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猫死神さんと命日まで  作者: 島地 雷夢
四日目――残り一日――
20/40

怨霊再び

 文化祭の一日目が終了した。辺りは暗くなり、現在高校にいるのは簡単な片づけを済まして帰り支度をしている生徒と教師だけだ。

 切妻も帰り支度を済まし、帰路についている。

 彼の横には美耶、上空にはカーとラーとスー、後ろには九重がついている。

 会話も無く、ただ歩いて地下鉄駅へと向かっている。休憩終了間際の出来事が現在も引き摺っているのだ。あれ以来九重は切妻と言葉を交わしていない。数奇屋や紅からもどうしたの? と心配されたが九重は俯きながら「何でもない」と返すだけだった。

 重い空気が辺りを包む。

「……あのさ」

 あまりにも耐えられなかったので美耶が切妻に話し掛ける。

「何だ?」

「今日の晩御飯って何かな?」

 当たり障りのない話題をチョイスする。

「……取り敢えず、冷蔵庫に残ってる食材で適当に作る」

「何が残ってるの?」

「豚肉に人参、キャベツ、玉葱、もやし、中華麺ぐらいだな」

「それなら焼きそばでも作る?」

「いや、流石にそれは。昼間に焼きそば食ったし。夜も連続して焼きそばは無いよな?」

「そ、そうだね」

 美耶はやってしまったという表情をする。昼間、しかも食事の最中の出来事でこのような重い場が形成されているのだから焼きそばと言ってしまった彼女の失策だった。自爆してしまった美耶はこの後の展開をどうするか四苦八苦する。

「……固焼きそば」

 後ろを歩いていた九重がぽつりと呟く。

「ん?」

 切妻は振り返って九重を見て何と呟いたのかそれとなく仕草で訊いてみる。しかし九重は意図的に無視をした。不貞腐れているようにそっぽを向く彼女の様子に切妻は無理に訊き返そうとは思わず、嫌な顔一つせずあっさりと前方に向き直った。

「桜、何て言ったの?」

 美耶が歩幅を調整して九重の横につくと先程の言葉を訊いてみる。美耶自身は聞き取れていたのだが作り手の切妻が聞こえていないので催促している。別に彼女が切妻に言えば事足りるのだが、そこは敢えて九重に発言させようとしている。

「……固焼きそばならいいんじゃないかなって。お昼に食べたのはソース焼きそばだし。完全に同じメニューじゃなければいいと思うよ」

「だってさ」

 前方を行く切妻に確認を取る。

「あぁ、そうだな。固焼きそばならいいか。食感も違うしな。そうするとやっぱり餡かけだよな。餡は何ベースがいい?」

「桜、餡かけの味は何がいいって聞いてるよ?」

「……鶏ガラスープ。それに少し醤油で味を調えたやつ」

「だって」

「鶏ガラか。確か顆粒タイプのが残ってたからそれ使うか。因みに野菜の扱いはどーする?餡に最初から絡めておくのか、それとも別々にしておくのか?」

「どっち桜?」

「……絡めて」

「だってさ。ってもう面倒臭いんだけど」

 切妻と九重の微妙な橋渡しに美耶は嫌気がさした。盛大に溜息を吐いた。

「桜、そろそろ機嫌直したら?」

「別に機嫌悪くないよ」

 そう言いながらも不機嫌さ七割の顔であるが、美耶はそこには突っ込まない。

「そして君も謝ったら?」

「何を?」

 切妻はきょとんとしている。美耶はその様子にわざとではないかと? と彼を疑う。

「いや呆けないでよ。昼間の発言に対する謝罪。もしくは撤回の言葉」

「……」

 何時もの表情のままだが、切妻は考え込む。

(昼間の発言ってのはあれか、死を受け入れてるって事か? でも実際俺は何時でも死ぬ覚悟はあるから撤回するのも何だが憚れる。けど、その発言で九重が機嫌悪くしたんなら謝っておくべきだな。自分が死ぬ時に巻き込ませないようにって配慮もあの発言にはあったけどそこは伝わってなくてもいい。どっちかっていうと遠ざける言い方したんだよな。あ、それが真の原因か?)

