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猫死神さんと命日まで  作者: 島地 雷夢
二日目――残り三日――
11/40

怨霊と対峙

「……終わった?」

 会場を出た切妻と九重は、セレモニーホールを出て五分程歩いて美耶に遭遇した。いや、正確には美耶は彼等が出てくるのを待っていたのだろう。問いかけているが彼女の目は全部分御見通しだ、と訴えていた。

 美耶は敢えて慌てたようにして切妻の意図に応えていた。それ故、彼に遭遇しないようにビルの屋上を闊歩して探す振りをしていたのだ。実際にはずっと切妻の近くにいた。死神は視覚や聴覚、嗅覚だけで対象を捕捉するのではなく、対象が放つ独特の気――生者なら生気、霊なら霊気を霊感で補足して大まかな位置を把握する。

 切妻の意図に乗ったのは、自分があの場からいなくなれば九重も自由に行動出来、切妻と会う事もなく親しかった者の悲しむ顔を見ないで済むと踏んでもいたからだ。だが、実際にはそうはいかなかった。それはそれで仕様がないと割り切っている。

「あぁ、終わった」

 切妻は頷く。

「この他に用事はあるの?」

「……一応、あと一つある」

「そう。……もう私達もついてっていいよね」

 美耶は確認を取る。

「あぁ」

 首を縦に振る切妻。九重の通夜も終わり、二人……というか九重を遠ざける理由が無くなったのだから同行されるのに異論はなかった。

 外灯が差す夜道を切妻を先頭に歩いていく。

 彼が向かっていたのは公園だ。

 そこの中央には池があり、それを取り囲むように林がある。

 九重の遺体が発見された自然公園だ。

 切妻は公園の入り口に張り巡らされたキープアウトテープを避けて公園内へと足を運ぶ。偶然だが入口には警官がいなかったので入るのは容易かった。もし警官に見付かれば職質を受けること確実だ。実際、今も池の周りでは捜査が行われており、懐中電灯の光が木々の間からちらちらと覗かせる。

「ねぇ、どうして警察の人がここを捜査してるの?」

 九重は切妻に不思議そうに尋ねる。そう尋ねるのは、彼女が自身の遺体がここで発見された事を知らないからだ。つまり、九重が死霊となった瞬間はここにいなかったという証明になる。

 彼女は別の場所で殺された。

 ならば。ここには用は無かった。

 切妻は返答せずに公園から出て行く。もう警察が大体を調べ終えているであろうから素人である彼が何をしても芳しい成果が挙げられるとは思えない。それ以前にこの場所を調べようとはしていない。

 彼は九重が亡くなった場所に足を運びたかったのだ。

 キープアウトテープを越えて帰路につく。流石に何の情報も無く亡くなった場所を見つけ出せる能力は無いので諦めた。それに無闇矢鱈と探し回ったとしても時間を浪費してしまい明日の業務に支障を来してしまうからだ。

(あ、死神さんに訊けば分かるかも)

 そう思って美耶を見る。今日の朝に烏の死体から怨霊の残滓を感じ取っていたので、もしかしたら九重の霊気の残滓を捉えて亡くなった場所に行けるかもしれない。

「ねぇ、だから何であそこに警さ」

「止まって」

 何故自然公園で警察が捜査を行っていたのか分からず、腑に落ちていない九重が再び尋ねようとしたが、美耶が険しい顔をしながら二人の前に出て歩みを止める。切妻は昨日も同じような事をされた。それは九重桜に初めて出会った時に美耶が警戒しての行動だ。

「いい? 絶対に私の前に出ちゃ駄目だよ」

 硬い声音で半ば命令のように告げ、寮でをばっと広げる。彼女の両手にはあの指に刃が装着されている特殊な手袋が嵌められていた。尻尾の毛は逆立っている。警戒故に感情が昂ぶっているのだろう。

「どした?」

 切妻は前方を見る。

 そこにはフードを目深に被った長身の人物が立っていた。灰色のパーカーに黒いジーンズ、それに口元をマスクで隠していた。手はパーカーのポケットに突っ込んでおり、明らかに不審者だと一目で分かる風貌だった。

