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猫死神さんと命日まで  作者: 島地 雷夢
三日目――残り二日――
12/40

通学中に考察と説明

 昨日切妻達が足を運んだ民家がニュースで取り上げられていた。

 死亡していたのは佐沼義武。男性。二十八歳。元商社勤めの無職だそうだ。

 彼の部屋から先日遺体となって発見された九重桜の生徒手帳他、毛髪など彼女が監禁されていたと思しき証拠が挙がっていた。また佐沼義武の所持していた乗用車の中から九重桜の毛髪が発見されており、これを使って誘拐を行ったものと判断した。

 警察は九重桜が誘拐された線で捜査を行っていたので、彼女の遺体が発見された後の検死で何か手がかりは無いかと調べていた。遺族からの懇願でなるべく早く終わらせてくれという無理難題をされていたが、幸か不幸か直ぐに終わったのだ。死因は絞殺。毒を盛られたり刺されて殺されてはいなかった。

 遺体調査をしていく中で九重桜が恐らく死ぬ前に掴んでいたであろうただの紙片、そこから九重桜以外の指紋が検出された。また、彼女の衣服のポケットから出て来たハンカチからも同じ指紋が検出された。

 指紋をデータベースから照合し、佐沼義武のものと判別すると警察は急いで佐沼義武の邸宅へと駆けつけたのだ。指紋照合の範囲は仙原市近辺で前科持ち。佐沼義武は高校時代に傷害事件を引き起こし、商社に勤めていた際も同僚に大怪我を負わせた。それが原因で職を追われらのだ。

 警察が駆けつけた時には佐沼義武は腹にナイフを突き立てて血を流して死んでいた。遺書らしきものは見つからなかったが手についた血の跡とナイフの入り具合、家の施錠がなされていた事から警察は自殺だと断定した。

 犯人はもうこの世にいない。

 警察は複数犯の可能性も考えたが佐沼義武には対人関係はないと言ってもよかった。唯一あった肉親ですら二年は音信不通であったそうだ。なので九重桜の誘拐と殺害は単独で行ったものと判断した。

 また、何故自殺をしたのかは明確な答えが出ずにいるのが現状だ。

「でもさ」

 今朝の報道での情報を整理しながら自転車で登校途中(昨日と変わらず競輪並みのスピード)の切妻は後ろに座る美耶に疑問を投げかける。

「元商社勤めであのナイフ捌きは有り得ないと思うんだが?」

 確実に素人でもなく、生半可な技術を持った者でもなかった。もしそのようであれば美耶は直ぐに滅していた事だろう。しかし実際には美耶の攻撃を足払いされるまではナイフで捌ききっていたのだ。

「それは多分、怨霊になった時に得た能力かも」

 美耶は切妻と彼女の中間に座っている九重の右肩に顎を載せて言う。

「怨霊って恨み辛みが増幅するとなるって言ったでしょ? その恨み辛みが増幅すると、どうやって恨みをぶつける対象を殺そうかって考えるの。そして考えた結果が能力として現れる。例えば殴り殺して恨みをぶつけようってなった怨霊はボクサーのように拳の扱いが巧みになる、とかね。ちなみにその得た能力以外では恨みをぶつけられなくなるけどね」

「つまり、昨日の怨霊は」

「恨みをぶつける方法にナイフを選んだって事になるね」

「でもさ」

 後ろを振り向こうと首に力を加えるが、

「はい、前を向いて運転してね」

 切妻と美耶の中間に位置する場所で九重は溜息がてら切妻の側頭部を押さえて振り向かせないように力を籠める。昨日の惨事未遂には二度と陥りたくないが為の処置である。自転車を漕でから彼女はずっと手を添えていたりする。

 因みに力を籠めると言っても切妻が痛くない程度なので自転車に乗っている九重はちょっと不安定な状態にある。それを無くす為に美耶が九重ではなく切妻の腰に手を回し、無理矢理九重を固定しているのだった。そして切妻に密接してももう何とも思わなくなった九重であった。

「あの怨霊――佐沼は烏も殺したんだよな?」

「うん」

「烏はナイフで殺されてないけど?」

 そう。昨日死んでいた烏達は翼と足をもがれて死んでいたのだ。決して切り落とされて死んだのではない。傷口を確かめたので言える事だ。昨夜見たナイフ捌きならば傷口は綺麗に切断されていても可笑しくは無いのだが、どうしてだかナイフを使っていない。

「それは多分、怨霊になりたてで力の使い方に戸惑いがあったからじゃないかな? 本当にこれで恨みをぶつけられるのか? って。で、翼と足を引き千切って烏を殺したはいいけど恨みをぶつけられていない。だからナイフが自分の恨みをぶつける方法と認識した、とか?」