 軽く溜息を吐くと切妻は立ち止まって九重の方へと体を反転させる。

「昼間は悪かった。もう軽々しく死ぬのを受け入れてるって言わない」

 九重を真っ直ぐに見据えて切妻は言う。九重も視線を外さない。その視線には相手の真偽を確かめるような力強い輝きが秘めていた。切妻は視線を逸らさずにいる。悪いとは本心では思っているのだ。なのでやましい気持ちなぞなく逸らす必要もない。

「……本当に悪かったって思ってる?」

 九重が最後の確認として訊いてくる。

「ああ」

 にべも無く答える切妻。ぶれる事も無く、言い淀む事も無く答える。

「……そう。ならいいよ」

 九重は軽く息を吐いて無意識に力が入っていた肩を弛緩させる。

「まぁ、私もちょっと意固地になってたかもね。命の価値観ってのは人それぞれで違うんだし。御免なさい」

「いや、九重が謝る必要ないだろ」

 頭を下げて謝る九重に切妻は話を逸らす方向に出た。そうしないと延々と謝りループに陥りそうだと感じたからだ。

「それよりも、晩飯は他にどーする? 固焼きそばオンリーは寂しいぞ」

「他には何が残ってるの?」

「えっと、あとは卵だな」

「だったら目玉焼きとか卵焼きでも作ろうよ。あと大根の味噌汁。確かまだ大根あったよね?」

「あぁ。あったな」

「大根の葉っぱも味噌汁に使えばいいと思うし、それで充分だと思うよ」

「そうか」

 本日の晩飯のメニューが決まった。

「あ、私は卵目玉焼きがいい」

 美耶が手を挙げて宣言する。

「「「がぁ」」」

 上空を飛ぶ三羽烏も何か言っている。ここは美耶に翻訳を任せる。

「『我々は生卵がいい。あとマヨネーズ』だって。ってマヨネーズ?」

 美耶は疑問符を浮かべる。

「何でマヨネーズ?」

「原料が卵だからか?」

 切妻も首を捻る。

「多分、食べ慣れてたからじゃないかな? マヨネーズを」

 九重が自身の考えを口にする。

「ゴミを漁って手に入れたマヨネーズは貴重な脂質補給食料だから率先して食べてたって事か?」

「「「がぁ」」」

「『その通り』だって」

 確かにゴミ置き場で烏がマヨネーズの容器から残ったマヨを食べている光景は時々目にしている。他の生ゴミよりも率先して漁っている気がしないでもないが、成程、脂質補給の為だったか。切妻はテキトーに言った言葉が当たった事に少々驚いた。

「……マヨネーズあったかな?」

 普段あまりマヨネーズを使用しないので備蓄があるかどうか不明だった。なので新品でも買って帰ろうかと画策する切妻。

「あ、だったら私は鰹節が欲しい」

 美耶が三羽烏の発言に便乗する。

「私は……とろけるチーズ。それを卵焼きに混ぜ込んだ奴を食べたい」

 九重も便乗する。因みに今挙げた二つの食料は切妻邸には存在しない食料だ。

「……ちょいとコンビニ寄って買うか」

 家に無いものをねだられたので先程挙げられた食料を買う事に決定した。なので進行方向を若干変更。近くのコンビニ――全国のコンビニ売り上げ第二位のラウサンへと足を運ぶ。

 少量を買うだけなので一人で店内へと赴く事にする。他の二人と三羽(一人と一匹と三羽だけど)には深夜には不良が座り込みそうなゴミ箱の前で待機しているように言いつける。

「いらっしゃいませー」

 バイト店員の若干投げやり気味の挨拶を受けて入店。店内には昨年妙な旋風を巻き起こした魔法少女物のオープニングテーマが流れている。先日劇場版が放映開始した影響だろう。しかし切妻はこの魔法少女のアニメを見ていないので何の曲かさっぱり分からず、単に少し物悲しい歌詞だなと思うだけだった。

 そんな切妻はマヨネーズと鰹節ととろけるチーズを籠に入れて即行レジへ。立ち読みはしない。理由は早く帰って晩飯を食べたいからだ。

「あ、そうか。おでんとか肉まんも買うのもいいか」

 レジにてそんな事を思いつく切妻。夕飯は勿論作るがこれはどちらかと言えば謝罪の具現化でも言うべきか。九重は機嫌を直してくれたが、それでも何かはしておかないといけないと思ったのだ。原因が自分にあるので。