「っ!?」

 九重は目の前の人物を見るとビクッと体を震わせ、肩を抱き寄せるように掴む。

「……っ…………っ」

「おい、大丈夫か?」

 感覚は長いが浅い呼吸が繰り返される。切妻は九重の背中を擦って呼吸を安定させようとする。しかし一向に安定するような気配がない。

「あれの気に当てられちゃったのよ」

 美耶がフードの男を睨みつけながら告げる。

「あれの気って?」

「怨霊の」

 その言葉に切妻は前方に視線を移す。正確には目の前に知る人物の足元に。

 外灯が差す人気の無くなった通りに立つその人物の足は輪郭はあるが膝から下は爪先に行くに従って透明になってく。爪先は大量の水で溶かした絵の具を一滴紙の上に垂らしたように色素が薄い。九重の足と同じであった。

 つまり、この人物は霊。それも美耶の言葉が正しければ怨霊。

「気の感じからして、あいつがあの烏達を殺したようね」

 あの烏達、とは、今朝無残にも翼と足をもがれて樫の木の枝に突き刺されていた烏の事だ。

 目の前の人物はパーカーから手を出す。その手にはナイフが握り締められていた。

 最初はふらふらした足取りだったが、徐々に地面をきちんと踏み締め、突進しながらナイフの切っ先を切妻たちに向けてくる。

 美耶が刃先を使って切っ先をずらすと腹を蹴って後方に飛ばす。不審者は放物線を描いて地面に落ちる。

 むくりと上半身を起こす不審者のフードとマスクが外れていた。

 男であり、少しやつれているが年の瀬は二十代だろうか? 今時の男性を彷彿とさせる長髪に切れ長の目。しかしその目は普通ではなかった。狂気の光を宿している。また瞳の色がどす黒い赤い色をしている。まるで血だ。

 口の端を吊り上げながら。再びナイフを突きつけて近付いていく。

 美耶はまた刃先を上手く使って軌道を逸らし、今度は爪先を顎目掛けて蹴り上げる。

 しかし、それは不発に終わった。空いている手で美耶の足首を掴んで当たる寸前で動きを止めた。そして美耶を後ろに放り投げる。

 この男の目は異常だ。まるで獲物に執着するかのような肉食の獲物のそれだ。狙った獲物は逃がさない。何処までも何処までも追いかけて、疲れて弱り果てた所を仕留める。そんな輝きを放っていた。

 そしてその眼は九重に向いていた。男が一歩近付く毎に九重は萎縮していく。

 切妻は彼女の前に出て庇う。

 男はそんな切妻を嘲るかのように口元を歪め、手に持つナイフを逆手に持ち替えて振り上げる。

 切妻は咄嗟に九重を抱いて横に跳ぶ。

 がきんっ。

 ナイフがアスファルト舗装の地面に突き立てられる。ナイフの近くには長い髪の毛が数本散らばっている。それは切妻の髪だ。あと一秒でも反応が遅れていれば髪の毛だけでは済まなかった。

 男がナイフを地面から抜く。ナイフは欠けておらず、アスファルトには細長い穴が開いていた。

 順手に持ち替え、薙いでくる。切妻は九重と共にしゃがんで避ける。

 しかし、これが最悪の展開に繋がってしまう。彼等はしゃがむのではなく、後ろに下がるべきだった。

 男が手元のナイフをくるりと回す。一瞬で逆手にすると斜め四十五度の角度で振り下ろしてくる。

 振り下ろされた方向にはしゃがんで一時的に地面を向いてしまい状況確認が遅れてしまった切妻の頭がある。彼が顔を上げるともう既にナイフが振り下ろされた後であり、一秒もしないうちに切っ先が眉間に突き立てられるだろう。

(やばっ)

 切妻は切っ先が眉間に突き立てられるまでの一秒が十秒に感じた。俗に言う走馬灯というものではなく、今の状況下で自分が出来る事を必死で考えた結果、脳内の演算処理がオーバーヒート寸前まで高められた事による。

(このままだと俺は確実に死ぬ。これはもう避けられない。避けられないなら何をすべきだ? 抵抗? 反撃? いや、反撃する前に殺られる。じゃあ何だ? そうか。今の俺、死ぬ寸前の俺でも出来るのは九重を少しでもこいつから距離を取らせる事だ。少しでも距離が遠くなればその分ナイフを食らう確率は減るだろ)