 疑問に疑問形で答える美耶。どうやら正確な答えを持ち合わせていないようだ。まぁ彼女は怨霊ではなく種族:猫の死神なので怨霊の心理なぞ知る由も無いのだから明確な答えを持っていなくても仕方ないか。

「成程、と一応納得しとく」

「一応なんだ」

 半眼になって軽く切妻を睨む美耶。折角答えたというのに一応という単語が納得いかなかったのだ。

「だって死神さんの憶測でしかないからな」

「まぁ、確かにね」

 それならば仕方ない、と溜息を吐く。

「そういえばさ」

「ん?」

 ついでにもう一つの疑問をぶつけてみる。

「九重は怨霊の気に当てられて萎縮してたけど、俺は何とも無かったんだよ。あれ何でだ? だって一応俺も標的になってたんだから九重と同じように委縮してても可笑しくないのに」

「ああ。それは君が私と感覚を共有してたから大丈夫だったんだよ」

「どゆ事?」

 それだけの説明では意味が分からなかったので訊き返す切妻。美耶は淡々と語る。

「記録対象である君は私と感覚の一部を共有してるって言ったじゃない? その一部に霊感があるって話も」

「あぁ」

 確かに一昨日そんな話をしていた、と思い出す切妻。

「で、私の霊感はそんじょそこらの人間や霊よりも強力なの。霊感が強力だと気の影響を受けにくくなる。だから君は怨霊の気に当てられても平気だったんだよ」

「成程。納得した」

 今度は明確な答えを得られたので満足そうな顔をしていた。

「あ、私からも質問なんだけどっ!」

 九重が後ろを向いて質問したタイミングが悪かった。赤信号で急ブレーキを掛けられて美耶がタックルに似た急接近をして押し潰され、肺の空気が殆ど抜けてしまったのだ。

「げほげほっ!」

「大丈夫か?」

 胸を押さえて咳をする九重を心配する切妻。元はと言えば彼が超スピードで急停車した事が原因なのだがそうとは知らずにいた。

「……っ!」

 キッと人睨みを彼に加える。昨日の注意をそんなに守っていない事に若干の憤りを感じたからだ。切妻はどうして睨まれているのか分からないでいる。鈍過ぎる少年である。

 その後、肺に充分な酸素を満たして今度こそ美耶に質問をする。

「能力って言ってるけど、それが現れるのって怨霊だけなの? つまりは私みたいにただの死霊の場合とかは?」

「ただの死霊は発現しないね。ついでに言うと生霊も。能力が発現するのは怨霊と守護霊の二つ。怨霊の場合はさっきも言った通りに恨みをぶつけて殺害する方法として。逆に守護霊は誰かに危害を加えるっていうのじゃなくて、主に憑りついている人を守る為の能力が発現するよ」

 要は、と美耶は言う。

「霊の能力ってのは強い想いが形になって現れるの。恨みだって想いからくるものだし、守りたいって意思も当然想いのうちの一つ。死霊や生霊にも想いは存在するけど怨霊や守護霊のような強いものじゃない。想いが強くなれば怨霊か守護霊のどちらかになるし。……まぁ、あれだよ。能力が現れたら怨霊か守護霊に変化してるって考えればいいよ」

「成程ねっ!」

 語尾が詰まったのは切妻が急発進して最高速度まで一気に持って行ったからだ。全く空気を読めていない若者であった。

「……っ」

 何か釈然としなかったので九重は彼の頭部を動かないようにきっちりとホールディングし、後頭部目掛けて頭突きをかます。結構な威力で。

 その結果。

「あだっ」

 彼のハンドル操作が乱れた。自転車はふらふらとして、車道に突っ込んでしまう。

 ここでまぁ当然と言えば当然か後方から迫り来る車――しかもバスに盛大にクラクションを鳴らされたのだった。幸いバスの運転手が安全運転を心掛けている今となっては珍しい初老に差し掛かった男性であったので速度は法定速度を守っており、ブレーキをしても簡単に速度を落とす事が出来た。なので追突事故という洒落にならない事態は回避出来た。

 切妻は立て直して改めて車道の端へと進路を修正する。因みにスピードは減退している。

「御免なさいっ!」

 九重は死人顔負けに青褪めて(実際にもう死んでいるのだが)謝罪する。

「いや、大丈夫だけど」

 それよりも切妻はどうして急に頭突きをし出したかの説明が欲しかった。

「まぁ、今のは不可抗力だけど。次やったら強制送還ね」

 美耶は事情を知ってるので訊かなかったが、切妻に見えないよう片手に指先に刃が生えた手袋を装着して九重の後頭部に切っ先を突き付けている。強制送還とは滅せられる事と無意識のうちに理解した九重は目尻に涙を浮かべてこくこくと黙って頷くしかなかった。

