次に催される軽音楽部によるライブへと移行する旨を告げようとした時、暫定二位の数奇屋が横からマイクを荒々しく引っ手繰った。

「あ、ちょっと」

 司会者がマイクを取り戻そうとするが、数奇屋は片手で司会者の額を押さえてマイクを渡さないようにしている。そんな彼の顔は眉が寄っており少し怒ったように見える。

「おい、ちょっと待て」

 数奇屋は今まさに校庭から出て行こうとする優勝したゴスロリ衣装の女性にマイクを使って声を掛ける。


「お前……瑞貴だろ。仕事サボって何やってんだ?」


「「…………え?」」

 数奇屋の怒りが込められた一言に、金網越しで見ていた美耶と九重は揃って目を見開いた。




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