 そして行動に移す。

 切妻は顔をナイフに向けたままで九重を横に飛ばす。浅い息をしながらも、九重は切妻のその行為に目を見開き、手を伸ばす。しかし伸ばされた手は届かない

 彼の眉間にナイフの切っ先が触れる。

 あとは鋭利な金属が切妻の皮膚を裂き、頭蓋を亀裂させ、脳に損傷を負わせる。非常にシンプルだが、人の命はこれ程までに簡単な過程で失われてしまう。

 切妻は恐怖しなかった。人間はいつか絶対に死ぬ、有限の命を持ち合わせている生命なのだから。そう割り切っている。

 ナイフが皮膚を裂き、頭蓋に到達する。

 しかし、亀裂させずに終わった。

 男が急に横へと吹っ飛んで行ったからだ。

 その拍子にナイフは頭蓋から離れ、切妻から命を奪うという結果を成立させずに役目を終えた。

「大丈夫っ!?」

 男が吹き飛ばされた方向とは逆側から美耶が顔を切妻に近付けて問う。彼女が現れた事で男は美耶によって吹っ飛んだのだと理解する。

「御免! 結構遠くまで投げられたから遅れちゃった!」

「ぎりぎりで大丈夫」

 切妻は眉間に指先を添える。血がドロッとつくが、掠り傷の延長戦みたいな傷であった為、それ程酷くは無い。むしろ頭蓋を貫かれなかった事が奇跡だと彼は思う。

「よかった……」

 安堵の息を吐き、眉間に皺を寄せ、目を吊り上げ、歯を噛み締めながら男が飛ばされた方へと向く。

「よくもこの人を殺そうとしたね。許さないからっ!」

 首輪についている鈴を鳴らしながら疾走する。男はよろよろと起き上がって迎え撃つ。男の目は狩りの邪魔をする第三者を排除しようという色に置き換わる。

 美耶の刃を男が巧みな身のこなしで捌いていく。指を振り下ろすタイミングを攻撃を加える際に変える事によって防御し辛くしている。

 相手の得物は一つだが、美耶は十ある。その十を両腕を使用し時には牽制、時には切り裂き、時には刺突、時には切り上げ。指で稼働しうる限りの動きと腕の稼働範囲での柔軟な動き、体全体での体重移動などを駆使して攻撃していく。

 しかし男は多彩な攻撃を苦も無くナイフ一本で防ぎ切っている。一般人ではありえない。明らかに訓練を受けている。身を守る為という生半可な訓練ではない。相手を殺す為に訓練を受けたように見える。

 男は攻勢に移る。ナイフで刃を捌き、足払いを行う。美耶は気付いて避けるが、それを予測していたらしく、顔面に向けて拳を放つ。それをもろに食らって美耶は衝撃で地面に倒れる。

 チャンスと見たのかナイフを振り下ろす。美耶は先程やられたので仕返しとばかりに足に蹴りを入れる。バランスを崩しよろめく男の腹目掛けて美耶は右手の刃全てを突き立てる。男はナイフで払おうとするが、全部は無理であった。

 親指と小指の先端に取り付けられた刃が、男の腹に深々と突き刺さる。

 傷を負わされた腹からは手は流れ出ない。それは相手が生者ではないからだ。血とは生きている者に流れる生命力を全身に行き渡らせる為に存在する液体。死んでいる怨霊には血の一滴も通っていない。

 血の代わりに流れるのは黒い靄。それは霊気。霊の存在を保つ為に全身を行き交う只人には見えない力。傷口から霊気が出て空気中を彷徨う。

 男はナイフで突き立てられている刃を断ち切る。

 後ろによろめき、溶けるように消えていった。

「……逃げられた」

 残念そうに舌打ちをして、美耶は刃のついた手袋を外す。

「しかも漏れ出した霊気を遮断してるから追いかけられない」

 忌々しそうに零す。尻尾をふらんふらんと泳がせる。

「でも助かったよ。ありがと」

 切妻は九重を助け起こしながら礼を言う。実際美耶がいなければ確実に死んでいただろう。

「けど、君に怪我させちゃった」

「そんなのは命取られるよりも余程マシだって」

 軽く笑ってなんともないとアピールする切妻。

「それはそうだけど……」

 怨霊に投げ飛ばされてその間に記録対象者が死にそうになった。笑えない話である。もし怨霊が投げる力を少しでも強くしていれば切妻はこの場に生きていられなかっただろう。油断していた訳ではないが、反応の遅れは許されたものではない。