「あ、じゃあ死神さんは?」

「私?」

 いきなりの事で何が「死神さんは?」か分からなかった。切妻の発言に説明不足感が否めない。

「能力。霊は怨霊と守護霊に現れるって言ってたけど、死神はどーなのかなって」

「あぁ、そういう事」

 美耶は言った事に納得する。

「死神も一応能力は発現するよ。でも、これは怨霊と守護霊と違って想いが形を成した物じゃないね」

「というと?」

「死神の能力は本性に戻る事で発揮されるの」

「本性?」

 よく分からなかった。

「どゆ事?」

「えっと、私を例に挙げるとね。私は死神だけど種族は猫ってなってるでしょ」

「あぁ」

「死神に種族がる理由から説明するけど、死神も元々は死霊なんだよ。私も元は普通の三毛猫。死神になるのはなろうとする自分の意思と学力が必要なの」

「自分の意思は分かるけど学力?」

「だって、死神って生物を相手にするんだから生きてる人間にも接触する訳だからさ、学力は無いと。それに学力には語学も含まれてるから必須だよ。日本語マスターしてないとこうして君や桜と会話も出来ないし。因みに勉強時間は十二年くらいみっちりやったくらいだったかな」

「結構長いな」

 素直に感心する切妻。十二年も勉強とは。昨今の学生に爪の垢を煎じて飲ませたいくらいの所業だ。もしかしたら自分よりも頭がいいのではないかと思う。しかしそれはある意味で当たっており、ある意味で外れている。

 例えば、美耶が高難易度の大学を受験したとしよう。切妻の考えでは難なく合格するだ。しかし実際には合格点には届かない。その理由は勉強内容にある。内容とはそれぞれの生物に対するコミュニケーションの取り方が主である。接する事が第一なのでコミュニケーションが出来なければ死神としてやっていけない。なのでそれを主として置き、他はその生物毎の生活において最低限と呼べる程度の常識を学ぶ事だ。

 なので、大学受験に必要な専門的な知識はあまり持ち合わせていない。故に美耶は大学受験には合格しないのだ。その代りにあらゆる生物とのコミュニケーションが可能となる知識を得ている。それを指しているのならば確実に切妻よりも頭がいいのだ。

「そして必死に勉強したら年に一度の試験を受けるの。九割点数を取れてれば合格。晴れて株式会社SHINI−GAMIの社員になれるの」

「まるで受験のような流れ。就活とは違うな。どちらかといえば大学受験に似てる気がする」

「で、死神になると首輪を貰います。それをつけると――まぁ私の場合は死亡記録対象者と同じ種族の形態をとるの」

「って事は、その首輪を外すと」

「元の姿に戻る。……んじゃないんだよね」

 美耶は首を振って切妻の考えを否定する。

「首輪を外すと私達の場合は能力が発動するの。それが本性。本性っていうのは私達の元々の姿を戦闘用に大幅に強化した姿の事なの」

 と、首輪についている鈴を鳴らしながら言う。

「私の場合は巨大な猫になる……筈」

「筈?」

「いや、実は私はまだ一度も首輪外した事ないからさ。新人だし。そんなに仕事してないし。怨霊討伐課じゃないんだから戦闘メインじゃないし」

 たはは、とやるせない笑いを浮かべながら答える。

「あ、さっきの説明でだけど。首輪を貰ったら死神になるって言ったけど。正確には首輪をつけた瞬間に死神になるの。だから本性ってのは死神の本来の姿。で、首輪つけた姿が死神の力を抑制してる状態。……って言えばいいのかな? とにかくそんな感じ」

「まぁ、分かったような分からなかったような説明をありがと」

 質問に答えてくれた事に礼を言う切妻。

「因みにその首輪を今取るってのは」

「それは無いよ」

「何で? 自分の本性ってのに興味は無いのか?」

「あるけど、本性になったら意識は残るのかとか体の反動ってのが分からないから。今は仕事中だし、未開拓の地を拓くのは仕事が終わってからね」

「それもそうだな」

 その仕事が自分の死を記録する事だと知っている上で納得する切妻であった。

 そして有料の駐輪場に着き、自転車を停めて地下鉄駅の改札口へと向かう。

 因みに、地下鉄から降りて高校に辿り着くまで九重の顔色は青ざめたままだった。




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