死神とは?
初対面の少女にいきなり一週間後に死ぬと言われた切妻は。
「あ、そう」
と素っ気ないリアクションを取って扉を掴んでいる少女の指を丁寧に引き剥がして扉を閉めた。
「さて、ニュースでも見るか」
切妻は伸びをしてリビングへと向かおうとする。
「ちょっと待って!」
玄関扉が勢いよく開き、少女が必死の形相で切妻邸内に飛び込んできた。
「何その興味ありませんよって反応!? 普通あんな事言われたら呆れるとか怒るとか不安になったりとかするもんじゃないの人間って!?」
「人それぞれだ」
ばっさりと切り捨てたのであった。
「で、他に用があるのか?」
「え? あ、うん。あるある用が。というかこっちが本題」
そう言って少女は切妻に向き直る。
「私は君が死ぬまで一緒にいます」
「帰れ」
切妻は優しく少女の肩を掴むと回れ右をさせ、扉を開けて押し出した。
「ちょっ!? だから待ってって!」
「もうお菓子上げたんだから悪戯はすんな」
「悪戯じゃないよ! 本当の事なんだよ!」
「本当?」
「だって、私は死神だから!」
そんな少女の言葉に。
「だったら死覇装を着て魂魄を切る刀携えたり、人の名前を書いたら四十秒で死ぬノートを持って来い」
切妻はにべも無く言うのであった。
「そんな死神いないよ!」
きっぱり否定する少女。まぁ、切妻が挙げたのはとある週刊誌に出て来た架空の死神であるからして、確かに本当の死神とは違うのだろう。
「だったら、死神だっていう証拠見せろ」
「はい」
刹那の間も置かずに少女は何やら免許証のような物を取り出した。
そこにはこう書かれている。
『株式会社SHINI−GAMI
死神部
死亡記録課
人間担当
美耶(種族:猫) 』
突っ込み所満載の代物だった。御丁寧に顔写真とIDナンバーも記載されている。
まず、死神とは会社だったのかという所。それと株式であったのかという所。死亡記録を作る部署がある事。人間担当という事は人間以外の生き物の担当もあるという事。それに恐らく名前だろうが、その後ろに何故(種族:猫)と記載されている事。というか日本語なのか。顔写真にフード被ったまま撮るな、とかその他諸々あるが挙げていくとキリがない。
で、これを見た切妻の感想は。
「今日という日の為によく手間を掛けてこれだけの物作ったな」
感心していた。
「パソコンで作ったのか? 何のソフトで?」
「だぁかぁらぁ! これ、本物の社員証! 私! 死神で会社員!」
「そーかそーか」
切妻はもう涙目になっている少女――美耶の頭を撫でまわす。
「絶対信じてないでしょ!」
「っていうか、そうか。猫耳フードに尻尾アクセで種族を猫ってしてるのか」
成程、これならば種族:猫の表記は頷ける。仮装状態をきちんと説明している。
「このフードも自分で加工したのか?」
切妻は興味本位で美耶のフードの耳部分を摘まむ。
ふにっ。
柔らかかった。
身近な物で例えるなら、餃子の皮を五枚重ねたくらいの柔らかさだった。
でも、妙でもあった。
作り物にしては質感がリアル過ぎた。布部分を擦っても内側にある柔らかい部分の位置は微動だにしない。それに微妙に温かい。
ふにふにこすこすっ。
切妻は確かめるように入念に耳部分を触る。
「ふにゃぅ!?」
耳を弄ると美耶は変な叫びを上げる。唇がわなわなと震えており、頬もわずかに上気している。
「や、やめてぇ……お願いだから」
美耶は段々と目がとろんとしてきた。それに肩もぷるぷる震え、膝はがくがくしている。尻尾も連動してふにゃふにゃになった。
「はぅ……」
力を無くした美耶が膝を床につける。その拍子に切妻がフードをその場に固定していた所為も相まってフードが脱げた。
「………………………………………………………………………………」
切妻は言葉を失った。
美耶はミディアムショートで髪は肩に当たるかどうか微妙なラインの長さだ。いや、そこは問題ではない。
髪の色も問題ではない。別に金髪だったり、銀髪だったりは驚かない。今の御時世では美容室に行って髪の色を髪の毛を水色にしたり真っ赤にしたりする人もある。だから頭髪が白、黒、茶のアトランダムに生えている仕様は驚くに値しない。
驚くべき点は別にある。
それは、耳が本来人間にあるべき個所に存在していなかったのだ。鼻の穴があるラインの両側頭部に外耳があるのだが見当たらない。まるで削ぎ落とされたかのように。いや、その表現も違う。耳があるべき個所にも髪の毛が生えている。耳なぞ端からそこに存在していなかったとでもいうように。
そして、彼女の耳は、頭の上の部分に生えていた。
……猫耳フードの耳部分と同じ形で。要は獣耳。ビーストイアー。
切妻は耳を触ってみる。温かかった。
切妻は耳を引っ張ってみる。取れなかった。
切妻は耳に息を吹きかけていた。
「ふにゃぅ!?」
耳がぴくっと動いた。
動いた……。
動いた!?
