The Long And Winding Road
自宅に帰り着いた隆は玄関横にある自分の部屋に入った。
背負っていたギターケースを下ろすとケースからGibson'59Lespaulを出した。
埃がたまったステレオの蓋を開け
ステレオ脇にある小さな三段ボックスの引き出しから白い手袋を取り出し、律子から借りっ放しのアルバムを手に取った。
薄い透明の袋からそっとレコードを出し丁寧に置く。年季の入ったターンテーブルは何年もの間眠っていたのだ。
ダイヤモンド針を手動でレコード盤に置いた
カサ、 カサカサ 、、
耳に優しく纏わり付く音がスピーカー部分から流れる。隆は目を閉じた。
『俺のこの五十年と律子の五十年、同じ思いで来たんだと思っていたが・・・
まるで違う
歩数が違いすぎるんだ
俺はいつでも真っすぐに来たつもりだった
だが 真っすぐとは言えない
流れに流されていただけじゃないのか?
律子は俺とまた逢えると信じて信念を持って生きてきた
二人の写真、 額縁の中のシャツ そして店や店の名前全てに律子らしい律子の筋が通った生き方をしていた
俺は会えなければそれも運命だと諦めた事もあった
いったい俺は何をしていたんだ・・ 』
「中途半端なまま アイツの店に入る訳にはいかねえ。」隆は独り呟くのだ
時折入るレコードのノイズが昔の風を運んでくる。
開け放った窓からは湿った空気は追い出されてるはずだった。
そして色褪せたカーテンが何度も揺れる。
隆はポケットから煙草を取り出す。
家の角にある古ぼけた自販機で買ったものだった。入院中は禁煙も余儀なくされていた隆にとっては
久しぶりの煙草だった。
セロハンをゆっくり剥がすと箱の端をトントンと叩く。
一本を取り出し髭ズラの口に咥える
「フー」
隆は煙草を咥えたままギターを抱える。
今更、
隆に楽譜なんかは必要なく、目を閉じれば当時のTAB譜が鮮明に画像となり現れるのだ。
F, C , F, C7, C7sus4, C7, F,......
指が覚えていた。
イントロ、メロ、サビ全て完璧だった。
「・・・違うな」
ただ隆は納得が行かないでいた。 隆はギターを置くと
咥えたままの煙草を左手の指に持ち、反対の手でカーテンを除け空を見上げた。
隆はギターをケースにしまうと再び外に出た。
隆は玄関を出ると、もう何年も乗ってない錆びた自転車を倉庫から引っ張り出した。
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「しかし暑いな。」20分以上自転車を漕ぎやっとたどり着いた。
隆はゆっくりと腰を下ろすと再びケースからギターを出した。
大きな木の下では太陽の暑さからも免れた。
何回も何回も繰り返し弾いてみた。
「チッ、」自分に舌打ちをする隆
「タカ。やっぱり此処に来たのね」
「いつからそこにいた律子?」
「ほんの少し前かしら。
いつも、、いきなり居なくなるんだから。」
「・・・わりい」
「分かってるわよ。
練習していたの?タカの音だわ。
聴きたかったのよ。ずっと待っていたわ。横に座っていい?」
「律子、なんか違うんだ。指も一応動くし一通り覚えていたし、、けどあの時みたいにお前の伴奏するにはなんか違うんだ。 」
「違っていて何がイケないの?十代のあなたと今のあなたではハートは同じでもグルーヴが違って当然じゃない。
同じ晴れでも雲の大きさや形も違う。
今日と同じ明日はないのよ。
音もそうなんじゃないかしら。
同じメンバーで同じ楽譜で同じ曲をしても そんな時あったじゃない?」
「うーん・・・」
「そうね・・じゃあ、こういう考え方はどうかしら。
花で例えたなら常に同じ美しさを保つ造花と短い命の生の花があるでしょ?
花はいづれ散るから美しい。
咲いてる時が短い事を花自身は分かっているの
だから美しい短い一瞬を精一杯輝いて見せようとするんだと思う。
造花はね、放っておいても変わらない。だけど本物の花は栄養剤をあげたり
水を替えたり手間をかけるわ。だから花もそれに答えるの。
タカ、あなたは今求めてる音があるのよね。だけど過去に拘らないで。
変化があるからこそなのよ。タカ。
私もあの時のような声じゃないのよ。 今しか出せない、今の私達のグルーヴ感を出せるはずなの。
今の私たちの音を作りましょうよ。
そうそう、タカヒロくんから文化祭の事を聞いたわ。」
「律子、俺と一緒にやってくれるか?」
「当たり前じゃねえか?」 隆の真似をする律子
「なあ律子、今、キスしていいか?」
「あら、了解を得るなんて成長しましたね隆くん! 」
「当たり前じゃないですか もう死にかけのジジイですからね?
勢いすらなくなりやした。」
「ハハハ」
二人はなんにも変わってはいなかった。
隆が抱えていたギターを木に立てかけ律子の方を向いた瞬間
隆の頬を律子は自分の手で挟みこう言った
「時の狭間に置き忘れた物がようやく見つかったわ。
隆、大好きよ。」
律子からキスをした。
律子はキスをしながら優しく目を閉じる
隆はうっすら目を開けた。律子の目尻の皺は年月の証
律子の目尻の皺を隆は親指で撫でる
そして目にキスを、おでこにキスをし
きつく、きつく律子を抱きしめた。
「来年も、再来年もひぐらしの鳴くこの季節にタカとこうしていたいわ」
律子がそう呟くと隆の腕は一層きつく律子を抱いた。そして隆も律子に言う
「長く、長く曲がりくねった道は振り返るとほんとは単純に真っ直ぐだったりするんだな。
・・・律子、一緒に暮らそうか。
返事なんかいらねえ。
俺、もう決めちまったから。」
律子は唇の端をキュっと結び小さく頷いた。