 という訳で買う事に決めた。

「すみませんこれ等の他におでんの竹輪とはんぺんと大根と蒟蒻と蛸足に昆布煮卵あと肉まんと粒餡まんと漉し餡まんとピザまんとカレーマンそれにホットドックとフランクフルトとフライドポテトと唐揚げちゃんの普通と辛めとチーズと牛串を下さい」

 一息で言い切った切妻をバイト店員は唖然として見ていた。一人でこんなに食うのかという疑問が脳内で渦巻いている。渦巻きながらもきちんとレジ業務を済ませる。

 両手にレジ袋を持って店を出る。

「あれ? あいつ等何処に行った?」

 辺りを見回すが美耶達がいなくなっていた。先程はゴミ箱の前で待っているように指示して皆首肯をしていた。夜だがゴミ箱付近に烏が集まっている光景は衛生面的にあれな感じがしたがどうせ一般人には見えないのだから別にいいかと思った。しかし今ゴミ箱には三羽烏はおらず、近くには種族猫の死神と死霊もいない。

 記録観察対象から自ら離れるとは思えなかった切妻は何か嫌な予感がした。守護霊として憑りついたのに勝手にいなくなるのも嫌な予感がする。そして怨霊に狙われている九重もいなくなった事。これが一番嫌な予感がした。

 どくんと心臓が跳ね上がる。

 切妻は走って辺りを探し始める。しかし彼女等は何処にもいない。見付からない事に余計に焦燥感が漂ってしまう。もしかしてわざと人目につかない場所へと行っているのかもしれないという考えが頭を過ぎる。一般人を巻き込ませない為の配慮としてそういう行動に出るかもしれない。ここら辺で人があまり訪れない場所を必死で思い出そうとする。


「桜っ!!」


 後方から劈くような叫びが聞こえた。この声に訊き覚えがあった。美耶の声だ。そして彼女の声は九重の名前を言っていた。それによって切妻の鼓動はまた一つ強く撥ねる。

 急いで声のした方へと走って行く。走りながら、ここらで人があまり来ない場所を思い出し、今向かっている方面にあると分かった。恐らく彼女等はそこにいるのだろう。

 この先には廃アパートがある。老朽化が進み、取り壊しが決定された。現在は漸く住人がいなくなった所で、来月から取り壊す事になっている。現在は立ち入り禁止の看板が入口に立っており、ロープで入らせないようにしている。

 恐らくそこにいる。あそこならもし怨霊と戦闘になっても人の目を気にしなくて済み、アパートや敷地内に傷がついたとしても誰も気にしない。

 そして、廃アパートの敷地へと足を踏み入れると漸く見つける事が出来た。

 しかし、決して安堵は出来ない状況だった。彼の予感は当たってしまった。

 美耶は耳と尻尾を生やし、刃物のついた手袋を装着して怨霊佐沼と対峙している。

 佐沼は以前見た時と様相が変化していた。生前の面影が残っていた顔は今では鬼のように牙が並び、角が生え、顔が歪んでいた。体格も一回り大きくなり、ナイフを持った右腕の関節だけが一つ増えていて最早人間の姿をしていなかった。

 佐沼がナイフを巧みに操って美耶に攻撃を加えていく。美耶も防戦はせずに同じように攻めていく。互いの力量は今の所互角。少しでも攻撃の手が緩めばそこを一気に突かれてしまうだろう。

 切妻は美耶の後方を見る。そこにはカーとラーとスーが九重を三点で囲むように立っている。三羽烏は淡く光っており、その光をそれぞれに張り巡らせて九重へと向けている。

 彼の守護霊に囲まれた九重は俯せになって倒れている。そんな彼女の背中には一文字に切られたような傷があった。そしてその傷口からは白い靄が止めどなく流れ出している。

 霊は生きた体を持っていないので血は流さない。しかし傷を負えばそこから霊気が流れ出てしまう。切妻は佐沼が美耶によって傷を負わされた際に黒い靄が流れたのを思い出した。あの時とは色が違うが美耶が彼と九重に流し込んだ霊気の色に酷似している。なので、九重の身体から流れる靄は霊気だと悟る。