これは、尻尾と同じ自立型のアクセサリー……とは考えにくかった。
つまりは、正真正銘の本物。リアルイアー。
で、切妻の反応はというと。
「あ、本物だ」
えらく淡泊な反応であった。白身魚もびっくりの淡泊さである。
種族:猫。あぁ成程。今度こそ合点がいったといった感じは出ていたが。
「けど、これだけだと単なる猫又の類いにしか見えないな」
社員証によると死神ではないか。では死神なのだろう。
「まぁ、いっか」
「何が?」
切妻の思考回路について行けていない美耶であった。
「で、死神さんは俺の魂でも刈り取りに来たと?」
「唐突に死神だって信じてこちとら度肝を抜かれているんだけど。まぁ信じて貰えるに越した事はないか」
こほん、と咳払いをして美耶は再びフードを被る。
「私は別に君の魂を刈り取りに来た訳じゃないよ。管轄外だし。私は君の死亡過程を記録する為にここにやって来たの」
「何で死ぬ過程?」
「株式会社SHINI−GAMIでは生命の死を予測出来るんだけど、その時に大まかな死に方が分かるの。で、その死に方で前例の無い珍しい死に方をする生命があって、その死を過程を含めて記録しておくのが私の部署の仕事なの」
「ふ〜〜ん」
「で、その過程は四日前から観測しなければならないって決まりがあって、だから私は君が死ぬであろう日から四日前の今に接触してるの」
「へ〜」
「……聞く気ある?」
「ある」
「だったらいいけど……。というか私が死神だって信じたなら君が四日後に死ぬって事も信じてるの?」
「あぁ」
「……何でそんなに落ち着いてられるの? あと四日しか生きられないんだよ? やり残した事があるのに〜〜っ! とか叫んだり、まだ死にたくない! とか思わないの?」
「別に」
さっぱりした返事だった。
「ちょっと変だよ、それ」
「変か?」
「変だよ。私はまだ新猫だからあまり記録してないけど、それでも自分が死ぬって分かると全員取り乱してたよ」
「そっか」
まるで他人事のように切妻は言う。
「命あるものは何時か絶対に死ぬ。それが何十年後かもしれないし、何秒後かもしれない。死は常に隣り合わせだし。要は死ぬ時は死ぬから今更恐怖しても意味なし」
「悟りでも開いてた?」
「いや、生憎と俺は無宗教」
「あ、そう」
「で、死神さんはこれから俺の行動を記録していくと」
「そう」
「そっか。まぁ頑張れ」
そう言って切妻は美耶の頭を撫でて、玄関扉を開けて外に出す。
「じゃあ、また明日な」
右手を挙げて送り出す切妻。
「ちょ、待って! これ三回目だよもう! だぁかぁらぁ! 私は記録対象と一緒にいなきゃいけないって言ったでしょ!」
美耶は勢いよく振り返って邸内に舞い戻る。こちらは忙しない。
「あ、そうだった」
美耶が完全に入ったのを確認して扉を閉めて施錠。チェーンロックを掛ける。
「……もう何も疑問に思ってない」
「嘘なのか?」
「ううん、嘘じゃないよ」
手を振って否定する美耶。
「そか。じゃあまぁテキトーにくつろいでけ」
切妻は踵を返してリビングへと戻る。
「あ、待って」
後に続く美耶。
切妻はソファに座ってリモコンでテレビの電源を入れてニュース番組を掛ける。
「…………」
「…………」
「……あの」
「ん?」
「差し出がましいんだけど、夕飯は?」
「もう食べた」
英語力が残念なハンバーガーショップで済ませていたのであった。
「ま、マジ?」
「マジ」
「そ、そう」
くきゅるるるぅ……。
腹の虫が鳴り響いた。
美耶の、ではなく切妻の。