「まあ、自分を責めるにしても後にしてさ」

 切妻は真剣な表情で言う。

「あいつ、九重を狙ってた。さっきは偶々俺に切っ先が向いたけど、目は間違いなく九重に向いてた」

「そう。……だとしたらあの怨霊は執着型かも」

「執着?」

「怨霊には二つタイプがあって、一つは自分の恨みを周りに撒き散らす範囲型。もう一つは恨みを向ける対象を一つに絞る執着型」

 美耶は嘆息する。

「執着型は一度狙いを定めると執拗に恨みをぶつけてこようとするの。対象を見失ったとしても何としても見つけ出そうとする。厄介なタイプなの」

 まぁでも、と美耶は区切りを入れる。

「逆に考えると、一度狙った獲物に恨みをぶつけるまでは他の人が狙われる危険性は全くないの。そういう意味では今回は大丈夫になるかも」

「大丈夫?」

「狙われたのは君じゃなくて桜。それは間違いない?」

「あぁ」

 確認を取る美耶に切妻は首を縦に振る。

「だったら、桜がこの世からいなくなれば、あの怨霊は誰にも恨みをぶつけずに彷徨うだけの存在になる」

「それって」

「そう。桜が成仏すればこの件に関しては簡単に解決する。けど、根本的な解決にはならないけどね」

 美耶は九重を見る。死神の美耶と違い彼女は死霊だ。なので本来はあの世に行かなければならない存在だ。それが世界の理だし、九重からしてもあの世に行けば直ぐに転生して新たな生を受ける事が可能となる。

「ただの死霊で無害だったからとやかく言わなかったけど、死霊成仏課の人に連絡を取れば直ぐにでもここに来てあの世に連れてって貰えるよ」

 確かに、今直ぐあの世に行けば怨霊に憑け狙われる事態は回避出来る。

 けど、と切妻は思う。

「九重はどうする?」

 そう、これはあくまでも美耶の意見だ。九重の意見ではない。九重からしても身の安全の為には直ぐにあの世に行った方がいいだろう。今狙われないのは傷を負わされ癒している最中だからだ。傷が治れば近くに美耶がいたとしても襲い掛かってくるだろう。

「……私は」

 九重はまだ呼吸が安定していなかったが、二人にきちんと届く音量で自身の意見を言う。

「……まだ、成仏したくない」

「それはこの世に未練があるから? そういう理由で残ってたらいつかは自身も怨霊に成り果てるよ?」

 美耶が冷たい目で九重を見る。死神としては怨霊が増える事に賛成ではない。きちんとあの世に行き、転生をしなければ生命のサイクルが狂ってしまう。なので美耶は九重に今まで向けた事のない薄ら寒い眼を向けたのだ。

「未練はもう無いよ」

 しかし九重は未練がある事を否定する。

「じゃあどうして?」

「私は、瑞貴さんが死ぬまで成仏しないって決めたから」

 九重は必死に言う。

「このまま私がこの世に残ってたらあの怨霊に狙われて瑞貴さんにも危険が伴う。けど、それでも私は瑞貴さんが死ぬ三日後までは成仏しない。したくない」

 息を吸う。もう呼吸は戻りかけていた。

「だって、瑞貴さんは優しくしてくれた。死んだ私にだけじゃなくて、残された私の家族にも。今朝無残に死んでた烏にも。そんな瑞貴さんに私は恩を感じてる。このまま何もしないで成仏するのだけは嫌。せめて、瑞貴さんと一緒に成仏する。それが私のせめてのも恩返し」

 九重は真っ直ぐに美耶の目を見て告げる。嘘偽りなく、決して揺らぐ事のない決意を固めた瞳で見る。

「…………」

「…………」

 暫く二人の視線がぶつけられる。

「……はぁ、分かったよ」

 先に目を逸らしたのは美耶だった。

「私は桜の意見を尊重する」

「ありがとう。でも、私が成仏したくない理由はもう一つあるの」

「もう一つ?」

「うん。あの怨霊は私を狙ってるって言ってたけど、一瞬だけ、ほんの一瞬だけだけど瑞貴さんの事も見てるの」

「えっ」

 美耶が息を呑む。

「私がいなくなれば怨霊はいない筈の私を探し続けるかもしれない。けどそうじゃない場合もあるかもしれない。あの時、瑞貴さんを見た目は私に向けられてたのと同じ感じがした」