「っ!?」

 切妻は手に持っていたレジ袋を地面に落とし、九重の下へと駆け寄る。

「おい、大丈夫か!?」

 九重の顔を覗くと、彼女の肌は蒼白を通り越して骨のように気味の悪い白に変色していた。

「おいっ! しっかりしろ!」

 彼にしては珍しく、声を荒げ、顔に焦りが浮かんでいた。彼は昼間に美耶が言っていた事を脳内で反復していた。

(守護霊は霊気が無くなると強制送還されるんだよな。って事は死霊も霊気が無くなると強制送還になるのか? いや、死神さんは『霊気が無くなった守護霊は強制送還される』って言ってた。もしかしたらあれは守護霊だけ特別で、他の霊が霊気を失ったら場合は強制送還されないのかもしれない。あの世に渡るだけならマシだけど、最悪消滅の可能性もある。死神さんに詳しく聞いてないからあくまで仮定だけどそれでも違うとは言い切れない)

 消滅する事だけは嫌だった。

 自分に気を遣ってこの世に止まらせてしまったのだ。せめて成仏して欲しいと思っていた。

 九重は何も悪くない。

 九重は今時の若者だ。ちょっとした事で笑ったり、泣いたり、怒ったり、不貞腐れたり、恐がったり、げんなりしたり、興味を持ったり、赤面したりする。そんな至って普通の子だ。

 なのに、これはあんまりだった。

 九重桜は殺された。佐沼義武という怨霊へと成り下がった男に。

 殺されて、一度は自身の死を拒否しようという気持ちはあった。けれども、彼女は死を受け入れた。

 九重桜は再び佐沼義武に殺されそうになっている。今度殺されれば霊体の死になる。肉体の死とは違う。完全な消滅。切妻の仮定は間違っておらず、間違っていて欲しいという儚い希望は本人の知らぬ間に潰えている。

 切妻の頬に目から雫が落ちる。久しぶりに目頭が熱くなり、顔の筋肉が強張る。二度と体験したくないと思っていた身近な者が消えるという避けられない事象。切妻にとって九重はもう他人ではなくなっており、消えてしまうと考えると感情の波が揺さぶられる。

「「「がぁ!」」」

 三羽烏が切妻に何かを訴えようと翼をばたつかせている。しかし、彼には言葉が理解出来ない。

「大丈夫っ!!」

 美耶は佐沼に攻撃を加えながら切妻に告げる。

「その子等に桜を治療して貰ってるから! その子等の能力が傷口の治癒促進なの! だから桜の霊気が全部体外に流れ出る前に傷口は塞がるよ!」

 その言葉に切妻は一瞬脳内が空白になり、九重が助かると理解すると体の力が抜け、涙が溢れた。先程流したものとは違い、安堵による涙だ。

「よかっ……た」

 彼は九重の手を握り、それを額に当てて呟いた。

「このっ!」

 美耶は苦悶の表情を浮かべながら攻め続ける。前回とは違い佐沼も怨霊としての力を大幅に増大させてしまっているので一筋縄ではいかない。

 怨霊は恨み辛みをぶつけないと異形の姿へと変えていく。それは溜まっていく恨みが体の中で渦巻き精神を犯してしまうからだ。変質可能な霊体はその溜まっていく恨みの影響をもろに受けてしまう。恨みが積もればそれだけ体は変質する。変質すればする程、力をつけてしまう。

 徐々に美耶が押され始めた。彼女の息は荒くなり、動きが遅くなっていくのに対し、佐沼の方は依然変わりなく攻撃をしている。

「っ!」

 美耶は下から右手で切り上げ、佐沼はナイフでそれを止める。その瞬間を美耶は左手を薙いで傷を与えようとしている。

 しかし、傷は与えられなかった。

 佐沼は一つ増えた関節を駆使していとも容易く美耶の攻撃を防ぎ切った。

 そしてそのまま攻撃に転じ、彼女の左肩から右の腰骨までを一振りで切り裂いた。

 美耶は声を上げる事も出来ず、傷口から霊気溢れ出し、身体を自分で支えきれずに膝から崩れ落ちる。

「死神さんっ!!」

 その光景を見てしまった切妻は駆け出し、完全に崩れ落ちる前に彼女を支えた。

 佐沼は美耶に追い打ちを掛けないでいる。彼はもう美耶に興味を失っている。いや、初めから興味を持っていなかったのだ。佐沼は最初九重を狙い、傷を負わせた。あとは殺そうとしていたが美耶に邪魔をされていた。彼にとって美耶は邪魔な存在でしかなく、動かなくなったのならどうでもいいと思っている。