二人して切妻の腹に視線を向ける。
「作るか」
そう言って立ち上がりキッチンへと向かう。ハンバーガー一個とポテトだけでは成長期の男子学生には物足りなかったようだ。美耶も後に続く。
「何作るの?」
「冷蔵庫にあるのでテキトーに作る」
「魚は?」
「魚……竹輪ならある」
「それ使って!」
目を輝かせている。流石は種族:猫。魚には目が無いようだ。
「分かったから向こう行ってさっき渡したクッキーでも食べて待ってろ」
切妻はキッチンから美耶を追い出す。唯でさえ狭いキッチンが二人も並んでいると窮屈でしょうがなかったのだ。
制服が汚れないようにエプロンを掛け、髪の毛を邪魔にならないように適当に纏めて三角巾を装着して行動開始。冷蔵庫を開け、取り敢えず竹輪(五本入りを二パック)取り出す。さて、これをどう調理するか? もういっそこのまま出しても大丈夫なような気がするが流石にこれ単体ではおかずとしては寂しい。なのでもう一手間加えたかったのだ。
切妻はこういう困った時に何時も取る行動がある。
それは、野菜で水増しして焼く。
ビタミン、食物繊維その他諸々も一気に摂取出来る優れた料理。
切妻は冷蔵庫の野菜室を確認する。あるのは大根、人参、玉葱、人参、レタス、キャベツ、もやし、玉葱、もやし、玉葱、もやし、もやし、青梗菜、もやし、もやしである。もやし率がかなり高かった。安いから買い溜めしていたのだろうと推測する。
切妻はもやしを四袋と玉葱二つ、それにキャベツを取り出す。本日の贄はこれらに決定された。空腹二人前なので量は多めで。
まずは玉葱を半分に割って端から切っていく。慣れた手つきであり、二玉を一分もしないで切り終えた。
次にフライパンに油を敷いて火を点ける。フライパンが熱くなったら刻んだ玉葱を投入。暫く放置してキャベツの葉を数枚むしり取って丁寧に洗い、水気を軽く取って切っていく。形はアトランダム。芯の部分は火が通り難いので先に切って即フライパンに投入。葉の部分はまだ入れない。
竹輪は三分の一にカットする。あまり大き過ぎると直ぐに食い尽くされてしまうし、かといって小さ過ぎると食べ応えに欠ける。なので三分の一くらいが調度いいと切妻は学習している。
玉葱が透明になってきたらキャベツの葉の部分と竹輪を投入。そこから更に炒める。そしてもやし四袋を開封して洗う。もやしはもう少し後に入れなければしんなりげんなりしてしまうのだ。
さて、キャベツにもある程度火が通り竹輪にも焦げ目がついてきた所でもやし全部投入。フライパンに山が出来た。フライパンから落とさないように慎重に混ぜ、時々振るってシェイクする。
最後に醤油を掛けて全体に行き渡らせるようにすれば完成。結構簡単に出来る。焦げた醤油の風味が食欲をそそる。
皿に分けるのが面倒だったのでフライパンをそのまま食卓へと運び、雑誌を下に敷いたランチョンマットの上に載せる。
次に白米だが、炊飯器には入っていない。昨日の残りがまだ冷蔵庫に眠っているし、外食で済ませようとしていたので今日は炊いていない。冷蔵庫からご飯を取り出して茶碗を一つ用意。分ける前に電子レンジに入れて加熱。その間に箸を並べる。
加熱し終えたご飯を茶碗に半分分けて運ぶ。茶碗に分けた方が美耶の分だ。汁物は無いが、まぁいいだろう。
「出来たぞ〜〜」
エプロンと三角巾を外しながらリビングのソファでまぐまぐとクッキーを唾んでいる美耶を呼ぶ。すると美耶は刹那の間に椅子に着席していた。流石は猫、とでも言うべきか?
