壊れかけの心
[タカの祖父 山村隆67歳。孫の山村隆宏と暮らしている。山村晃弘つまりは隆の息子は貿易関係の仕事をしており妻と二人でニューヨークに滞在している。
隆が40歳の時、妻が家を出て行き、それから酒に溺れる日々が続く。年齢と共に体が悲鳴をあげ、治療の為に現在入院をしている。
学生時代から音楽に明け暮れていたが、妻が家を出た頃を境に音楽から離れていった。]
隆はいつものように検査に向かい、レントゲンを撮り終え検査室を出た
前からは若い娘が歩いて来た
病院という場所ながら若い娘は携帯電話を片手に前も見ず、
そして左手には松葉杖を突きながら。
「でさぁ〜ヒロトがライブに誘う訳ぇー。6月は行けないって言ってんのにさあ〜」
今時の若者の代表の様に話す語尾はだらしなく長かった。
レントゲンを終えた隆は前も見ないで電話で話し込んでる若い金髪娘と正面からぶつかった。
レントゲンのファイルが落ち中身がバラバラになる
若い金髪娘は脇に挟んでいた雑誌を床に落とした。
「痛てぇなー。何処に目を付けてやがる!
病院内で携帯電話するのは非常識なんだぞ!分かってるのか?え?娘さんよぅ、、」
金髪娘にとっては日常茶飯事の事だ。しかし、叱られた事は滅多にない事で目を丸くさせていた。
落ちた雑誌を拾い上げる隆
雑誌の表紙を見ながら
孫の隆宏が読んでいる本と同じだという事に気づく。
さっきまでのムスっとした面の祖父が微笑みに変わりこう告げた
「入院生活は退屈だもんな。お嬢さんも何か楽器をやられてるんすね?
早く良くなって好きな事をたんとするがいいさ。」
自分のレントゲンファイルも素早く拾うと隆はエレベーターに向かった
軽く会釈した娘は繋がったままの電話の向こうの相手に冷めた口調で言う
「なんかー 変なおじいさんとぶつかったしぃー」
今し方、ぶつかった相手に対しての気遣いなど金髪娘には全くなく、会釈して離れた瞬間に世界は電話の向こうの相手と自分だけなのだ。
『じいさんかよ?』 電話の相手が茶化す様に言う
「誰が変なじいさんだよ!やっちまうぞこの金髪娘が。」
容赦なく聞こえて来た声に隆は反応し、独り言を言いながら振り返りその生意気な背中に中指を立てた。
「そ、ただの おじいさん〜ハハハ〜」
「・・・ただのじいさんかー
ただの、、なー。俺も落ちぶれたもんだ。」
拾いあげたレントゲンファイルをクルクルと丸め筒状にしたそれを自分の後頭部にポンポンと当てた。
ポンポン、、ポンポン、、バンバン、、 、
バシ! 「 クソ。」
自分に対しての怒りすら向ける事もなかったここ数十年、
酒に甘えて、溺れていた自分が初めて見えた気がしたのだ
今、自分の手にしているものが、人生の半分を占めてきた楽譜でもない、紛れも無く今の自分の
そして体の中を見透かしたハートも温度も情熱も写さない骨だけのペラペラの画像。
自分が情けなくてたまらなくなったのだ
[8階に参ります]乗り込んだ独りきりのエレベーターの自動音声に、
「このまま、お天道さんとこまで運んでくれよ」 エレベーターの壁に体の重みを預けた。この狭い個室の面に囲まれなければ今にも冷たい地面に吸い込まれるほど力が抜けていた。天井を仰ぐ。
そして嘆く様に呟くとエレベーターの壁を右拳で殴った。
拳が痛かった。
『昔の俺なら エレベーターが衝撃で止まる程の力もあったのに…』
-----壊れかけの心が叫んだ。