 佐沼の現在の標的は切妻になっている。以前相対した時に佐沼は九重の他に切妻も標的としていた。標的にしていた人物が目の前に現れた事で彼は顔を醜悪な笑みで歪め、ナイフを振り被る。

 切妻は美耶が狙われたと勘違いをし、庇うように覆いかぶさる。それが幸をなしたようで、彼の頭を狙ったナイフの軌道は逸れて切妻の右肩に深々と突き刺さった。

「うっぐぁぁぁぁああああああああああああああああっ!?!?!?」

 今まで体験した事のない激痛を味わい、気を失わないように無意識に叫びを上げる。その声を訊いた佐沼は更に笑みを深くした。自身の恨みをぶつけられたので気持ちがいいのだろう。醜悪な笑みからは快楽を感じていると分かる。

 佐沼がナイフを抜くと地が止めどなく流れ出た。切妻は荒い息をしながらも美耶を守る為に覆い被さったままだ。

 再びナイフが振り上げられる。

 今度は外さない。外れない。外されない。佐沼はナイフを持つ手に更に力を加え、回避を許さない程に早く振り下ろす。

 突き刺さる筈だった。

 しかし、佐沼のナイフは切妻の頭上に突き立てられる事は無く、彼の手の内から喪失していた。

「お前か、連絡にあった怨霊は」

 声がした。聞いた事のない声だった。切妻は顔を上げると佐沼の後ろに何時の間にか青年が立っている事に気が付いた。

 その青年はジャージに身を包み、焦げ茶色の乱雑に切り揃えられた髪の隙間から見える双眸は金色に光っている。そして、首には蛇皮で仕立て上げられたチョーカーが巻かれていた。青年の右の人差し指と中指の間には佐沼が切妻に突き立てようとしていたナイフが挟まっていた。

「討伐させて貰うぞ」

 ナイフを捨てながら青年がそう言うのと同時に佐沼は右手にナイフを出現させて突き刺そうとする。

 青年は避ける事もせず、拳をナイフの軌道上に放つ。普通ならば突き刺さるのだがそうはならず、それどころか拳に当たったナイフは砕け散った。アスファルトで舗装された道路ですら突き立てる程に鋭利で硬度があるナイフは脆いガラスのように崩れ去った。

 青年の拳はそのまま佐沼の胸を突き破り、直ぐ様引き抜く。黒い靄が溢れ出し、佐沼は苦悶の表情を浮かべる。

 青年は続けて拳を佐沼の右腕に放つ。バキゴキと骨が砕ける音がした後に拳が貫通して右腕が地面に落ちる。

「これで終わりだ」

 青年は最後に顔面へと拳を放つ。が、佐沼はそれを間一髪で回避し、空に溶けるように消えていった。

「ちっ、逃げたか」

 辺りを見渡すが、青年は眉を寄せて頭を振る。

「自分の溢れ出た霊気も遮断するのか。厄介だな」

 佐沼を追い掛けても直ぐには見つからないと分かると青年は切妻と美耶のいる方へと歩いていく。

「闇雲にあれを捜すよりも、まずは同僚とその記録対象者の治療でもしておくか」

 青年はジャージのポケットから紙片を数枚取り出して美耶の傷口に貼り付ける。すると溢れ出ていた霊気は止まり、傷口が薄らではあるが塞がっていく。

 次に紙片を一枚切妻の傷に貼り付ける。こちらも血が止まり、いずれは皮膚となる薄い膜が形成された。

「…………」

 未だに痛む肩を押さえながら切妻は青年を見る。助けては貰ったので警戒はしていない。その目はどちらかと言えば誰なんだろうと言う疑問の色に染まっている。

「……まぁ、名乗っとくか」

 青年は切妻の視線に含まれた疑問を正確に受け取り、自己紹介を始める。

「こんばんは記録対象者。俺はカガチ。こいつと同じ死神だ」

 青年――カガチは金の双眸を煌めかせて切妻を見据える。




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