 それが意味する事は。

「私を見つけられなきゃ今度は瑞貴さんを狙うかもしれない。そう思ったの」

 美耶は思案する。

「……執着型は一人の標的に絞る筈だけど、もしかして範囲型の性質も少しは持ってるのかも」

 そうすると九重が成仏するだけでは簡単な解決は望めない。九重が成仏しても次の標的は切妻になる可能性が浮上してしまったのだから。

「それは本当?」

「うん」

 九重は重々しく頷く。

「……あの怨霊の件は私の仕事が終わり次第、怨霊討伐課に頼む段取りだったけど、今直ぐの方がいいかも。今の私一人であの怨霊を討伐出来る確率は五割だし」

 そう言って美耶はポケットから携帯電話を取り出す。

「……もしもし? 死亡記録課の美耶です。実は――」

 先程あった怨霊の特徴を告げ、何回か相槌を打って通話を切り上げる。

「知らせはしたけど、直ぐには無理だって。あっちは仕事がわんさかあって最短でも三日後にこちらに来るって」

「三日……」

 それはくしくも切妻が死ぬ日であった。もしかしたら、切妻はあの怨霊に殺されるのかもしれない。

「それまでは私一人で何が何でも二人を守る。ちょっと二人共、私の手を握って」

 美耶が切妻と九重にそれぞれ手を差し伸べるように出す。二人は言われるがままに手を握る。

 すると掴んでいる美耶の手がぽぅっと燐光を放つ。光が切妻と九重の二人を覆うように体表面を駆け巡る。温もりがそれにはあった。つい先程生死の境を体験していたからだろうか、少し体が強張っていたようで、光で覆われた箇所から力が抜けて自然体へとなっていく。

 全身を覆うと、光は淡く儚く消えていった。

「今のは?」

「私の霊気を送って二人の気を隠したの。気さえ隠せば直接視認されない限りは見つからないから」

 それでもあくまで応急処置みたいなものだそうだ。効果は五十時間で切れるそうだ。それでもあるとないとではかなり違う。少なくとも寝ているうちに襲われる、なんて闇討ち同然で死に至る事は無くなった訳だ。

「じゃあ、今日は疲れただろうし、もう帰ろう」

「あ、ちょっと待って」

 美耶がそう提案するが、切妻は止める。

「どうしたの?」

「実はさ、頼みがあるんだけど」

 切妻は九重が死んだ場所に行きたいので霊気の残滓を追って連れて行ってくれないかと頼んだ。

「出来るけど、どうして?」

 美耶が不思議そうにしている。九重も同様だった。今更死んだ場所に赴くのもどうかと思う。

「犯人見付けて通報する為」

 切妻はすぱっと言う。

「犯人……」

 九重がそう呟く。犯人とは彼女を誘拐して死に追いやった人物の事を指している。

「現場にいなくても犯人に繋がる痕跡が残ってるかもしれないだろ?」

 それに、と切妻は目を伏せる。

「命を自分の都合でも弄ぶのが気に食わない」

 拳を握り締める。彼は命は悠久でない事を知っている。寿命で死ぬ。事故で死ぬ。病気で死ぬ。食べられて死ぬ。偶然死や自然の摂理の上での死なら切妻は仕様がないと思う。しかし命は有限だと誰でも知っているのにそれでも弄び、なじり、自分のエゴの為に命の灯火を消す行為が許せないのだ。

 故に、切妻瑞貴は殺人と自殺を極度に嫌う。

「……分かった」

 美耶が一つ返事で了承する。

「けど、先頭は私。安全を確認してから君と桜がついて来るならいいよ」

「ありがと」

 切妻は礼を述べる。

 そして、美耶を先頭に九重の霊気の残滓を追い掛けて歩き始める。

 この自然公園から然程離れていない民家から残滓が感じられた。一階平屋の小さめな家だ。

 美耶は一般人には自分の姿が見えないので邸内に入って探索する事にした。

 切妻と九重が外で彼女を待っていると、パトカーのサイレンが聞こえてきた。それは徐々に音量を上げていく。切妻は直感的に九重の手を引いて民家の前から離れて、二十メートル先の電信柱の陰に隠れる。

 彼の直感は当たったようで、先程までいた民家の前にパトカーが二台並ぶ。

 中から警官が飛び出して呼び鈴も鳴らさずに邸内へと入っていく。

 五分程経って、美耶が切妻たちが隠れている方へと歩いてきた。

「家の中で、桜の生徒手帳が見つかった」

 そう言って美耶は携帯電話を開いて画像フォルダから写真を見せる。フラッシュで焚かれて明るく写された生徒手帳には昨日もニュースで見た九重桜の顔写真がしっかりと貼り付けられていた。これで、ここの住人が九重を誘拐した犯人だと分かった。警察も捜査でここを割り出したのだろう。

「……あと、男が血溜まりの中で息絶えてた」

「えっ」

 それはつまり、殺されたという事なのだろうか?

「ううん。自分の腹にナイフを突き立てて死んでたから自殺だと思う。……しかも」

 美耶は忌々しげに言う。

「死んでた男は、さっき襲ってきた怨霊と同じ顔だった」




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