「「頂きます」」
二人揃って食べ物に感謝し、食べ始める。
切妻はご飯の上に山盛りの野菜と竹輪を載せてどんどん食べていく。醤油を掛けただけなのにこれ程旨いとは。玉葱とキャベツの甘味もきちんと出ており、もやしのしゃっきりとした感触も残っている。彼としては結構よく出来ていると思っている。
だが美耶は箸で茶碗に載せただけで行動を停止している。
「どうした?」
「その、食べられない」
「食べられない? あ、玉葱駄目だったか?」
猫だが犬は葱を食べると腹壊すと言うが、玉葱でも駄目なのだろう。種族:猫なのでその辺を気を遣うべきだったか、と切妻は唸る。
「や、死神になったから食中りとかはしないから玉葱も平気だよ。ただ」
言い難そうだったが、顔を俯いて呟く。
「……熱いから、まだ食べられない」
あぁ、と切妻は合点がいった。
猫舌なのだ。だからある程度冷めるまで食べられないのだ。
しかし、そうなると食事時間にばらつきが出てしまう。恐らく猫舌でも食べられる温度になるのは切妻が食べ終わるくらいになりそうだ。
切妻は箸と茶碗を置く。
「あれ? どうしたの?」
「死神さんが食べ始めるまで食べるのを中止してる」
「え。いや、先に食べてていいんだよ?」
「いや、いい。独りで食べる食事って寂しくなるんだよ」
それは美耶に言っているのか、はたまた自分に言っているのか。
この家には切妻と美耶の二人しかいない。
切妻瑞貴の両親はいない。
仕事で遅くまで帰ってこないからではない。
仕事で遠くまで行っているからでもない。
彼の両親は七年前に他界してしまった。
家族で車で行った旅行の帰り道に交通事故に遭った。信号を無視して交差点に入ってきたトラックが切妻の乗っていた車と衝突した。車の前部がひしゃげた。切妻はこの時後部座席におり、シートベルトを着用していた為前に投げ出されなかったが全身打ち身、後頭部を思いっ切り打ってしまった。意識が薄れゆく中で見たものは、前部座席にいた両親の力無くだらりと下がった血だらけの腕だった。
即死であったそうだ。全身にフロントガラスや車体の金属片が所狭しと突き刺さり、横合いから突っ込んできたトラックの衝突による反動で死んでしまったのだ。
それ以来、切妻は叔父の家に厄介になっていたが、高校入学を機に実家であるこのマンションに戻ってきたのだ。ここには家族との思い出が残ってもいるし、叔父の家では肩身の狭い思いをしていた。なので切妻は即断していた。
なので、必然家で取る食事は何時も一人だ。なので一人で食べる寂しさは人一倍分かっていた。何時もは寂しさを感じない切妻だが、食事の時だけはそういった感情を覚える。例え人外の死神でも一緒に食べる事でその寂しさはぐっと和らぐ。
切妻は思った。
本当に四日後に死ぬのなら、せめて食事は複数人で食べたい、と。寂しい思いをして死ぬのだけは嫌だ、と。
切に思った。
数分経過した。
猫舌でも食べれる程に冷めた食事を二人で再開した。
「あ、結構美味しいかも」
お気に召したのか、美耶は箸を器用に使いこなして勢いよく口内に掻っ込んでいく。
そんな賛辞を受けながら、切妻は久しぶりに寂しくない家での夕飯を取ったのだった。